暗黒神ラプソーンを倒してから早11年。
四人の冒険は当時は世間に全く知られていませんでしたが、旅が終わってから事情を知る人たちから口伝で広がっていき、今では世界中の人が呪われた城から始まった冒険物語を語り継ぐようになりました。
そんな中で、その冒険者四人の中の一人のククールさんが、暗黒神の伝承があまりにも人目に付きにくい所にばかり記されていた事に対する壮大なツッコミ、基、教訓として、当時の冒険や悲劇を誰でも気軽に追体験出来るゲームとして制作し発表する事になったのでした。

そろそろ引退を考えているトロデ王様と、世継として日々政務代行に励んでいるミーティア姫様の治めるトロデーン城で、ゲームが完成したお祝いとして当時の仲間たちが集まりました。
ゲルダ姐さんとモリーちゃんも一緒です。
「ゲームの完成を祝して乾杯! おめでとう、ククール。」
ミーティア姫様の夫となり、二人の子供の父となったエイト君が乾杯の音頭を取ります。
「ずっとベルガラックに籠ってたから初めは本当にギャンブラーとして生きてくつもりかと思ったよ。もっと早く言ってくれれば手伝ったり出来たのに」
「上手く行く保証が無かったからな。あの町の電気と竜骨の迷宮の映像の原理を何とか解析して利用出来るようになるまでだけで5年かかった」
幸いゲームのシナリオそのものは自分たちの体験を元にしていたので、さほど苦労は無かったそうです。


ゲームの発売は一週間後の予定ですが、ベルガラックのカジノに設けたコーナーでの体験プレイが大好評で予約が殺到しており、生産が追いつかない状況な程の前評判で、ククールさんはすっかりセレブの仲間入りです。
ですがそこは製作者の特権でククールさん、自分たちの分はちゃっかり本体とソフトを確保して、関係者に抜け駆けプレイを呼びかけました。
発売まで一週間という時に責任者がそういう事をしてるヒマがあるのかという話ですが、面倒臭がりを極めて、自分がいなくても生産流通には何の支障も無いシステムを完璧に作り上げているので問題無いのです。
そして皆でスケジュールを調整し、トロデーン城で泊りがけで、ゲーム合宿する事になったのでした。
しかし、それが不運の始まりだったのです。


皆でワイワイプレイしながら、それぞれの感想というかツッコミをククールさんにぶつけます。
「何で僕だけ何も喋らない訳? 皆で楽しそうに漫才してる横で寂しい奴みたいになってるよ」
「すまん、声が似てる奴が見つからなかった」
「ええ!? そんな理由で? 声なんて別に似てなくて良かったよ」
「いいじゃねえかよ、主人公にしてやったんだから。ゲームする人間が感情移入しやすいように余計な事を喋らせないようにしたんだよ」
主人公にしてやったと言われ、それはまんざらでもないと思っていたエイト君は黙りました。
「何だか微妙に自分だけカッコ良くしてる節がねえでがすか? 腰抜かした時とか、ルーラで天井に頭ぶつけた時とか」
「実際オレの身のこなしは優雅だったはずだ」
「いやあ、天井に頭ぶつけて転げまわって痛がってた事や、立膝どころか仰向けにひっくり返った事もあったはずでげすよ」
「具体的にいつだよ、どの場面でだよ。10年以上も前の事で断言出来るほど、自分の記憶力に自信があるのか?」
記憶力には全く自信の無いヤンガス氏は黙りました。
「ねえ、私の外見が変わる装備って偏ってない? プリンセスローブとか天使のローブとかも気に入ってたんだけど」
「それはもちろんサービスだ」
「意味わかんないわよ。それにブレザーとか何、あれ? あんな衣装着た覚え無いし見た事もないわよ」
「ゲーム作るってな、ずーっと部屋の中に閉じこもって地道な作業に追われるんだぞ。ちょっとぐらい自分の趣味盛り込まないと、やってられるかってんだ」
ククールさんの魂の叫びに、ゼシカ嬢はドン引きして黙りました。
「そもそも、何でゲルダとモリーがいるんじゃ? 話が根っこから変わってしまったではないか」
ようやくトロデ王様が核心を突いた質問をぶつけました。
「ああ、二人はスポンサーなんだ。ゲーム作るのって人手もいるし、すげえ金が掛かるんだよ。で、手当たり次第に金持ちを当たっていったら、二人が自分も仲間キャラとして出してくれるなら投資するって言ってくれたんだ」
ゲルダ姐さんは満足げに頷きました。
「おかげで美魔女とか言われて、あちこちの雑誌の取材に引っ張りだこでね。トレジャーハンティングの依頼もたくさん来るし、悪い投資じゃなかったよ」
旅の仲間たちも11年の年月を過ごした割には皆、若さを保っていますが、その中でも、やはり驚くべきはアラフォーでありながら20代後半の見た目の若さを保っているゲルダ姐さんでした。
「全く、本当は弱っちいくせにゲームではやたら強く設定させやがって本当に強欲だぜ。しかも無茶な依頼が来たら戦うのはアッシに押し付ける気なんだから、困った奴でげすよ」
そう、海賊の洞窟で「戦うのは得意じゃない」と言ったゲルダ姐さんの言葉は嘘ではなかったのです。
ただスポンサーの立場からククールさんに圧力をかけ、自分を強キャラとして描かせていたのでした。
「あれは本当に大変だった。要求がどんどんエスカレートしていって、全然譲ってくれないんだもんなぁ」
ゲルダ姐さん、特にこだわっていたのがヤンガス氏よりも絶対に強くしろという所で、ゲルダ姐さんを強くするのに限界を感じたククールさんは、かぶと割りの効果を下げたりと、ヤンガス氏を弱くする方向にまで走ってしまったのです。
おまけに見た目装備も自分はキャプテンでヤンガス氏はしたっぱとか、とにかく恨みでも込めたように自分とヤンガス氏との間に上下関係を付けようとしていたのです。
……いえ、『恨みでも込めたよう』というよりも実際恨めしく思ってたんですけどね。
女心を全く理解せずに、ハッキリした態度を取ってくれなかったという恨みが。

話が逸れたので戻ります。
「その点、モリーのとっつぁんは大人だった……。ほとんど口出ししなかったもんな」
ゲルダ姐さんの驚くべき若さ発言を一部撤回します。
だってモリーちゃんは、それこそ当時と全く変わっていないのですから。
「そうとも。わしは細かい事は気にしないぞ。例え自分だけ座る椅子が無くてドアの脇に立っている事になろうと、レディが煉獄島へ入れられるのに自分は逃げるような紳士にあるまじき行動を取った事にされようと、そんな細かい事には、こだわらないとも! おかげで早くもバトルロードの知名度が急上昇中だ。それを思えば一人だけスペシャルポーズが無くたって寂しくなんてないぞ! 全く気にしないとも!!」
ピンポイントで例をあげてくる辺り、実はモリーちゃん、結構根に持っていそうです。
「すいませんでした……」
元々は実際に起こった事を書けばいいと思っていたククールさん、ストーリー作りは素人なだけに、本来その場にいなかった人を描くというのが上手く出来ない場面も多々あったのです。

公務が一段落したミーティア姫様と勉強を終えた子供たちが、いい大人が仕事そっちのけでゲームに夢中になっている部屋にやってきました。
「お母さま、僕たちもゲームの続きやっていい?」
一番年上の王子様が訊ねると、ミーティア姫様はにっこり笑って頷きました。
「ええ。だけど一時間までよ」
大人たちは一人一台のハードを持っていますが、子供たちは八歳になっている王子様を除いては、まだ自分一人でプレイしてクリアするには難しい年頃です。
両脇から覗き込んで、弱い魔物と戦う時などに時々変わってもらいながら、皆で一台でマッタリとプレイしています。
更に一日10時間以上プレイしている大人たちはいつでもラプソーンを倒してエンディングを迎えられる段階まで来ていますが、子供たちは節度を守ったプレイをしているので、一週間経ってもまだオセアーノン戦です。
大人たちも一旦、自分のプレイの手を止めて、固唾を飲んで見守っています。
子供たちも昨日の挑戦で一度敗れて、その後レベルを上げてからのリベンジなのですが、大人の皆さんも漏れなく、このオセアーノン戦で一度は敗北を経験していたからです。
ですので堅実なレベルアップでの真っ向からの勝負でオセアーノンを撃破した時、部屋中は拍手喝采でした。
いよいよゼシカ嬢を仲間に加え、南の大陸に渡るという場面、大人たちは昔を思い出して感慨に耽り、子供たちはワクワクしていました。
しかしそんな中、一人だけ真剣な表情をしている人物がいます。


「兄貴、折り入ってお願いがあるでがす」
ヤンガス氏が改まってエイト君に向き直ります。
「アッシ、この10年以上の間、ずっと兄貴の仲間にしていただいた時にやり損ねた事があるのが心に引っかかっていたでげす」
エイト君は首を傾げます。
強盗しようとしたのを悔やんでいるのか、橋を落としてしまった事を申し訳なく思っているのか、はたまた鉄のオノを落としたばかりに戦力低下していた事なのか……。
「アッシ、クルッと回ってないでがす!」
大人たちは全員ズッコケました。
「ゼシカもククールも、仲間になった時にはクルッと回ってたでがす。その時からアッシも本当は回っておくべきだったのかもしれないと思いながらも、今更どうしようもないと諦めたでがす。だけど、このゲームの中でゲルダやモリーの旦那まで回ってるのを見てしまうと、どうにも我慢出来なくなったでがす」
モリーちゃんに至っては、二回転までしていますしね。
「アッシも兄貴の前で回りたいでげす! それでやっと本当に兄貴のお仲間になる儀式が出来る気がするがげす。どうか11年間の想いを受け止めてくだせえ!」
「わ、わかったよ、それでヤンガスの気が済むのなら……」
内心は心底どうでもいいと思っているエイト君ですが、可愛い弟分の願いを無下に出来るはずがありませんでした。


「やっと…やっとこの日が来たでがす」
ヤンガス氏は興奮の余り、どんどんテンションが上がっていきます。
その様子を見ていたククールさん、悪い予感がしたので、エイト君以外の人たちを部屋の隅へ誘導します。
「それじゃあ、行くでがすよ、兄貴!!」
SHTまで上がったヤンガス氏は華麗にターンしようとします。
しかし今までの人生、華麗な行動には余り縁が無かった為、ついうっかり慣れた行動を取ってしまいました。
そう、ヤンガス氏が一番多く経験してきたクルッと回る行為と言えば……
「しんっくうっはーっ!!」
「ぬわーっ!!」
エイト君は300のダメージを受けました。

歴戦の勇士のエイト君にとっては命に別状の無いダメージではありましたが、その件で少し頭の冷えた大人たちは、これ以上どこかで地雷を踏んで誰かに害が及ぶ前に、サッサとエンディングを迎えて解散する事にしました。
そしてそれは大正解でした。
帰路に着くべくトロデーン城を出た皆の足取りは重かったからです。
もしあのエンディングを見た後で城に泊まる事になっていたら、気まずくてエイト君やミーティア姫様の顔をまともに見られない人もいたでしょう。
ヤンガス氏は結果的にはグッジョブだったのです。

「何よ、あれ」
誰もが思っていながらも、城内では口に出来なかった言葉を、誰よりも訊く権利のあるゼシカ嬢が口にしました。
「何でいきなり私がエイトと二人で旅に出てたり、それどころか結婚する事になってるの?」
10代の頃だったら見た瞬間にククールさん相手にメラゾーマを投げつけていたでしょうが、アラサーの今では流石に落ち着いて、城の建物を出るまで我慢する分別が付きました。
「……何で、アッサリ見つけるかな……」
誰よりも気まずい思いをしているククールさん、理由をすぐには言えません。
彼らの世界ではインターネットで情報を拡散共有なんて出来ないので、用の無い村に立ち寄って宿に泊まるなんてイベント、まず誰も気付かないだろうと思っていたのです。
ですが盗賊のヤンガス氏やゲルダ姐さん、その影響で立派な家探しハンターになったエイト君が、いかにも意味ありそうに飾ってあるサーベルト兄さんの鎧の存在を気にしない筈はありません。
必ずいつか貰えるはずだと、足しげく通っていました。
それはゼシカ嬢も同じです。
実際とは墓の位置も違うし、鎧だって飾られていなかったのに、何の為にそんな設定にしたのか気になって通い詰めていました。
つまり素直なモリーちゃん以外の全員がバッチリ、フラグを立てていたのです。

「いきなり近衛隊長を解雇されてエイトなんて顔が引きつってたじゃないの。どうしてそんな事したのよ」
そしてゲーム内の事なのに本気でショックを受けてる姿を可愛く思うミーティア姫様と子供たちに慰められて、家族の絆はむしろ深まっていました。
「それは……言っただろ。賢者の子孫に育てられた身としては、滅びた災厄とはいえ簡単に忘れ去られないようにするのが義務だと思ったって。その為に少しでもインパクトの残るエピソードをだな……」
若い頃は育った環境のせいか妙に大人びていて、手袋の中の指輪をスラれたなんて白々しすぎる嘘もサラッと吐いていたククールさんですが、心から信頼出来る仲間と出会った事で素直になってしまい、すっかり嘘が下手になってしまいました。
誰も本気に受け取っていないのを感じ取り、渋々、本心を口にしました。

「…………ゲームの中でくらい……ゼシカに幸せになってほしかったんだ……」

その言葉を聞いた瞬間にゼシカ嬢、ククールさんへの怒りが高まった時にのみ発動する特技、一気にSHT状態になりました。
その間にゲルダ姐さんはククールさんから『はやぶさの剣・改』を盗んでゼシカ嬢に渡しました。
「ほら、これ使いな」
モリーちゃんはゼシカ嬢にバイキルトを唱えます。
「レディ、思う存分やるといい」
「ありがとう、二人とも」
ゼシカ嬢は、何も言わなくても気持ちをわかってくれた年長者二人に怖い顔のままでお礼を言いました。
「えっ、おい、何でオレの剣……」
そして何が起きているのかわからずに戸惑っているククールさんに、ゼシカ嬢の渾身のライトニングデスが放たれました。
「ちょっ、まっっっ!」
ククールさんは咄嗟に大ぼうぎょしてダメージを大幅にカットしました。
これで普通の防御だったら、命に関わっていたかもしれません。
モリーちゃんは完全にゼシカ嬢の味方でしたが、ゲルダ姐さんは、ククールさんを素手にする事でそれとなく助けてあげたようです。
これも一重にゲーム内での扱いの差でしょうか。

「あんたに私の幸せの何がわかるの!?」
そう叫んだゼシカ嬢は剣を落とし、ゲルダ姐さんにしがみついて泣きだしました。
「くやしいー!! あんなヤツに『恋を教えてやろうか?』とか言われてたなんて!! 絶対許さなーい!!!」
「だから言ったろ? 男なんてどいつもこいつも、女心なんてホントに、全っ然、何っにもわかってないんだって」
ゼシカ嬢を宥めながら、ゲルダ姐さんは冷たい目でヤンガス氏を睨みました。
ヤンガス氏は気まずくなり、何が起こっているのかわからないククールさんにベホイミをかけてあげました。
ククールさんにしても、あの隠しエンディングを見てゼシカ嬢が喜んでくれると思う程バカではありませんでした。
叶わなかった恋をゲーム内で成就させてもらっても大きなお世話だという分別ぐらいはあったのです。
ですが殺されそうになる程、怒られるとも思っていませんでした。
根本的な前提を間違えている事に考えが及んでいなかったのです。
「思えばエイトだって、結構ギリギリまでグダグダやってたよね。まあ、あたしもまさか、ヤンガスより女心のわからない男がいるとは思わなかったけどね。それでもあんたはまだ若いからいいよ、元気出しな」
「良くない! やっぱり一発じゃ気が済まない、マダンテで消し炭にしてやる!!」
「よしな! そんなもんでウチの坊主を巻き込んだりしたら許さないよ!」

映像を一緒にお送りしていないのでお気付きでない方も多いと思いますが、ヤンガス氏の背中には彼そっくりの男の子が背負われていました。
鋭い方は、エイト君たちの子供は二人なのに王子様の『両脇』からゲーム画面を覗く子供たちがいた事に違和感を覚えてたかもしれませんね。
彼も一緒にいたからなんです。

またまた話が逸れたので戻します。
「こんなヤツらをおとなしく待ってても無駄なのさ。おかげで高齢出産するハメになっちまった。やんちゃ盛りの相手も手下どもがいなかったら体力が続かなかったかもね」
ゲルダ姐さんも、暗黒神を倒して怒りの鉄球を返しに来てくれた時に、ヤンガス氏に色々と期待していたのですが、全く進展しないままで更に6年も待たされたあげく、遂には自分から迫るハメになったのを、晴れて夫婦になった今でも完全には許せていないのです。
その顛末は知っていたククールさん、自分がヤンガス氏と同じだと言われている事で、ようやく自分がとんでもない勘違いをしていたらしき事に気が付きました。
「まあ、後は当人同士で話を付けるんだね。……それにしても、エイトたちの子供と遊んでる坊主を見てると、やっぱりこの子にも兄弟が欲しくなるね。もうひと頑張りして世の中の女たちに勇気を与えてみるかね」
ゲルダ姐さんはヤンガス氏にとてもキツく当たっていますが、それはヤンガス氏のエイト君への敬慕の気持ちが強すぎて、ヤキモチを妬いてしまっている為でもあるのです。
つまりベタ惚れなのはゲルダ姐さんの方。
ヤンガス氏も何とも罪作りな男です。


年長者三人と坊や一人は、それぞれの生活に戻っていきました。
取り残された二人は、どう話を切り出していいのかわからず、しばし無言です。
「……そうなら、そうと言えよ……」
ようやくボソリと呟いたククールさんに、再びゼシカ嬢の怒り復活です。
「ちょっと待ったー!! 何そこで、私が悪いみたいになってる訳!?」
「いや、悪いって訳じゃないけど、こっちからのアプローチをスルーしまくるからには、その気があるならそっちから来てくれないと、わからないだろ?」
ククールさんがサヴェッラでの結婚式ぶち壊しの後、しばらくの間はゼシカ嬢にアプローチしていたのは本当です。
ただ、ミーティア姫様の護衛に女性二人連れだった事で不信感を持たれ、更にあまりにもキザで浮いたセリフを並べた為に冗談としか思われず、本気にしてもらえなかったのです。
「行ったわよ、何度も! 勇気振り絞って! でもいつでも女の人が何人もいて、言い出せる訳ないじゃない! それもとっかえひっかえで!!」
「いや、何人もいる時点で何でもないってわかるだろ? ゲーム作りのスタッフだよ、全員! それに男だって結構いたぞ!?」
ククールさんの人脈なので、女性の比率の方が高かったのは確かですが。
「だって、そう言ってくれなかったじゃない!」

初めはゲーム作りは3年もあれば完成するだろうと、あまりにも甘く考えていたククールさん、内緒で作って驚かせようと軽い気持ちで秘密にしていたのですが、思ったより時間が掛かってしまい大誤算でした。
そして一度秘密にしたからには、上手く行かなかったら格好悪いという見栄っ張りな性格が災いし、益々仲間に打ち明けられなかったのです。
そうしてアッという間に10年も経ってしまい、ようやくゲーム完成の目処が立った頃、ゼシカ嬢がいつまでも独り身でいる事が今更とても気になってしまったのです。
閉じこもって頭ばかり使っていて、一番煮詰まっている頃です。
思考がぶっとんでしまい、ゼシカ嬢は実はエイト君が好きだったのに、自分がサヴェッラでゼシカ嬢の気持ちも考えずにエイト君をけしかけてしまった事で彼女が誰にも気づいてさえもらえないままに失恋してしまったのではないかと思い込み、罪滅ぼしだと斜め上に突っ走った考えのまま、急遽エンディングを追加してしまったのでした。

「バカ! 信じられないくらいバカ! 自分は何でもお見通しって顔してるくせに、どうして肝心な部分だけ鈍いの!?」
「すんませんした」
今やククールさんも、自分がアホな思い違いをしていたと、ハッキリ理解しました。
「私もバカ。こんな奴を10年以上待ってて、すっかり年とっちゃったわよ」
「いや、まだまだイケるぜ。少なくともあの頃のゲルダよりもまだ若いんだから」
本人が目の前にいないし、ゲームも完成して無茶な要求をされる心配が無くなったのをいいことに、酷い問題発言です。
「でもオレ、あのエンディング作って良かったよ。おかげで大事な事がわかった」
アホなククールさん、ゼシカ嬢がエイト君に告白している場面は描けたのに、どうしてもゼシカ嬢とエイト君が教会から出てきた時の自分の姿を描く事は出来ず、ミーティア姫様の結婚式のシーンを使い回してしまいました。
その時に気付いたのです。たとえゲームの中であっても、ゼシカ嬢が他の男と結ばれる事を到底祝福なんて出来ない自分の気持ちに。

「……何かもう、こんなグダグダで出すのはカッコ悪いんだけど……」
ククールさんは懐からリングケースを取り出します。
中にはアルゴンリング並に大きな赤い石の嵌められた指輪が入っています。
「受け取ってほしい」
聖職者だから結婚は初めから想定外というように、一切相手に期待させずに済む逃げ道のある上で女性を口説きまくっていたククールさん、生まれて初めてのプロポーズをしようとしますが……。

「……これを嵌めてグーで殴っていいってこと?」
「顔の肉が抉れるからやめてください」
自分は11年も待たされたのだから、ククールさんも少しは焦らしてやらないと気が済まないと思っているゼシカ嬢ですので、そうそうスムーズには行きそうにありませんでした。


一方、その頃……。
トロデーン城ではようやくエイト君がショックから立ち直った所でした。
「ククールって、こんなゲームを10年ちょっとで作るなんて、本当に天才だと思うんだけど……どうしてあんなにバカなんだろうね」
ミーティア姫様はノーコメントでした。
何故なら、彼女だけは事前に分岐エンディングの事を知っていたからです。
ゼシカ嬢の気持ちは勝手に決め付けて暴走してしまいましたが、ミーティア姫様を失恋させる展開を作るのには本人の承諾が必要だと、あくまで自分基準で律儀さを発揮したククールさんに打ち明けられていたのでした。
そしてミーティア姫様は許す条件として、利益の10%をトロデーンに寄付する事を要求したのでした。

実はトロデーンは大変な財政難でした。
城が長い間呪われていた事も大ダメージでしたが、チャゴス王子との結婚を拒否した為にサザンビークから多額の慰謝料を請求されてしまったのです。
クラビウス王は寛大な所を見せて心情的には許してくれましたが、全く何の賠償も無しでは国の面子が丸つぶれなので、金銭による円満解決で収める事にしたのです。
分割払いで何とか慰謝料は払いきったのですが、国庫は空っぽです。
国を治める者として、ミーティア姫様は個人の感情よりも国の財政を救う事を選んだのでした。
いざとなると女性は強いのです。


さて、色々と黙っていたい事を赤裸々に告白させられたククールさんでしたが、実はまだ隠している事がありました。
それはククールさんが、ゼシカ嬢の双竜撃ちの威力を見たスタッフの何人かに『やだ、この人強すぎー。こんな人相手に、君を守るとか言ってたなんてウケるー!!』と笑われた為に双竜撃ちの威力を下げてしまったという事です。
いつツッコミが入るかハラハラしていたのですが、この分だとその事には触れられずに済みそうです。
おバカでアホなのは周知の事実ですが、そういう器の小ささはバレずに済んだという事で……メデタシメデタシ。


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