「夜明けの星を目指して」



 その部屋に一つだけの窓は、深い藍色の遮光カーテンで閉ざされたまま。
 防音故の分厚い壁に囲まれたそこには仮眠用として置いてあるソファ以外に家具らしい家具はない。
 代わりに簡素な音響のシステムや数本のギターが置いてあり、小さなスタジオの様相を呈している。
 光源もパソコンのモニターだけにして、その日、高見沢は部屋に響くギターの音をただ追っていた。
 先程から何度も繰り返されるメロディ。
 あまり長くない音の羅列を飽きもせずに引き続けている。
 その数小節に、なぜか強く惹き付けられるのだ。
 アンプを通して響くその音達と共に、脳裏に流れ込む一つの声として。
 歌詞ではなく、ギターに合わせた所謂ハミングのような・・・。
 心地良く、重苦しいほどに愛しい音色が。
 それは、新曲を模索する高見沢の元に訪れた、音楽の女神『Muze』なのか、それとも・・・。
 思考の深みに嵌りかけて、そっと弦から指を離す。
 余韻を残すアンプの電源を落とし、高見沢は小さな溜息をついた。
 息苦しさだけが部屋の中を満たしていく。
 もう少し、もう少しで掴めそうな気がするのに。



 怒涛のスケジュールで敢行してきた春のツアーも終り、新しいアルバム作成のため、部屋へ籠り始めてから約一週間。
 ライブの中で観客からの果てしないパワーを取り込めるだけ取り込んで、意気揚々と製作活動に入ったというのに、一つのメロディーに心囚われて一向に先へ進んでいかない。
 期限も、刻々と迫ってきている。
 まだ他にも数曲、考えなければならない。
 このメロディーに、この曲にばかり感けている訳にはいかないのだ。
 それなのに。



 “煮詰まる”“行き詰る”なんてことは、数十年間何度も繰り返してきた。
 それでも暗澹たる感情は頭を重くするばかりで。
 今更スランプなんてものに悪酔いする程の体力なんてないけれど・・・。
 「マジでアルコールでも入れなきゃダメかな・・・。」
 秘蔵のワインでも開けてやろうかと、少々自暴自棄気味に立ち上がる。
 目線がパソコンの上部を越えた高さに差し掛かった時、少しだけ視界が歪んだ気がしたが、それは特別気に留めなかった。
 何となく喉も渇いている気がしたし、ともかく部屋を出ようとドアノブに手をかける。
 その時、パソコンの傍らに置いていた携帯が、メールの着信を知らせるランプと共に小さく振動した。
 「んー・・・?」
 ピッ。
 軽い音を鳴らして、手にした携帯の画面を変化させると、そこに浮かび上がったのは『坂崎』の二文字。
 「なんだ、珍しいな。」
 メンバーだからと言って、頻繁にメールや電話が来るわけじゃない。
 むしろ送られてくることの方が珍しいくらいだ。
 しかも2日後にはレコーディングの打ち合わせで顔を合わせる予定になっている。
 話があるならその時でいいはずだ。
 ましてや曲作り中、誰にも邪魔されたくないという心境に高見沢があることも十分に知っている。
 それなのに届いたメール。
 何か緊急なことでもあったのだろうか。
 そんな不安を感じながら、本文のページを開く。




 ピッ。



 『ドア開けて。』




 「・・・は?」
 予想からあまりにもかけ離れたその短い文章に、一瞬思考回路が止まってしまう。
 「開けてって・・・。」
 まさかここか?と、今さっき開けようとしていたこの部屋のドアを恐る恐る開いてみる。
 しかし、そんな所に坂崎が居るはずもなく。
 次にどこのドアを開ければ良いのやら、と本気で逡巡し始めそうになる。
 しかし寸での所で、玄関をドンドンと叩いている音に気が付いた。
 駆け寄ると急いでロックを外し、ドアノブを引き開く。
 「遅いよ、高見沢。」
 眉間にシワを寄せた言葉と一緒に現れたのは、片手にビニール袋と携帯電話を、もう片方に簡易フックを取り付けたダンボール箱を重そうに提げた格好の坂崎だった。
 「な、なに・・・?」
 「お邪魔しまっす。」
 「え?・・・お、おいっ、おいっ? ちょっと・・・っ。」
 ノブを握り締めたまま固まっている高見沢の横を通り過ぎ、坂崎はさっさと靴を脱いで部屋へと上がっていく。
 高見沢は唖然としたまま、それでもどうにかドアを閉め坂崎の後を追った。
 「待てって。何なんだよ?」
 「何って・・・これ?鍋セット。」
 「鍋セット?」
 「しかもちゃんとコンロ付き。」
 「へぇ、何鍋やん・・・じゃなくて。 お前何しにきたんだよ?」
 「何しにって。だから鍋やりにきたんだってば。」
 「それは分ったけど。」
 「ちゃんとした飯くってないんじゃないかと思ってさ。魚とか野菜とかバランス良く食える鍋がいいかなって。どうせお前んち土鍋なんてないだろうからわざわざ家から持ってきたんだよ。」
 説明しながら、坂崎はキッチンと続きになっているダイニングのテーブルへ次々と荷物を降ろしていく。
 「そりゃ、土鍋ないけど・・・。」
 「だろ? だと思ったんだよ。けどめちゃくちゃ重かったんだからなー、ここまで持ってくるの。だんだん手も肩も痺れてくるしさぁ、早く降ろしたかったのにチャイム鳴らないし。」
 「あれは・・・ウルサイからちょっと鳴らないように・・・。」
 「壊したのかよ・・・。直しとけっつーんだよ。ドア叩いてもなかなか出てこねぇし、しょうがないからメールして。あれで気付かれなかったら、本気でどうしようかと。」
 「あ・・・っ、おい、ちょっと待て。」
 荷物重いのに。と、まだブツブツ言っている坂崎を遮って、脳裏に浮かんだ疑問をぶつけてみる。
 「お前、セキュリティーはどうした?」
 これでも一応大物芸能人なので、セキュリティー設備の充実したマンションに住んでいるのだ。
 地下駐車場から上がれるエレベータの前と、正面玄関、そして各階の廊下に、それぞれ暗証番号を入力しないと開けられない扉がある。
 その番号を知らなければ、当然この部屋の前になど来ることはできない。
 もちろん、それを坂崎に教えた覚えもなく。
 「あ、番号ね。棚瀬に電話して聞いた。」
 あたかも当然と言わんばかりに答えられてしまい、高見沢は軽い脱力感を味わう羽目となった。
 「それより、そこでボーっと突っ立ってないでちょっとは手伝おうとか思えよ。」
 「手伝いったって、何すりゃいいんだよ。これ、切るか?」
 テーブルに近付いて、置かれた大根を手に取ってみる。坂崎はそれを取り返しながら、困ったような笑顔を向けた。
 「お前に食材切られたら食べるところなくなるっての。そうじゃなくて・・・食器出したりとかさ。高見沢じゃないと場所分んないだろ。俺、ここには初めて来たんだから。」
 それはそうだ。
 納得して、食器棚へと向かい、それから俄か調理実習が始まった。


 そして1時間半後。
 割と料理上手な坂崎が居たということと、鍋という手軽さのお蔭でスムーズに料理も完成し、勢いに乗せて箸をすすめ続けた二人の前には、あらかた空になった水炊きとの鍋と茶碗類がテーブル中に広がっていた。
 「結構食ったなぁ。」
 「ああ、もうちょっと残るかと思ったのにな。」
 底に残ったものを浚っては小さな丼に移していく坂崎の向かいで、高見沢は満足そうに身体を伸ばした。
 「もー・・・何も食えない。」
 「デザート、あんみつ買ってきてあんだけど。」
 「それは食える。」
 やっぱりな、と笑いながら、坂崎は冷蔵庫に入れておいた有名和菓子店の名が付いた箱を取り出す。
 程よく冷えたカップ入りのあんみつも十分に堪能し、そして二人はゆるゆると片付けの体制に入った。



 「よし、これで終了―。」
 持ってきた土鍋もダンボールへ元あったように収め、坂崎はパンパンという音を立てて手に付いた汚れを払った。
 「おう、片付いたな。おつかれ。」
 「んじゃ、そろそろ・・・。」
 壁掛けの時計を眺めながら立ち上がった坂崎に、高見沢は“帰るのか?”と声をかけようとしたが、
 「風呂、入るから着替え貸してくれ。」
 という、やけにのん気な声に先を越されてしまった。
 「・・・着替え?!」
 「荷物多かったから持ってくるの忘れたんだよ。Tシャツで、いいから。」
 「え・・・だって・・・そんなもん家に帰・・・。」
 「鍋食ったら汗かいちゃったんだもん。あ、大丈夫だって。下着まで借りようとは思ってないし。」
 “だから、シャツだけ貸して”、と手を差し出され、何となく妙な迫力みたいなものを坂崎に感じてしまい、高見沢は言われるまま、以前クリーニングから返ってきたままになっていた白いTシャツを見つけだして手渡した。
 「ありがとさん。じゃあ、お先。」
 渡されたシャツを江戸っ子よろしくタオル代わりに肩へ引っかけ、バスルームへと入っていく坂崎。
 その背中を、ただ呆然と高見沢は見送っていた。


 「なんかなぁ・・・。」
 軽い疲労感を覚えて、小さく溜息を吐く。
 「あ・・・、俺、こんなことしてる場合じゃないじゃん・・・。」
 曲作りの最中だったのだ。
 先程までの焦りが一気にぶり返してくる。
 しかし身体はそれに反して、ノロノロと腕が少し動いただけだった。
 気持ちだけは製作部屋へと入っていくのに、どういう訳だか歩き出す気になれない。
 うだうだとその場で留まっている内に、段々と焦りが苛立ちに変わっていく。
 やらなきゃいけないのに。
 只でさえ進んでいないのに。
 時計の針は勝手にどんどん進んでいってしまう。

 自棄になり、高見沢はガシガシと後頭部を掻きむしった。
 「何やってんの。頭痒ぃの?」
 「うわっ。」
 「痒いなら洗ってこいよ。さっぱりするぞー。」
 早々と風呂からあがってきた坂崎が、いつの間にやらすぐ傍まで来ていた。
 言った本人も、しっかりと洗髪してきたようで、毛先から流れ落ちた水滴がシャツの肩を少し濡らしている。
 「湯船にお湯張ったから、早く入んなよ。」
 「え?俺、いつもシャワーで・・・。」
 「でも張ちゃったもん。もったいないだろ?」
 湯上りの体温で薄っすらと曇った眼鏡の奥でにっこりと笑われてしまい、毒気を抜かれてしまった。
 「・・・分った、入ってくる。」
 「ごゆっくりー。」
 間延びした声に見送られ、のそのそと高見沢はバスルールへ向かう。


 「まあ、気分転換にはなったかなぁ・・・。」
 湯気の中、ゆっくりと息を吐き出しながら、高見沢は言われた通り、しっかりと湯船に浸かっていた。
 天井の白さがぼやけて揺れている。
 身体を洗い流して気分は幾分向上したが、それでもまだ焦りは取れない。
 当然だ。
 こうしている間に誰かがやっておいてくれるわけじゃない。
 自分で搾り出したものだけが自分の作品なのだから。
 「・・・なんとかしないと。」
 高見沢は沈み込みそうな気持ちを抱えながら、湯の中へ勢いをつけて潜り込んだ。


 肩に羽織った厚手のバスタオルに濡れた髪を散らして出てくると、背中を丸めてスポーツニュースを見ている坂崎の姿を見つけた。
 「あ、悪い。もしかして俺が出るの待ってた?」
 風呂に入っている間に、てっきり帰っていると思っていたのだ。
 「んーまぁ。頭痒いのとれた?」
 生返事と共に間の抜けた問いが返ってくる。
 「別に痒かった訳じゃ・・・。」
 「そ?まあいいや。じゃ、寝るぞー。」
 「・・・は?」
 もう今日は何度目か分からないくらいの疑問符を発して、高見沢はの思考はまた一時停止してしまう。
 「・・・お前、泊まってくつもり?」
 「明日は朝早くに仕事入ってるから。今から家帰ってたら殆ど寝る時間ないんだよね。」
 そう言って笑った顔に、屈託はなくて。
 しかも、迎えにくるマネージャーにはすでに連絡してあるらしい。
 用意周到というのはこういうことを言うのだろう。
 そしてこれもまた本日何度目かの溜息を吐く。
 「分かった。じゃあ、そっちの部屋使っていいから。」
 ベッドルームを指差し、自分は先程の創作部屋へ足を向ける。
 「どこいくんだよ。」
 「どこって・・・。俺はまだ曲作らないと。坂崎はそっちで適当に寝ててくれ。」
 「何言ってんの。高見沢も寝るんだよ。」
 坂崎の笑顔が呆れ顔に変わる。
 「寝れないよ。やんなきゃいけないこと大量にあるんだから。」
 同じく呆れ顔で返して、高見沢は元居た部屋へと入っていった。
 何となく全てを遮断してしまいたくて、鍵まで閉める。
 程なくして、ベッドルームの扉の閉まる音が小さく聞こえた。
 高見沢はパソコンの節電モードを解除しながら、そのモニター前に座る。
 集中力を取り戻そうと、一度、力強く目を閉じた。
 ペースを狂わされたからなのか、なかなかすぐには気力が戻ってこない。
 かなりの時間を浪費してしまったというのに。
 もたついている暇は、ない。
 モニターが完全に明るくなるのを瞼に感じて、ゆっくりと目を開ける。
 その時、またしても携帯が振動した。
 無視してしまおうとも思ったが、明滅するランプが気になって開いてみることにした。
 そこには、前件に続いて同じ名前が浮き出ている。
 「何やってんだよ、あいつは・・・。」
 壁に隔たれているとはいえ、5メートルもない場所からのメール。
 本文には、
 『ちょっと来て。』
という、やっぱり短い文字が。
 『自分から来い。』
 こちらも短く返すと、少しだけ間を空けて返事が送られてきた。
 『お前そっちの部屋カギ締めただろ。頼むから来て。』
 そういえばそうだっけ、と自分の行為を少しだけ恨んだ。
 一応坂崎も客と言えば客な訳だし、“頼むから”とまで書かれたら行かない訳にはいかないだろう。
 もしかするとベッドルームに何か不都合があったのかもしれないし。
 それならばさっさと解決して、早々に坂崎に眠ってもらわないと、近距離メールをして遊んでいる時間は、今はないのだ。
 そんなことを思いながら、高見沢は渋々とベッドルームへ向かった。



 「なんだよ?」
 些か険のこもったトーンで扉を開ける。
 ベッドの上、坂崎は掛け布団に足を突っ込み半身を起こした状態で座っていた。
 そのまま何も言わず、手にしていた携帯を枕元に置くと、片手で掛け布団を捲り上げる。
 そしてもう片方の手で、シーツの上をポンポンと叩いた。
 「ほら、高見沢。」
 「ほらって・・・。」
 その合図のような言動の意味は、何となく把握できたけれど。
 困惑した表情のまま動かない高見沢を見つめながら、坂崎はもう一度シーツの上を叩いた。
 今度はもう少しだけ、強い力で。
 「寝ようよ、もう。」
 「あのさぁ・・・。」
 「一緒に寝よう?」
 「無理だって。」
 「大丈夫だって。このベッドってシングルじゃなくてセミダブルだろ?添い寝してやるからさ、一緒に寝ようよ。」
 まるで子供にでも言い聞かせるような声。
 それを聞いて高見沢は、・・・古典的かもしれないが、頭の中で何かが切れる音を確かに感じた。
 「寝ないって言ってるだろっ。」
 「何でだよ。」
 「やらなきゃなんないんだよ、俺は。曲作らなかったらお前だって困るんだぞ。なのに・・・いい気な顔して寝よう寝ようって。何なんだよ?お前、誘惑でもしてるつもりか?襲って欲しいとでも思ってんのかよ!」
 「そんなこと思う訳ないじゃん、バカ言ってんじゃねぇよ。そんなことしてる暇があるんなら少しでも身体休めた方がいいっての。」
 憮然と坂崎は言い返す。
 「だから休めないって!!何度言えば分るんだよ?何て言ったら分かってくれるんだよ?お前、本当にいい加減にしろよ。鍋だの風呂だのなんだのって。そりゃそれは気分転換にはなったよ。けど今度は添い寝するとか勝手なことばっかり言って。やりたい放題振り回して!時間がないんだよ、ただでさえお前がきて予定狂わされてるのに!何で分かんないんだ、こんな何十年も一緒にやってきてさぁっ、俺が今どういう状態かぐらい察してくれてるはずだっただろ?!」
 焦りやフラストレーションや今までわだかまっていたものが綯い交ぜになって、後から後から溢れ出す。
 高見沢は、激昂を止められなくなっていた。
 「それとも何か?俺がただ単にお前のこと買いかぶってたのか?それとも騙されてたのかよ。ほいほい勝手に曲が作れる機械じゃないんだ!寝てなんかいられないくらい悩んで悩んで、いつか狂うんじゃないかってくらい悩んで作ってんたよ!知ってただろ?知っててくれたはずだよなぁ?だったら放っておいてくれ。いつも通りでいいじゃん!・・・・・・泊まってくならそれでもいい、好きにしろよ。ただそれならそれで大人しく一人で眠ってくれ。一緒じゃなきゃ嫌だとかって邪魔するんだったら今すぐ帰ってくれよ!」
 怒鳴り切り、肩で荒い息をする高見沢を坂崎は黙って見つめ、そして静かにうつむいた。
 痛いほどの沈黙が流れる。
 その重苦しい空間を断ち切るように、高見沢は踵を返し、部屋から出て行こうとした。

 「・・・いい加減にして欲しいのはこっちだよ。」
 掠れた、低い呟き。
 その声が一瞬、泣いているような気がして、高見沢は思わず足を止めた。
 「じゃあお前は・・・いつも俺達がどんな思いでいるのか知ってんのかよ。」
 「なに・・・。」
 振り返ると、そこには泣いているのではなく、悔しそうに唇を噛み締め顔を背けている坂崎の姿があった。
 「毎回毎回、レコーディングの度に、いつもの真っ白な顔・・・もっと青白くして、栄養不足とか寝不足とかそういうの混ぜれるだけ混ぜたみたいなゲッソリした顔して、身体ふらつかせながら現れてさぁ。それ見て俺達が何とも思わないとでも思ってた?・・・どうせ俺達が見てるなんてこと気が付いてなかったんだろうけど・・・。知ってるよ、分かってんだよ、お前が寝食忘れて頑張ってるってことぐらい。ずっと見てきたんだよ、そういう姿。けどお前、忘れちゃいけないもんまで忘れてるから・・・。」
 「何・・・だよ。」
 「高見沢さ、俺達が今、何歳になったかって覚えてる?・・・覚えてたとしても自覚、あんまりしてないだろ。」
 「そんなことないよ、さすがに無理はきかなくなってきたってことぐらい・・・。」
 「そうだよ。もう無理はきかないんだよ。いくら俺達が周りの同年代より若く見えるって、体力もあるって言ったって、限度があるじゃん?だから・・・。」
 「坂崎・・・。」
 顔を背けたままの坂崎に、高見沢は少し不安を覚え始める。
 「昔みたいな無理とか無茶とか・・・できないっていうより、しちゃいけねぇんだよ。ずっと同じこと続けてたら、壊れてくに決まってんじゃん。一旦壊れたら、回復するのにだって物凄い時間かかっちゃうし、下手したら・・・なおらないだろ、もう。生きてんだからどうしたて年取ってくし、年取ったらガタがくんのだって分かってるし、それ止められないのも分かってるし、止められないから嫌だなんて駄々こねてられる子供じゃないのも分かってんだよ。そんなの十分実感してる。お前だって分かってなきゃなんないんだよ。なのに・・・。嫌だって言ったって・・・でもやっぱり嫌なもんは嫌なんだよ、俺、もうこれ以上周りの、周りの大切な人たちがさぁ・・・っ。」
 肩を震わせ、喉の奥からしぼり出すように話すその姿に、高見沢はやっと坂崎の中の哀しい思いを見つけた。
 それはここ数年で立て続けに起こってしまった、そしてこれから更に増えてしまうであろう、憧れ追いかけてきた先輩達の・・・病気、入院、そして・・・訃報。
 聞かされて、目の当たりにする度に、悲しみや寂しさと共に不安も当然のように投げかけられてきた。
 三人の中でも、坂崎が一番近しい関係にあったから、余計だったのだろう。 大切な人達を失うことの怖さ、絶望。
 それがどんどんと、肥大し、蓄積されて・・・。

 坂崎は、辛そうな声のまま、思いを吐き出していく。
 「それにお前、健康診断オタクの癖にさぁ、全然・・・健康オタクじゃないように見えるもん。特に曲作ってる時はね。本当に・・・さっきだって・・・飯食ってた時だけど、今日一日ちゃんと食ってなかったとか言ってたじゃん?しかも目の下に隈、作ってんの分かってる?ここに、高見沢の家に来てみて、案の定だと思ったんだよ。思って・・・予想が当たって悔しくなった。なんで高見沢は自分のこと分かってやらねぇんだって。身体が悲鳴あげる前に、どうして気付いてやらねぇんだよって!」
 叫び声のような訴えと共に、憤りのこもった眼差しが高見沢を刺し貫く。
 その瞳の奥からは悲痛な思いが今しもこぼれ落ちそうになっていた。
 「・・・けどさ、俺、代わってやれないだろ?お前が・・・高見沢が作った曲がアルフィーの曲なんだよ。どうしても、それはどうしてもなんだよ。その他じゃ、駄目なんだよ。他じゃ嫌なんだよ。ずっとそうしてきたんだから。代わってやれないんだから・・・。だからせめて、無茶とか無理とかそういうの、俺がストップかけてやろうと、思・・・って・・・。」
 言葉を詰まらせ、再び俯いてしまった坂崎。
 邪魔だと思われるのは承知の上だった。
 計画して、準備も万端にして、覚悟を決めて。
 むしろそれが目的だったのだから。
 勝手な奴だと怒られながら、それでも身体を休めて欲しかった。
 どうか、壊れてしまう前に。

 いつしか、高見沢も俯いていた。
 泣いてしまいたいような、笑ってしまいたいような、訳の分からない様々な感情が溢れ出てしまいそうで。
 伝えるべき言葉が、見つからない。
 開きたい心の扉がどれなのか、見つけられない。
 けれど、そのどちらも、まだ「今」じゃなくていいのだと、ふと気が付いた。
 そして高見沢は、ゆっくりと顔を上げる。

 「・・・坂崎、もう少し、向こうに詰めてくれよ。」
 「・・・・・・え?」
 「壁際に、詰めてって言ってんだよ。場所空けてくんないと俺が寝れないだろ。」
 驚いて上げた坂崎の顔が、先程の高見沢と同じく、泣きそうな、笑いそうな表情に歪んだ。
 「添い寝してくれんだろ。それとも何?俺が壁側なのか?」
 指差したのは、座っている坂崎の左側に空いている壁側のスペース。
 「・・・どっちでもいいけど。どっちがいい?」
 「やっぱりさ、坂崎は俺の右側にいないとなんか違和感あるんだよな。それにそっち側にいれば寝返りうってもベッドから落ちる前に防波堤になってもらえる訳で。」
 「何それ・・・ひでぇよ。どうせ防波堤なんて乗り越えてく癖に。俺細いしね。落ちたら放っとくからな。」
 憎まれ口を叩きながらも、坂崎は壁側のスペースを高見沢に譲り、そしてその横に改めて寝転んで、柔らかな毛布と布団を掛けなおす。
 「・・・いびきかくなよ?」
 「そっちこそ夜泣きするなよ?」
 「赤ん坊じゃねぇってんだよ。」
 そんな他愛も無い会話が、妙に心地よかった。

 手元のスイッチで明かりを落として、ゆっくりと瞳を閉じる。
 今はただ眠りに全てを委ねよう。
 また明日、暗闇を越えて夜明けが来るまで。
 新しい朝がくるまで、そっと。
 捕らわれ、心にぶら下がったままのあのメロディーもきっと、また煌きを取り戻すから。
 今はただ、走り続ける・・・そのために。





 〜終〜



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 言い訳という名の悪あがき。

 フィ、フィクションですので・・・!m(_ _)m m(・・;)m m(_ _)m
 すみません、桜井さん出てきませんでした。
 あ、いやあの、桜井さんには家庭がありますし・・・。(何)
 今年の夏イベ終了後、秋ツアーが始まる前にUPしたかったんですが、遅れに遅れて、とうとう肝心のアルバムもすでに出ちゃったという。
 む、無念・・・。
 当初は、お疲れのタカミーを、幸ちゃんが小悪魔っぷりを発揮しつつちょっと振り回して、怒らせて、叱り返して、一緒に眠って疲れ取れましたー・・・くらいの可愛い感じで考えてたんですが、いつの間にやらやけに重たいテーマが。
 書いてる本人もびっくりでした。(^^;)