「恋人になりたい」


「お、今日も早いな、さかざ……き……っ?」
「…おす」桜井が固まるほど、今の俺はすごい顔してるわけだ。
スロー再生みたいにゆっくりと挙げた俺の右手を桜井にガシッと掴まれた。
「な、なんだ、どうしたっ?顔死んでるぞっ?何かあったのか?えっ?」
「んー…まぁねー」
「何だよ、答えになってねぇよ!一昨日まで元気だったじゃないか」
そうだろうね。だって昨日からなんだもん。
桜井のでっかい顔が俺の顔を心配そうに覗き込む。相変わらず心配性なやつだ。
「何だっ?腹が痛いのかっ?…それとも風邪でもひいたかっ?熱があるのかっ?」
「そ、そういうんじゃないよっ大丈夫だって!」俺の額に当てられた桜井の手を押しのける。
「自分では気づいてないのかもしれないじゃないかっほらっおでこ貸せ!」
「だーかーらっ違うっての!そんな心配するなよぉ!それにお袋じゃあるまいし、おでこで熱を測るなよっ!はたから見たらおかしいだろっいい歳したオヤジがオヤジのおでこに手当ててたら!」
「…俺はオヤジだけど、おまえはオヤジには見えないだろ。下手すりゃ俺の息子に見えるかも-」
「失礼なっ同い年だよっ!しかもおまえより誕生日はうんと早い!」
「…でも見えないし」
「どうせ童顔だよっ」噛み付かんばかりの勢いで言い返す。
「……」
「大丈夫だって!」無言の桜井に念を押すように言った。
イライラする気持ちが声の調子にも表れているのは分かっている。桜井がそれに気づかないわけがない。明らかに一昨日とは違う態度。長年一緒にいるのだ。体調が悪いのでなければあと考えられることは限られてくる。
「…坂崎、おまえ……ふ」
「振られたよっ悪いかっ」ぷーっと頬を膨らませ、プイッとそっぽを向く。
「……あらまぁ」桜井がため息交じりに呟き、そのまま黙り込んだ。一昨日の夜、(実は念願の)デートに出掛けた俺の気持ちを知っているだけに、何とも言いようがないのだ。
「…別にいいよ、気遣わなくても。それにもともと期待してなかったもん」
嘘つけ、桜井の声が部屋いっぱいにこだまする。…いや、こだましたのは部屋じゃなくて俺の心ん中。だって桜井は声に出して言ってないし。
「…嘘じゃないよ」
「…俺、何も言ってないけど……」
「……でも心ん中で思ったろ」
「………」
「桜井はいっつも顔に出る。まさに隠し事ができないタイプ」
「どうせ顔に出ますよ。…じゃあ遠慮なく言うけど…。おまえ期待してたじゃん。きっとOKもらえるって。あの自信は何だったの?坂崎幸之助ともあろうお方が」
「俺だって上手くいかないことだってあるよ。今回みたいに」
「まぁ百戦錬磨ってわけじゃないのは知ってるけどさ。…何て言われたんだよ?“ごめんなさい”ってか?」
“ごめんなさい”ならまだいいさ。頑張れば挽回できる。“ごめんなさい”がいつかは“OK”に変わることだってあるんだから。でも。
「…“友達のままでいましょう”だってさ…」彼女の声が頭の中に響く。可愛い声でさらりと言った彼女。俺から投げかけた言葉との間には一瞬の間もなかった。一瞬ぐらい、考えてくれたっていいじゃん。
「つまり“友達以上にはなれません”ってことか。もしかしてもうイイ人いるんじゃないのか?」食事の時に彼女がしていたブレスレットを思い出した。店の照明に照らされたキレイなプラチナのブレスレット。
あんなシンプルなブレスレット、あいつがあげたとは思えない。あいつならもっと違う感じのものをプレゼントするはずだ。まぁ、二人は会ったことないんだから、あいつじゃないことは確かなんだけど。
…じゃあ、あいつじゃなかったら誰からの…?
いや、違う。違う違う。きっとあれはシルバーだ。プラチナなんかじゃない、きっと。自分で買ったんだ…きっと。あいつでもないイイ人がいるなんて、そんなことないんだ。
「いないよ。いたら普通気づくだろ。でも俺じゃダメなんだってさ」
「…何で」
「……さぁ」
「さ、さぁ…って。おまえ聞かなかったのか、彼女に」
聞けるかよ。食事中もソワソワして時計見て、俺の話なんて聞いてもくれないんだから。…なんて、桜井には言わないけど。桜井に言ったら、彼女が俺に全然興味がないってことがバレちゃう。できることなら誰にもそんなことはバレたくない。ひっそりと時が過ぎ、ひっそりと俺の心の傷が癒えればそれでいい。桜井や高見沢の恋愛話を他人に話すのは楽しいけど、自分のを話されるのは嫌だ。…自分勝手な話だけど。

「おーっす」眠そうな声の高見沢がやってきた。まだ半分寝てるのか大きな目がいつもより半分くらいになってる。それでも俺よりでかいんだけど。
「おはよ」とりあえずいつものように挨拶した。でも俺はできることなら今日、おまえの顔なんて見たくなかったよ。こんな出来事がなければ、そんな風には思ったりしないけど。
高見沢は桜井みたいに俺の様子を気にすることもなく、一旦入りかけたこの部屋の入口でスタイリストに声をかけられ、そのままメイク室へと連れて行かれた。きっと今日もくるっくるの巻き髪にされるんだろう。俺も巻き髪にすりゃいいのかな。…似合わないって。
「…坂崎?」
「…ん?」桜井の怪訝そうな声に返事をして顔を上げた。桜井は俺の横に立ち、眉間にしわを寄せて俺を見下ろしていた。
「何、そんな眉間にしわ寄せちゃって」
「…もしかして…その彼女って高見沢を気に入ってんじゃないの?」
「……っ!」
…何で分かるんだよ…っ
俺、そんなに変な挨拶したかっ?
いつも通りにしたじゃん!
何だよこいつ!何で分かんの?
それともそんなに俺、余裕ない顔してんの?
「…図星か」
「…何でそう思うんだよ?俺、別に何も…」
「高見沢を見るおまえの目がいつも以上に笑ってなかったから」
「……」何も言い返せなかった。
「あのねぇ…何年いや何十年の付き合いだと思ってんの?分からないわけがないだろーが」
「……」
「…なんだよ、絶対OKもらえるって言ってたの、嘘?」
「……」無言であさっての方向を見た。それが“YES”という意味だなんてこと、桜井にはよ〜く分かってるだろうね。
「ふーん……」
いや〜な沈黙の中、脇に置いてある愛用のギターを手に取った。
今日はこのギターでほとんど何も弾いていない。いつもは“うるさい”と言われるほど弾いてるのに。それだけ俺は振られてショックを受けてるってことだ。
みっともないぐらい、彼女に惚れてる…そんな自分は何て女々しいんだろうと思う。
そんな姿を知られたくないから、俺は嘘をついたのかもしれないな。
目の前にあるイスにドカッと座った桜井は、手に持っていた大好きな煙草をテーブルの上に置いて俺を見た。
「…つまり、元々その子は高見沢がいいと思っていたってことだな。おまえじゃなくて」
「はっきり言わなくたっていいじゃん。傷心の俺に向かって」
「…嘘言うよりいいでしょ」
…まぁね。嘘ついてた俺よりはいいか。
「でもさぁ、これだけ落ち込むぐらいだったら嘘つくなよ。隠せないくらいショックなんだろ?振られるって分かってたのに」
「振られるって分かってたわけじゃないよ…っ」キッと桜井を睨んだ。
「に、睨むなよっ」
「桜井が意地が悪いこと言うからだろっ」
「俺はただ真実を…」
「真実じゃないよっ!振られるって分かってたら付き合ってくれなんて言わないっ」
「…じゃあ当たって砕けろ、じゃなかったのか」
「俺は俺なりに頑張ってたんだよっ 彼女の中で俺の株が上がるように色々と!」
「…色々とねぇ」
「そう!色々!そろそろ俺に傾いてくれたかな、と思って一昨日言ったら、ダメだったの!」
「まだ高見沢の方が彼女の中で上ってことだったわけか…」
「そう!まだまだまだまだ俺じゃダメってこと!!」やけになって声を張り上げてる自分がいた。
高見沢には会ったことないのに、ライブでしか見たことないのに、何で会ったこともあって色々尽くしてる俺じゃダメなんだよ。
君の中の高見沢はどんななの?それは本当の高見沢なの?高見沢の本当の姿って見たことあるわけ?それなのに俺より好きって何で言えるの?
―だって背も高いし…―
「…どっどうせ俺は背が低いよーーーーーーーーーーーっ!」突然叫んだ俺にびっくりして桜井がひっくり返った。あっけにとられて口がぽかんと開いている。
「…さ、さ、坂崎さん?」
「…なにっ」返事をして桜井を見やると、目をまん丸くして何かに驚いている桜井が居た。
「……?」俺が不思議に思っていると、桜井は立ち上がって俺の前まで来ると、俺の頭をポンポンと叩いた。
「……いい歳して泣くなよ。何だ、背が低いって言われたのか?ん?」桜井にそう尋ねられて初めて自分が泣いていることに気づいた。よく見れば、眼鏡のレンズに涙が溜まってる。
「あ、あれ…?俺、泣いてんの?」
「気づかずに泣くやつがあるかよ」苦笑いの桜井。
おいおい。どうしたんだよ、俺ってば。
いつもの飄々とした自分はどこ行っちゃったんだよ。
桜井や高見沢をからかって、あたふたしてる二人をにやにや見てる余裕な俺。
ステージから見つけた客席の可愛い女の子に人知れず(知られてるらしいけど)視線を送ったり、黄色い声援を全部受け止めてるいつもの俺は、いつもの俺はどうしたんだよ!

「…へ、変なの。何も泣くつもりなんて…」眼鏡を上げてゴシゴシと目をこする。まだメイクしてなくてよかった。
「それだけ彼女に惚れてるってことだろ。…久しぶりに見たなぁ、こんな坂崎」にやにやしながら俺を見る桜井。くそ、いつもと反対だよ。桜井に弱みを握られた気がする。でもまだまだ俺の方が桜井の弱みをいっぱい握ってるんだ。立場が逆転する、なんてことは有り得ない。人知れずホッと胸を撫で下ろした。

「で?」唐突に桜井が言う。
「は?何が?」
「何が?じゃないだろ。で、おまえはどうするんだよ、これから」
「どうするって…」
「高見沢のが好きって言われて諦めるわけ?」
「…しょうがないだろ、俺じゃダメだってことなんだから」
「なーんだ。そんな簡単に諦められるほどの気持ちだったのか」
「……」
「…いつもの強気な幸ちゃんは、どこまででも追いかけていくと思うんだけどなぁ!」
「……」
俺だって簡単に諦めたくないさ。
でもどんなに頑張っても無理なことだってあるんだ。
「そりゃ身長は変えられないけどさ、彼女の気持ちを変えることはできるだろ」
「…なかなか変わらないから振られたんだってば」
「長期戦で行けばいいだろう?高見沢が好きだからって何?そんなんで諦めるわけ?彼女高見沢に会ったことあんの?」
「…ないよ。ないけど、会ったことある俺より好きだって言うんだからそれだけ好きなんだろ」
「そんなんで“はい、そうですか”って言うのか?おまえらしくないなぁ!」
「じゃあどうすりゃいいんだよ。俺らしくってどんな−」
「嫌われてもいいから攻めてみろよ。今のおまえは彼女に嫌われるのを怖がってる。だから“友達でいよう”って言われただけで引き下がろうとしてる。そうだろ?」
「……っ」図星過ぎて言い返せる言葉が何もない。
「ほら、図星」
「…あ、当たり前だろっ好きな女に嫌われるのを怖がらない奴なんていないだろうが!おまえだって昔−」
「俺の話は今は関係ありませーんっ今はおまえの話だ。しかも昔の話でもなく、現在進行形な話!話を逸らそうたってそうはいきませーん」
…くそっ
「どうせ“友達”にしかなれないんなら、とことん嫌われるまで頑張ればいいじゃん。恋人になれなかったら友達でいいのか?それで満足なのか?」
「満足できるわけないだろ。友達じゃキスも出来ない」もちろんその続きも。
「…だろ?嫌われるならどん底まで嫌われて、そこで落ち込めよ。中途半端に諦めたら後悔するぞ」
桜井の言いたいことはよく分かる。俺だって中途半端に諦めたくなんてないさ。
「結局さ、おまえが彼女の何になりたいかってとこが重要なんだよ。友達でもなく恋人になりたいんだろ?」
「そりゃ恋人になりたいさ。キスして、抱きしめて、押し倒して、それから−」
「誰もそこまで聞いてないからっ」
「あ、そう?」あれ?桜井の頬が赤く見えるのは俺の気のせいだろうか。
「とにかく!諦める諦めないは坂崎の勝手だ。あとは自分で決めるんだな。俺には他に言えることはない」
よく言うよ。散々諦めるな、頑張れって言ってんじゃん。
つまりは俺にこんな中途半端なところで諦めてほしくないってことだろ。
色々冷たいこと言うけど、実はむちゃくちゃ俺を心配してくれてる。ちゃんと分かってるんだからな。
桜井はいつもこうやって背中を押してくれる。何かに悩んでいても、いっつも気づいてさりげなく励ましてくれたり。それは高見沢も同じ。なかなか踏み出せない最後の一歩、二人に押してもらったことは何回もある。…いや、今は高見沢の事はいいんだよ、とにかく今は。また落ち込むから。

…でも、そうだよな。
嫌われることを怖がってたら、友達でしかいられない。友達になりたくて今まで色々尽くしてきたわけじゃないんだ。良い人で終わる恋なんて冗談じゃない。
彼女の中にある会ったこともない高見沢の理想に負けてなんていられないよな。
とことん頑張って、嫌われたら嫌われたで次に行けばいいんだ。次に行くまでにどのくらいの期間落ち込むかは予想できないけど。
だってやっぱり恋人になりたいから。友達じゃなくて恋人。
彼女のたった一人の恋人になりたい。
「桜井、俺もう一回頑張ってみるよ」
「…お、頑張る気になったか」口調はめちゃくちゃ落ち着いてるけど、桜井の顔はパァッと花が咲いたみたいに輝いている。本当は嬉しいのにそれを隠そうとしてるらしい。顔に出てちゃ意味ないと思うんだけどさ。
「よしよし、にーちゃん頑張れ。おいちゃんが応援してるぞぉ!」
「…だから同い年だろっ」
「…見えないけどね」ニカッと桜井が笑った。
ちょっと意地悪言ったりふざけたりするの、桜井なりの励まし、なんだよね。
照れ屋な桜井の、精一杯のエール。
“サンキュ”心の中で呟く。ちゃんとした礼はこの恋が実ったらするよ。
実らなかったら慰めてもらお。同い年のおいちゃんに。

「おーい、二人で何話してんだよ。そろそろ準備…何だよ、メイクも着替えもまだなのか?何やってんだよ!」くるっくるの巻き髪に眩しい衣装を身に付けた高見沢がやってきた。
…確かに衣装の派手さは敵わないな。それは負けを認める。
「相変わらず煌びやかなお姿で」桜井が笑いながら言う。
「…そう?今日は控えめにしたつもりなんだけど…。ほら、この辺とか控えめだろ?」
「どこがだよ。それが控えめだったら俺と坂崎の衣装は普段着になるだろ。なぁ」
「うん。高見沢にしてみたら自宅で着るジャージぐらいの服装になりそうだよね」
「そんなことないと思うけど…ってそんな話をしに来たんじゃないよ。早く着替えろって。先に来といて準備は俺より遅いなんて、今まで何してたんだよ」高見沢が俺と桜井を交互に見やる。
「…桜井と談笑」
「談笑?ずっと?何話してんだよ?面白い話?」
「え?それは…」
「内緒」口ごもる俺をフォローするように桜井がペロッと舌を出した。
「なんだよ、内緒って。気になるだろ、教えろよ」
「ダメー。俺たちはこれからメイクと着替えなんだから。なぁ坂崎?」
「う、うん」
「さー着替え着替え」桜井はうーんと伸びをして、部屋を出ていった。
「何だよ〜めちゃくちゃ気になるじゃん。…あ、分かった。俺の悪口だろっ」
「違うよ。高見沢の口がでかいとか目が落ちそうとか、そんな話はしてないよ」
「してたんじゃんっ」
「でも悪口じゃないよ?褒めてたんだよ」
「…あ、そうなの?じゃあいいか」
「……」単純だ。
「あ、坂崎も早く準備しろよ。俺先に行ってるから。準備できたら来いよ」
「うん、分かった。じゃあ後で」高見沢を見送ってから俺も部屋を出た。
桜井のお陰で高見沢に対する嫌な気持ちはなくなっていた。あいつが悪いんじゃないもんな。
問題は彼女の気持ちを高見沢じゃなくて俺に向けさせることだ。

また今日から頑張らなきゃ。
昨日までの俺じゃダメ。
新しい作戦でいかなきゃ、高見沢には勝てない。
彼女のハートを手に入れるまで、諦めてなんてやるもんか。
“大好き”って言われるまで。

恋人になりたい。
君のたった一人の。

友達じゃなくて。

世界にたった一人の。

世界一の愛を君にあげるから。

ね?

君の恋人になりたい。

友達じゃ嫌だよ…!


―Fin―


*****あとがき***************************

読んでいただきましてありがとうございます。
ポップな曲でお話を書くのは初めてでして、こんな感じでいいのかいまいち分からないので、みなさんの感想が気になるところです。
この曲は坂崎さんが可愛い感じなので、格好良い坂崎さんではなく、振られていじけてたり、ちょっと余裕のない坂崎さんを表現したくてこのようなお話になりました。いつもは二人のことを余裕かましてもてあそんで(笑)ますからね。

そして相変わらず桜井さんと仲良しさんになってしまいました。
二人のやりとり、大好きなんですよね。こんな風に話していたらいいなぁという私の願望ということで(笑)
高見沢さんとは微妙な感じになっちゃいましたが、次のお話では幸ちゃんと高見沢さんが仲良しさんなお話を書きたいなと思います♪

2005.5.15


感想をいただけるとうれしいです(*^^*)
メール または 賢狂のブログの拍手コメントへ