トロデーン城の上空には、不吉な暗雲が垂れ込めておった。
ワシらはまず、城のすぐ南にある泉で喉を潤し、身体を休めた。
ここまでの道中では水に不自由しておったから、この泉が美しいまま無事であってくれたのが、本当にありがたいわい。

「では僕たちは、城へ様子を見に行ってまいります。王様と姫様は、もう少しここで、お休みになっててください」
そう言ってエイトは、ゼシカにワシらの護衛を頼み、ヤンガスとククールを連れて城へと向かった。
「何よ、また私だけ置いてけぼりにして……」
ゼシカはボヤきながら草をブチブチと毟っておるが、疲れきっておるのはワシの目からも明らかで、エイトの判断は間違っておらんだろう。
じゃが、やはりミーティアの負担は、それ以上に大変なものだったはずじゃ。
西の教会からここまでは、ほとんどが上り坂で、さぞ辛かったに違いない。
上手く自分たちの船を手に入れる事が出来れば、ドルマゲスを追うことが出来るだけでなく、姫の負担も軽くなるはずじゃ。
何としても城から、船に関する手掛かりを見つけなくてはならん。


ややあって、エイトたちが戻ってきおった。
「城の様子は、どうじゃった?」
「それが、どうやら我々が城を発った時よりも、茨の侵食は増しているようです。とりあえず城門までの道は何とか通れるようになりましたので、お迎えにあがりました」
「おお、そうか。では行くとするか。ミーティアや、もう少し頑張っておくれ」
健気に頷いて、城へ向かおうと歩きだしたミーティアを、エイトが押し止めた。
「いえ、城までルーラで行けるようになりましたから、どうぞそのままで」
そう言ってエイトが唱えたルーラで飛んだ先は、確かに懐かしの我が城じゃった。
「ククールが、この場所を清めてくれたんです。おかげでまた、この城までルーラで来られるようになりました」
何と! ククールにそのような特技があったとは!
「でかしたぞ、ククール! よし、ではこの城全部と、そしてワシと姫の呪いも解くのじゃ!」
「無茶言うなよ。そんなこと出来るわけないだろ」
そう言ってククールは、小さなビンを取り出した。
「呪われた装備を外す時に使う、ちょっと特別な聖水を、ここに撒いてみただけだ。呪いそのものを解ける物じゃないから、あんたらを人間に戻すのは無理だと思うぜ」
う〜む。それなら、教会でも呪いは解けない以上、ワシと姫には効果な無いということか。
おまけに、そのちょっと特別な聖水とやらは、本来は教会からは持ち出し不可の貴重品らしく、今使った物は、先日錬金のレシピを調べにマイエラ修道院に立ち寄った際に、ククールがコッソリ持ち出しておいた物らしい。
「まったく、教会の僧侶だったって割に、手癖の悪い男でがす」
「盗賊に手癖が悪いとか言われたくねぇよ」
「元・盗賊でがす。おまけに、そんなチョッピリしか持ち出さねえ辺りが、中途半端に気が小さいっていうか……」
「バレないギリギリの量だけ持ち出すのは、気が小さいんじゃなくて、緻密な計算なんだよ」
マイエラ修道院では、ククールには少々ショックな事があったと聞いておるが……転んでもタダでは起きんタイプのようじゃな。
「それで王様。この扉までは聖水が足りなくて……」
何やら言い合ってるヤンガスとククールは無視し、エイトは巨大な茨が絡み付いた門扉に手をかけた。
「全然、開いてくれそうにないんです」
確かに、エイトが全身の力を使って押しても、門扉はピクリとも動きそうにない。
じゃがそんな事は、巻き付いてる茨をギラで燃やしてしまえば済む話ではないか。
そう言おうとしたが、首を振ってこちらを振り返ったエイトの目は、微妙にワシから外れておった。
エイトの視線を辿ってみれば、少し不機嫌そうなゼシカの姿が目に入った。
これはもしや、事あるごとに除け者にされるとスネておったゼシカに、活躍の機会を与えようという事じゃろうか?
で、除け者にした張本人の自分では言い辛いというところか。
……未熟じゃな。
「このままでは、入れんのう。ゼシカ、このイバラを、魔法で何とかしてくれんか?」
「仕方ないわね。ちょっと待ってて」
ワシがやんわりと頼んでみると、ゼシカはやや不満そうな声で答え、門の前に立ってメラの呪文を放った。
それがまた見事なもので、門扉には焦げ跡一つ付けずに、茨のみを綺麗に焼き払っていた。
「「「おおーっ!」」」
男三人が、感心したように拍手しておる。
「さあ、これで入れるわよ」
それを受けて振り返ったゼシカの機嫌は、もう完全に直っておった。


門の中に入り見る我が城は、我らがドルマゲスを追って旅立った日よりも尚、荒れ果ててしまっていた。
この城をこんな姿に変えてしまったドルマゲスへの新たな怒りが込み上げてくるわい。
ミーティアも、悲しそうな顔で城を見上げておる。
……すまぬな、姫よ。
あの夜、お前をあのような場所に連れていったりばかりに、このような姿に変えられる事になってしまって……。


我が城の最上階には、それを手にした者に絶大なる魔力を与えると伝えられる、家宝の杖が保管されていた。
その杖は決して世に解き放ってはならぬと伝えられてきた秘宝であったのに、あのドルマゲスの奴は、自分をバカにした者たちを見返すなどという、くだらない理由の為に、道化師の姿で城に入り込み、杖を奪い去ろうとしたのじゃ。
杖を安置していた封印の間を警護していた兵士が倒れているのを発見したワシは、すぐに
杖の安否を確かめに行こうとした。
そして、そのワシの身を案じ、共に行くと申し出てくれたミーティアを連れて、封印の間へ行ったワシに対し、ドルマゲスは犯行を思い止どまるどころか、このワシを杖の魔力を測る実験台にしようとしたのじゃ。
その時、ミーティアはワシを庇おうと、ドルマゲスの放った魔力の前に身を投げ出し、馬の姿に変えられてしまった。
そしてそんな姫の健気な振る舞いも空しく、このワシまでも醜い魔物の姿に変えられてしまったのじゃ。
しかし、それでもワシらはまだ、運が良かった方かもしれん。
姿を変えられたショックでワシらが気を失ってる間に、ドルマゲスは城中に呪いをかけ、杖の魔力を抑える封印の魔方陣の中にいたワシとミーティア以外の生ける者全てを、茨に変えてしまったのじゃから。

いや……全ての者ではなかったな。
あの夜、確かに城の中にいたのに全く呪いの影響を受けなかった者が一人だけいたのじゃ。
「あの時……。結界の中にいた、わしらはともかく、どうしてお前が無事だったのかのう?」
そう訊ねてみるが、当のエイトもただ首を傾げるだけじゃ。
「……ふむ、わからんか。まあ運がよかったのじゃろうな。お前は昔から、そうじゃったし……」
「運…ですか…?」
「何じゃ、不服そうじゃな」
「いえ、そんな、不服って事ではないですが…やっぱり運よりも実力が欲しいかな〜って思ったりなんかしてる次第で……」
……何とも若者らしい考えじゃが、やっぱりまだまだ未熟じゃな。
人の上に立つ者は、決して運の力をないがしろにしたりはせんものじゃ。

「兄貴ぃ〜! そんな所で、おっさんと突っ立って、何してんでさあ?」
ヤンガスが中庭の噴水の前で、手を振って呼びかけてきおった。
「城の中で、あの船のこと調べんでげしょう? さっさと行くでがすよ〜!」
全く、緊迫感の無い声じゃな。
傍らのククールもゼシカも、この悲惨な城を前にして、不敵な面構えをしておる。
何とも太々しく頼もしい連中じゃ。
その様子を見たエイトは、ワシの方を振り返って頷いた。
「本当ですね。僕は運がいいです」
そして、はにかんだような笑顔を見せた。
「この城から旅立った時、本当は不安で一杯でした。僕一人で本当に王様と姫様をお守りして、ドルマゲスを捕まえるなんて事が出来るのかって。それなのに今こうして、三人も頼りになる仲間が増えたおかげで、こんなに心強い気持ちで、またこのお城に戻ってこられました。本当に…運が良かったです」
「…そうじゃな。運がいいというのは、大事な事じゃぞ」
「はい」
エイトは頷き、待っている三人の方へ歩きだした。


さて、目的の図書館は城の南東にあるのじゃが、図書室にすぐに入れる扉には鍵が掛かっておった。
「これは、玉座の間から迂回するしかないようじゃの」
「そうですね……」
そう言いながら、エイトは南の空を振り返った。
「でも今日はもう、どこかの町で休みましょう。せっかくルーラで行き来できるようになった事だし」
「いいんですかい? 兄貴?」
「うん。ククールが城の中から魔物の気配がするって言うし、MPも満タンにして出直した方がいいと思って。ここで焦って無理したくないしね」
そう言うエイトの様子には、にこやかな中にも、皆をまとめるリーダーとしての風格が備わってきたように思えた。
……エイトも旅の間に、随分頼もしくなったものじゃな。
エイトよ。お前は確かに昔から運がいい。
じゃが、ワシはそれより更に運がいいのじゃ。
エイトが無事でいてくれてなければ、ワシとミーティアは町にも入れず、食べる者にも不自由しておっただろう。
エイトのような強運の家臣を持てた事が、ワシらの最大の幸運という事じゃ。
いや、むしろエイトが無事だったのは、ワシらの為だったと言っても、過言ではあるまい。
何しろ、臣下の運はワシの運じゃからな。

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