幼き日の思い出(敦子さん)
          
                                        絵と文   都筑信介

章夫さんは、アンナちゃんと二人暮らし(?)です。
朝早くから、章夫さんは、アンナちゃんと近くの公園まで散歩します。そして、ほとんど毎朝、いつものようにいろんな「常連さん」と、「おはようございます。」などと、あいさつして、お話をします。その中でも、とくに「大の犬好き」で、毎日、「アンナちゃん、おはよう!ご機嫌いかが?」といって、アンナちゃんを撫でてくれるのが、敦子(あつこ)さんです。敦子さんは、駅前のパン屋さんで、働いています。毎朝、早くから、みんなの昼ごはんになるおいしいパンを焼いて、店頭にならべて、「行ってらしゃい!」とパンを渡す毎日です。そんな「温かみのあるやさしさ」のせいか、アンナちゃんも敦子さんのことがとても好きで、いつもいろいろと、身振り手振りで「お話」をしています。



ある晩のこと、この日は、夕食がやや簡素で、早く終わってしまったこともあって、章夫さんが、「今日は、御飯がちょっと物足りなかったなあ、ちょっと小腹がすいたなあ~」、と思って、「そうだ、今日は夜食に、例の「ピッザー、スピーディリー(pizza speedily)」に、電話して、ピッザーを宅配してもらおう。!」ということになりました。
およそ、20分くらいして、玄関に「ピンポーン」という音がなりました。



「おまちどうさまでした。ピザ、スピーディリーです。ご注文の品をお届けに上がりました。」
「ごくろうさま、いつも悪いねえ、そういえば、こないだ頼んだときも、君だったかなあ~」
そう言うと、「覚えていてくださって光栄です。ぼく、本野 誠(ほんの まこと)と申します。章夫さんが、朝早く、ワンちゃんを連れて、散歩されているのをよく見ます。」、そして、すこしためらいながら、
「あの~、無理かもしれないですけど~」と、言って章夫さんの顔を見るので、章夫さんは、「そこまで、言いだしたのなら
いまさら、なんだ~。俺ができることなら、なんでもやるよ~」と。
「ありがとうございます。実は、いつも、散歩しているときに、ワンちゃんがとてもなついている女の人がみえますよね。」
「ああ、多分、敦子さんのことかなあ~」
「あの方、昔、幼いころ、どこかで会ったような気がするんです。一度、会う機会を作ってもらえませんか??」
しばらく、章夫さんは、返答に困り、考えていましたが、一言、あっさりと「いいよ。」と。
誠くんは、飛び上がって喜んで、帰ってゆきました。



しばらくして、ある土曜日の朝、敦子さんは、アンナちゃんと散歩した後、章夫さんの家に寄り、誠くんと対面することになりました。誠くんは,極度の緊張のあまり、ガチガチです。「はじめまして、本野 誠といいます。今日はおよび立てして、すみませんでした。」 それが、わかったのか?敦子さんは、いつも通り、明るく、やさしそうな笑みを浮かべながら、「こちらこそ、
はじめまして、わたし、経奈院  敦子(けいないん あつこ)といいます。」
章夫さんが、「さあ、約束は果たしたぞ、もう高齢者は不要じゃ~、二人でアンナ連れて散歩してきたらどうだ。」
二人は、笑いながら、章夫さんに一礼すると、例の公園に向かって歩きはじめました。
話をするうちに、誠くんは、敦子さんが、自分がかつて出会った人ではないことがわかりました。でも、、話をすると
、なんとなく気が落ち着くというか、自分の中のぽっかり空いた穴を埋めてくれるというか、不思議な魅力のある女(ひと)でした。



敦子さんは、「その、どこかで会った話というのは、どんな話なの?」と、聞くと、誠くんは、正直に
「あれは、中学1年になって、はじめて夏に通知表をもらったときのことかなあ、小学校時代からの幼なじみの女の子に、
『まーくん、成績どうだった?』と、男友達の中で聞かれ、みんなから、『まーくん だってよ~ははは、おぼっちゃまじゃんか?、幼いなああ、ははは」と笑われて、思わず「まーくん、なんて呼ぶな!おれはもう子供じゃないんだ!」と、この幼なじみの女の子に言ってしまった。その時、あの子は、とても悲しそうな顔をしていた。そして、それ以来、まったく口をきかなくなってしまった。そして、中学2年になったころ、あの子はどこかへ転校していってしまったんだ。いまから思えば、「ごめん」と一言、言えなかったのがとても後悔でね。」
「その子が、大人になったころのイメージが敦子さんにとても似ていたというわけ~。ごめんね、こんな、話で。」
敦子さんは、それを聞いて、「いい話だわ~、私がその人に似ているというのは、私がその『やさしさ』をいただいたみたいで、うれしいわ。」そして、
「わたしも、まだ若いと思っていたけど、あっという間に、30歳を超えちゃった。このままいくと、すぐにおばあちゃんになってしまうかもね?」と。二人は、いろんな話がつきないようでした。



その日の夕方、帰ってきたアンナちゃんに、章夫さんは聞いてみました。「ずっと、ついてみてたんだろう?」
「二人の感じはどうだった?」、アンナちゃんは、かすかに笑って、「それは、それは、秘密、秘密、秘密のアッコちゃん」
と。(おわり)



どうでしたか?みなさんにも、幼いころ、ちょっとしたことで疎遠になってしまったり、今だったら、あんなことはしなかったのに、というようなことはありませんでしたか?そして、いまも、身近なところで、たった一言「ごめんなさい」と言えないばっかりに、大切な人を失ってしまう、というようなことがあるかもしれませんね。そして「、一度、手のひらから零れ落ちてしまうと、もう二度と手にはもどらない」、というのが、人生の教訓のようにも思えます。つまり、今あるものを大切にしなさい、と。

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