太陽のカガミを手に入れるべく、だだっ広い西の大陸を旅して、そろそろ明日にはサザンビーク城に到着出来るだろうってところだった。
バイキルト状態のダンビラムーチョの攻撃を受けたゼシカが大ダメージを負ってしまったのは。
その場は何とか他に大きな被害も無く魔物を倒すことが出来たが、ゼシカは既に回復呪文が効かない状態になっちまってた。
オレは急いで蘇生呪文を唱えようとしたんだが……。
「ククール、待った」
リーダーのエイトから、待ったが入った。
「今、ククールのMPが無くなるのは困る」
確かに、オレのMPの残りに、さほど余裕は無い。
仮に、これからの回復の大半をエイトに任せたとしても、この辺の魔物には結構ザキ系呪文も効くから、オレのMPを温存しておくに越した事はないだろう。
でも、じゃあ、どこかの町にルーラで戻って教会で蘇生してもらうつもりなのかというと……。
「ゼシカには悪いけど、サザンビークまで棺桶に入っててもらおう」
エイトはサラッと冷酷に言い放った。
まあ、そうだな。どこかの町に戻るなら、ここでオレがMPを使い切っても問題無いからな。
「明日にはサザンビーク城に着くだろうから、ゼシカはサザンビークの教会で蘇生してもらおう」

最年少のエイトがこのパーティーのリーダーなのは、最初から旅に参加してたからとか、一番まともそうだからというのも、もちろんある。
だが、こういう場面で、実は誰よりも情に流されない冷徹な判断が出来る面があるっていうのも確かだ。
ひでえヤツとは思いながらも、オレもヤンガスも反対する気はない。
棺桶には『時の砂』という時を巻き戻す魔法の砂が入っていて、中にいる人間の時間はその間、時が止まったのと同じ状態になるように巻き戻され続け、どんな深手を負っていても決して死んでしまう事はない。
ここで時間をロスしたら、闇の遺跡からドルマゲスが出て行ってしまうだろうし、ゼシカにとってもそれは本意ではないはず……っていうのは建前だ。
何故なら、そんな状況下でもエイトは寄り道しまくりで、そもそもオレのMPの残りが少ないのも、その影響でペース配分が狂ったからだ。
目的地まで後一日という距離まで来てるのに、今更ラパンハウスか、ふしぎな泉から、再スタートする気にはなれないっていうのが本音だった。


それでも予定通り、次の日の日暮れ前には無事にサザンビークに到着する事が出来た。
オレのMPもザオラル一回なら唱えられるだけ残ってたんで、城下町に入る前に、ダメモトでゼシカの蘇生を試みることにした。
レベルも上がってるから、教会で要求される寄付金もバカにならないからな。
オレは一発成功を狙って呪文に神経統一しながらも、エイトに念を押しておくことも忘れない。
「いいか? ゼシカには、ちゃんとお前が説明しろよ。丸一日、蘇生しないで棺桶に入れっぱなしだったのは、リーダー命令だったんだってな」
その辺をハッキリさせとかないと、オレがMPをケチったなんてゼシカに誤解された日には、今度はオレが棺桶送りにされちまう。

「なんじゃ、こりゃあ!」
棺桶の蓋を開けたヤンガスが、腹に穴でも開いたような叫び声を上げた。
「兄貴! 大変でがす! ゼシカの姉ちゃんが消えたでがす!!」
……なんだって!?
オレもエイトも、慌てて棺桶の中を覗き込む。
絶句した。
ゼシカが消えたと聞いた時、てっきり棺桶の中は空っぽになっているんだと想像した。
だけど棺桶の中には、ゼシカが着ていた服だけが、中の人間だけが本当に消えてしまったかのように残されていた。
その場の全員が呆然としている中で、オレはふと気が付いた。
凹凸のはっきりしたゼシカのボディラインの中でも、特に大きく盛り上がってる胸の部分が……今も何故か、ちゃんと盛り上がってる。
女性の服をはだけさせるのは慣れてるはずなのに、指先が震えるほど緊張しながらゼシカの服を捲り上げてみると……。
そこには見慣れたツインテールの赤毛の頭が、ちゃんとあった。
ただ、その身体のサイズは…半分ほどに縮まっていた。


小さくなったゼシカには、昨日の負傷の形跡は無く、スヤスヤと眠っているだけのようだった。
「もしかして、時の砂が暴走して巻き戻しすぎて、子供になったって事か?」
「やっぱり…そうなのかな? でも、そんな話、聞いたこと無いけど……」
「だけど、普通は丸一日入れっぱなしで放置しないだろ? やっぱりそれがマズかったんじゃないか?」
正直、エイトに怒鳴りつけてやりたい気分だが、大声出してゼシカに目を覚まされると面倒なことになりそうだから、平静を保つように努めた。
「でも、今のうちに気がついて良かったでげすな。あともう半日も放っておいたら、ゼシカの姉ちゃん、生まれる前まで戻っちまってたかもしれねえでがすよ」
ヤンガスが、サラッと鋭く恐ろしいことを言ってくれたんで、リアルな想像をしてしまい、言葉が出なくなった。
そのまましばらく、誰も何も言わないでいると、棺桶の中から子供の声が聞こえた。
「んん〜ん。ママ〜?」
目を覚ましたゼシカが、寝惚け眼の不思議そうな様子で辺りを見回していた。
「ママ〜? ここ、どこ? ママ〜?」
意識がハッキリしてきたのか、徐々に不安が増していく様子が伝わってくる。
「あー、よしよし、大丈夫でがすよ〜」
オレとエイトが、どうしていいかわからずに顔を見合わせている中で、ヤンガスが子供慣れした様子でゼシカに近づいていった。
「何にも心配いらないでがすよ〜。べろべろばあ」
やっぱり、亀の甲より年の功かと感心しそうになったが、次の瞬間、それは間違いだったと気が付いた。
「うわあああああああああんん!!!!!!」
ヤンガスの中身は涙もろい人情家だが、外見は大きな傷がある悪人面だ。
そりゃあ、小さな女の子は泣くだろう。
「やれやれ、これだから元盗賊は仕方ないのう。ここはやはり娘を持つワシの出番じゃな」
止める間もなく、悪人面通り越して化け物面のトロデ王がゼシカに近づいた。
結果はもちろん……。
「いやああああーーっっ!!」
ゼシカは泣くのを通り越して悲鳴を上げた。
「やああっっ! ママーっ!! ママーっ!!」
必死で棺桶から逃げ出そうとしてるが、だぼだぼの服が絡まって、頭から地面に落ちそうになってる。
オレとしたことが動くのが大分遅くなったが、ゼシカが地面に落ちる前に、何とか受けとめることが出来た。
「やだああ! ママー! お兄ちゃーん!!」
まだ5歳ぐらいだろうに、ほとんどパニック状態で逃げようとする力は凄い。
「落ち着け、ゼシカ。大丈夫、大丈夫だから」
オレは落とさないように抱きとめるのが精一杯だ。
ヤンガスとトロデ王は、思いっきり泣かれて傷ついたのか、二人で馬車の影に引っ込んでいった。。
「ほら、怖いおじちゃんたちはいなくなったから。な?」
泣きながらでも、一応はオレの言葉は聞いてたのか、ゼシカは一旦泣き止んで辺りを見回す。
でもまたすぐに泣き出した。
「ママとお兄ちゃん、どこ〜?」
困った。
兄貴はもうこの世にいないし、母親の所に連れていくのは簡単だが、そうしたら母親の方が卒倒するだろう。
でもこの状況で、子供が親を求めるのは、ごく当たり前のことだし……。

「ゼシカ。その人、君のパパだよ」
それまでボーッとしてただけに見えたエイトが、いきなり突拍子もないことを言い出した。
その人って……オレか!?
「パパ?」
「そうだよ。ゼシカに会いたくて、天国から会いに来たんだよ」
誠実そうな顔して、とんでもない大嘘吐きを見た。
いくら小さい子供でも、バレバレだろう! そんなデタラメ!
と、思ったんだが……。
ゼシカはピタリと泣き止んで、オレの顔をジッと見つめている。
その真っ直ぐな瞳を見ていると、姿は小さくなってしまっても、やっぱりゼシカなんだと納得出来て、妙に安心した。
「本当にパパなの?」
そして、エイトのあんな一言だけで、オレを父親だと信じかけている騙されやすさに、昔からこうだったのかと納得して、違う方向で不安になった。
でも……。
「そ、そう。パパだよ、ゼシカ」
しょうがねえだろう!
ここで『違う』なんて言ったら、また泣かれるだけなのは目に見えてるんだから!

とりあえずサザンビークの城下町で子供服だけ買って、ふしぎな泉までルーラで戻り、人間の姿に戻ったミーティア姫様が、ゼシカの面倒を見てくれている。
その僅かな時間に、オレたちはようやくホッと息を吐く。
「ワシはゼシカを見損なったぞ。人を外見で判断するような娘とは思わなんだ」
「全くでげすな。人の顔を見るなり泣き出すなんて、失礼でがす」
根に持ってるヤンガスとトロデ王は、とりあえず放っておく。
「おい、エイト。何でよりによって、オレが父親なんだよ。無理ありすぎだろう。言っとくけど、この先ボロを出さずに騙し切る保証は出来ないからな」
エイトは全く悪びれずに、ケロっとしてる。
「いやあ、『ママ』と『お兄ちゃん』だけで、一度も『パパ』って言わなかったからイケると思ったんだけど、正解だったね」
何も考えてないようで、なかなか大した洞察力だ。
「だったら、自分で父親だって名乗れよ。オレは子供は嫌いなんだよ。うるさいし、目を離すと何するかわからないし、面倒くさいったらありゃしねえ。」
「それは無理だよ。僕にあんな大きな子供がいるなんて、いくらゼシカでも信じないよ」
「まあ確かにな。いくつの時の子だって話になるよな」
……ん?
何だ、それは。
うっかりスルーしそうになったが、オレならあの位の子供がいてもおかしくないほどフケてるって意味か?

「パパー!」
身支度を整えてもらったゼシカが、こっちに走ってくる。
「おお、可愛くしてもらったなぁ」
走ってくる勢いのまま頭の上まで抱き上げると、キャッキャと喜んで、はしゃいでる。
グチャグチャになってた髪も、いつものツインテールにレースのリボンのおまけ付きで、揃いのレースがあしらってあるワンピースがよく似合ってる。
「パパ。お姫様、どうしてお馬さんになっちゃうの?」
言われて目を向けると、姫様はもう馬の姿に戻ってしまっていた。
「お姫様は、悪い魔法使いに魔法をかけられて、馬の姿にされてしまったんだよ」
「ふ〜ん。お姫様、可哀想だね」
「そうだな。ゼシカは優しいな」
オレは、マイエラ修道院で、子守は散々やらされてきた。
ただ、男子修道院で女の子は一人もいなかったから、さっきは動揺したが、この年ぐらいだと男女差なんて無いに等しい。
解決策が見つかるまでくらい、父親役の一つや二つ、チョロイもんだぜ。
「じゃあ、パパ。おうちに帰ろう」
「へ?」
無邪気なゼシカの言葉に、マヌケな声を上げてしまった。
「ママもお兄ちゃんも、パパが帰ったら、すごく喜ぶよ。早く帰ろう!」
お前、本当に、いい子だな!
健気な家族想いぶりにホロリと来るが、今一番近づけないのが、ゼシカの家族の周りだ。
「あの、なあ、ゼシカ。ダメなんだ。ゼシカとだけ会ってもいいって、神様にお許しをいただいてきたから」
「ええーっ、どうして?」
「どうしてってなあ……。あー、そのー…ママとサーベルトは、パパといられた時間がゼシカより長かったから、パパの事をちゃんと覚えてるけど、ゼシカとはあんまりいられなかったから、パパのこと覚えてないだろ? だから特別なんだよ」
「じゃあパパは、いつまでいられるの?」
「それは……ゼシカが、もう少し大きくなるまでかな…」
苦しい……。
オレは嘘はスラスラ出てくる方だけど、嘘に嘘を積み上げてかなきゃいけないのは神経が磨り減る。
ゼシカが元に戻る見通しが立つまで、もつだろうか?

その夜は、泉の近くに済むじいさんの家に泊めてもらった。
かなりの物知りのじいさんが言うには、滅多に無いことだけど棺桶の中の時の砂が剥がれて、それを吸い込んでしまった場合に、極々稀に若返りの現象が起こることは、ありえないことも無いらしい。
時間が経過すれば自然と元に戻るはずだと聞いて、とりあえずは胸を撫で下ろした。
更に、ここのじいさんは目が不自由で、昼も夜も関係ないから、夜の間はゼシカにベッドを貸してくれる申し出てくれた。
町の宿屋で急にゼシカの身体が元に戻って大騒ぎ、なんて事態は避けたかったんで、ありがたくお言葉に甘えることにした。
ゼシカは興奮してるのか、ベッドに入ってからも寝るのをイヤがったけど、ずっと隣にいると約束して本を読んでやると、やっぱり疲れてたのかすぐにウトウトし始めた。
「パパ、明日は遊んでくれる?」
「もちろん。ゼシカの好きなことしような」
掛布から手を出してきたんで握ってやると、安心したのがすぐに眠った。
それは本当に可愛いんだけど、寝顔は大人のゼシカとサイズしか変わらなくて、何と言うか……。
妙に複雑な気分になった。

ゼシカの眠るベッドの横に毛布だけ敷き、ゼシカが元に戻る気配が無いか観察したり、色々と考え事をしたりしてたら中々寝付けず、ようやく眠れたかなという所で、胸の上に重みを感じた。
「パパ。朝ですよ。起きなさい」
ゼシカはまだ小さいままで、オレの胸の上で座り込んでた。
「お寝坊はお行儀悪いって、ママが言ってたよ。起きて」
ゼシカ。お前の母親は、こんな風に起こす相手の上に圧し掛かったりはしてないはずだ。
「わかった。わかったから、降りてくれ。動けん」
「は〜い」
窓の外を見ると、まだ夜が明けたばかりだった。
夕べ、寝かしつけるのが、早すぎたか。

幸い、ゼシカは洗顔も着替えも、もう自分で全部出来るようになっていたんで、あんまり手はかからない。
「パパ。あたま結んで」
「よしよし」
ふわふわの赤毛にブラシをかけてやってる間、ゼシカはお行儀良く、きちんと座っていた。
「なあゼシカ。これからゼシカの事を、ジェシーって呼んでもいいか?」
「ジェシー? どうして?」
それはな。そうすればお前がゼシカじゃなくて自分の娘なんだと思い込みやすくて、パパ役をやるのが何となく楽になりそうな気がするからだよ。
とは言えず。
「パパだけの、秘密の呼び方が欲しいんだ。ダメかな?」
「いいよ。二人だけの秘密だね」
本当に、素直で可愛いな。
どうしてこれが、あんな気の強い乱暴者に成長してしまうんだろう……。

「ククール。僕とヤンガスは、とりあえずサザンビークで情報集めをしに行こうと思うんだけど、ククールたちはどうする?」
どうすると言われても、今日は可愛い娘と一緒に遊ぶって約束したからな。
「ジェシー。今日は何して遊びたい? 泉でピクニックするか? お城のある町まで、おでかけがいいか?」
「おでかけするー!」
いいお返事が返ってきたので、オレたちも一緒にサザンビークまで行くことにした。


「わー! お城だー!」
サザンビークの城下町に入るなり、目に飛び込んできた大きな城に、ジェシーは大喜びした。
「おっきいー!」
結構な距離がある城めがけて、一目散に走って行こうとする。
「こら、ジェシー! 勝手に一人で行くんじゃない!」
「はーい」
一声だけで、ジェシーはクルっと向きを変えて、こっちに戻ってきて、オレの手を取る。
エイトとヤンガスは、クックと笑ってる。
「いやあ、見事な父親っぷりでがすなあ」
「ほんと、僕の目に狂いは無かったよ」
面倒を人に押し付けて、何言ってやがる。
ちなみにジェシーに、ヤンガスとトロデ王は怖くないんだと教えたら、それですっかり警戒を解いた。
今まで身近に大人の男がいなかったせいか、ヤンガスの髭面がジョリジョリで面白いと、喜んで撫で回したりまでしてる。
ここまで人の言葉を鵜呑みにするってことは、少なくともこの歳までは、誰かに騙されるって経験をしたことが無いんだろう。
それで人攫いに遭遇することなく無事に育ったってことは、余程大切に守られてきたってことだ。

情報収集は子供にはつまらないだろうから、エイトたちとは別行動を取ることにした。
有名なバザーはまだ始まっていなかったが、商人たちが町に入り始めてるせいか、人が多くて賑わってる。
油断したら、簡単に迷子が一人、出来上がるだろう。
「ジェシー、抱っこしてやろうか?」
こう言いながら、手を繋いでるのが辛いのはオレの方だ。
身長も歩幅も違いすぎて、身体を傾けながらチョコチョコ歩くのは疲れる。
「えっ…」
今まで、全部キレのいい即答だったジェシーが、珍しく戸惑ったような顔をした。
「ん? どした? おんぶの方が良かったか?」
「んと、ね…。あのね……」
大人のゼシカの時でさえ見たこともないような、はにかんだ様子でジェシーはモジモジしている。
「肩車がいい……」
それが、なんでそんなにテレながら言うのかはわからないけど、もちろん仰せに従った。

「すごい。高ーい!」
ジェシーは喜んで、辺りを見回してる。
それが目立つのか、通りのあちこちから『なんて可愛い子』とか『すごい綺麗な親子』とかいう声が聞こえてくる。
誰も、オレが父親だと信じて疑ってねえよ。
まあ、オレのような美男子が、よその子を攫って連れ回すわけないから、妥当なんだろうけどな。チクショウ。
「あのね。パパはね」
一通り気が済んだのか、しっかりオレの頭に捕まりながら、ジェシーが囁いた。
「お兄ちゃんの言った通りだったの」
出た。この頃からブラコンだったのか。
……でも、何が言った通りだったんだ?
「パパはね。天国に行って神様のそばで、天使様になって、いつでもママやお兄ちゃんやゼシカの事を見ててくれてるんだよって。それでね、パパは絵本の中の天使様の絵にそっくりなの。だから、お兄ちゃんの言う事は本当だってわかったの」
サーベルトって……ゼシカがこの位の時なら、まだ10歳かそこらだよな?
出来すぎてないか? そりゃあブラコンにもなるよな!
でもそうか。だからジェシーはあんなに素直に、オレを父親だって信じたのか。


残念ながら城には入れなかったが、田舎育ちのジェシーには城下町の賑わいだけでも満足だったらしく、その日はずっと上機嫌のままで、無事に一日を終えた。
昨日と同じく、本を読んで寝かしつけようと思った時、ふと頭に悪い考えが浮かんでしまった。
多分、ジェシーがオレを父親だと慕うのでさえ、兄のサーベルトの影響なんだってことが、ちょっと面白くなかったんだろう。
「なあジェシー? 大きくなったら、パパのお嫁さんになるって、言ってくれないのか?」
おそらく世の父親が、一度は娘に言ってほしい言葉の一つだろうと、軽い気持ちで言ってみた。
「え…だって……」
ジェシーは大きな瞳を更に大きく見開いた。
「パパ、それまでいてくれるの?」
期待と寂しさと我慢が、この小さな身体の中でグルグル回っているのを感じた。
「…っ! ごめん。ジェシー、ごめん」
オレは思わず、ジェシーを強く抱きしめていた。
子供だからって、ナメてた。
ジェシーはちゃんと全部覚えてたのに。
オレがその場限りを誤魔化そうとして並べた嘘を信じて、『ゼシカが、もう少し大きくなるまで』という言葉と、自分なりに折り合いをつけようとしてたのに。
自分が子供の頃、大人の無神経な言葉に傷ついた経験だってあるのに、どうして自分が同じことをしちまうんだろう……。
「ごめん、な。パパが忘れてたんだ。ジェシーといるのが楽しくて…ずっと一緒にはいられないって忘れるくらい……だから、ごめん」
「いいよ」
ジェシーは、小さな身体を精一杯捩って、オレの腕の隙間から、自分の腕を出した。
「いいよ」
そして小さな手で、オレの頭を撫でてくれた。
「しょうがないから、許してあげる」
妙に生意気な言い方で、しっかりとオレを笑わせてくれながら。


ジェシーを寝かしつけた後、オレも早めに床についた。
前の晩ほとんど寝てなかったし、今日も一日中子供の相手をしてて、やっぱり相当疲れたんで、すぐに睡魔が襲ってきたんだが……。
寝入りばなに、小さな生き物が掛布の中に潜り込んできた。
お互い目が慣れていたのか、暗い中でもバッチリ目が合った。
「甘えっ子」
そう言うとジェシーは照れくさそうに笑った。
「エヘヘ」
「床の上で寝ると、身体が痛くなるぞ」
「いいの」
さっきの一件以来、ジェシーのオレに対する態度が、ちょっとデカくなった。
最初のうちか、それなりに遠慮してたらしい。
完全に安心して甘えることは出来ずに、この小さな頭の中で、一生懸命距離感を考えながら接してるんだろう。

オレは今までゼシカを、帰る家も待つ母親もいて、実家も裕福で容姿にも実力にも恵まれてて、何不自由ない幸福な人間だとして扱ってきた。
でも、こんなに小さな頃にはもう父親の記憶さえ無くて、おそらくその寂しさを頑張って埋めてきたんだろう兄貴まで殺されて……。
それなのに幸福な人間だと決め付けられてしまう人間の、どこが恵まれてるっていうんだろう。
「なあ、ジェシー」
「んー」
半分眠ったような声が返ってきた。
「あのな、覚えててくれない方がいいんだけどさ」
もう返事はない。眠っててくれるなら、その方がいい。
もしゼシカが元に戻った時、オレの事を父親として覚えてたりしたら、それはとても酷い冒涜のような気がするから。
「いくつになったって、オレには甘えていいからな」
亡くした父親や兄貴の代わりにはなれるとは思ってないけど。
「お前がどんなに気が強くて生意気で素直じゃなくても、いいよ」
あんなに信頼しきった顔で『パパ』って呼ばれたら、絶対に敵わないよな。
男なんて自分で産めない以上、子供に認めてもらう以外に父親になる方法は無いんだし。
元の姿に戻っても、ずっと父親役をやってやるよ。
「愛してるよ」


朝の日差しが部屋に差し込んできて、目が覚めた。
腕には愛しい娘の赤毛の頭が乗っている。
だけど、その呼吸は安らかな寝息じゃなくて、浅く苦しげだ。
「ジェシー、どうした?」
慌てて掛布を捲ると、そこにいたのは、もうジェシーじゃなかった。
ゼシカは、無事に元の姿に戻っていた。
ただ、子供の寝巻きが窮屈で、身体が締め付けられた状態になっていた。
こういう可能性もあったから、首は緩めの寝巻きを買って、ボタンも2つ開けてあったから首は絞まってないが、ゼシカのこの豊満な肉体に子供服は無理がありすぎる。
きつすぎて脱がすのは無理なんで、仕方なく力任せに胸元から寝巻きを真っ二つに引き裂いた……瞬間に、ゼシカが目をパッチリ開いた。
「あ、いや、これには深い訳が……」
ゼシカがまだ状況判断出来てない内に、事情を説明しようとするが、上手い言葉が見つからない。
というか、端から見てると、オレのこの状態って、犯罪者にしか見えないって自覚がありすぎて……。
「いやああああああああっっっっ!!!!!!!!」
あー、悲鳴は大人でも子供でも大差ないんだな、なんて呑気な事を思いながら、燃やされる覚悟をした。


幸い、ゼシカに焼き殺される前にエイトが駆けつけ、約束通りキッチリとゼシカに事情を説明してくれた。
おかげで変な汚名を被らずには済んだけど、ゼシカはプリプリ怒ってる。
「信じられない。私だってわかってるのに、普通添い寝なんてする?」
「言っとくけどな。お前が勝手に入ってきたんだぞ。子供の頃から警戒心が無かったんだな」
「父親だって騙されてたら、警戒なんてするわけないでしょう? いつ戻るかわからなかったんなら、大人の服で寝せてくれれば良かったじゃない。そしたらあんな……」
ゼシカは顔を真っ赤にして涙目になってる。
「なんだ、もしかして添い寝より、裸見られたって怒ってるのか?」
「当たり前でしょう!? 乙女の肌をなんだと思ってるのよ!」
「あー、めんどくせえな。言っとくけど、オレにとっては女の裸なんて見慣れてて、別に珍しいもんでもねぇんだよ。だからそんな気にされても……」
「なんですって?」
さっきまでの怒りの炎が氷に変化したのを感じ、オレは咄嗟に付け足した。
「あ、でも、ゼシカほどのナイスなバディは今まで見たこと無かったけどな」
「……わかれば、いいのよ」
普通は余計に怒りそうな言葉に、ゼシカは納得したのか少し怒りを収めたようだ。
相変わらず、怒りのツボがよくわからん。
しかし……。
こうやって眉間に皺が寄った顔ばかり見てると、あの小さくて素直だったジェシーが恋しくなる。
「なあ、ゼシカは父親の事、何か覚えてないのか?」
「全然、何にも。良かったわ。あんたを父親だと思った記憶なんかが残ったりしてなくて」
ひどい憎まれ口だが、それに関してはオレも良かったと思ってる。
それにしても……。
「はあああああ〜」
でっかい溜め息が出る。
「可愛かったなあ、ジェシー」
「悪かったわね。私は可愛くなくて」
「いや、ゼシカが元に戻ってくれたのは本当に良かったと思ってる」
テンポ良く繰り出される悪態に、確かに安心もしてるから。
でも……。
もう一回、でっかい溜め息が出た。
「もう! うっとうしいわね! そんなに子供が欲しいなら、取り巻きの誰かに産んでもらえばいいじゃない。案外、もう五人くらいいるんじゃないの?」
「そんなヘマはしない。それに誰でもいいって訳じゃねえんだよ」
あのフワフワの赤毛とウサギみたいな目と、危ういほどの純真さと賢さを持った娘じゃないと……。
「そうだ。ゼシカが産んでくれよ」
オレは自分の血の繋がった子供なんて絶対に欲しくないし、将来ゼシカがゼシカそっくりの娘を産んだら養女にくれれば……。
って、最低な考えだな、これ。
うっかりクチに出さなくて良かった。
よっぽど喪失感が半端じゃないんだな。
「いや、いいんだ、悪かった。忘れてくれ。今はそれどころじゃないしな」
「今の……冗談だったの?」
怒ってるのか、ゼシカの声は微かに震えている。
「こんなこと、冗談で言うほどタチ悪くねえよ。もちろん本心だったけど、でもいくら何でも軽率だった。ごめん、反省してる」
「いいよ」
意外な言葉に顔を上げると、ゼシカの顔は真っ赤になっていた。
「もちろん今すぐには無理だけど…敵討ちが終わった後なら……いいよ…って、もう! いきなり恥ずかしいじゃないの!」
そう言ってゼシカは、走り去ってしまった。
明らかにゼシカは様子がおかしいし、追いかけた方がいいのかと思うが、オレは何が何だかわからず、ポカンとしてしまう。
『いいよ』って? 娘が産まれたらくれるって? ありえねえだろ、そんなの。
混乱した頭を抱えてると、エイトがやってきた。
「ククール。ゼシカと何があったの? ゼシカ、顔を真っ赤にして走っていっちゃったけど」
「それが不可解なんだよな。やっぱり子供になってた後遺症とかあるのかもな。『娘を産んで、くれ』って言ったら、あっさり『いいよ』なんて言うんだ。普通おかしいだろ?」
『バカにするなって、怒り狂うのが普通だろうに』と続けようとしたのに、エイトまで顔を赤くしてる。
「何だよ、いきなり。こっちが照れるよ」
照れるって……何で?
「でもククールって、そんなダイレクトなプロポーズするとは思わなかったよ。もっとキザで、まどろっこしい言い方すると思ってた」
さりげない毒舌が混ざってる気がするが、それは脇に置いといて。
「プロポーズって何だ?」
「えっ、だって『オレの子を産んでくれ』なんて、かなり古典的な……」
そのエイトの言葉で、ようやく合点がいった。
ゼシカは『子供を産んだらオレにくれ』じゃなく、『オレの子供を産んでくれ』と受けとったんだ。
そして『いいよ』と答えて、真っ赤になってたってことは……。
「あれ、今度はククールまで真っ赤だ」
無神経に呑気なエイトに拳骨を振り下ろし、オレは今度こそゼシカを追いかけて駆け出した。


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