楽雲寺のできごと
                                         絵と文   都筑信介

    (本作品はフィクションであり、登場人物等の名称等は全て仮名で、実在しません。)

章夫さんは、愛犬のアンナちゃんと2人暮らし(?)です。春のそよ風が心地よくなったある日、章夫さんは、アンナちゃんを連れて、いつもとは違うコースへお散歩に出かけました。「アンナ、ついこないだまでは北風が冷たかったけれど、今日はずいぶん暖かいね。今日は、のどかだから、ちょっと足を延ばして、楽雲寺に桜を見に行ってみよう!」ということで、北山のほうに向かって歩きはじめました。途中の道端には、もう菜の花が章夫さんの胸あたりの高さまで伸びていて、その先には
黄色の花が甘い香りを放ちながら、そよ風に揺れるという感じで咲いています。歩くこと、およそ30分、ちょっとのどが渇いたかな~と思ったころ、楽雲寺の南門に着きました。「アンナ、和尚さんにご挨拶して、ついでに水を飲ませてもらおうか?」
と、本堂に近づくと、まるで鴨が葱(ねぎ)を背負って来たように、探している和尚さんが現れたではありませんか!



今日は、ついているなあ~と思って喜んでいる章夫さんに、和尚さんが声をかけました。
「やあ、章夫さんお久しぶり。ちょうど、ご連絡をしよう思っていたところです。
実は、お願いしたいことがありまして~。」
「最近、本堂のお供え物が、時々、ちょっとだけ、なくなるんです。いつもじゃないんです。はじめは、わたしも歳をとったので、私の勘違いかなあ~いよいよアルツハイマー型老年認知症になったか?などど考えていましたが、お供えの品を変えても、同じことが起きるので、調べたほうがいいかなあ~と思っていたところです。



「アンナ、というわけで、こりゃ大変なことを頼まれちゃったぞう~。なんせ、この本堂のお供えが、夜のうちに
何者かに盗まれる?というから、今日一晩ここに泊まって、みててくれ、と和尚さんがいうもんだから」
「お礼に、サツマイモがたくさんもらえるそうだから、今日はここでネンネだぞう~」
アンナは、はじめはふんふんと聞いていましたが、夜も更け、まわりが静かとなり、時々風にきしむ戸がカタカタ
というだけとなると、アンナは、目をつむり、うとうとと寝てしまいそうです。「それにしても、夜のお寺の本堂の中というのも
不気味だなあ、まあいいか?たとえ、魔物がでてきても、ここにおられる仏様が守ってくださるのだから。」
そう、言って、床についた章夫さんでした。



さて、二人が寝静まって、2時間くらいしてからでしょうか?壊れた壁のすきまから、こそこそと、音もたてずに何かがお堂の中にはいってきました。
たぬきの親子です。たぬきは、しばらく、寝ている2人の様子を,うかがっていましたが、2人がよく寝ているのを見ると、仏様の前にあるお供えもののところへ、そっと近づいてゆきました。



あれあれ、2匹のたぬきは、仏様の前のお供えもののテーブルにぴょんと乗ると、お供えものの、大根と人参に
クンクンと。仏様も困った顔をされましたが、たぬきたちは、それぞれ1つずつ、大根と人参をくわえて、ぴょんと広間におりました。このときのはずみで、大根が、ぼとんと、お堂のなかに落ちました。この音で、アンナと章夫さんが起きました。



章夫さんとアンナが、「あっ!」といって、たぬきを追うと、たぬきたちは、走って逃げたりはせず、章夫さんたちをみると、
お供え物をくわえたまま、ゆっくり頭を下げて、「おじぎ」をして、ゆっくりお堂の外へ出てゆきました。章夫さんたちは、
たぬきが、一礼したもんですから、あっけにとられて、そっとみているだけになってしまいました。



次の朝、章夫さんは、和尚さんを訪ね、昨日のことを、「かくかく、しかじか」であったと話しました。
和尚さんは、「そうか、やっぱり、たぬきの仕業だったか!実は、お供えものがなくなる日は、ひるごろ
、たぬきが境内の裏側にでてきて、何かを言いたそうに、じっとこちらの方をみているんだ。」
「まあ、人が犯人でなくてよかった。仏様もご承諾なのだろう?」「はい、わたしも、そう思います。」
そう言って、しばらく、そっとしておこう、ということになりました。

という、お話ですが、皆さんも、昔、「しょじょ寺」という寺に、月夜の晩になると、たぬきがでてきて、おなかをぽんぽこりん
とたたいて、歌う、というお話をきいたことがあると思います。自然は自然のままで、里山にに暮らすたぬきを愛らしく思って、捕まえたりせず、そっと人と共に暮らす、これが昔からわれわれ日本人に受け継がれている「思想」です。
とくに、だれかに教えられたわけでもなく、でも、われわれ1人1人が何気なくもっている「思想」。
ぜひ、これを、子供たちに伝えてゆきたいものですね。自然には、さわらず、そっとしていかないといけない部分があることを。

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