竜の話

                                             絵と文 都筑 信介

         (本作品はフィクションであり、登場人物、地名、店名等の名称等は全て仮名で、実在しません。)


 章夫さんは、犬のアンナちゃんと二人暮らし(?)です。外は、もう初夏どころか真夏のような陽気で、歩道の上は、もう暑くてかなわないというので、今日は緑の多い、竜神池のほうに行ってみようということになりました。山道ですが、日陰のなかを歩いていると、とても涼しい風が舞い込んできて、たいへん心地よく、石の階段をおりると、青く水をたたえた竜神池に着きました。その入り口には、茶店があり、章夫さんは、ここで、ひと休憩して、お団子をたべていこうと、アンナと座っていましたら、今日は何か、人が集まっていてざわざわとしています。


お茶を飲みながら、茶店の香織(かおり)さんに、「なんか、今日は、やけに人が多いねえ。なにかあったの?」
と聞くと、香織さんは、「あの、立札のことですよ。なんでも、2~3日まえから、急に、あんな立札が多って、話題になっていますよ?」
「え、なんて、書いてあるの?」「達筆な字で、『7月10日に、この池より、竜神出でて、天に昇るなり。』と書かれているようです。」
「ほう?」、「わたしも、誰かの悪いいたずら、だと思うのですが、この池には、昔から、竜神がすんでおられて、世の中が、みだれて、騒然となったりすると、池の奥深くから、竜神が飛び出して、天に昇っていくとされています。7月10日、というのは、だれかが、あとで書いたものかもしれませんが~。」「そうか、本当だったら、竜を拝ませていただく、またとない機会だからね。」


数日後、�ピザ屋の誠くんが、二輪で配達をしていると、歩道をあるいている敦子さんの姿がみえました。



「やあ、敦子さん、お久しぶり!元気~?ところで、あの竜神池の立札のこと、知ってる?」
「ええ、聞いたわよ。こういう話は、嘘くさいけど、ほんとうだったら、後悔するから、当日は、わたしも見にいくつもりよ。」
「そうだねえ、まあ、嘘であっても、こうやって、お祭りみたいにたのしい気分になれるのなら、それもいいね~。敦子さんのお供で付いて行ってもいい~?」というと、敦子さんは笑って
「もちろん」と。
「じゃあ、あとで、ベイカリーに電話するね、いい週末になりそうだ」



当日、章夫さんは、アンナちゃんと散歩しながら、池の様子をみにいってみました。そうしたら、池の周りは、人であふれかえっていました。「すごいなあ、こんなに、人が集まっている。おまけに、観光バスまできているぞ、あきれた!例の猫田さんまできている。左手で髭(ひげ)の手入れをしながら、わらってるぞ、やっぱり祖先は猫だな?」
そして、だんだん夕方になり、陽が落ちて、空が紫色になり始めたころでした。みんなが、「やっぱり、デマだったか~ははは、こんなもんだ~」といって、帰りだそうとした時でした。


突然、空に厚い雲がかかってきたと思ったら、急に風が吹きはじめ、冷たい雨が降り始めました。みんなが、「たいへん、雨が降ってきちゃった。早く帰らないと!」と池に背を向けたときでした。池の水が急に紫色に変わったと思ったら、大きなさざ波とともに、眼だけ黄金の真黒な竜が、池から現れ、あっという間に天に昇っていったではありませんか。見た人は、「すごい」でも水から湧き上がるように出て、天に上がるまで、1秒たらず。あとには、何もなかったように、青い水が満々と池にたまっているのみです。
「そういえば、アンナはどこへいった?アンナ~?」と叫んだときでした。



気がついたら、自宅の和室でうたたねして、眼が覚めたところでした。アンナがこちらを向いて笑っています。「夢だったんだ。昨日読んだ本の話が、夢になってでてきたんだ。夜遅くまで読んでたからなあ!あの本によれば、この話ずいぶん昔から、言い伝えられているそうだからなあ、それにしても、かなり現実的な夢だったなあ~。ちょっとびっくり。アンナは、それを聞いて
「でしょう?映画館アンナは、よかった?」と。



いかがでしたか?不思議ですけど、ある人がなにげなく言った言葉が、意外にも「現実」となってしまう。そこまで、現実的では、ないけれど、自分が予想だにしなかったことが、意外にも現実になってしまう。そんなことを経験することがありますね。いい話もあれば、悪い話もありますね。いずれにしても、夢であってほしいと願い、章夫さんのように、夢でよかったと思えるようにしたいものですね。


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