「聖夜-二人のSilent Night-」


今日はクリスマスイヴ。

でもクリスマスはいつも一人。
寂しい女って思われるかな。
彼がいないわけじゃないのよ。ただ…クリスマスはいつも仕事なだけ。
目の前に置かれたシャンパングラスは、私の気持ちも知らないでキラキラと輝いている。今日、輝けない私の分まで輝いてるつもり?
テーブルの中央にさっき運ばれてきたクリスマスケーキも、どこからどう見たって美味しそうよね。文句のつけようがないわ。でもね、文句をつけたい年頃なのよ。
「何ぶつぶつ言ってるのよ。食べないの?」
本当なら私の正面には彼がいて、素敵な笑顔で私を見つめてくれている…ものなのよ。今日はね、本当はそういう日なんだってば。
「…ちょっと、聞いてるの?」彼じゃない、付き合いもとうに十年を超えた友人が私の顔を覗き見た。
「…聞いてるわよ。食べるに決まってるでしょ」
私の分まで輝いていると思われるシャンパンを、やや不機嫌…ううん、かなり不機嫌にグイッと飲み干してテーブルの隅に寄せた。テーブルクロスに小さなしわが寄る。私の眉間のしわとどっちが大きいかしら。
「いい加減、諦めなさいよ。これで何年目?」呆れたように友人が尋ねる。
「何がよ?」
「クリスマスに、叶うはずがない彼と会うこと、よ」相変わらず飄々と彼女は言った。そして目の前に置かれたデザートのケーキをデジカメで撮影しながら続ける。
「せっかく旅行に来たのに、さっきからしかめっ面ばっかり。彼と会えないの分かっててこの旅行に行くって決めたんじゃなかったの?つい、夕方まではそういう風に見えたけど?」
彼女の言い分は当然だとは思う。今日彼と会えないのは分かっていたこと。だから毎年、夕方まではクリスマスイヴだなんてことは忘れて、その時その時を楽しんでいたわ。今日もそうだった。
でも、何故だか夜になると諦めたはずの願いが私の心に広がってしまう。それは私のせいじゃない。日が暮れるせい。私の責任じゃない。
「…日中はね、明るいから忘れていられるのよ。でも夜になると会えないことを思い出して悲しくなるの。そういうこと、あるでしょ?」
「…なくはないわね」
「どっちよ」
「だから、ないこともない、つまりあることもある、のよ」
「素直に“ある”って言ってよ」
「あたしが素直じゃないの、よく知ってるでしょ」ムスッとして友人は目の前にあるケーキを口に運んだ。不機嫌な顔が途端にニンマリする。ケーキに目がないのだ。かなり美味しいらしい。ようやく私もケーキを一切れ口にした。くどくない程よい甘さが口一杯に広がる。なかなか好みの味だった。
ちょっと一人、勝手に不機嫌だったことに申し訳なさを感じた。…単純だけれど。
よく考えてみれば、友人としては彼に会えない私の寂しさを紛らわそうとこの旅行を計画してくれたのだろう。そんな風に心配して旅行を計画してくれた友人に感謝しなくてはいけない。なのにこんなしかめっ面をしている。…もし私が逆の立場だったら…すでに腹を立てて一人帰っている。だって楽しくもないし。
つまり、今友人は楽しくない、ということになる。いつ”帰る”と立ち上がってもおかしくない、そう思った。
ケーキしか見ていなかった私は慌てて顔を上げた。
「ごめんっ私っ」
「…は?何が?」友人は人の心配をよそに、ケーキに夢中だった。
「……何がって…その…せっかく旅行に誘ってくれたのに…その…」
「不機嫌でごめんなさいって?」
「そ、そう!…ごめんね、私、自分の」
「あんたが自分のことしか考えてないってことは、重々承知で旅行に誘ったのよ。こうなることも99%予想してました。たまには予想できない行動でもとるぐらいの意外さも必要ね。…ああっ何て美味しいの!このケーキ!クリームとフルーツのバランスが絶妙だわっ!…何ていう名前のパティシエかしら。ねぇ、メニューに書いてあった?あたし見逃した?ううん、それは絶対にないわっ」
「……」すべてお見通しで、しかも私が不機嫌な為に自分が不機嫌になったこともすっかり忘れ去ったかのようにケーキを頬張る友人は、大した人間だな、と密かに思った。
「このイチゴもかなり美味しいし!どこのイチゴかしらね!」
「……パティシエ本人か店員に聞いたら?」
「そうね、それが一番手っ取り早いわ。ちょっと聞きに行ってくる」
「えっ本当に聞くのっ!?」
友人はそそくさと立ち上がり、近くにいた店員に駆け寄った。よく見れば手にはきちんとメモまで持っている。見上げた根性だ。

ここはちょっとお洒落なリゾートホテルだ。リゾートと行っても海があるわけじゃない。山の上の、あたり一面何もない、下界を見下ろせるだけのややペンションに近い感じのホテル、と言った方がよいかもしれない。
いや、一つだけ訂正しておこう。あたり一面何もない、わけではない。ホテルの敷地内に、ここのウリでもある天文台が併設されている、らしい。らしい、とは、私がよく知らないからだ。友人に説明された通りのことしか知らない。
クリスマスに星を見る、なかなかロマンティックな企画がこのホテルにはあるそうで、それを目当てにここに毎年くる家族連れやカップルも少なくない…いや、多いと聞いた。
だが、友人曰く“天文台はクリスマスに関しては予約した人しか見ることができないんですって。私たちは予約してないわよ、残念だけど”だそうで、せっかくの企画もただ近くで眺めているだけ、に終わりそうである。女二人で星を見てキャーキャー言う年でもないから、と表面上は思いつつも、星が好きな私は実は結構残念に思っている。
別にクリスマスじゃなくてもいいから彼と来たいな。今度彼に話してみよう。

私の彼は毎年決まってクリスマスに仕事だ。この日の仕事は絶対に外せない。そういう職業。
それは付き合う前からよく分かっていたし、重々承知で付き合っているつもり。彼に、クリスマスに会えないなんて…とブツブツ言ったこともない。…友人には愚痴るけれど。
もちろん律儀に電話はくれる。彼の声で「メリークリスマス」と当日に聞くことは幸いできているから、声すら聞けない恋人たちにしてみれば恵まれているとは思う。
でも。でもね。
やっぱり、クリスマス当日に会いたくなるの。声だけじゃいや。
逆に声を聞くと、どうして傍にいてくれないの…って悲しくなるの。
周りは幸せそうに腕を組んで歩いているのに、私は電話に耳を押し付けて彼の声を聞くだけ。
彼のぬくもりは電話では伝わらない。どんなに温かな優しい声で囁いてくれても、彼に触れることはできない。
それが何年も続けば、さすがに辛くなる。

「…そんなに寂しいなら、行けばよかったのに」
イチゴの産地を聞きに行っていた友人がため息交じりに呟いてイスに腰掛けた。ずいぶん長かったように思う。彼女のメモを見やると、パティシエの名前もイチゴの産地も銘柄も、極めつけにはパティシエのいる店の住所と電話番号まで書いてあった。どうやら市内にあるらしい。きっと明日連れて行かれる。
「行くって…どこへ?」
「彼のところよ。行けないわけじゃないでしょ?去年みたいにあんたが仕事なら仕方ないけど、今年は休みなんだし、行こうと思えば行けたじゃない」
「……」
友人の言う通り、行こうと思えば彼の元に行けるし会うことだってできた。ここからだって1時間もあれば行ける距離に彼はいる。
でも彼は人を楽しませる仕事をしている。みんなに夢を与えるステージに立つ人。そこに私が出向いても、そこには私だけじゃなく、他にも大勢の人たちがいる。彼を見つめるたくさんの人たち。その中に私はとてもいられない。その場所にいる時の彼は、私だけの彼じゃないから。
贅沢な悩みだとは思ってる。彼と付き合っているだけでも、世間からしてみればすごいこと。私だって彼と付き合えるとは思っていなかったから。

でも今の私にとっては、いつだって一緒にいたいと想っているたった一人の恋人なのだ。恋人と二人きりでいたいと思わない人なんていない。
私は、ただそれを願っているだけ。ちっとも贅沢なことを言っているつもりはない。
でもそれが一向に叶わない。もちろん私が口にしないから叶うはずがないのだけれど。
実際彼に私がそんな風に思っているなんて、話したこともない。
仮に彼に話しても、困らせるだけなのは目に見えているし。

彼の仕事が終わってクリスマスイヴに会えた時もあった。でも、疲れている彼が無理をして会いに来てくれても申し訳なさと悲しい気持ちが増すだけで、その時私は“無理して来なくていい”と彼に言った。もちろん嬉しい気持ちもいっぱいあったけれど、その時は翌日も仕事で、どう見ても無理をしていたから。
夜に弱い人だから、余計に心配だったし。

「だって…」
「分かってるわよ。あんたが行かない理由は、何となく分かる。もしあたしがあんたなら、あたしも嫌だもの」
友人にしては意外な台詞だった。
「…初めてだわ」
「え?何が?」
「私の気持ちが分かるって言ってくれたの」
「…そう?」
「そうよ。いつも“何でそうネガティブなのよ。ポジティブに考えなさい”とか“考えすぎだ”って言うじゃない」
「確かに言ってるけど、あたしだって乙女なところはあるのよ。好きな人とはやっぱり二人きりで会いたいじゃない。それを望むことは当たり前のことだし、それが叶うなら何より幸せな気持ちになれると思うもの」
「…なぁに?すごい心境の変化ね?クリスマスなんて特別でも何でもない!って言ってた人が」
「それは今でも変わらないわよ。別にクリスマスイヴだから会うのが当たり前、とは思ってないわ」
「あ、そう」
「会えればいつだっていいじゃない。日を選んでいたら会える時も会えなくなるわよ」
「それはよ〜く分かってるつもりなんですけどね。どうもクリスマスっていうのだけはこだわっちゃうみたい。当日会えたらいいなって。会えないと分かっているから余計に会いたくなるのかも」
「ああ、なるほどね。想いが募るわけね」
「…クサッ」つい吹き出してしまった。友人がムッとする。
「…失礼ね。何よ、さっきまで不幸のどん底にいるような顔してたくせに元気になっちゃって」
「だって珍しい人が珍しく乙女なこと言うんだもん。なぁに、いい人できたの?」
「……」友人は無言で紅茶を飲む。
「なによ〜言いなさいよ!」
「…あたしみたいに察してみなさい、たまには」
「ええ〜ちゃんと言ってよ!私、ちゃんと本人の口から聞きたいのー!」
「こら、声が大きいわよ」
そう私を嗜めると、友人は知らん顔して席を立った。
「ねぇ、天文台には入れないけど、天気がいいから星がきれいに見えるかもしれないわよ。あとで行ってみない?」
「あっはぐらかす気ね?」
「違うわよ。星を見ながらロマンティックに語ってあげようと思ったんじゃないの」
「…本当に?」
「…疑うなら話さないわよ」友人はにんまりと笑った。

まだ星を見るには時間的に早いということで、私たちは一旦部屋へ戻った。
ディナーはなかなかの料理だったし、ケーキもかなり美味しくて私たちは十分この旅を満喫した気分になっていた。
ふと部屋の時計を見上げると9時を回っている。
「そろそろ終わった頃かしらね」察するのが得意な友人は相変わらず直球な何の誤魔化しもない言葉を口に出す。十年以上の付き合いだから慣れてはいるけれど、時に鋭く刺さる。特にせっかくそのことを忘れて楽しい気分になっている時に言われると、だ。今がまさにそうだった。
「…うん」
「あ、ごめん。思い出させた?」
「直球投げといてよく言うわよ」苦笑いを友人に返す。
「カーブは投げられないのよ」そう言って友人は窓際にあるソファに腰を下ろした。一応、その言葉が彼女なりの謝罪である。
「ねぇ、星は何時頃見に行く?やっぱり深い時間ほどキレイなの?」カーテンに手を掛け、外を眺めながら友人が私に問い掛けた。
「そうね、夜遅い方が電灯なんかも消えてキレイに見えるんじゃないかな。あとすごく寒い日ね。星がね、瞬くのよ。輝きも普段とは違うし。今…9時でしょ。11時とか12時とか、そのくらいかな」
「じゃあ11時頃にしましょう。…そういえばチェックインの時にね、1部屋に1本ワインかシャンパンのサービスが受けられるって言ってたわ。…ああ、これこれ。引き換えチケットもらったのよ。これ使ってワインかシャンパンもらってまた星見てから飲まない?」
「いいわね!タダなら格別に美味しいかも」
「せっかくだからルームサービスもとる?チーズ盛り合わせとか…いろいろあるけど」
「とろ!ぜいたくにいこうよ!普段旅先でもルームサービスもとったことないし。今日は特別!」
「はいはい。じゃあそれはまた後で決めるとして…。まだ2時間あるし、明日行くところ決めましょうよ」
「そうね、まだ全然決めてなかったもんね。…とりあえずパティシエの店は行くんでしょ?」
「もちろんよ。市内なんですもの、行かない手はないわっ」
やっぱりそこには確実に連れて行かれるようだった。


予定通りの時間に部屋を出た。まだロビーには人が結構いる。意外だった。
「子供もまだ起きてるのね。みんな夜更かしするわねぇ…」と私がため息まじりに呟くと友人は、
「ああ、天文台がね、今日だけ特別に夜中の1時までやるんですって。ほら、ホテルに宿泊しなくても天文台だけ利用、っていうのもできるから。だからまだ利用する人たちが予約時間待ってるんじゃない?」と言った。
「へぇ、そうなの。いつもは何時までなの?」
「確か…12時だったかしら。あ、でも日食や月食、彗星なんかが来る時は、ベストの時間帯に開けるらしいわよ」
「そうなの!じゃあ、今度そういう時に来てみよう!」
「流星群が来た時もいいんじゃない?観察会が開かれるらしいし」
「うんうん、いいわね!」
ホテルの入り口を出ると、途端にひんやりした空気が身体をとりまいた。一気に体温が下がった気がする。吐く息は真っ白だ。
「くー寒いっ!だいぶ冷えてるわねっ」コートのボタンを慌ててはめた。マフラーも念入りに巻く。
「手袋は?置いてきたの?」友人に言われて持っていないことに気付いた。
「あ!忘れちゃった!…ま、でもいいよ。ポケットに手入れとく」
「転ばないでよ」
「やめてよ。そういうこと言うと私転ぶんだから」
「楽しみね」
「悪趣味だなぁ!」そう言って友人を見ると、コートのポケットに入れていたと思われるカイロを貸してくれた。実は案外優しいのである。

空は星を見るにはうってつけの晴天だった。月もない。プラスここは山の上。空気も澄んでいるから星がよく見える。
私は満天の星空を見上げた。
「うわーっ!!キレイ!」
「本当ねぇ…」
「…あっ流れ星!ああ、消えちゃった。願い事言えなかった!」
「そんな一瞬に願い事三回言える人なんていないわよ。いたら教えてほしいわ」
「確かにね。絶対無理よね、三回も言うなんて。…あ、オリオン座!」
「え?どれ?」
「ほら、あれと、それとこれとあれを繋げて、その中央にある三つの星がオリオン座」空に指差してオリオン座の形を描いた。
「…分からないわ。どれがどれだかさっぱり」
「え〜分からないの?有名な星座じゃない。都会でもオリオン座なら見えるわよ。三つの星は分かる?ほら、あれ」
「ああ、何か斜めに並んでる三ツ星ね?あれがオリオン座ね。ふーん…。普段夜の空なんて見ないし全然知らなかったわ。今度探してみるわ。きっと都会の空の方が探しやすいでしょ?」
「あはは、そうね。星が点々としかないからすぐ見つかるわ」
「…でも残念、雪は降りそうにないわね」
「雪?降ったらびっくりよね」
「きつねの嫁入りどころの騒ぎじゃないわね。晴れの日に雪が降るのは何かたとえはないのかしら」
「そんなたとえ話を出すあたり、若くない証拠ね」
「同い年でしょ。あんたも若くないってことよ」
「すでに若いって言える年じゃないもの」
「あら、彼から見れば十分若いでしょ。彼、若く見えるけど…あ、電話だわ」
友人がバッグから携帯を取り出した。バイブの振動とともにランプがピカピカ光っている。暗がりだから普段より余計に鮮やかに見えた。
携帯の画面を見て、ちょっと友人が苦笑している。いや、照れ笑い、かな。
「誰?あ、さっき言ってたいい人!?」
「…違うわよ。ちょっとごめん、すぐ戻るわ」
「どうぞ、どうぞ、ゆっくり愛を語らってきてちょうだい」
「何言ってるのよ、違うって」
違うと言いながらも友人はやや慌てた様子で電話に出ると、ホテルのロビーの方へ歩いていった。
せっかくだからどんな風にその“いい人”と会話するのか聞きたかったのだが、今日はクリスマスイヴ、邪魔はいけない。
「…今年も電話はあるかな……」鳴らない自分の携帯を取り出した。メールも来ていない。
もしかして仕事の後のパーティで飲みすぎて寝ちゃったかな、と少々不安になった。決してお酒に強い人じゃないし、夜に弱いし有り得ないことじゃない。

天文台周辺はいくつかベンチが設置されている。たぶん恋人たちの語らい用。こんな満天の星空が見られるのなら、別に天文台の大きな望遠鏡から星を見なくても、そのベンチで事足りると思った。
ただ、冬は寒いからやめた方がよさそうだ。誰もいない。つまりはいくらアツアツのカップルでも寒すぎるってことだと思う。
「一人だけど座っちゃえ」木製のベンチはひんやり冷たい。
「…長時間は座っていられないなぁ。凍死しそう…」
そのくらい今日は冷えている。確か明日は天気が徐々に下り坂だった。もしかしたら明日は雪かもしれない。無事家まで帰れるかな、と少々不安になった。


クリスマスイヴ。
毎年来なきゃいいのにって思う。
来なければこんな気持ちにならなくて済むのに。
いつも我慢できることができなくなる日なんていらない。
彼の仕事を悪く言いたくないのに、今日だけ彼を辛くさせるような言葉を言いたくなる。
普段は色々我慢している自分を褒めるのに、今日だけは我慢できない自分が嫌いになる。
一年にたった一度しかないのにね。
いい大人なのにどうして今日だけ我慢できないのかしら。
やっぱり恋人たちにとって、今日は特別な日なのかな。
それとも私が特別な日にしちゃってる?
彼にとっては特別じゃないのかな。
ううん、彼にとってもその周りの人たちにとっても特別な日だからこそ、その日は仕事が入るんだわ。

つまりは…
私が我慢すれば、丸く収まるの。
私さえ今日を耐えればみんなが楽しく幸せな日を過ごせる。
じゃあ…
私ってなに?
どうして私だけ我慢しなきゃいけないの?
私だけ耐えなきゃいけないの?
私だって…

私だって好きな人と一緒にいたいよ……

ボロボロと涙があふれてきた。
何でこんな風にこんな所で一人で泣かなきゃいけないんだろう。
「…バカみたい。たかがクリスマスイヴに一緒にいられないからって泣くことないじゃない。いつもの我慢はどうしたのよ」
自分に言い聞かせるように呟いた。自分自身で開き直らなければ気持ちの切り替えもできなさそうだから。
友人が戻ってきたら、いくら飄々としている彼女でも心配させてしまう。ごしごしとコートの袖で涙を拭いた。
「ハンカチで可愛らしく拭けって言われそうだわ」
苦笑いをして星空を見上げた。私が泣いても笑っても、星はいつだってキレイに輝いている。
「私も星みたいにいつでもキラキラしていたいなぁ…」
『〜♪』突然携帯が鳴った。いや、携帯はいつだって突然鳴るものだけれど。
着信音で彼からだと分かる。何故かいつもよりドキドキする。
「…もしもし?」なるべく明るい声で出た。
『もしもし?電話するの、遅くなってごめんね。もう寝てた?』彼の優しい声。また涙が出てきた。
「う、ううん。起きてたよ。今ね、外で星空を見てるの。無事に終わった?お疲れ様」
『うん、終わったよ。星空?そうだね、今夜は晴れてるから星がキレイだよね。でも寒いでしょ?ちゃんと暖かくしてる?』
すごく寒いのに、彼の声を聞いたら何故だか身体が温かくなったような気がした。電話じゃ彼の温かさは伝わらない…そう思っていたけれど…。
「子供じゃないんだからちゃんと着てるよ。そっちこそ……あれ?まだ外なの?」彼の声に混じって何かは分からないけれど、ざわざわと音がする。
『うん、外だよ。』
「部屋に着いてから電話してくれればいいのに。寒いでしょ?」
『寒いけど大丈夫だよ。ちゃんとマフラーも巻いてるし。でもよかった、イヴが終わる前に電話できて。』
「仕事で疲れてるのにごめんね。ありがとう。明日は?お休み?」
『うん、今年は休みがもらえたよ。』嬉しそうな彼の顔が浮かんだ。
「そう、よかった」
『だからさ、明日…どこか行こうよ。迎えに行くからさ。』
「え?明日?だって疲れてるでしょ?せっかくのお休みなんだから…」
友人が電話を終えて戻ってきた。
『大丈夫だよ。それにせっかくの休みだから出掛けようって誘ってるんだけど?そこまで迎えに行くし。』電話口でクスクスと彼が笑っている。
嬉しいけど…。今日明日は友人と女二人旅、だからここにいる。それに…。
戻ってきた友人を見やる。友人は私の視線に気づき、
「彼でしょ?明日休みだって?」と言った。さすが察しがいい。慌ててコクコクと頷く。
「じゃあ一緒に出かければいいじゃない。あたしのことは別に気にしなくてもいいわよ」
「でも−」
「行ってこい行ってこい」友人は笑顔でそう言ってくれた。
“ありがとう”の意味を込めて、私も笑顔で返した。
答えが返ってこなくて不安になったのか電話の向こうの彼は、
『…いや?』と声のトーンを少し低くして聞いた。胸がズキンとする。
「いやじゃないよ!違うの!そうじゃなくて…」何と返せばいいのか、言葉が出てこない。
明日会えるのなら嬉しい。もちろん会いたい。友人も笑顔で気にするなと言ってくれた。
でも…。色々な想いが私の中で交錯する。
彼に無理をさせてない?私は我慢しなくていいの?わがまま言ってもいいの?
だって彼は明日会わなくてもいい、と思っているかもしれないのに。私のために無理してるかもしれないのに。
辛いのに、我慢することが私の中で当たり前になっていて、その殻からなかなか抜け出せない。
抜け出したいのに、それには何かが足らないの。何かが。
「馬鹿ね、我慢しなくていいのよ。たまには素直に言いなさい。会いたいんでしょう?」友人が私の頭をポンポンと軽く叩く。
また目が潤んだ。潤んだのは友人の言葉に、じゃなかった。会いたい、という私の気持ちが涙に繋がったわけでもない。
あと一歩、殻から抜け出せない勇気のない自分が情けなくて、弱いから。
どうして強く、なれないんだろう。

押し黙った私。彼も電話の向こうで何も言わない。
電話からは彼の気配とともに、風の音が聞こえる。
その風が私の所にもやってきたかのように、山肌を冷たい風が通り過ぎた。
彼が私の名前を呼んだ。
『…聞こえてる?』
「…うん、聞こえてる……」
『…無理に明日出掛けよう、なんて言わないよ。友達と旅行中だし、前日に誘ってる俺が悪いんだし。』
「…うん……」
『でも、俺は近くにいるのに、明日会わないで帰るなんて嫌だよ。…会いたい。』
“会いたい”
今日という日に、何より彼から聞きたかった言葉。
これだったんだ。
私の中で、足らなかった何か。
ずっとずっと欲しかった言葉。
嬉しくて涙が止まらない。たまらなく、彼の所に行きたくなった。
「こ…」
『俺に…会いたく……ない?』彼の悲しげな声は私の胸を締め付ける。
会いたくないなんて、あるわけない。
「会いたいよ!私も会いたい!今すぐにだって会いたい!会いたくないなんて、そんなことあるわけないじゃないっ!だって今日は…今日は…っ」
『うん−
   −クリスマスイヴだもんね」
彼がすごく近くに感じた。電話の向こうじゃなくて、すぐ傍にいるような。
ずっと欲しかった言葉をもらうと、こんなにも距離を縮められるのだろうか。

「そう、クリスマスイヴなんだから。…でもイヴはもう終わっちゃうね。今日会えないのは残念だけど、明日は会えるのね。嬉しい。早く会いたい」友人が横にいるのも忘れて、涙を拭きながらついそんなことを言ってみる。
と、その時友人がポンポンと私の肩を叩き、顔を覗き込んだ。
「乙女になってるところすみませんけどね?」存在を思い出し、赤面して友人を見上げる。きっと目も真っ赤ですごい顔をしている。長い付き合いの友人だからこそ、余計に恥ずかしい。
「そろそろ気づいてあげなさい」
「…え?」友人がホテルの方を指差した。電話を耳に当てたまま彼女の指差す方を見る。誰かが立っていた。暗くてよく分からないけれど。こちらへ歩いてくる。
「…誰?」
『誰って…ひどいなぁ−
   −久しぶりだから顔も忘れちゃった?」
「…え?あれ?電話の声が…こっちからも聞こえ……えっ!?」
「よかった、忘れてたわけじゃなかったみたいだね」歩いてきたのは、電話の向こうにいたはずの…彼だった。暖かそうなキャメル色のコートに、私がプレゼントしたマフラーを巻いて。
「え?どうして?何で?…どうしてここにいるの?…え?だって…電話…」慌てふためく私を彼は微笑んで見ている。何だか幸せそうに、星空みたいにキラキラして見える。これは…夢?
「相変わらず察しが悪いわね」友人がクスクス笑う。
「だから成功したんだけどね」彼も笑う。
「まぁ、そうなんですけどね」再び友人が笑った。
「?????」何が何だかさっぱり分からなかった。
「つまりね、明日彼が休みだってことは前から分かってたことで、会場からここまで車で1時間で来られるし、終わったらここに来ようってことになってたのよ」
「え、ええ!?そ、そうなの!?」
「そうなの」ニコッと彼が笑った。
「ど、どうして私に言ってくれなかったの!?」
「驚かそうと思って…さ。無理して会いに行くと“来なくていい”って言われるし、また先に言うと無理してると思われるかなと思って」
「そ、そんなっ!…じゃ、じゃあ二人で結託してっ!?」
「ご名答〜やっと分かった?」友人はしてやったり、な満足そうな顔をした。
「じゃあこの旅は…っ」
「ここに彼が来るってことを前提に計画したものよ。だから…」がさごそとバッグを探り、何かを取り出した。ホテルのルームキーのカードだ。いや、ちょっと待て。私は自分のバッグを開けた。そこには同じカードが…ある。
「ちょっと待って、部屋のカードは私が持ってるわ!何で2枚もあるの!?」
「本当に鈍感ねぇ。二部屋とってあるってことに決まってるでしょ?」
「…ふ、二部屋!?」
「そ、二部屋。…実はね、あたしも彼を呼んでるのよ。あたしの彼も今日は仕事でね。終わったらここに来ることになってるのよ。そろそろ来ると思うんだけど…あ、電話だわ。来たみたいね。じゃ、そういうことで、あんたは彼と泊まりなさいね。明日ももちろん、別行動ってことで。じゃ、おやすみなさい〜」
「おやすみ〜」
「え、あ、ちょっと…っ」私が引き止める間もなく、友人はさっさとその恋人だという人を迎えに行ってしまった。
あまりのことに思考回路が停止した。目の前に彼がいることも夢としか思えない。
「…大丈夫?」彼が私の隣に、冷えたベンチに座った。
「ごめんね、驚かせて。どうしても、今日、イヴに会いたかったから。…怒ってる?」
「…怒ってなんか…ないよ。ただ…こんな…こんなことがあるなんて…驚いてるだけで…」
「よかった」ホッとしたように彼は笑った。
まだ、信じられなかった。目の前に彼がいるなんて。
突然、距離が縮まって会いたくて仕方がなかった彼が傍にいる。
おずおずと手を彼にかざした。
彼は小さく笑う。
「やだな、幻じゃないよ。ちゃんと触れるよ」不安げな私の手を取って彼は自分の頬にそっと私の手をあてた。彼の温かさが冷たい私の手に優しく広がる。本当に私の目の前に彼がいる…。
「…ね?ちゃんと触れるでしょ?」
「うん…うん、触れる。触れるよ…っ」彼の姿が涙でぼやける。
たまらず彼に抱きついた。彼は優しく抱きとめて私を包み込んでくれる。
寒さなんて、一瞬で消えてしまった。
「……会いたかった…」
「うん…俺も会いたかった」
耳元で聞く彼の声は、とても優しくてくすぐったい。
「…よかった、怒られなくて」クスッと耳元で彼が笑った。
「え?怒る?どうして?」
「“疲れてるのに何してるの!”って言われるかもしれないって思ってたから」
「…だって疲れてるのは本当のことでしょ?無理してほしくないもの。…ね、本当に無理してない?」不安になった私が尋ねると、
「無理してないってば。明日は休みだって言ったでしょ?…それにね、たとえ無理しても会いたいの」と彼は照れくさそうに言った。
「……」嬉しさと照れくささで何も言えなかった。

「…ごめんな、ずっと我慢ばっかりさせて」さっきよりギュッと私を抱きしめてくれる。
「ううん、いいの。もう、いいの。謝らないで?だって今日会いに来てくれたんだもの。すごく嬉しい。ありがとう」彼の頬に、そっと自分の頬をあてた。彼の眼鏡のフレームが少しだけ当たった。ひんやりする。

彼が優しく私の髪を撫でる。
「…そうだ、まだ言ってなかった」
「え?何?まだ何かあるの?」
パッと顔をあげて彼の顔を覗き込んだ私に彼は苦笑して首を振った。
「違うよ。もう何もありません」
「じゃあ、なに?」
「…何だと思う?……今日は何の日?」彼が一番の笑顔で尋ねた。
「分からないはず、ないじゃない」彼を見つめて笑った。
そっと彼の手が私の頬に触れる。
優しい微笑みが、私を包み込んだ。
「メリークリスマス」
私はそっと目を閉じた。


今日はクリスマスイヴ
聖なる夜は
きっと…
あなたの願いを叶えてくれる



―Fin―


***********あとがき*******************

クリスマス間近のUPということで、「聖夜-二人のSilent Night-」でございました。読んでいただきありがとうございます。
実は相方からこの曲をお題にもらっていないのに、勝手に書き上げました(笑)去年クリスマスのお話を桜井さんで書いたので、せっかくですから今年、も思いまして。
一応彼は坂崎さんをイメージして書いてますが、名前も出してませんし、あとは読者の方のご想像に任せて…っていつも言ってますね(笑)
個人的には女性二人のやりとりが好きです。そしてちょい役で出したつもりのその友人が、とても大きな役割を果たす結果となりました。おかげで予定より長くなりましたが、これは長編じゃないですよねっ!?

クリスマスイヴ、いつもは地元で「うう…武道館…(T_T)」と呟いているだけの賢狂ですが、2005年は念願のイヴライブに参加しました。長年の願いが叶い、賢さんとイヴを過ごすことができました(T∇T)
2005年は色んなことが叶いました。夢のような一年でした。次はみなさんの願いが叶うといいなと思います。私の今年の幸せをみなさんに…。みなさんの願いも叶いますように(^人^)

2005.12.15

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