そして、詩を語る
                                           
絵と文   都筑信介

                                (本作品はフィクションであり、登場人物等の名称は全て仮名です。)


章夫さんは、アンナちゃんと二人暮らし(?)です。今日は、朝から、いいお天気で、窓から眺めただけでも、大変明るく、「アンナ、せっかくだから、ちょっと今日は、外の風にあたって、散歩しに行こうか?」と、言うや否や、アンナちゃんは、玄関にまっしぐら。
外は、歩いて行くと、そこは、初夏を思わせる陽光(ひざし)が、葉と葉の隙間(すきま)から、揺れるように地にそそぎ、樹木の下の冷涼さ(つめたさ)と、交じりあい、ちょうどよい「気持ちよさ」が感じられるところでした。



天を見上げれば、木の葉がざわざわと、何かを語っているよう。
# 吹く風と 遊びにきたる 陽の光 木の葉よろこび 我に語らん #
「アンナ、聞こえる? 木の葉のお話」
アンナちゃんは、歩きながら、天を見て、耳を立て、しばらくすると、にこっとして、「クワン」と。
まるで、映画の1シーンです。「妻(きみ)は、その時のことを何も語らないけれど、きみと僕の二人の愛はけっして滅びることはないだろう」と。
「クワン」



しばらく行くと、公園のベンチに若い二人が、本を見ながら、何か話をしています。そう、さよりさんとその彼氏です。
「あ、章夫さん、こんにちは。先日はありがとうございました。」と、さよりさん。
「こんにちは、章夫さん、はじめまして、僕、歌夢 大輔(か-む だいすけ) と申します。今は、大学の試験休みでして、
こうやって戻ってきています。大学では、ドイツ語を勉強しています。」
章夫さんは、大輔君が手にもっていた本をみて、「それ、ドイツ語の詩集?」と聞くと、「はい、まあ、短編集ですけど」
「ふーん、1つ何か、短いのでいいから、教えてくれる?」と、章夫さんが尋ねると、「そうですね、では、これなんかどうですか? #眼から消え去ると、心からも消え去る # 」(注1)
「え~、どんな意味なの?」と、章夫さんが聞くと、「これは、親しくて愛しい人でも、遠くに行ってしまって、その姿が視界からきえると、だんだん心から消えてゆき、忘れてしまうもの  という意味ですね」と。
「そんなのやだ~、遠距離恋愛していると、それは、消えちゃうってこと~?」と、さよりさん。
「うん、これは、僕も、あまり今の世の中では、あてはまらないかな~と思うね、電子的通信もあるからね」と、大輔君。
「僕の気にいってるのは、こちらの詩です、
#思い出は、我々がけっして追い出されることのない、たった一つの楽園である # 」(注2)
章夫さんは、また、不思議そうな顔をして、「うん、なんとなくわかるような気がするけど、意味は?」
「人生いろんなことがありますよね、楽しいことも、つらいことも。そして、自分が思ってもみなかったような展開になったり、独りぼっちになっちゃったり、でも、昔からずーと住んでる「思い出」からは、けっして追い出されることはなく、安住の地だということですね」と、大輔君。
章夫さんは、「ふーん、すごく意味の深い言葉だね。たしかに、僕も、「思い出」という楽園からは、でたことはないね~。アンナも、そう?」
「クワン」

しばらくいくと、よい茶の香りがします。「アンナ、いい匂いだぞ、お、あそこのお店からだ、行ってみよう」



「いらっしゃいませ」、そう言って出迎えてくれたのは、茶摘み姿の娘さんでした。おいしい、新茶とお団子は、格別です。
「もう、新茶の季節か~」
「はい、おいしい新茶がとどいていますよ、今日、お出ししたのは、「みどりの香り」というお茶です、おひとつどうですか?」
#良い香り ふと立ち寄れば 店先に 茶摘み姿の 乙女ほほえむ #
「クワン」

パン屋さんに寄り、クリームパンを買って、自宅に帰り、アンナに、「今日は、いろんな詩を体験する一日だったね」
「クワン」
そんなお話をアンナと、くつろぎながらしていると、玄関で「ピンポーン」という音がしました。



出で見ると、お隣の桃子さんが、かわいいお子さんを連れて、「回覧板」をもってきてくださったのでした。
「あ、おおきなワンちゃんが、こちらをみて、笑っている。なにか、しゃべっているよ」
「クワン」
「きっとね、おりこうさんだから、おみあげをもっていく?って言ってるようだよ、はい、これ」
「まあ!、いいんですか?もらっちゃって、おいしそうなクリームパンのような匂いがする」
「まあ、どうせ、僕ひとりじゃ食べられないし、おいしく食べて!」
「おじさん、ありがとう」
# おみあげを もらってほほえむ 母と娘(こ)の 顔そっくりに われもほほえむ #
「クワン」
こうやって、詩的な1日は終わったのでした。


どうでしたか?みなさんも、何か、きょうは、詩的な気分になり、まるで、自分が映画の主人公になったような気分になるようなことが、時にはあるのではないでしょうか?たまに、眼の前に現れた情景が、印象的で、絵にかいておきたいとか、写真にとっておきたいなど、こんなことが、意外に、日常の生活のなかで、あるものです。そういう場面に遭遇したら、ほんの少し時間をとって、その情景に浸るのもよいかな、と思います。なぜなら、そんな光景は二度とあらわれないかもしれませんから。


注1:ドイツ語の格言 Aus dem Augen, aus dem Sinn より
Auge(n)とは、眼のこと、英語で表現すると、 out of sight, out of heart という感じです。視界から、見えなくなると
心からも消えて行ってしまう、という意です。
注2:19世紀のドイツの小説家 の詩
 Die Erinnerung ist das einzige Paradies, aus dem wir night vertrieben werden konnen より
Erinnerung とは、「思い出、回顧、回想」の意、ちなみに、このErinnerung は女性名詞。


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