「ロンリー・ガールを抱きしめて」
淡く揺れる月明かり。
そんな仄かな光など一瞬で打ち消す、艶やか過ぎるネオンの群れの下。
路地の角で気だるげに、ただ君はそこにいた。
何をする訳でもなく。
小柄な身体を更に縮こまらせるような格好をして。
目の前を過ぎ行く人を、無感動に眺めながら。
俺はといえば、その頃テレビのレギュラーを抱えていたために、収録の度に打ち上げだのなんだのと、毎週のようにこのネオン街に足を踏み入れていた。
街中を網羅するがごとく隅々まで、その街の店という店を渡り歩いていたから、もちろん君のことも大分前から気が付いていたのだけれど。
しかし、近くに先輩も後輩達も、プロデューサーやら事務所の人間やらも一緒にいたから、声を掛けるどころか、傍に寄ることさえも出来ずにいた。
だから君にとって俺はただの通行人の一人でしかなく。
それが妙に、歯痒かった。
しかし数週間後。
きっかけを作ってくれたのは、思いもかけず、ひとり歌う君の声だった。
無伴奏、そしてステージライト代わりのネオンを浴びながら。
ほんの少しハスキーな、それでいて柔らかな声が辺りを包み込む。
気が付いたのは俺だけじゃなく、一緒に居た何人かもその歌声に足を止めていた。
「へぇ、良い声してますね」
関西方面のイントネーションで呟いたのは、隣に居た後輩の一人。
「ほんまやなぁ」
その後輩の相棒も相槌を打ちながら立ち止まる。
「もしかするとお前より上手いかもしれへんで」
「うっさいわ、ボケ」
小突きあう二人に苦笑しながらも、俺は君の声を聴き逃さないように神経を集中させていた。
瞳を閉じ、気持ちよさそうに歌うその姿から、視線が外せなくなっていく。
街に溢れる猥雑な、がなり調の呼び込みや電飾の煩いダイナモを掻き分け、染み透っていくその声。
揺らぎを持つ心地良い音に、ずっと翻弄されていたくなる。
しかし幸せな時間というものは得てしてすぐに奪い去られるもので。
「おい、お前ら何ちんたらやってんだ。早く次の店行くぞ!」
すでに酔っ払いに成り下がっている連れの、無情な声が響き渡る。
まだここにいたい。
そう反発したかったのだが、恩義が有り、神とも尊敬する先輩だけに逆らうわけにもいかず、溜息一つを置いて、そこを離れることとなった。
だが、一度捕らえられてしまった心は、抑制する力をも跳ね飛ばし、次への行動を起こさせるための糧と変わっていく。
翌日から、俺は毎日のようにその場所へと足を運ぶようになった。
君に逢いたい。
声が聴きたい。
何をおいても、それだけのために。
気まぐれな君は、先日のように歌っている時もあったが、以前と変わりなくただ無気力な様子で通りを見つめていることの方が多かった。
歌い始めてもすぐにやめてしまったり、歌うと見せかけておいて、在らぬ方を向いてしまったり。
また、いつもの連中と一緒に通り過ぎるだけの時もあったから、その場に留まっていられない時もあって。
それでも、通い続けるうちに何となくでも興味を持ってくれたのか、少し首を傾げてこちらを時折見てくれるようになった。
お互い声を掛けることはなかったから、まだ、視線を合わせるだけの関係しか築けていなかったけれど。
そしていつの頃からか、視線の先に俺が姿を現すと、ゆっくり、歌い出すようになってくれるまでになった。
高く低く。
時には、泣いているのかと思うほど切なく。
まるで、誰かに呼びかけているかのように。
優しい誰かを、求めているように。
歌いながら・・・いや、歌い終わった後にも、ふと、君は哀しそうな表情をすることがある。
もしかすると、君は誰かを探しているのだろうか。
ここを訪れるはずの誰かを。
こうやって、ずっと。
歌いながら待っているというのだろうか。
ふいに、数日前、例の後輩達が話していたことを思い出す。
いつものメンバーで君の前を通り過ぎた時のことだ。
「なんで、あんなところにいるんやろな」
「誰か、待ってんとちゃう?」
投げかけられた疑問と、返された答え。
二人にとっては、たわいもないものだったのだが、その時、自分の心の奥には密かに痛みが走っていた。
「せやけどさ。あんだけ可愛いかったら、普通放っとかへんやんか」
「なんか、訳有りなんかな」
「なんかて、何?」
「例えば、男がその筋の人で、今現在逃走してはるとか」
「任侠映画見過ぎやろ、それ」
「そんなん言うなら、お前考えてみぃや」
「せやなぁ・・・なんかこう、貼り付き光線みたいなのが、とある星から出ててとか」
「それ、お前何のアニメやねん」
途中から、漫才のようになっていった二人の会話にも、笑顔を作れなくなっていた。
あの声は、もうすでに誰かのものなのか。
君の事を知らなかった日々、その時間はどのくらいあって、どんな風に愛されてきたのか。
考えたくないのに、嫌な想像が頭の中をよぎる。
考えれば考えるほど、焦りが増していく。
だけど。
今、君はここにいる。
俺の目の前で、ただひとり。
放っておかれているなら、放っておいている奴が悪い。
あんな淋しげな顔をこのままずっとさせておくくらいなら・・・。
そう思い立った時には、すでに足が前へと動き出していた。
一歩ずつ、君の元に近付く。
そんな俺を静かに見つめる瞳。
ステンレスの扉を開け、まっすぐ、手を差し伸べる。
少し、警戒する仕草をみせたが、それでもゆっくりと、俺の指を掴まえてくれた。
もう、哀しい想いなどさせない。
ひとりぼっちになど。
だから・・・。
「俺の所へ、来てくれるよね」
安心させるように微笑を向ける。
すると、それに応えるかのように・・・
君は小さく、羽ばたいた。
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あとがきという名の悪あがき。(涙)
またもや期間があいてしまいました。
待っていてくださった方、大変お待たせしてしまいまして、申し訳ありません。m(_ _)m
そして相変わらず短い・・・ですね。(^^;)
本当に、賢狂の小説の長さと足して2で割ったらちょうどいい長さになるかも、です。(笑)
えー、「幸ちゃんと猫、改め、幸ちゃんと動物シリーズ」でございました。
イメージは、お気付きの方もいらっしゃると思いますが、コノハズクのチョビす。
さすがにこんな出会い方はしていないと思いますけども。(^^;)
チョビちゃん、残念ながら今年、亡くなってしまって、とても寂しいですね。
幸ちゃんも凄く大切にしていた子だったので、今はとにかく冥福を祈るばかりです。
あと、今回関西方面のアイドルコンビさん達にも登場していただきましたが、彼らの役割は、歌詩中に出てくる「悪い噂は〜♪」の部分のつもりだったんですよ。
しかし彼らの場合、どうしてもお笑い系になってしまうので、「悪い」感じにはなりませんでした。(笑)
う〜ん、やはりここは「酔っ払いと化していた先輩」の方が適役だったかもしれませんね〜。
それにしても、いつになったらちゃんと人間の女性と幸ちゃんの話が書けるようになるんだろう、私・・・。(--;) |