ゼシカがおかしくなった。
休憩の度に、何も無い方向に向かって、投げキッスなんか連発してる。
どうしたのかって聞いても、不自然に笑いながら、何でもないとしか言わない。
「ねえ、ヤンガスは何があったか、知らない?」
どう考えても、何でもないとは思えないので、ヤンガスに心当たりが無いかを訊いてみた。
「あー、あれはでがすねぇ。言うのもアホらしい話なんでげすが……」
そして僕は、数時間前のククールとゼシカのやりとりを教えてもらった。

「す、すごい……」
まず一番に驚いたのは、ククールがゼシカに『色気が無い』とキッパリ言い切ったってことだった。
あのゼシカの胸に……いやいや、あのゼシカに向かって、そんな事を言えるククールの男としてのレベルに敗北感を感じた。
そういえばヤンガスも、ゼシカに会ったばかりの頃、『もっとワイルドな色気が無いと』とか言ってたような気がする。
やっぱり僕とは、経験値にかなりの差があるんだろうか?
…………いや、違う。問題なのは、そこじゃない。
どう考えても、ククールはからかってるだけだし、ゼシカにバカなマネは止めた方がいいって言ってあげないと。
そう思ったら、今も一生懸命投げキッスの練習をしてるゼシカに、ククールが近づいていった。
ククールも、からかいすぎたのを反省して、止めさせようとしてるのかな?
邪魔にならない距離まで近づき、耳をすますと、ククールの声が聞こえてきた。

「ああ、そこは目を開けっ放しじゃあ台なしだ。ちゃんと目は閉じる。それと、そんな背筋をピンと伸ばして、何の作法の練習だよ。基本は前かがみ。そう、ああいい。グッと良くなった」
ククールは更にゼシカをからかい続けていた。
「ゼシカは素材はいいから、上達も早いよ。そろそろ魔物相手に、実戦で使ってみてもいいんじゃないか?」
「う、ん……。でもまだダメ。まだ恥ずかしいもん。もうちょっと自信がついてからにする。私ちょっと、お水飲んでくるね」
ゼシカはちょっと顔を赤くしながら、荷物の方へと戻っていった。

「お、エイト。見てたのか? いやあ、今のゼシカ、可愛かったよな。ちょっと赤くなって『恥ずかしいもん』だってよ。やっぱり色気っていうのは、恥じらいが伴ってこそだよな。普段のゼシカは、自信満々で健全すぎんだよ」
「……楽しそうだね、ククール」
「いや、だってよ。あそこまで騙されやすいと、笑って見守るしかないだろ。でも、あれだけの素材で、本当に色気を身につけたら最強のセクシーダイナマイトになるよな」
ククールは、心底楽しそうだ。
「ねえ、ククール。僕、今、新しい技の練習中なんだ。少し剣の稽古の相手してくれないかな?」
「ん? ああ、いいけど。でもオレ、最近弓ばっかり使ってるから、少し鈍ってるかもしれないぞ」
うん。だから言ったんだ。
「えっ、何か言ったか?」
あれ、声に出てたっけ? ククールは勘がいいからな。

「じゃあ、よろしく」
ククールがレイピアを抜いたと同時に、上からドラゴン斬りで斬りつける。
「おい! ちょっと待て!」
反射神経のいいククールは、もちろんレイピアで受ける。
「それ、新技でも何でもねえだろ!」
次はかえん斬り。それもやっぱり受けられる。
まあ、ククールが止められないような人だったら、こんなことしないけど。
「待て! 折れる! レイピアはこんな使い方したら折れる!!」
ククールが慌てた声をあげている。
「何でイジメるんだよ、ゼシカの事! バカみたいだろ、あんな事させて!」
からかわれてるとも気づかずに、真剣に投げキッスの練習なんかしてるの見たら、可哀想になってきた。
「今度また、変なことゼシカに吹き込んだら、その剣が折れるまでやるからね」
「わ、わかった。もう言わない。もうゼシカをからかって遊びません」
「うん。わかれば良し」

さてと、これで後はゼシカに、もう変な練習はしなくていいって言えばいいんだけど……。
でももし、ゼシカが魔物に見とれさせるくらいのお色気を身につけたら、それだけ魔物に攻撃される事も無くなって、安全なんだよね。
僕たちだって、魔物の色気にやられるんだから、逆だってありえなくないはず。
……本人も、あれだけ一生懸命やってるんだし、無理に水を差すこともないよね。
もう少し、様子を見てもいいかな。
本人の主体性を尊重するのも大事だし。


……決して僕が、今以上のお色気を身につけたゼシカを見たいとかじゃないからね。

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