「街角のヒーロー」
春のツアーも終り、夏のイベントの準備が始める前。
束の間の休暇を、その日俺はまったりと楽しんでいた。
サングラスを通さない視界に、キラキラと太陽の粒が舞い込んでくる。
雨続きのために冷夏と言われているこの夏には珍しい快晴で、日差しは痛いぐらいに強かったが、雲一つない空はやはり気持ちが良い。
久しぶりの休日なのだから家で寝転んでいようか、なんてことも考えたのだが、こんなにすがすがしい気持ちになれたのだから、愛犬セナを連れて散歩に出たのは正解だったようだ。
ゆっくりのんびり、見慣れた街を散策していく。
公園の周りでは、子供達の声が楽しそうに響き渡っていた。
最近ではテレビゲームだなんだと家にこもりがちな子供が増えているが、それでもまだまだこうやって元気に外で遊んでいる子もいるのだ。
賑やかな嬌声が耳に心地良い。
その声につられてか、足元のセナも嬉しそうにはしゃいでいる。
足を止めて公園を覗き込んでみると、6〜7人くらいの男の子達が縦横無尽に走り回っていた。
どうやら子供達は『おにごっこ』をやっているらしい。
とにかく全員走る走る。
あんなに全身全力で走っていて、よく息切れしないな、などと妙な感心をしてしまう。
しばらく眺めていると、一人の小さな男の子が転んでしまった。
一瞬、皆の動きがぴたっと止まる。
しかし、すぐに一番身体の大きな子が助け起こしに飛んできた。
その子が多分、この中のリーダー的な存在なのだろう。
転んでしまった子の服から砂を払い落としてやりながら、頭を撫でてやっている。
きっと「泣くなよ」なんてことを言っているのだ。
そんな微笑ましい光景を見ていると、ふと自分の昔も蘇ってくる。
良く遊んだ仲間の中に、やはり居たリーダー。
一番身体がでかくて力も強くて。
色んなことを知っていた。
そのリーダーと一番仲が良かったことが妙に誇らしかった自分。
そいつの名前は確か「マサユキ」だった。
何をやるにもマサユキと一緒で、色々やんちゃなこともしたりしていたから、周りからは「大まさ小まさ」なんて呼ばれていたくらい。
あの頃は二人が揃えば無敵だった。
いつでも、とにかく俺はマサユキの後に付いて回っていたのだ。
色んなことを話もした。
親や兄弟に言えないことも。
学校の傍にヒミツ基地を作って。
マサユキがお父さんからもらったと言う異国な感じのランプだけが灯る、うす暗い基地。
狭いその中で二人座って。
その基地の中では、隠し事は禁止だったのだ。
そう、将来のことも。
マサユキにはたくさん相談した。
今思えば、相談というよりも、夢の話し合いっこでしかなかったのだけれど。
それでも随分熱中して話し合った。 |
「なあ、まさる。おまえ大人になったら何やるかきまったんか?」
「う〜ん」
「なんだよ、まだきまってねーだか」
「やりたいことはあるんだけどよぉ」
「なんだよ。はっきりせんやつだな」
「おれ、パイロットになりてーだけど・・・」
「パイロット?えーじゃねーか。格好いいし」
「でもよぉ、パイロットって頭よくねーとだめだってきいて」
「おまえ勉強でぇっきれーだもんな」
「いっぱい勉強しないとなれねーんじゃ、ムリかなぁ」
「んじゃあ、おまえ、歌手になれば?」
「歌手ぅ?」
「まさるは歌うめぇからよ。顔はしょうがねぇからアイドルにはなれねーだろから歌手になれよ」
「歌手かぁ、なれっかなぁ」
「なれるって。おまえ歌すっげーうめぇもん」
「ならマサユキはなんになるだよ」
「おれか」
「ん」
「おれは正義の味方になるだ」
「正義の味方っ?正義の味方って、あの「マグマ大使」とか「鉄腕アトム」みたいなか?どうやってなるだよぉ?」
「あれは機械とかだべ。あんなもんなれる訳ねーって」
「じゃあなんになるだよぉ。大岡越前とか水戸黄門様になるっていうだか」
「あほたれ。それは時代劇だんべ。昔の人になってどうすんだ?俺の言ってる正義の味方はもっと未来の感じだぁ」
「未来ぃ?」
「おう、未来な感じさぁ。こんな狭い基地じゃなくて、いっぱいすごい機械がいっぱいある大基地で、悪の組織と戦うための道具とか汽車とかあって、司令官が命令すると、正義の味方が出動するだ!」
「そ、それでどうなるだっ?」
「もちろん、悪と戦うんだべ!」
「すっげーっ。それ、どこにあるだよぉ?」
「わかんね」
「・・・なんだぁ、わかんねーのかよぉ」
「だからまさるはあほたれなんだべ。ヒミツ基地だもんよ。わかるわけねーべ」
「そんじゃあ、マサユキはどうやってそのヒミツ基地に入るだぁ?できねーべ、わかんなきゃあ」
「そんなもん、東京のどっかにあるべよ。それに正義の味方になるやつには行きゃ、わかるはずだぁ」
「東京にあるだか?」
「ああ、じぃちゃんが言ってただよ、東京にはすっげーいっぱい会社があって、いろんなすっげーもんがいっぱいあちこちにあるって。そんだで、その中に正義の味方のヒミツ基地はあるだ」
「そっかー、すごいもんがいっぱいかぁ」
「うん、いっぱいだぁ」
「そんなら正義の味方になれるなぁ、マサユキは強えーし!」
「おう!悪から村や町を守らねばなんねーからな!」
「おれもなりてぇなぁ」
「おまえはだめだべ。まさるは歌手になるだからよぉ」
「そうか、俺は歌手かぁ・・・」
|
そんなことを目一杯話した後にヒミツ基地から出た俺たちは、外のキラキラした眩しさに、その大いなる夢が叶うすべを見つけたような気がしていた。
そう、丁度、今日のような快晴の空の下に。
思い返すと、どれだけ荒唐無稽なことを言っていたかしれない。
でも、その当時は真剣で、全てが本気だったのだ。
その後、マサユキとは高校が別になり、お互いに新しい友達も増えて、特に連絡を取り合うことはなかった。
大学の時に、馴染みの喫茶店で一度だけ偶然に、すっかり大人になったマサユキに会ったが、その時奴は新劇の劇団に入ったということを言っていたような気がする。
そこで戦隊モノの芝居をやって、主役をやるとかなんだとか。
丁度俺はデビューが決まった時だったから、それを報告すると、お互い夢が叶いつつある訳だ、なんて大層喜んでくれたのだった。
そしてそれから更に数十年。
あいつは今、何をしているだろうか。
劇団の中に「ヒミツ基地」を見つけて、そこで「正義の味方」をやっているのだろうか。
俺は相変わらず、マサユキが「うめぇから」と言ってくれた「歌」で生活しているよ。
少しだけ「アイドル」にもなったけど、な。
そんな懐かしい思いに浸っていると、動かなくなってしまった俺に痺れを切らしたのか、セナがしきりに靴へ前足を置き始めた。
「そろそろ帰ろうよぉ」という、催促の合図だ。
そんなセナの頭を撫でて、俺はまたゆっくりと歩き始めた。
公園の周りをぐるっと一回りして、行きとは違う道のりで自宅へと向かう。
商店街と呼ぶには少々小洒落ている店先を覗きながら、綺麗に舗装された歩道をのんびりと。
泥だらけのあの道もそしてそこをぐちゃぐちゃになって走り回った自分ももうここにはないけれど、それでも、あの夏の日差しだけはまだきっとあの頃のままだ。
きっと・・・。
太陽も南の最高頂に差し掛かり、すっかり空腹になっていることに気が付いた頃、自宅に到着。
すっかり汗をかいていたが、それが何だか心地よかった。
玄関を開け、セナの散歩ヒモを解く。
家の中へ駆けていく愛犬の後姿を見送りつつ、郵便受けに手を差し入れた。
出てきたのはダイレクトメールが数枚とはがきが二枚。
それを手にしたまま靴を脱ぎ家に上がる。
ダイレクトメールは読まずにそのままゴミ箱へ直行させ、はがきの宛名を確認する。
一枚は妻宛の暑中見舞いだった。
そしてもう一枚。
俺は目を疑った。
それは自分宛の暑中見舞いだったのだが、なんとそれはあのマサユキからのものだったのだ。
綺麗な海の写真が入ったはがきに、力強い字で『お元気ですか?』と書かれていた。
それから、ここの住所を俺達共通の友人から聞いたこと、そして今度昔の仲間内数人だけで小さな同窓会をするということも。
場所は、大学時代に会ったあの喫茶店。
読み終えた俺は、やたらとテンションが上がってしまっていた。
記載されていたそのミニ同窓会の日付は明後日。
その日は仕事もまだオフ中だから、しっかり参加できる。
会えるんだ、あのマサユキに!
「何、どうしたの。何か・・・当たったとか?」
今にも踊り出しそうになっていた俺に、妻はおずおずと問いかけてきた。
「あ、いや、明後日同窓会があるんだ」
「同窓会?行くの?」
「ああ、参加しようと思って」
「やけに嬉しそうなのね。初恋の人でも来るの?」
笑いながら言ってはいるが、何となく目が笑っていない。
ヤキモチ、とかではなく、どうやらただ「呆れている」ようだ。
「いや、そんなの来ないよ。男ばっかりだし。ただ、かなり久しぶりに会えるもんだから。昔よく一緒に遊んだ友達なんだ」
そうなの、と一応妻は納得してくれたらしい。
それにしても、なんというタイミングなのだろう。
もしかするとこのはがきが来ることを予感して、思い出が蘇ってきていたのだろうか。
奇跡とか運命とか、そういう言葉は好きじゃないけれど、こんな時には他に何ていったらいいのか思いつかない。
そのくらい、俺は浮かれていた。
そして、指定されていた当日。
まるで新人歌手がオーディションでも受けにいくかのような緊張感を持ちながら、俺はその喫茶店へと向かった。
小さく深呼吸をして、大きなガラスが嵌った木の扉を開ける。
店内は、昔と同じ様に至る所にある観葉植物でディスプレイされていたが、テーブルの配置が前とは少し違っていた。
店員もよく通っていた頃とは人が違う。
当たり前か。
自分が来ていた頃と同じ人が居たとしても、かなり年をとっているはずなのだから。
どうやら張り切って早く来てしまったらしく、仲間はまだ誰も来ていなかった。
とりあえず、空いているテーブル席に座る。
大人しく待っていようと思うのだが、どうにも落ち着かない。
タバコでも吸おうかと思ったのだが、どうやら忘れてきたらしく、ポケットのどこを探しても見当たらなかった。
ふ、と笑いが込み上げてくる。
友達に会うってだけで、何をこんなに焦っているんだろうな、俺は。
こんな体たらくじゃ、また昔のように「あほたれ」と怒られるかもしれない。
それもまた、楽しみ、か。
そんなことを考えていると、チリン、と扉の開く音が鳴った。
「まさる!久しぶりーっ」
力強い声と共に入って来たのは、あの頃よりもがっしりとした腕をふりあげ、あの頃と変わらない満面の笑顔の友人。
・・・のはずだった。
「お、おまえ、マサユ・・・キ?」
確かに剥き出しにしている腕はがっしりとしていて、満面の笑顔を浮かべてはいるのだが・・・。
「あれぇ?まだまさる一人なのぉ?皆遅いわねぇ。あら。何、その顔」
「何って、だって、おい、お前本当にマサユキ?」
「そうよぉ?何言って・・・あっ、もしかしてアタシのこと聞いてなかったかしらぁ?」
しなを作って口元にあてた指先には、マニキュア。
丸坊主だった髪は、すっかり伸びて、うちのメンバーの一人の様なフワフワなロングヘアを後ろで一つに束ねている。
「アタシねぇ、新劇でお芝居してたでしょ?その時に一度女装したのよぉ。そしたらね、その時の快感が忘れられなくなっちゃってぇ」
今じゃ、新宿のお店でナンバーワンよぉ、と豪快に笑う顔には、しっかりと・・・化粧が。
下はさすがにジーパンなのだが、上はどう見ても、ランニングではなくキャミソール。
その、変わり果てた友の姿に、俺はただ呆然とするしかなかった。
これが、あの、俺たちのリーダー?
「もう、まさるったら。見とれないでちょうだい。あ、今度、お店にも来てちょうだいね?アタシ友達だって言ったら連れてこいやーって皆言うのよぉ」
きゃっきゃっと、低い声で笑うマサユキ。
この人が、正義の味方を目指していた、あのマサユキ・・・?
「うそだろぉ・・・」
混乱して呟いてしまった俺の前で、マサユキの手がおばさんの様に振られた。
「嘘じゃないわよぉまさるってねぇ、こっちの業界でかなりの人気なんだからぁ」
勘弁してくれ・・・。
いくら、いくらなんでも・・・。
段々目の前が滲んできた。
「やだちょっと、何泣いてんのよぉ?まさるったらぁっ」
俺のあこがれの「ヒーロー」は、時を経て、何故か「ヒロイン」になっていた・・・。
「ねぇ、ちょっとぉ聞いてるのぉ?」
−終−
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後書きと言う名の悪あがき(涙)
桜井さんファンを敵に回す気ですか、坂崎狂さん。(ぇ)
これはもう、桜井さんファンのみならずアルフィーファン全体を敵に回しかねない気が・・・(恐怖)
以前にですね、桜井さんは、その方面の方々に大変人気があると聞いたことがありまして。
某歌番組でも確かニューハーフの方の好きな芸能人ランキング3位に入賞されていたような・・・。
いや、だからなんだと言われれば、その、あの・・・。(びくびく)
途中で止めておけば、それなりに暖かい感じの小説になったような気がするんですが、どうしてもオチを付けずにいられない性格が・・・。(反省しなさい)
そんな訳で、毎度のことながら、ごめんなさーーーーいっっ!!!! |