|   『君だけを守る騎士になる』なんて言われても、期待なんてしなかった。
 結果的には色々と庇ってくれたり、手を貸してくれたりして、その言葉が完全に嘘ではなかった事は証明してくれた。
 でも、やっぱり決定的な嘘が一つあったから、期待しなくて正解だった。
 ククールが私『だけ』を守るなんて、絶対ありえない事なんだから。
 旅の間は、まだ良かった。
 どの女の子が可愛いとか、この町には美人がいそうだとか、口にする言葉の半分は女性絡みだったけど、実際に女の人を口説いてる場面を目にする事は無かった。
 それはククールなりに真剣に、旅の目的を果たそうとしていたからだと思う。
 でも!
 暗黒神を倒してトロデーンが復活した祝いの宴で、すかさず女の人を口説いてる姿を見て、本当にガッカリしたわ。
 その後も一度もリーザス村に私を訪ねては来てくれなかったし。
 おまけに、ミーティア姫を結婚式会場のサヴェッラまで送り届ける手伝いに、女連れで来るし!
 本っ当に、何も期待してなくて良かったわ!
 姫様とチャゴス王子の結婚式の当日、なかなか起きてこないエイトに、ククールはイライラしてる。
 「何やってんだよ、あいつは。普通こういう日に寝坊するか? 結婚式が始まっちまうじゃねえかよ」
 このサヴェッラに着いて、チャゴス王子に会ってからずっと、ククールはエイトにこの結婚は止めるべきだと言い続けてた。
 驚いたことに、サヴェッラに着いてからは、ククールは連れてきた女達を全く寄せ付けなかった。
 来たがったから連れてきただけだ、なんて、そっけなく言っただけだった。
 女の人達もそれに文句を言うでもなく、楽しそうに観光してたから、本当にそれだけだったみたい。
 だけど私の中のモヤモヤした気分は、全く晴れずに膨らんでいく一方だった。
 不特定多数じゃなく、一人の女性の幸せを守る為に真剣になってる姿を見てると。
 やっぱりこの人は私だけじゃなくて、女だったら誰でも同じように助けてしまう人なんだって、再確認させられてしまうから。
 そんな事をずっと考えていたからかもしれない。
 「アッシ、ちょっと兄貴の様子を見に行ってくるでがすよ」
 そう言ってヤンガスが宿屋に戻って行き、思いがけずククールと二人きりになった時、ついバカな事を口走ってしまった。
 「ねえ…。もし私も、無理矢理結婚させられそうになってるって言ったら、こんな風に……」
 『真剣になってくれる?』と最後まで言い切る前に、すごい勢いで両肩を掴まれた。
 「そうなのか!?」
 怖いくらい真剣な顔が、私を見下ろしている。
 こんな反応が返ってくるとは思ってなくて、慌てて首を横に振る。
 「も、もしもよ。もしって言ったじゃない」
 ククールは、あからさまにホッとした顔をして、私の肩から手を離した。
 「何だよ。驚かすなよ」
 驚いたのは私の方よ。
 心臓がドキドキ通り越してバクバク言ってる。
 「まあでも、冷静に考えたら、ゼシカを無理矢理結婚させるなんて、誰にも出来るわけないんだよな。本当に嫌なら、自分で花婿を消し炭にして逃げ出すだけだもんな」
 「消し炭って……失礼ね。そんな事する前に逃げるわよ」
 「それでも結局、自力で逃げるには変わりないだろ。焦って損した」
 まあ……確かに私は、誰かに助けてもらわなきゃいけないような、かよわい女性とは掛け離れてるけど……。
 でも、そんな事は初めからわかってるはずなのに、それでもあんなに焦ってたのは…ちょっとは期待してもいいって事なの?
 でもエイトが起き出してきて、ククールがこの言葉を言った時、突然わかってしまった。「オレたちは仲間だ。お前が何かするつもりなら、ちからを貸すぜ」
 ククールは、ミーティア姫の為だけじゃなくて、むしろエイトの為にこの結婚を止めさせたいと思ってるんだって。
 女なら誰でも助けるんじゃなくて、男相手でも同じように助けちゃう人なんだ。
 だから当然、私が困ってても助けてくれるだろうけど、それは決して私が特別な訳じゃない。
 それはちょっとだけ寂しい気はするけど、仕方ないよね。
 きっと私、ククールのそういう所を好きになっちゃったんだから。
 さて、それはそれとして、私がククールに言ってしまった事は、実は半分位は本当の話だった。旅を終えて家に帰ってからというもの、お母さんは何とか私を結婚させようと、躍起になっている。
 始めはそれとなく見合いを勧められる程度だったのが、段々としつこくなってきてたから、姫様の護衛の依頼が来て、少しの間、家から離れられるのは本当にありがたかった。
 何日か離れてれば、お母さんも頭が冷えて、少しはしつこく見合いを勧めるのを控えてくれるだろうと思ったから。
 でも甘かった。サヴェッラから家に戻った次の朝、起きて部屋からでたら、家中にゴッツい用心棒が何人もいて、明日まで私を家から出さないように命令されていると言われた。
 そしてお母さんからは、明日見合い相手が来る事になっているから今度こそは絶対に会ってもらうと宣言された。
 ……いくら何でも、ちょっとこれって、やり方があんまりなんじゃないの?
 用心棒が何人いようと、私にとっては家を出て行くのに何の障害にもならない。
 だけど怒りに任せて加減を間違い、生まれ育った家を破壊するなんていうのは避けたいから、夜を待って家を抜け出すことにした。
 本当はちゃんとお見合いの席に出た上でハッキリと断るべきで、こんな風にコソコソ逃げ出すようなマネをするのは間違ってるとは思ってる。
 だけど自分に後ろめたい気持ちがあるから、どうしても真正面からは立ち向かえない。
 確かにお母さんがやり方は強引だとは思うけど、最初の内は何度も、私に好きな人がいるというのなら無理強いはと言ってくれた。
 なのに私は、そんな人はいない、ただ結婚なんてしたくないだけだと嘘を吐いてきた。
 いつまでも、そんな我が儘が許される立場じゃないって、わかっていながら……。
 だから今は、この家を離れるしかない。
 自分の気持ちに整理をつけて、ちゃんとお母さんに本当の気持ちを言えるようになるまでは。
 それにしても、部屋の中に誰も見張りを置かない辺り、お母さんも詰めが甘いわ。私の部屋の窓は吹き抜けになってる所にしか着いていない上に、はめ殺しになっているから出入りは不可能だと思ってるんだろうけど、レティスの背中に乗ってラプソーンと空中戦を繰り広げた私にとって、こんなのは何でもない。
 梁の上を伝って窓の側までいき、ガラスを割らないように慎重に窓枠を外す。
 今夜は月が明るいおかげで、手元も足元もハッキリと見えて楽勝だった。
 そして屋根に上がって、窓を元通りに嵌め直して脱出完了。
 全てが手際よく済んで、ちょっと気が緩んだ時だった。
 「こんばんは。いい月夜だね」
 すぐ隣からの、棒読みな挨拶に、思わず跳び上がりそうになった。
 「! ……っっっ!!」
 咄嗟に自分で自分の口を塞いで声を抑える。
 危ない……。こんな所で悲鳴なんか上げちゃったら、せっかく静かに抜け出したのが台なしじゃないの!
 声の主を睨みつけてやると、逆に呆れたような声を返された。
 「気づけよ、少しは。気づかないまま、どこか行くつもりだったろ」
 だって、気配が無かったんだから、しょうがないじゃないの!
 でも、それより何よりも……。
 「何で、こんな所にいるの?」
 ごくシンプルな疑問が口から出た。
 「お前がサヴェッラで、変なこと言うからだろうが」
 ククールは、そっぽを向いて、不機嫌そうな声で答えてきた。
 「やけに神妙な顔してたから、気になって来てみたら、この村のガキ共からゼシカが家に閉じ込められて強引に見合いさせられるって聞かされて、こりゃ大変だと思って暗くなるのを待って忍び込もうとしたんだよ」
 「それって……私を連れ出してくれるために?」
 全く予想してなかった展開に、心臓の鼓動が早くなるのを抑えられない。
 「でもやっぱり、必要無かったな。盗賊顔負けの手際の良さで自力脱出しやがって。完全に肩透かしだったぜ。オレに気づいてなかったんなら、声かけずに帰れば良かった」
 あんまりな物言いに反論したい気持ちと、ククールの言う言葉にも一理あると思う気持ちが混ざりあって、何も言えない。
 「まあ、いいや。話し声を聞き付けられたら厄介だ。とりあえず移動しよう」
 ルーラで着いた先は、ふしぎな泉だった。
 どこかの町へ行くのかとばかり思ってたのに。
 「どうして、ここへ来たの?」
 素朴な疑問を口にすると、ククールは言いにくそうに答えてきた。
 「人目につく場所は避けたかったんだ」
 何げない言葉に隠されてるだろう意味に、自分でも意外な程に傷ついてしまった。
 だってそれは、私といるのを見られたら困る誰かがいるということだから。
 「私……帰る」
 「えっ?」
 「家に帰るから、ルーラしてよ」
 「おい、何言ってんだよ」
 「無駄足ふませて悪かったわよ! だけど誰も助けてなんて頼んでない!」
 「あー。さっきの根に持ってんのかよ。わかったよ、悪かった。言いすぎたって」
 ククールはまるで、駄々っ子を宥めるような口調だ。
 いつだって、私を一人前の女性として見てくれたことなんて無い。
 「もういいわよ。だったら自分で帰るから」
 ポーチを探ってキメラのつばさを取り出そうとする手を掴まれる。
 「待てって。今帰ったら、見合いさせられるんだろ?」
 「そうよ! 見合いして結婚するわよ! もういいわよ。あんた以外の人だったら、結婚相手なんて誰だって同じだもの! 彼女に誤解されるのが嫌なら、こんな風に助けになんて来ないで! あんたのしてる事は、下手な期待させられるだけ残酷なのよ!」
 遂に……言ってしまった。
 何度も諦めながら…それでも最後まで捨てきれずに胸の奥に残っていた希望を、今度こそ完全に消し去るために。
 少しの沈黙の後、ククールは首を捻りながら訊ねてきた。
 「あのさ……彼女って誰だよ?」
 この期に及んで、まだそんな間の抜けた質問をしてくるククールに、本気で腹が立った。
 「彼女って言ったら、彼女でしょう!? 他に私といるのを見られて困る、誰がいるっていうのよ!!」
 感情が抑えられずに声を荒げてしまう私を見て、ククールは一つ溜め息を吐く。
 そしてボソリと呟いた。
 「マルチェロだよ」
 あんまり予想外の答えに、マルチェロってどんな女性だったかなんて、一瞬だけど本気で考えてしまった。ククールは無造作に腰を下ろす。
 「今まで何も話さなかったオレが悪かったよ。ちゃんと全部説明する」
 だからお前も座れという無言の圧力を受け、私も仕方なく、その場に座った。
 「ゼシカの家って、リーザス村の領主みたいなもんだよな?」
 「えっ…う〜ん、一見そう見えるかもしれないけど……」
 実際には違うのよね。だってあの村は別に、アルバート家の領地ってわけではないから。
 「オレとマルチェロの父親も、マイエラ一帯の領主だったっていうのは知ってるよな?」
 私は言葉で返さずに、ただ頷いた。
 だって、その件に関しては、何て返事をすればいいのか困ってしまう程、ひどい話を聞いているから。
 「オレが生まれたことで、マルチェロは領主の跡取りの座を失って、住んでた家まで追い出された。そしてその事で、ずっとオレを恨んできた」
 それは知ってるけど、この話がさっきまでの話とどう繋がるのかが、わからない。
 「そんなオレが、もしも領主の跡取り娘と結婚して、幸せに暮らしてるなんて知ったら、マルチェロはどう感じるだろうって、ある日突然、想像しちまった」
 ククールの話を聞いて、私も一瞬で想像してしまった。
 もしもマルチェロが、まだククールへの憎しみを抱えたままでいるとしたら。
 法皇就任を阻止されたことを、またククールに全てを奪われたんだと考えてるとしたら。
 そして、その領主の娘というのが、ククールと一緒に法皇就任を邪魔した私だったとしたなら……。
 マルチェロはリーザス村に来るかもしれない。
 自分が何もかも奪われたように、今度はククールから全てを奪い取る為に。
 「オレは今まで、どんなに憎まれてもマルチェロを怖いと思った事は無かった。それは別に勇気があったからとかじゃなくて、失って怖いものなんて何も無かったから……。大事なものを奪われる心配なんて縁が無かったからだったんだ」
 そしてククールは真剣な顔で私の目を見た。
 「でも今は、怖くてたまらない」
 胸が痛くなりそうな、悲痛な言葉だった。
 「今日リーザス村へ行ってみて、改めて思った。あんな平和でのどかで呑気な村、オレだって半日かけずに滅ぼせる。ゼシカの生まれ育った村が、もしオレのせいで滅ぼされるような事になったらと思うと、たまらなく怖くなった。マルチェロを捜し出して、あいつがオレの大切なものを傷つけたりしないって確かめるまでは、ゼシカには近づかないようにしようって決めたんだ」
 だからククールはずっとマルチェロを捜し続けて、一度もリーザス村には会いに来てくれなかったんだ……。
 何て、バカな人。
 どうしてこの人は、こんなに何もかも守ろうとしてしまうんだろう。
 私がそれでどんな思いをするかは考えずに、私の生まれ育った村を守ろうとしてしまう。
 つくづく、私だけを守るなんて、絶対出来ない人なんだわ。
 でも…それが不満なのに、そういう所を好きになってしまった私は、もっとバカ。
 「それだったら……一言そう言っておいてくれれば良かったのに」
 そうしたら私は、いつまでだって待てたし、お母さんにだって胸を張って好きな人がいるって言えたのに。
 「ああ、わかってる。それはオレが悪かったよ。ようやく暗黒神を倒して実家に帰ったんだから、しばらく親子水入らずでゆっくりしてくれてればいいと思ってたんだ。まさかこんなに急に見合いがどうのって展開になるとは予想してなかったし……」
 ちょっと歯切れの悪い物言いに、ふと不安な疑問が頭に浮かんでしまった。
 「ねえ、ククール? もしもよ? もしもマルチェロを見つけた時……お前が幸せになるのなんて許さない。絶対に何もかも奪い尽くしてやる、なんて言われたら…どうするの?」
 残酷な質問なのはわかってる。
 でもこれだけは確かめておかないと、不安で待ってなんていられない。
 少しの間の後、ククールは言いにくそうに口を開いた。
 「その時は悪いと思うけど……リーザス村からゼシカをさらってく」
 ククールの口から初めて、期待していた通りの言葉を貰えた。
 「それもあって、リーザス村には近づかない方がいいと思ったんだよな。オレみたいな品のいい美青年が訪ねていったら、絶対ゼシカの母さんはオレが婿養子に来てくれるんじゃないかって期待するだろ? なのに場合によっては娘さんをさらっていくつもりですとは言えるわけないし、だからって黙ってるのも気がひけるしで、やっぱり姿を見せないのが一番かな〜と」
 ……本物のバカが、ここにいた。
 何? この図々しい発想は。
 しかも今までの経緯を振り返ると、ククールは一度も私に『好きだ』とも『愛してる』とも言ってくれてないし、私がどうしたいのかも訊いてきてもくれない。
 周りの事を考えてるようで、一番最後のところで、とんでもなく自分勝手なんだわ。
 でもまあ、もしも自分勝手が空回りして私の事は諦めるなんて言ってたら、絶対に消し炭にしてやろうって決めてたから、許してあげるけど。
 「多分マルチェロも、そこまではしてこないと思うけど……もし村を離れるような事になったらゴメンな。ゼシカはアルバート家の大事な跡取りなのに……」
 「いいのよ、そんなの。元々は私はあの家を継ぐはずじゃなかったから、何にもわからないんだもの。ただあの家に生まれたってだけの私よりも、もっとふさわしい人はたくさんいるはずよ」
 「いや、ゼシカに苦労かけるなって」
 「そんなのもっと平気よ。あ、でも、たまにお母さんの様子を見に行く位なら問題ないんでしょう?」
 「ああ、それはもちろん。何だったら、アローザさんも一緒に来てもらってもいいし」
 「それは私がイヤ」
 だけど、親娘を引き離したくないっていうククールの気持ちは嬉しい。
 本当に私の周りの人全てを、大事にしようとしてくれてるんだって伝わってくる。
 あ、そうだ、家族といえば……。
 「それとね。兄さんのお墓参りにも行きたいの」
 『もちろん、いいよ』って返事が帰ってくるものと思っていた。
 だけど返事の代わりに手が伸ばされて、軽く額を小突かれた。
 痛くはなかったけど不意打ちだったので、ちょっとバランスを崩してしまう。
 かと思うと、そのまま肩をおされて、あっけなく地面に転がされてしまった。
 気が付けば、ククールが私の身体に馬乗りになっている。
 月明かりが逆光になって、ククールの顔は見えない。
 「お前さあ。普通こういう時にまで、兄貴の事を口に出すか?」
 「え? だって……何が悪いの? さっきまでの話題、半分以上はマルチェロの事だったじゃないの」
 「たとえ兄貴でも、オレ以外の男の事は考えるなって言ってんだよ」
 何? その理屈。全然わかんないんだけど。
 「次に会えるのは、いつかわからないしな。今の内に、ゼシカの頭の中のオレ比率を上げておく必要があるみたいだな」
 抑えられてる訳じゃないのに、全く身体が動かせない。
 ククールの表情がわからない分、怖くて身体が竦んでしまう。
 「オレの事で、頭がいっぱいにしてやるよ」
 ククールの顔が、どんどん近づいてくる。
 え、どうしよう。こういう時、どうすればいいの?
 息がかかる程の距離まで顔が近くなり、思わず固く瞼を閉じた瞬間だった。
 ちゅっ、と。
 本当にかる〜く頬に唇が触れて、私は拍子抜けしてしまった。
 「箱入りお嬢には、これでも十分だろ」
 既にククールは起き上がっていて、余裕たっぷりの様子で私を見下ろしている。
 「な、何なのよ、今のは!」
 跳ね起きて抗議する。
 「いったい、何をされるかと思って、焦っちゃったじゃないの」
 まったく、紛らわしいんだから。
 「ふ〜ん。その様子だと、焦ったっていうより……期待してた?」
 「してません!」
 「あっ、そう」
 ククールは全部見透かしてるような態度だ。
 それが悔しいから、絶対に教えてあげない。
 確かにしばらくククールの事で頭がいっぱいになりそうだって事と……私がさっき本当に、ちょっとだけ期待しちゃってたなんてことはね。
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