「恋人達のペイヴメント」
とても可愛い子だと、少し前から話にだけは聞いていた。
微笑むだけでまわりに花束が現れる、なんて言っていた奴もいる。
だから、少し気になっていたのは確か。
漠然としてだけれど、その頃からなんとなく予感はあったんだ。
肌は初雪のように白く水々しく、髪はさらさらと流れる綺麗なストレート。
大きな瞳にはいつも星が瞬いていて、幼さを残しつつもきりっとした三日月の眉が聡明さを表している。
細い身体は人形のようで、ふわふわとした生クリームのように柔らかそうだ。
抱き締めたら、きっとケーキのような優しい香りがするだろう。
そして咲いたばかりのチューリップのような、その艶やかな唇からこぼれるのは、上質な蜂蜜に似た、蕩けるような甘い声で。
その声が、オレの名を呼んだ時には、天上の女神の言葉を手に入れたような気持ちになった。
洋服だろうが和服だろうが、どんな姿でも似合うし、誰よりも可愛らしい。
いや、可愛いだけじゃないな、時には色っぽい顔だって見せてくれる。
潤んだ上目遣いで見つめていたかと思うと、次の瞬間には伏せ目がちになって、切なげに吐息をついていたり。
そんな一つ一つのしぐさが男の視線を外させない。
そして大方の予想どおり、オレはその子に出逢った瞬間、恋に落ちていた。
恋。
それは、どれだけの時が経とうとも、変わらずに甘酸っぱい響きを持っている。
時にはほろ苦い思い出になってしまうこともあるけれど。
彼女を構成する優しいもの全てが、ここ最近枯渇気味だったオレに、甘いトキメキをくれたのは確かだ。
恋をするだけで元気がいっぱいになる。
端から見ている奴らが呆れるくらい、分かりやす過ぎるって言われるくらい。
スキップやらツーステップやら、所かまわずやってしまう。
単純だろうが、単細胞だろうが好きなもんは好きなんだ。
いーじゃないかよ、文句があるかっ。
微笑みをくれた君のまわりに、花束どころかお花畑を感じてしまったオレは、その日からそのお花畑の中にいるような気分になっていた。
寒く乾いた冬が来ても、心の中はぽかぽかと湯気が立つくらい暖かい。
それでも外の空気は容赦ない程冷たいから、かよわい君をオレがしっかり暖めてあげる。
冬将軍って呼ばれる寒気団の、痛い程の強風からも守れるように、君のためのロングコートになろう。
そうだ、彼女の透き通る白い肌とふっくらした桃色の頬に似合う、白いコートがいい。
オレは普段から「白い男」と呼ばれているくらいだから、きっと君を引きたてる白いロングコートになれる。
オレのセンスを誉めてくれる君だから、きっと気に入ってくれるよね。
後ろからそっと抱き締めて、どんなものからも守ってあげる。
二人なら、どんな場所に行っても幸せになれる自信があるんだ。
極寒の地だって、オレの熱いハートの白いロングコートが君のために活躍するから。
海外だって何だって、二人だったらパラダイスにできる。
そういえば、彼女がフランス語ができるっていうことをこの間知った。
ヨーロッパ好きなオレには嬉しい発見だ。
趣味まで合うなんて、本当に最高だよな。
まあ、たまーに、何を言っているのか解らないことはあるんだけど・・・。
それはもしかしたら彼女が「天然」ってやつなのかもしれない。
それならオレも、よく周りから「天然」って言われているから一緒だ。
こうやって考えていくと共通点がいっぱいあるな。
ああ、これはもう、ジーザスのお導きに違いない。
世界中にだって、いや、宇宙中にだって誓えるさ。
オレだけが、君を愛し続けることができるってこと。
他の誰にだって渡しはしないよ。
寂しさや、悲しみの涙なんて、これからずっと君には必要ないんだ。
二人一緒に並んで、綺麗な道を歩いて行こう。
恋人達だけが寄り添う、舗道をずっと。
こうなったら、もう、この長い間の寂しい独り身生活を脱却しちゃおっかなっ。
そんなことを考えながら、オレは今日もルンルンしながら仕事場に足を踏みいれた。
「お前さあ、彼女との年の差考えたことある?」
「な、なんだよ、いきなり」
機嫌の良いまま、満面の笑顔でパソコンに打ち込みをしていたオレに、ずっとギターでBGMを流していた仲間が嫌な質問をぶつけてきた。
「“愛があれば・・・”なんて思ってるのかもしれないけどさ、あの子が何歳で、お前が今年何歳か分かってんのかなーって」
「何言ってんだよ。ちゃんと彼女の生年月日まで言えるぞ」
「そういう問題じゃなくって」
もともとくしゃくしゃの髪を、更に指でくしゃっとさせて、そいつは呆れた顔で、持っていたギターに溜め息を落とした。
わかってるよ、お前が言いたいことは。
でも、年齢なんてまーったく関係なく、好みだったらすぐに手をつけちゃうお前に言われたくないね。
確かに彼女はとても若いけれど、それを忘れてしまうくらい大人っぽく見える時もあるし、オレだって、年齢より遥かに若くみられてるんだ。
本来ならもうすでに「王様」なはずなのに、未だに「王子」だし。
そう、オレが「王子」なんだから、彼女は「お姫さま」だ。
王子と姫が結ばれるのは、昔からの決まり事、セオリーだろ。
これを破るのはいけないことだ、うん。
「でもさ、彼女、お前のこと本当に好きなのか?」
今度は頭の後ろから声がかかる。
振り返ると、先程から暇そうに煙草を吹かしながら新聞を読んでいた、もう一人の仲間がいた。
「あたり前だろ?もしも違うんだったら、オレに見せるあの幸せそうな微笑みはなんだよ?」
普通、好きな男の前でしか、あんなに可愛らしく、はにかんだ微笑みなんて見せないだろ。
それに素敵だって言ってくれたんだ。
好きじゃなかったら、そんな言葉出るはずない!
「・・・誰にでもあの笑顔なんじゃないかな。ほら、これ見てみろよ」
そんな事を言いながら、オレの方へ読んでいたスポーツ紙を広げた。
芸能ゴシップネタが並ぶ中、真っ先に目に飛び込んできたのは、愛しい愛しい彼女の写真。
いつみても可愛らしいなぁなんて、鼻の下を伸ばしかけたのも束の間、その隣にあった大きな見出しは・・・。
「人気若手歌手との熱愛発覚っ?」
ちょっとまて。
ちょっと待ってくれ。
確かにオレは人気歌手かもしれない。
けど、若手じゃないよ、な。
中堅っていうか、どちらかというと大物とか言われちゃう部類に入っているはずだ。
見た目が若くたって、いくらなんでも30年もバンドでこの業界にいるオレが若手ってことはない。
ひったくるように手にとった新聞紙の、その見出しと写真の下にあった記事には、大手男性アイドルグループを育てまくってる事務所の人気急上昇中アイドル男と、食事に行ったりラブラブな連日の密会デートを重ねてうんぬんと書き連ねてあり・・・。
いやいや、これはただのお友達だよ。
男友達ぐらいいるよな、そうそう、そうだよこれは。
「そういや前にも、好きな人がいるとかいないとかいう噂が出たことあるよなぁ?」
「それ、聞いたことある。彼女のプロデューサーが理想のタイプでってやつだろ」
「プロデューサーって、あいつ?」
「そ、あいつ」
半ば茫然自失気味のオレを放っておいて、二人は噂話で盛り上がっていく。
噂だろ?
そうだよな、ただの噂だ・・・。
「あ、僕はそのプロデューサーのバンドのドラマーが好きだって聞いたことありますよ」
傍らで書類整理をしていたチーフマネージャーまで、その信じられない話題に参戦してきた。
そしてその時。
つけっぱなしになっていたテレビに、真っ白なフワフワの衣装を身に付けた君が現れた。
「あ・・・」
名前を呼びかけた瞬間、こともあろうに小学生のガキに、君は目一杯顔を近付けにっこりと、オレに見せてくれていた幸せそうな笑顔を向けていた。
いったい君は。
君の好きな男は・・・。
「オレじゃないのか、松浦あややーーーーーっっっ」
事務所を含む向こう三間両隣に絶叫がとどろいた翌日から、しばらくの間どんよりとした雨雲を背負った青白ーい男が、その事務所の中に入って行くのを目撃されていたことは、
また、別の話。
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後書きと言うなの悪あがき(涙)
名曲をまた、どうしてこう、オチのある話にしたんですかね、私は。(vv;)
しかし、相方からこのお題をもらってすぐに思い付き、これ以外もう思いつかなかったという曰く付きの一品です。
「王様のレスト○ン」風に終わらせたのも、ご愛嬌ということで・・・。
ちなみに、高見沢さんが見たTVのCMは、落ち物ゲームの人気作「ぷよ○よ」だったりします。
松浦○弥ちゃんが、真っ白でふわふわの衣装を着て「ぷぷぷっ」とかやってる奴ですね。
それにしても・・・叫びオチ好きだなぁ、私(^^;) |