「そうねぇ……。背が高くて、ハンサムで、剣が強くて魔法も得意なの。頭が良くて冷静で、頼りになる優しい人。たまにはケンカしてもいいわ。お互いに、ちゃんと言いたいこと言い合いたいもの。そして、いつもは誰にでも親切なんだけど、いざという時には、私を一番に守ってくれる人」

お母さんは、大きな溜め息を吐いた。
「ゼシカ。これは真面目な話なのよ」
「何よ。お母さんが訊いてきたんじゃない。『ラグサットが気に入らないなら、どんな人と結婚したいの?』って」
「そんな出来すぎた人がいるわけないでしょう。もっと現実を見なさい」
「いるわよ、ちゃんと。例えばサーベルト兄さんとか」
「兄妹で結婚出来るわけないでしょう!」
「私だって、そのくらいわかってるわよ。何よ、お父さんだって、非の打ち所の無い完璧な人だったんでしょう? お母さんはそういうお父さんと結婚したくせに、私にはラグサットで我慢しろなんてあんまりじゃない。私は結婚相手くらい自分で選ぶわ」
お母さんは、また大きな溜め息を吐いた。
「ゼシカ。結婚して生涯を共にするっていうのは、あなたが思ってる程、単純なものじゃないのよ。もしあなたの言った理想通りの人がいたとしても、その人と家柄や育ちや、それまで過ごした環境が違い過ぎたら、結局は価値観が合わなくて上手くいかないものなの。特にあなたは、この家で何不自由なく暮らしてきたんだから、経済的な苦労やなんかには耐えられるわけがないわ」

ダメだわ、話にならない。
サーベルト兄さんがこの場にいてくれたら、きっと私の味方をしてくれるのに。
兄さんは、朝からトラペッタの町に出掛けてる。
村のずっと西にある関所から、トラペッタの町で放火らしい事件が起こったので、しばらくは関所を閉鎖するという連絡があり、兄さんは知り合いの様子を見るために、ルーラの呪文を使って一人でトラペッタへ行ってしまった。
お母さんは、兄さんに仲裁に入られないこのタイミングを狙って、私の気持ちを変えさせようとしてるけど、そうはいかないわ。
「好きでもない人と結婚して、それこそ上手くいく訳ないじゃない! いいわよ、私は別に行かず後家でも。どうせこの家はサーベルト兄さんが継いでるんだから、私が無理に結婚することないんだし」
「ダメです! あなたみたいな小姑に居座られたら、サーベルトのお嫁さんになる人が可哀想でしょう!」

そんな呑気で平和な会話の内容は、全部無駄な心配だった。
私は行かず後家になるわけにもいかなくなり、決して小姑になることも出来なくなってしまった。
サーベルト兄さんは、それから一週間も立たないうちに、亡くなってしまったのだから。

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