「倖せのかたち」



「幸せって何だろうなぁ…」

突然呟かれた言葉に、二人は顔を見合わせた。
談笑中だった二人は、決して”幸せとは”などという真面目なトークをしていたわけではない。
仕事の話の流れから、好きなアーティストについて、いつものように話していただけなのだ。
話の腰をポッキンと折る呟きに、ちょっとビックリしてしまった。

しかし、呟いた男を見ると、こちらを見ているわけでもなく、何を見ているのか天井を見上げている。
二人にはどう見ても”ボーッ”としているようにしか見えなかった。

何だ、独り言か。
はたまた、寝言だったのかもしれない。
ド天然の男はやっぱり掴めないなと二人は思う。
何十年付き合っても、まだまだ掴めない彼には、もはや感心するしかない。

「で、どこまで話したっけ?」
「…どこまでだっけ。っていうか、俺たち何の話してたっけ?」
「え、そこまで忘れたの?」

ガタンッ!バターンッ!
ド天然の男が突然立ち上がり、その拍子に折りたたみ椅子が後ろに倒れた。

『わっ!!』
またまた二人は驚いて、男を見た。
その男、ド天然といえばこの男をおいて他にはいない、高見沢はふくれっ面で二人を睨んでいた。
「何だよ!!無視すんなよ!!」
「え、独り言じゃなかったの?」
「独り言じゃねーよ!」
「寝言でもなかったんだ」
「寝てないのに寝言なんか言うかよ!」
「だって、唐突なんだもん」膝に置いていた愛用のギターをギュッと抱きしめて坂崎は笑った。
「そうだよ、何で突然そんな話になるんだよ」桜井にそう聞かれると、高見沢ははたと動きを止めて考え込んだ。
「…あれ?そういえば、何でだろう?」
二人はうなだれた。
「さっきの桜井と同じじゃん」
「高見沢と一緒にするなよ」
「一緒じゃん。桜井だってさっき何の話してたか忘れたでしょ」
「…そ、そうだけど!でも、高見沢とは違うぞっ」
「何が?…あ、髪の量?」
「そう、そればっかりは勝てないのよね…って、坂崎に言われたかないっ!」
「あはは」

高見沢が机をバンと両手でたたく。
「とにかく!」
『とにかく?』坂崎と桜井は高見沢を見上げて聞き返す。
「何でそんな話になったかは忘れたけど!」
『うん』同時に二人が頷く。
「この際、それはどうでもいいとして!俺が聞きたいのはぁ!」
『“幸せって何だと思う?”なんでしょ?』
「そう!つーか、…おまえら、ハモりすぎ。双子かよ」
「おすぎですっ」
「ピーコですっ」
「そのネタはもう古いっ」
「え、じゃあ誰でやる?」困った顔をして桜井が坂崎に尋ねる。
「う〜ん…じゃあタッチ?」
「タッチだったら、結局おすぎとピーコだろ」
「ああ、そっか…」
『…幽体離脱〜!』
「こら!面白いけど今はやらなくていいから!」双子ネタで遊ぶ二人を制して、高見沢はビジッと桜井を指差した。
「はい!桜井!」
「お、俺?」
「ご指名ご指名」クククと坂崎が笑う。

「何で俺から?」
「いいから早く言えよ!」
「聞く態度じゃないしぃ…」
「桜井っ!」
「はいはい、言えばいいんでしょ、言えば。幸せって何かってことだろ?」
「そう!」
「そんなの人によりけりで、これって決まった答えなんてないじゃないの?俺が幸せと思うことが、おまえら二人も幸せと思うとは限らないだろ」
「……坂崎はっ?」
「確かに全員が“幸せ”って思うことが同じなんてことはないよね。俺は焼酎がたくさん並んでても、幸せとは思わないし」
「俺だって、蛇だかトカゲだかよく分からない生き物を見たり触ったりしても、ちっとも幸せとは思わないよ」
「言っとくけど、蛇は飼ってないよ」
「トカゲモドキなんてのがいるんだから、本当のところ、ヘビモドキなんてのも飼ってんじゃないの?限りなく蛇に近いやつ」
「それって、蛇はダメだけど、ヘビモドキなら飼っていいってこと?」坂崎の目がキラリと光る。
『ダメ!』今度は高見沢と桜井がハモった。
ヘビモドキがこの世に存在するのか定かではないが、やっぱりダメだと二人は思う。
だって、ツアー先に連れてこられたら困る。大いに困る。
ケージから出てしまい、翌日の新聞で”THE ALFEE坂崎 楽屋からペットのヘビモドキ脱走!”なんて見出しは見たくない。

「やっぱり?」そう言われると分かっていた坂崎は、二人が何を想像しているのかも予想がついて、何だか可笑しかった。

そんな中、高見沢はまだ納得がいかないようで、不服そうな顔で椅子に腰かけた。
「…なんか、俺たちの答えが気に入らないみたいだね」
「他に何言えっての?」
「違うよ、二人の答えはその通りだと思う。でも、何か違うんだよなぁ…」
「違う?何が?」
「う〜ん…何って言われると困るんだけど……じゃあさ、桜井の幸せって何?」と高見沢が尋ねる。
「えっ!?俺のし、幸せっ!?」
「そう。“幸せだな〜”って思う時ってどんな時?」
「……幸せねぇ…」
「家にただいまーって帰った時とかじゃない?」
「何だよ、それ?」
「だって”おかえり”って言ってくれる人がいるじゃん?」そう言って坂崎がニヤニヤすると、桜井はそっぽを向いた。
「……ま、まぁ…それも…一つの…幸せ…っていうんだろう…なぁ…」
「ププッ照れてやんの」
「うるさい!そういう坂崎はどうなんだよ!」
「俺?」
「ライブで可愛い子を見つけた時だろ?」今度は高見沢がにんまりする。
「ああ〜確かに見つけた時は幸せそうな顔してるもんなぁ」桜井が納得顔でうんうん頷くと、坂崎がプルプルと首を振った。
「ないない!やめてよ!二人がそういうこと言うから、みんなもそうだと思っちゃうじゃん!」
「だってそうなんだろ?」
「だから違うって!」
「嘘ばっか」
「嘘じゃないっての!」
「え〜じゃあまったく客席見てないの?」
「まったくってわけではないよ。みんな楽しんでるかなって眺めてはいるよ」
「その時に坂崎のセンサーが反応するんだろ?あっ可愛い子発見!って」
「ああ、ウワサの暗視センサーね」
「ウワサってなんだよ!そんなセンサー持ってないよ!」
「え、眼鏡についてるんでしょ?」桜井が坂崎に顔を寄せると、眼鏡をまじまじと眺めた。
「ついてるわけないだろ!」
「あ、ほら、ここ」と桜井に言われ、坂崎は眼鏡を取って桜井が指差す部分を見た。
「どこだよ?」
「ほら、ここ」
「……これはただのネジ!」
「あ、ネジでしたか。失礼しましたぁ〜」
「もうっ」困ったような、でも笑顔で坂崎は眼鏡をかけ直した。

「でもさ、俺たちが言わなくても、みんなもそう思ってるよ」
「だろうな。よく見てるもんな」
「見てないよ」
「見てるよ。なぁ?桜井?」
「見てると思うよ。俺と高見沢に比べれば、何倍も」
「……」そこについては何も言い返せないらしい。
「というわけで、坂崎の幸せは可愛い子を見つけた時な」
「…高見沢はどうしてもそれを俺の幸せにしたいわけね」
「うん」
「…じゃあ、もういいよ、それで」面倒くさくなり、坂崎は諦めて高見沢に聞き返した。
「で、高見沢はどうなんだよ?おまえの幸せだなぁって時は?」
「俺?俺はね〜」
「あ、プロテイン飲んでる時?」桜井が割り込む。
「あぁ〜確かにそれも幸せだけど、それよりもやっぱり美味い肉を食ってる時かな」
「ほんっとに好きだなぁ、肉が」呆れたように坂崎は笑った。
「だって美味いじゃん。坂崎ももう少し肉を食え?」
「肉ねぇ…ちょっとでいいな、俺は」
「そんなんだから細いんだよ。風で飛んでっちゃいそう」
「そんなに軽くはないよ」
「台風だったら飛んでくって」
「俺が飛んでっちゃうような台風なら、みんな飛んでくよ。…で、結局やっぱりみんな幸せだなぁって思うことは違ったね。俺のは勝手に決められちゃったけど」
「やっぱりさ、それぞれで人生が違うように、考え方も違うし、物の見方も違うもんなんだよ。みんな同じってのは、それはそれで気持ち悪いだろ」桜井が苦笑する。
「そうだけどさぁ…」

すると、坂崎の指が優しげなメロディーをつま弾き始めた。
二人は、“あっ”と坂崎を指差す。
美しいコーラス、坂崎のアコースティックギター、そして桜井の優しい歌声が重なり合うあの名曲だ。

『倖せのかたち!』 (作詞・作曲:高見沢俊彦)

「♪倖せのかたちにとらわれず〜あなただけを守っていきたい〜…ってことで、ひとりひとりの“倖せのかたち”は、違うってことでいいんじゃない?歌詞のようなロマンティックな話なんてしてないけどさ」
「幸之助ちゃん、良いこと言うね〜」
「“ちゃん”はやめなさい」
「幸之助くん」
「“くん”もやだ」
「…じゃあ、幸之助」
「……何だろう、もっとやだ」
「でもさ〜!同じものや同じことに対して、同じように幸せって感じることも中にはあるんじゃないかなぁ…って俺は思うんだよ」高見沢はまだまだ納得がいかないようだ。

「引かないねぇ…」
「じゃあ、例えばどんなことだよ?」
「…例えば……何だと思う?」
「聞き返すなっ」
「だって!突然言われて浮かぶわけないだろ!」
「おまえがあるって言うから聞いてんだろうが」
「あるんじゃないかなぁって思うって言っただろ!」
「それが例えば何だよって聞いてるんだろ」
「だから!それが浮かばないって言ってんの!」
「じゃあ、ないってことだろ」
「いや!ある!きっとある!」

また始まったよと、坂崎は高見沢と桜井の言い合いを聞きながら、ドアを開けたところで先ほどから入ることをためらっている棚瀬を見た。
「入らないの?」
「何だか入りづらくて…失礼します」わーわー言い合う二人の横を通り過ぎ、坂崎のところまでやってきた。
「そろそろ?」
「はい、あと15分ほどだそうです」
「15分ね。予定より遅くない?」
「機材に少し問題があったようで、準備に手間取っていたようです。今、最終チェックをしています」
「そう。…お二人さーん、聞いてるー?」
『何だよっ!?』すごい勢いで二人が坂崎を見た。
「もうすぐだって。言い合ってる場合じゃないよ」
「そうですよ。あ、高見沢さん、髪が乱れてます」
「あ、本当だ。奥目のまぶたに引っかかってるぞ」
「え、どこ?桜井、取って!」さっきまで言い合いをしていた桜井に顔を近づける。
「何で俺?」そう言いながらも引っかかっている髪を丁寧に取ってあげた。
「あ、桜井のネクタイ、いい色だな」
「そう?」
「うん、中のシャツとすごい合ってる。今日も格好いいじゃん」
「高見沢も今日のジャケットいいな。あれ、袖口が変わってるな」
「そうなんだよ〜。ここがこだわり!さすが桜井!よく気づいたな」
「そりゃあ、たかみーの衣装は誰よりもチェックしてますから〜。へぇ〜格好いいなぁ…」
「何だよ〜照れるじゃん!」
「いやぁ、本当のことだよ」
「桜井も格好いいよ!」
「よせよ〜!」

「ねぇ」坂崎が声を掛ける。
『ん?』
「気持ち悪いから、そろそろやめて」
『ひどいっ』
「さっきの言い合いはどこにいっちゃったんだよ」
「言い合いって……何だっけ?」
「何を言い合ってたっけ?」よく忘れる二人に坂崎は呆れる一方だ。大丈夫だろうか、この二人は…と密かに思う。

「二人が言い合ってる間に考えてたんだけどさ」
『何を?』
「……言うのやめようか」
「幸之助ちゃん、顔怖いっ」
「…あ、“幸せとは”ってこと!?なになにっ?」
「……」
「教えろよ〜」
「これかなってことでもあった?」
「まぁ、そんなとこかな」
「なに?」
「これからやることが関係してるかな」その言葉に桜井がピンときた。
「あ、そうか。なるほどなぁ」
「何だよ?収録がどう関係するんだよ?」
「俺たち、ひとりひとりだと幸せに思うことって違うけどさ、アルフィーとしてなら、同じなんじゃないか?…ってことだろ、坂崎?」
「うん」
「…そうか、歌か!」ぱぁっと高見沢の顔が輝いた。
「歌うことがまず何よりの俺たちの幸せだよね」坂崎の言葉に、うんうんと高見沢は大きく頷く。
「そうだな。それがないと俺たちの幸せはまず成り立たない」
「でも、その幸せよりも大きな幸せがあるよね?」坂崎の問いかけに、桜井がニッと笑った。
「俺たちアルフィーにとっての幸せであり、ファンみんなの幸せでもある…あれだな」

『ライブ!!!』三人の笑顔がパッと弾ける。

「ライブが盛り上がって得られる達成感や喜びは、俺たちアルフィーにとっての幸せでもあるし、参加してくれたみんなの幸せでもあるよね。俺たちとファンのみんながいて−」
坂崎の言葉を桜井が繋ぐ。
「初めて形になる」
二人の言葉に高見沢が笑顔で頷いた。
「まさにアルフィーとファンの−」

『“倖せのかたち”だな!』


高見沢の突然の質問は無意味なものから、とても大切なことへと繋がった。
まさか、あの質問からこんな答えが生まれるとは、坂崎と桜井は思ってもいなかった。
高見沢はこの答えを見越して、質問したのだろうか。
もしそうなら、すごいやつだと感心するが、それはきっと違うと二人は思っている。
そして、それは高見沢には言わないでおこうと二人は思う。

自分たちにとっての幸せ。
そしてファンみんなにとっての幸せ。
長く続けてきたからこそ、どちらにも語りつくせない重みがある。
三人は、その幸せを守りたいと強く思う。

「これは崩したくないな」
「そうだね、いつまでも今のかたちで続けたいね」
「俺たち三人がいれば、変わることはないさ。そうやって38年やってきたんだからさ」

自分たちの音楽に対する気持ちが変わらなければ、みんなもきっと、変わらず付いてきてくれる。
想いが変わらない限り、この”倖せのかたち”はずっとずっと続いていく。

アルフィーとファンの”倖せのかたち”は、そう簡単には崩れない。

いや、崩させやしない。

自分たちが守ってみせる。

それが、自分たちの使命なのだから。


「あの〜…」遠慮がちに三人に声をかける人物が一名。
「あれ、棚瀬。まだいたの?」
「坂さん、ひどいです…。素晴らしいお話の途中ですが、お時間です」
「あ、そっか。これから収録だっけ。すっきりして帰りそうだったよ」
「ダメですよ!高見沢さん、帰らないでくださいね」棚瀬は念のため、くぎを刺しておく。高見沢が言うと、冗談に聞こえない。
「じゃあ、行きますか」坂崎を先頭に楽屋を出る。


スタジオへ向かう途中、
「う〜…」と高見沢が唸った。
「何だよ、どうした?」心配そうに顔を覗き込んだ桜井に、高見沢が言う。
「…何かさぁ…」
「ん?」
「今すぐにでもライブやりたくなっちゃった」
「何だ、おまえも?」
「あれ、桜井も?ってことはもしかして…」
「坂崎も?」
「…やりたいね」
「何だ、二人も同じこと考えてたのか!」
「ライブが俺たちの“倖せのかたち”だって話してたら、そりゃライブがやりたくなるさ」
「だよね」
「秋ツアー、まだ先だなぁ…。来週ぐらいからやりたいな、俺」
「おいおい、それはいくらなんでも無理だろ」
「そうだよ、高見沢はまだソロライブがあるでしょ」
「…あ、そうだった」
「濃い内容の秋ツアーにすべく、今はとにかく準備だろ」
「そうそう。じゃないと、満足するライブができないしね」
「そうだな。…よし、また頑張って台本作らないとな〜」
『…え、そこ!?』


君と一緒に“倖せのかたち”を作り続けていきたい。

君が幸せであることが、俺たちの幸せでもあるから。

今日も明日も、そして遠い未来も、君が幸せでありますように。


君の幸せは俺たちが守るよ。

これからも。

ステージの上で。

ずっとずっと−



―おわり―

************あとがき******************

読んでいただき、ありがとうございます。
38回目のお誕生日のお祝い、ということで書いてみました。
1週間ぐらい前にネタがうかび、間に合うかどうか…という状態で書き始めましたが、何とか間に合いました(^^;)

アルフィーとファンで作る”倖せのかたち”、これからも素敵なかたちを作っていきたいですね(*^^*)
38回目のお誕生日、おめでとうございます☆

2012.8.25

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