「はいククール、新しい装備。元手がすごいかかってるんだから、大事に使ってよね」
錬金大好きエイト君が、オレ専用の新しい装備を作ってくれた。
元手か……。
確かに、みずのはごろもに紅蓮のローブ、月のおうぎ。
素材の売値を考えると、ヤンガスのギガントアーマーよりも高くついてる高級品だが……。
……どうやって着るんだ、この服?
丈こそオレの長い脚用だが、ヤンガス用かと思うような裾の広がったズボン。
これまたやけに丈の長いローブ風の上衣にはボタンも何も付いてなくて、バサバサして動きにくい。
それでも素材の性能を引き継いでるなら耐性が高いはずだから、何とか慣れるしかないか……。

レオパルドと一戦交えるのに、まだ錬金し足りないと聖者の灰を欲しがるエイトの為に、とりあえずベルガラックにやってきた。
何やら街の中が浮足立った雰囲気なんで住人に尋ねてみた所、カジノ再開後100日記念の祭が行われ、夜には花火も打ち上げるらしい。
記念日なんだからサービスでスロットの設定が甘くなってないかと期待しながらカジノに入ると、丁度ユッケが巡回している所だった。
「あれぇ? 珍しいね、和服なんて着ちゃって。どうしたの? っていうか、着方変だよ、それ」
ユッケがオレの姿を見て、声をかけてきた。
「ワフク? これワフクっていうのか?」
今までの旅で色んな町を見てきたが、こういう服は一度も見た事がなかったから、ユッケがこの服の事を知っているのが意外だった。
「そうだよ。その和服ってベルガラックの民族衣装なんだ。でも着るのに時間がかかるから、今ではお祭りの日とか特別な時じゃないと着る人は滅多にいないけどね」
民族衣装というと、レティシアみたいに地域色の強い服の事か。
レティシアは隔絶された土地だから昔から伝わった服を着続けるが、こっちでは自然にどこでも大差ない機能的な服装に統一されていってるんだろうな。
「ところでさっきも言ったけど、それ着方変だよ」    
「え、マジ?」
「うん。袴の紐は後ろでリボン結びするんじゃなくて、前に回して結ぶの。それに上に来てる着物は羽織るんじゃなくて、ちゃんと前であわせて袴の中に入れるんだよ。カッコ悪いでしょ、それじゃあ」
『カッコ悪い』
その言葉はオレにとっては何より耐え難い評価だった。

「そう、着物はそれでOK。次は袴ね。ちゃんと着物の裾を捌いて穿かないと歩きにくいから気を付けてね」
カジノに直結してるホテルの一室を借りて、ユッケに和服の着方をレクチャーしてもらった。
なるほど、これが正しい着方だったのか。
何でこの袴ってヤツの中にわざわざ丈の長い着物を着込むのか意味がわからない所もあるが、ちゃんと着ると背中がピンと伸びるような感じがして、シャキッとした気分にはなるな。
「それと髪ね。今のままでもいいけど、和服の時はうなじを見せた方がいいよ。やってあげるね」
そう言って髪を総髪に結ってくれた。
「はいこれで完成。自分で着付けてなんだけど、すごくカッコよくなったよ。人のいる所に行ったら、女の人の視線は独り占めだね」
オレが女の視線を独占するのはいつもの事だ。
まあ、何故か一緒に旅する仲間の女たちだけは、誰一人オレの事は眼中に無いという、世間の常識、パーティーの非常識状態ではあるんだけどな。

「悪いな、すっかり遅くなっちまった」
明日からは一人で着られないと意味がないんで、完璧に覚えるまで練習してたらカジノに戻った時には1時間以上経っちまってた。
「うわぁ、すごく似合うね、ククール! 作った甲斐があったよ」
真っ先に賞賛を浴びせてきたのは、悲しい事に男のエイトだった。
「うむ。ナイスガイの魅力が一層引き出されている。流石はボーイの作った装備だな」
「うんうん。ククールがこんなに真面目そうに見える装備を作れるのは兄貴だけでがす」
モリーとヤンガスはオレを褒めるフリしてエイトを褒めてる。
というか、ヤンガスはむしろオレをけなしてないか?
「確かにね。その髪型も似合ってるよ。中々いいんじゃないのかい?」
だけどデブ専ゲルダが珍しく褒めてくれた。
これは結構な快挙と言っていいかもしれない。
「いいなぁ……」
……おまけにゼシカまでが褒めてくれた?
「私も着てみたいなあ、和服」
いいなあって……いいのは、オレじゃなくて服単体かよ!
「何? 着たいの? いいよ、貸してあげる。もう知ってると思うけど今日はお祭りだから、夜になったら浴衣の人も多いと思うし、ゼシカも着ていくといいよ」
「ホント? いいの?」
「うん。着せてあげるからウチの方に行こう」
「わあ、ありがとう」
ゼシカは大喜びでユッケに付いていく。
オレたちも何故かゾロゾロと後に付いていき、祭に全く興味が無いというゲルダだけがカジノに残った。

「ふふ。どうかな?」
着替えて出てきたゼシカは、少しはにかんだような感じで尋ねてきた。
ユッケから借りた浴衣自体はアイボリーの生地に朱色のトンボ柄と、ちょっと子供っぽさを感じるが、いつものツインテールではなく後ろで纏めている  髪型は清楚に見える。
いつもあちこち丸出しの時は堂々としてるのに、ほぼ全身覆っている今の方が恥ずかしそうにしていて、むしろちょっと色っぽい。
でもまあ、褒めるのはやめておいた。
ゼシカの今の言葉は、わかりやすすぎる程エイト一人に向けられていたからだ。
「うん、似合ってるよ。ククールもそうだけど、和服って随分雰囲気変わるね」
それに対してエイトの褒め言葉はどこかそっけない。
オレに対しての褒め言葉の方が明らかに力が入っていた。
多分自分で作った物とそうじゃないのとで関心が違うんだろう、この錬金オタクは。

「じゃああたしは仕事に戻るね。楽しんできて」
ユッケが立ち去ろうとする。
「ありがとな、ユッケ。おかげで助かったよ」
祭がある日で忙しいだろうに、すっかり世話になっちまった。
「ううん。役得だったよ。男女両方の世界最高峰のナイスバディを生で拝めたしね。眼福眼福」
お前、どこのおっさんだ!
「おいユッケ。女の子がそういう発言するんじゃない」
「だって本当だもん。まあゼシカは普段の恰好でプロポーション抜群なのはわかってたけど、ククールって一見すると線が細いのに、着痩せするんだね。肩幅広いし、胸板厚いしで凄くセクシー。普段の服も今の和服もストイックに肌を隠してる分、中身を知ってると却って色気が滲み出てて、たまんないわー」
ユッケはこうやって人をからかって遊ぶ所や、自分の利の為なら他人に眠り薬を盛る事も辞さない所とか、オレと色々性格が似ている部分がある。
だから同年代の女性に対しては珍しくユッケの事は恋愛感情度外視で妹みたいに感じてる。
それで遠慮無く着替えを手伝ってもらったり髪まで結ってもらったんだが……。
「そういえばククール、私の時よりも随分着るのに時間が掛かってたわよね。まさかどさくさに紛れていかがわしいマネしてないでしょうね?」
ほら、潔癖お嬢様が勘ぐりだした。
「してねえって。ゼシカと違って着せてもらって終わりじゃなくて、自分で着れるようになる練習してたら時間が掛かったんだよ。そんなに節操なしじゃねえよ」
オレがそんなに節操なしだったら、世間知らずで騙されやすいお前なんて、とっくに餌食になってるってぇの。

夕方になり街へ出ると、色々な食べ物や玩具、ゲームの屋台が出ていて、和服姿の人間が大勢繰り出していた。
オレはユッケにこういう祭には堅苦しいと言われ、剣や袴、おまけに足袋という名称の靴下まで取り上げられてんだが、これが中々歩きにくい。
裾が広がってないからスタスタとは歩けないし、この草履ってやつが結構足の指が痛い。
おまけに裸足で履いてるから、もし足を踏まれたら大ダメージかと思うと気分的に心もとない。
ゼシカも同じようで、オレ以上に服には動きやすさを求めてるからストレスが溜まってきたみたいだ。
「やめとけば良かったかな……」
おめかししてエイトに褒めてもらいたかったんだろうに、スルー気味にされてゼシカのテンションはすっかり下がっちまってる。
それなのにエイトはトロデ王に土産だと、はしゃぎながら焼きそばやらタコ焼きやらを買い漁って、こっちを振り返ろうともしない。
どんなに長く一緒に旅をして苦難を乗り越えても、エイトの中での最優先はトロデ王とミーティア姫様で揺るがない。
こういう男に惚れたら、呪われたトロデーンの城の中を歩くよりも険しい茨の道だな。

何気なく近くの屋台に目をやると、ゼシカの仲間を見つけた。
初めてゼシカに会った時、胸にこれを詰めてボリュームアップしてるのかと思ったんだよな……水風船。
ゼシカにお友達だって渡してやろうと一つ買った所で、ユッケの声が町中に響き渡った。
『はーい、皆楽しくやってるー? おかげさまで本日はカジノ再開100日記念。その説はいろいろご迷惑おかけしました』
どういう原理で声を届けてるのか知らないが、ギャリング家はカジノのネオンといい竜骨の映像といい、つくづく不思議な技術を持っている。
『こういう日は迷子やスリ、ひったくりが増えるから、皆、身の回りの物や人に気を付けてね。以上カジノオーナー、ユッケからでした』
ひったくりか……。
人混みもそうだし、この動きにくい恰好だと追いかけるのも難しいだろうから、そういう奴らには狙い時なんだろうな。

「ククール、ちょっと」
出店の食べ物を抱えて戻ってきたエイトが手に持った何かを差し出してきた。
「これ、姫様へのお土産にしようと思うんだけど、大丈夫かな」
手にしている物をよく見るとリンゴ飴だった。
「ああ。リンゴも飴も馬の身体には好物のはずだからな。喜んでもらえるんじゃないか」
「そう? じゃあ早速行ってくるよ」
エイトはパアッと顔を輝かせて町の出口へ向かおうとする。
「あ、兄貴、アッシも一緒に行くでがす」
同じく大量の食べ物を抱えたヤンガスが慌てて付いていく。
「あ、エイト、食べさせる時は小さく切ってやれよ。喉に詰まらせたら大惨事だからな」
「わかった。ありがとうククール。皆はゆっくり楽しんできてね」
そう言ったきり、エイトは全く振り返りもせずに立ち去ってしまった。

そして後には何とも言えない気まずさ……。
ゼシカの全身から、しょんぼりって音が聞こえてきそうだ。
姫様がリンゴ飴を喜ぶなんて言わなきゃ良かったのか?
でも嘘ついても意味ねえし、普段雑草とか食ってるんだから、こういう時くらい珍しくて美味いモン食ってほしいってエイトの気持ちはわかるし。
そもそもオレのせいじゃなくて、エイトが姫様の事しか頭に無くてゼシカの気持ちを考えようともしないから、ゼシカがこうやって沈む事が多くなって……。
……でも、もし仮にエイトがゼシカに優しくしてやって、それでどうなる?
姫様への想いがこの先も揺らぐ事が無いなら、下手に優しくして持ち上げて期待持たせて、後で突き落とす方が残酷だ。
もしエイトがそれを無意識にでもわかってて、敢えてゼシカにそっけなくしてるとしたら相当大した男だ。

「レディー、ナイスガイ、我々も何か食べようではないか。今日は若い二人にわしからのおごりだ」
そうだ、モリーがいた。
普段はちょっと絡みにくい所があるが、今日はその存在がありがたい。
「ああ、そうだな。ゼシカ、どうする? やっぱり甘い物がいいか?」
「うん…。ちょっと暑いから、何か冷たい物が欲しいかも。……ところでククール、さっきから何持ってるの?」
何って…ああ、水風船買ったの忘れてた。
「ゼシカにプレゼントしようと思って……」
「水風船を? どうして?」
お前の胸の仲間だよ、とは……今のゼシカに言っていい訳ないよな。
「何となく……可愛かったから」
ゼシカはちょっとの間オレを訝しげに見ていたが、口許を緩めて受け取ってくれた。
「ありがとう。ほんと、可愛い」
あまり考えずに手近な物を選んだんだが、よく見るとスライムの顔が書いてあった。
色が赤系だからスライムベスか。
偶然にもゼシカの趣味に合ってたらしい。

「ドロボー!!」
突然後ろから年配らしき女性の声がして、振り返るとオレたちのすぐ脇を男が駆け抜けていった。
「捕まえて!」
おばちゃんが地面に倒れて叫んでいる。
ってことは、今の男はひったくりか?
追いかけようとしたが、それより先にゼシカが前へ出た。
「待ちなさい!」
そう叫ぶや手にしていた水風船をひったくり男めがけて投げつけた。
水風船は見事に後頭部にヒットし、男は地面に倒れ伏した。
運のいい奴だな……。
今のゼシカのレベルで固い物を投げてたら、ほぼ間違いなく死んでたぞ。オレに感謝しろよ。
「逃がさないわよ!」
ゼシカはそのまま大股で男に駆け寄り、襟首を掴み上げた。
派手な動きするから、着崩れ始めてる。
折角、和服姿で少しおしとやかに見えてたっていうのに、色々と台無しだ。
まあ、これがゼシカの良いトコなんだろうけど。
加勢は全く必要無さそうなんで、オレとモリーは倒れてるおばちゃんの具合を見に行く事にした。
「大丈夫かい? どこかケガは?」
「足を、ちょっと捻ったみたいで……」
荷物を取られる時に、突き飛ばされでもしたんだろう。
モリーがおばちゃんを助け起こし、オレがホイミをかける。
「どう?」
「あらー、お兄さん、いい男だねえ」
「は?」
「こんな美男子に介抱してもらえるなんて、ひったくりに遭って得しちゃったかねぇ」
……どうやら大丈夫そうだな。
「ほら! 暴れるんじゃないわよ、盗んだ物を返しなさい!」
ゼシカがひったくり男を引きずって戻ってきた。
そしてオレとモリーを恨みがましい目で見ている。
男女の役割が逆だって言いたいんだろう。
でもこの場合はゼシカの方が喧嘩っ早いし、回復魔法はオレの専門だし、適材適所だ。
でも怒りたい気持ちはわかるんで、とりあえず褒めておくことにした。
「和服、かわいいね」
「他に言うことないの!?」
予想はしてたけど、更に怒られた。

「はい、おばさん。盗られた物はこれで全部?」
ゼシカがおばちゃんに盗まれた荷物を渡す。
その後ろで、ひったくり男がナイフを取り出した。
「バカ! 目を離すな!」
「えっ…」
振り返ったゼシカは、ひったくり男が切り付けてくるのを華麗に避けた、が、コケた。
慣れない恰好で暴れるからだ。
おまけに取り押さえた犯罪者から手を離して背中を見せるなんて、これだから危なっかしくて放っておけないんだ。
でも一番悪いのは、かよわい女性ばかり狙う卑怯者だ。
「はいはい、そこまで」
ひったくり男の手首を掴むと、それだけで男は呻き声を上げてナイフを落とした。
まあそうだろうな。
普段ならもう少し手加減してやるんだが、ゼシカに刃物を向けた奴にそんな事してやる義理を感じない。
とりあえずこのまま骨でも折っておくか……。
「ナイスガイ、やめておきたまえ」
モリーに肩を掴まれて我に返る。
「この男はわしに任せて、レディを助けてやりたまえ」
……確かにその通りだ。
こんな事で冷静さを失うなんてオレらしくない。
「悪いな、こいつ頼むよ」
モリーにひったくり男を預けて、ゼシカの方へ向かう。

「どうしよう、借り物なのに〜」
ゼシカが草履を手に悲惨な声を上げている。
大丈夫だろうと思ってはいたが、ケガは無いらしい。
「あらあら、鼻緒が切れちゃったのね。ごめんなさいね、私の為に」
草履が壊れたのか。
まあユッケは普通に謝れば許してくれるだろう。
「良かったら、ウチで応急処置させてくれない? 荷物を取り返してくれたお礼に」
ひったくりに遭ったおばちゃんが親切に申し出てくれた。
「はい。お願いします。あっ、やだっ…」
そう言って一旦は立ち上がりかけたゼシカだが、急に浴衣の前を抑えて座り込んでしまった。
「どうしよう…脱げちゃいそう……」
「あらまあ、すっかり着崩れちゃって。それも直してあげるから、とにかくウチにいらっしゃい」
「はい…でも……」
「大丈夫、帯はしっかり結んであるから、そう簡単に脱げたりしないから」
おばちゃんが宥めても、ゼシカは座り込んだまま動かない。
「ゼシカ、とにかく一旦動こう。こんなトコで座り込んでも何にもならんだろう」
「無理。動けない……」
首を横に振ったゼシカはもう涙目になってる。
普段下着みたいな恰好でウロウロして平気な顔してるのに、今日に限ってどうしたっていうんだろう。
騒ぎで人が集まってきてるし、服が脱げそうだっていうんなら尚更早く移動した方がいい。
「ゼシカ、暴れるなよ」
埒が明かないんで、ちょっと強引だがゼシカの膝の裏に手を入れて持ち上げた。
姫抱っこだと着物がはだける危険があるから、縦に向かい合わせになるようにだ。
「これなら服も体で押さえられるから大丈夫だろ」
少しは抵抗されるかと思ったが、それどころかゼシカの方からオレの首に腕を回してきた。
この方が落とす心配が無いから楽でいいが、色々当たってるのにゼシカはいいんだろうか。
「あらぁ、お兄さん、見た目だけじゃなくて、やる事も男前だねえ」
「はあ、そりゃどうも」
さっきひったくりに遭ったばかりだっていうのに、本当に元気なおばちゃんだ。
その場はモリーに任せて、すぐ近くだというおばちゃんの家に行く事にした。

「じゃあお兄さんはここで待っててね。さ、お姉ちゃんはこっちにいらっしゃい」
「はい、お願いします」
ゼシカを床に降ろすと、着物の裾から何かが落ちてきた。
「……タオル?」
拾い上げたオレの手から、ゼシカは凄い勢いでタオルをひったくった。
「ジロジロ見ないでよ!」
少しだけいつもの勢いを取り戻し、おばちゃんに付いて奥の部屋に入っていった。

「あらまあ、こんなにタオル入れてたの? 胸を潰した方が楽だったろうに」
声のデカいおばちゃんの声はこっちにまで筒抜けだった。
「あの、あんまり大きな声で……」
抑え気味のゼシカの声も聞こえるから、こういう家の造りか。
「それに、どうしてアンタ…あのお兄さんの趣味なのかい? 綺麗な顔して彼女にこんな恰好させるなんて、男って本当にしょうがないねえ」
「違います! 私、彼女じゃありません!」
すかさず否定されてる。
っていうか、どの辺りがオレの趣味なんだ?
「友達が着せてくれたんですけど…何かおかしいですか?」
おばちゃんは大声で笑いだした。
「おかしいも何も…今時浴衣の中に下着を着けない子なんていやしないよ」
「えっ……」
ゼシカが絶句した。
そしてオレも一瞬固まってしまった。
うっかりさっき密着していた時の感触を思い出し、慌てて頭から振り払う。
でもそれで、さっきのゼシカの様子の理由が納得いった。
下着姿は平気でも、下着を着けてない姿は流石に平気じゃないって事か。

着付け直してもらって出てきたゼシカは少しだけ顔を赤くして、上目遣いでこっちを窺ってる。
さっきの話をオレに聞かれてないか心配なんだろう。
ここは聞かなかったフリをするのが優しさってヤツだろう。
と思ったんだが。
「お兄さん、このお姉ちゃん、少し気を付けてあげないとダメだよ。悪い友達に騙されて下着着けてないんだって。着付け自体はしっかりしてたから悪気は無いんだろうけどね。それに胸が大きい子はお腹にタオルを入れるより胸を潰した方が着やすいんだよ」
おばちゃんが全てぶちまけてくれた。

世話になった礼を言っておばちゃんの家を出た時には、もう外は真っ暗になっていた。
「私はもう、二度と和服は着ないわ。服の中に詰め物して体型を変えなきゃならない日がくるなんて屈辱よ」
和服は身体に凹凸が無い方が似合うらしい。
それで括れてる部分にタオルを入れまくってたのが大立ち回りでズレ落ちてしまい、着物が脱げてしまいそうになったと。
ゼシカには悪いが、ユッケがつい騙しちまった気持ちはわからなくもない。
軽くからかうつもりが、あんまり素直に信じられて冗談だと言い出せなくなったんだろう。
「ククールは…和服似合うよね」
突然の褒め言葉に、咄嗟に反応出来なかった。
今度は…服単体じゃないよな?
「私ね、普段はククールの外見って好きじゃないの」
おい、上げた後に突き落とすなよ。
「なんていうか、派手だからどうしても軽薄そうに見えちゃうのよ」
ゼシカさん、追い打ちかけなくていいです。
「でも今日の恰好は落ち着いて見えるから…普段なら意地悪されてるって感じる事が素直に受け取れるの。例えば水風船買ってくれた事とか…しょげてる私を元気付けようとしてくれたんだなって思えた」
……まあ、からかえば少しは元気を取り戻すかもと思わなかった訳じゃない。。
「ククールがいつも私にしてくれてる事には、きっと何の違いもないのにね」
ゼシカは立ち止まって、まっすぐにオレを見上げた。
「ククールはいつも私の事フォローしてくれてるのに、私はそれを素直に受け取ってこなかった。ククールが派手な美形だから、どうせそうすれば女は靡くと思ってるんだろうって反発してた」
そういうゼシカの表情は辺りが暗くて読み取れない。
「自分が人を外見で判断するような事してたんだと思うと、ちょっと自己嫌悪……」
ゼシカがオレを仲間と認めつつも嫌っている部分があるのは知っていた。
だからオレもつい真正面からは優しく出来ずに、からかいや意地悪を交えながらしか接する事が出来なかった。
「今更遅いかもしれないけど、私やっと、本当に大切な事が何なのかに気付きかけたような気がするの……だから、今まで本当にありがとう」
頭を下げられるが、どう対応していいかわからない。
今のはオレを見直して、これからもよろしくって意味で受け取っていいのか?
それとも他の男に惚れてる以上、今後は構わないでくれって決別の意味か?
「さっ、ユッケに服返してきちゃおうっと。汚したり壊したりしたお詫びはするけど、騙された事は、とっちめてやるんだから」
自分だけ言いたい事を言って立ち去ろうとするゼシカの腕を、思わず掴んで引き留めた。
「何?」
ゼシカは大して動じていない。
「オレは……」
自分でも何を言おうとしているのかわからないまま口を開いた時、ひゅるるるるるという間の抜けた音が響き、夜空に大輪の花が咲いた。
花火……そういえばやるって言ってたっけ。
「オレは…………ゼシカと花火見ていきたいんだけど」
咄嗟に核心が突けない自分が我ながら情けない。
でも花火の光に照らされるゼシカの顔は、今まではオレに向けてくれた事のないような優しい表情を浮かべていた。
「そうね、私も見たいわ。折角だから、よく見える場所を探しましょうよ」
そしてオレの手を引いて先に歩き出す。
ゼシカの手の感触を感じながら、たまには手袋無しの装備もいいなと思いつつ、これからは派手な服装と意地悪を控えようなんて考えていた。

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