「JOURNEY」



窓から見える景色を眺めていた桜井は、自分の身体に何かの重みを感じた。
「…なんだよ、寝てんのか。俺にもたれて寝るやつがあるかよ」感じた重みは、隣の座席で熟睡モードに入って桜井にもたれかかっているマネージャーだった。途端に桜井の眉間にしわが寄る。
「…こら、俺はおまえの枕になった覚えはないぞ」ぐいっと肩を上げてマネージャーの頭を押し上げる。
「……うーん………」マネージャーは安眠を妨げられたと思っているのか、少々不機嫌そうに反対側の座席に顔を向け、再び寝息をたて始めた。桜井には、まるで仕事で移動していることをすっかり忘れてリラックスしているように見える。
(…ったく)桜井は小さくため息をついてシートに座り直し、窓際に肘を付いた。
(な〜んで俺が起きててマネージャーが寝てんだよ。着いたら俺が起こせってか?やめてくれよな、デビューしたての若造じゃねぇんだから…)
確かにツアーもすでに2ヶ月半、マネージャーも今までの疲労がかなりたまっているだろう。それに最近の新幹線の座席も座り心地がいいから、眠くなるのも仕方ないとは思う。
でもつい、10分前に新幹線に乗り込んだばかりなのだ。いくら何でも早すぎるだろう。
(……着いても起こさずに降りてやりたい…なんて思うのは、かなり意地が悪いだろうか…)なんて桜井は思う。

今日の新幹線での移動は、桜井は他の二人とは離れ一人喫煙車両に乗り込んでいる。
二人は、同じ新幹線内の禁煙車両。いつもなら桜井も禁煙車両に一緒に乗り込んだりするのだが、今日は距離が長い為、時間も当然長い。とても我慢できそうにないので、喫煙車両にした。
自分一人でいい、と言ったのだが、マネージャーが付いていくと聞かないので仕方なく二人で喫煙車両へ…ところがマネージャーは発車してまもなく夢の中、というわけだ。
(…こいつを昔の列車に乗せてやりてぇな。座り心地も悪いし、こんな風に熟睡なんて絶対できないし。あ、そうそう。寝台列車が一番いい。あれほど寝られない列車はない。寝る為の列車なのに。)昔よく利用した寝台列車を思い出し、一人笑みがこぼれた。
(…よく乗ったよなぁ。金がないからとにかく時間がかかっても安い列車を選んだもんだ。こんな風に窓から景色を眺めながら優雅に移動するなんて、夢のまた夢だったなぁ…)
心地よい新幹線の穏やかな揺れを感じながら、桜井はあの頃に思いをはせる。
寝台列車の揺れ、うるさいぐらいの音、狭いベッド、狭い通路。窓から見えるのは、点々と町を照らす街灯だけ。大きな駅の周辺は多少明るかったけれど、すぐに暗い静まり返った畑や田んぼになって、列車はただ次の町へと走り続ける。

いつも乗るのは、2等寝台列車。いわゆる3段式の列車だった。だいたいの3段式寝台列車は、夜間だけ座席の上の荷台部分と、座席と荷台部分の間にさらにベッドが作られる昼間兼用寝台電車。もちろん昼間は座席と荷台だけになり、上2段のベッドは格納されるようになっている。
つまり、寝台列車とはいうものの、一番下のベッドは座席のシート、というわけだ。
そして上に行くほど高さが狭くなり、寝心地もさらに悪い。
そうなれば誰だって一番下を選ぶものだ。桜井も、なるべく一番下のベッドを確保したいと思っていた。もちろん坂崎も。
ところが、やはり侮れない男高見沢は違った。ある時、
「ジャンケンで決めようぜ」となり、三人でジャンケンをした。その時は坂崎が最初に勝ち抜け。もちろん一番下を選んだ。残りは真ん中と上。どちらがいいかなんて、言わなくてもわかっている。
桜井はどうしても勝ちたかった。けれどジャンケンは高見沢の勝利。桜井はここぞという勝負に弱いらしい。
「やった〜勝った〜!」と喜ぶ高見沢に坂崎が尋ねる。
「で、どこにすんの?」
「そりゃここでしょ!」高見沢が簡易はしごを登る。
高見沢の選択に桜井と坂崎は目を丸くした。選んだのは、一番上なのだ。
「え、上でいいの…?」信じられない、と言わんばかりの桜井たちに高見沢は言う。
「やっぱり一番上がいいじゃん!」

(…何がやっぱりだよ…まったく!)思わずククッと桜井は笑った。高見沢の行動を思い出すと可笑しくて仕方がない。
(どう考えてもおかしいだろ。寝心地は悪いわ狭いわでいいところなんてな〜んにもないのに。なのにあいつはいっつも一番上を選びやがる。まぁ、お陰で俺は助かってたけどさ、でもやっぱりおかしいよなぁ…)

一番上のベッドを選んで、嬉しそうに寝転がる高見沢なのだが、しばらくすると気づくのだ。
「…なぁ、高見沢?」と桜井が声を掛けると…
「なに?」
―ガツッ―
「いたっ」鈍い音と高見沢のかなり痛そうな声。
「…おい、大丈夫か?」桜井が上を覗くと、高見沢が頭を押さえてうずくまっていた。
「いってぇ〜!何だよ!狭いよここ!」
「狭いのは最初から分かってたでしょ…」坂崎もかなり呆れ顔。
「そうだよ。上は狭いっていつも言ってるだろ?おまえこれで頭ぶつけたの何回目だよ」
「くっそ〜桜井が話しかけるからだろっ…いってぇ〜……」
結局は桜井のせいにして次は上は選ばない!とその時は言うのだが、次に乗るとやっぱり上を選んでしまうのであった。これだから高見沢という男は何十年と付き合っていても飽きることがない。

(結局俺のせいにするんだよな。“話しかけるな”とか言って。でも話しかけないと“なぁ、桜井〜”って上から声かけてくんだよね。ほんと、自分勝手なんだから…ま、それは今も変わってないか。)やっぱり笑ってしまう桜井だった。

苦労が続いたそんな時期。もちろん不安がなかったわけじゃなかった。
けれど、二人の前では自然に笑顔になっていた。桜井には、自分一人ではないという安心感のようなものがあったのかもしれない。
いつも傍に居る二人。二人は桜井にとっては酸素と水のような、なくてはならない存在だ。
そんな二人がいつも傍にいたからこそ、桜井は夢へと前進し続けることができたと思っている。
(…たぶん、“好き”とか“嫌い”とか、そういう問題じゃなくて…“居る”のが当たり前なんだよな。“居なかった”ら今の俺は存在しない。きっとただの課長止まりのサラリーマンに違いない。)

そんな二人のお陰で前向きにいられた桜井だが、唯一考え込むときがあった。
誰にでも夜は来る。
夜の静けさは、昼のあいだ奥底に隠れていた闇の部分が顔を出す。普段は考えないようなこと、そんなこともふと心に湧いてくるのだ。
桜井は寝台列車で眠りにつく時、いつも線路の先には何が待っているのだろうか、そんな気持ちになった。これからへの期待もあっただろう。けれど、不安な気持ちの方が断然大きかった。次の町はどんなところだろう、自分たちを温かく迎えてくれるだろうか、自分はこのままでいいのだろうか…そうやって、何度も何度も不安な朝を迎えていた。
そんな気持ちが心に広がり、寝付けなかったこともある。
毎日が期待と不安の繰り返し。
桜井にとって寝台列車のベッドの上は、夢を追う合間の、アルフィーの桜井賢ではなく一人の男として自分を見つめる、そんな場所になっていた。
出る答えは乗るたびに、朝を迎えるたびに違っていたけれど。

新幹線に乗って、ようやく1本目の煙草に火をつける。
(…結局、その答えは今も見つかってないんだけどな。きっと、“これ”っていう答えは死ぬまで出ないんだろうなぁ…)
夢も年々姿を変えて、“歌う”ことから“歌い続ける”ことへと変わったし、年も重ねて、いつの間にかいい歳のおじさんになった。
変わり続ける毎日。得るもの、失うもの、毎日何かが変化する。
その中で、30年以上も変わらない二人の存在。
桜井の隣には、いつだって二人が居る。
自分と同じように“歌い続けている”仲間。
夢を追いかけ続けている仲間。

あの頃、眠れない寝台列車で、不安な気持ちで桜井がベッドから顔を出せば、二人が同じように顔を出したこともあった。顔を見合わせて、三人とも同じ気持ちだったと分かると吹き出したり。結局朝までデッキで話す、なんてこともあった。
移動手段は年々姿をかえていくけれど、二人だけはあの頃のまま、桜井とともにある。
変わらない二人の笑顔。変わらないあの頃のままの二人。
きっとこれからも二人だけは変わらないだろう。いつまでも。
(やっぱり俺の左には坂崎と高見沢がいないとな。いないとなんっかむずむずするっていうか、落ち着かないっていうか…)
「………ゴォー…ガァー……」間の抜けた寝顔のマネージャーのイビキが妙に耳につく。
途端に桜井は二人が傍にいないことに寂しさを覚えた。
さっき火をつけたばかりの煙草をもみ消す。
(…やっぱり禁煙車にしとけばよかったかな……)
そう桜井が思ったとき、バッグの中で携帯電話が振動した。
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「坂崎〜これ美味いよ!食べる?」
「…出発したばっかりなのに、もう食べてんの?早いよ」少々呆れ顔で坂崎が言った。
「え、だってせっかく買ったんだし。何だよ、食べるために買ったんだぞ?食べなくてどうする!」
「そうだけどさぁ。でもまだ駅出て10分だよ?しかも駅着く前にバナナ食べてたじゃん」
「あれは前菜」
「…これは?」高見沢が手にしている、先ほど駅で購入したこの土地の名物を指差した。
「……前菜その2」
「その2、なんだ。すごいな、前菜が二つもあんの?」
「その3もあるよ」
「前菜で腹いっぱいじゃん!」
坂崎はさっきからずっと笑ってばっかりだ。高見沢と一緒にいると、笑わないことがない。真面目な話をしている時でも、予想外の答えが返ってくることもある。本当に侮れない男なのだ。
(高見沢って昔から面白い奴だったよなぁ…。…まぁ、最初は女かと思ったけどさ。でも実は中身は一番男っぽいんだよね。桜井の方が結構繊細なんだよな、意外にも。)
見てて飽きない高見沢。一家に一人いたら、どの家庭もきっと楽しくなること間違いなしだ。
(…でも洋服代に金がかかるかもな。)坂崎は小さく笑った。
そして、ここに桜井が居れば、また面白さ倍増なのに、と坂崎は思う。高見沢と桜井のやりとりは学生の頃と何ら変わらない。その二人を見ていると、ふと大学のキャンパスにいるような錯覚に陥ることもある。二人に声を掛けられてはっとすると、スタジオだったり収録中だったり、時にライブ中だったり。慌てて話を聞いていたように誤魔化すこともある。

こんな風に列車で移動することも多かった。特に多かったのは寝台列車だろうか。
(何時間も列車に揺られて、着いた先で歌って、また帰りも寝台列車、なんてこともあったなぁ…でもいつも三人で一緒に移動してたから、寂しくはなかったな。二人が居ると、“ああ、俺の居場所はここなんだな”って思って安心できたっけ。)
今は右隣は高見沢、左隣はチーフマネージャーだけれど。

(…桜井のやつ、新幹線の移動くらいタバコ我慢しろよな〜)
坂崎はいつも自分の両隣に居る人が居ないと、妙に落ち着かない。
テレビの収録なんかでもそうだ。もちろん一人で出演する場合は居ないのは当たり前だが、やっぱり両隣に二人が居ないとしっくりこない。
一人で収録していても、つい“桜井だったらこうくるな”とか“きっと高見沢がここでボケ倒して大笑いだ”なんて考えてしまう。
(…何だよ、俺っていつも二人のこと考えてんじゃん。そのくらい…俺にとってはかけがえのない存在なんだろうなぁ……って、うわ〜ガラにもないこと思っちゃったよ…っ)自分の心の言葉に、若干体温が上がって密かにたじろぐ坂崎だった。
「…なぁ、さかざ……なに、暑いの?」
やたらと顔に向かってパタパタ手で仰いでる坂崎に高見沢は不思議そうに首を傾げた。
「え、あ、うん、ちょっとね…っ」
「ふーん…?坂崎って暑がりだっけ?俺でも今、涼しいくらいだけどな」
「それは高見沢がノースリーブだからだろ…っ」
「あ、そうか。だからかも。……あ!」
突然高見沢が何かを見つけて笑顔になると、ノースリーブから出ている白い腕を高々と上げた。
「すみませーん!」
「はい。少々お待ち下さい」車両に車内販売が来たのだ。
「…今度はなに買うの?」
「そりゃ、あれでしょ〜」
「…あれ?」
きょとんとする坂崎を尻目に高見沢は嬉しそうに車内販売が来るのを待っている。
とても50歳過ぎの男とは思えない可愛らしさだ。
「お待たせしました」ようやくカートが高見沢の座る列に到着し、お姉さんがにっこり微笑んだ。
「アイスある?」窓際の席から目をキラキラさせてお姉さんに尋ねる。相変わらずアイス好きな男だ。
「はい、ございます。バニラアイスになりますがよろしいですか?」
「バニラだけ?バナナは?」
「…申し訳ございません。バナナは…」かなりお姉さんは困った顔になっていた。
「高見沢、どう考えても一般的なのはバニラだろ?新幹線でバナナアイスは売らないだろ。ねぇ?」坂崎はニコニコ笑顔でお姉さんに同意を求めたが、お姉さんが“はい”と言えるわけもない。苦笑いだけを坂崎に向けた。
「そうだけど…でもバナナがよかったなぁ…」
「申し訳ございません…」さらにお姉さんが困った顔をしたので、坂崎の隣に座っていたチーフマネージャーが慌てて助け舟を出す。きっとお姉さんが美人だから余計だろう。
「高見沢さん、私がおごりますからバニラでいいですよね…っ?バナナはまた今度でいいじゃないですか…っ」
「あ、おごってくれるの?じゃあバニラでいい〜♪」その言葉にお姉さんの表情も和らいだ。
「よかったね、高見沢が単純で」坂崎は笑顔でお姉さんに微笑む。
「え、あ、いえ、そんな…」
「悪かったね、単純で」
「じゃあ、バニラアイス二つで」マネージャーが支払い、お姉さんからアイスを受け取ると、高見沢と坂崎に差し出した。
「わーい♪」高見沢は嬉しそうにアイスを受け取る。
「え、俺にも?」少々驚いて坂崎はマネージャーを見た。まさか自分の分だとは思わなかったのだ。
「だって坂さん、さっき暑そうでしたし」
「……あ、まぁ、ね。でも一つは食べられないからお茶でいいよ。棚瀬食べなよ」
「そうですか?じゃあ…いただきます」マネージャーにアイスを譲り(といってもお金を支払ったのはマネージャー)坂崎は手元のペットボトルのふたを開けた。
「坂崎」高見沢が坂崎をつつく。
「ん?」
「あーん」高見沢がアイスを一さじスプーンに乗せて、坂崎に差し出していた。
「…なんだよ。俺はいいよ」
「一口くらい食べればいいじゃん。美味いよ?」
「いいって」
「何だよー俺のアイスが食えないっていうのかー?ちぇ〜俺がせっかく大好きなアイスをあげるって言ってんのにさぁ…」
「分かった、分かったよっ食べればいいんでしょ!食べれば!」目的地に着くまでずっとネチネチ言われても困ってしまう。坂崎は早々に折れることにした。
「最初からそう言えよなー。はい、あーん」
言われるがまま、坂崎は口を開けて高見沢のアイスをいただく。
確かに美味かった。でも何も食べさせてもらわなくてもいいんじゃ、と密かに思う。
「…うん、美味いね」
「だろ?新幹線のアイスも侮れないんだよ。あとはバナナがあれば言う事ないけどな!」
「……さいですか」次に乗った時、バナナアイスがあったら面白いな、と坂崎は思った。
口直しにお茶を一口飲んだところで、
「坂さん、坂さん」と今度は左隣のマネージャーがつついてきた。
「なに?」振り向くと、マネージャーもスプーンにアイスを乗せて、坂崎に差し出して微笑んでいる。
「私のもいかがですか?」
「…あのさ、俺を何だと思ってんの?アイスが食べたかったらねぇ、自分で買ってるよ。一人で食べなさい」
「あ、そうですか。そうですよね……」何故か異様に落ち込みマネージャーはうな垂れる。
(……俺は子供じゃないっての。まったくもう…)心の中でブツブツ言いながら坂崎はバッグから携帯電話を取り出した。
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アイスを食しながら、高見沢は外の風景を楽しんでいた。
隣で坂崎がマネージャーに何か言っているが、よく聞こえない。言われたマネージャーがやたらと落ち込んでいるので、坂崎に怒られたのかもしれない、と勝手に判断する。
(やっぱりアイスは美味いなぁ。今年の夏もアイスはきちんと準備しとかないとな。)
春ツアーも徐々に春から初夏の陽気を通り越し夏に近づいている。高見沢にとって一番の天敵、暑さがやってくる。
(そろそろツアーにも常時アイスが必要かも。)
とにかくアイスが好きなのである。特にバナナがお好みだ。

(昔はこんな風に優雅に新幹線に乗ってアイスなんて食べられなかったよなぁ…。美味しそうな食べ物があっても、売れてないから金なくて、よく店の外から中覗いてたよな…)
下積み時代の貧乏さを思い出す。数少ないファンの子から菓子パンの差し入れなんかもあった。
(そこら辺に売ってる普通の菓子パンなんだけど、なんっかめちゃくちゃ美味く感じたんだよなぁ。…はは、懐かしいなぁ…。)自然と口元が緩む。
辛かったあの頃。けれど、楽しくもあった。

今思えば、今よりも、もっともっと歌ばかり歌っていた。
暇があればギターを弾き、暇があれば二人と歌った。
今だってレコーディングやテレビの収録、そしてライブでいつも歌っている。けれど、それとは何かが違う。
(…何て表現したらいいんだろうな。何か違うんだよね。こう…何ていうか……アルフィーとしてというよりも、プロとしてじゃなくて……そう、ただ歌うことだけが自分たちにできることで、それが誰かを勇気づけるとかそんな大層なことなんて何も考えてなくて。…ただ、二人と歌いたかった。桜井と坂崎と、三人で歌いたかったんだよ。だから二人と歌えるだけで、俺は幸せだったんだ。)
桜井の歌声と坂崎のギターに出会い、高見沢はお互いの歌声を重ね合うことを知った。
それが、自分が思っていた以上に気持ちよくて、気が付けばくせになって。
(…そうしてやめられなくなった、と。)人知れず苦笑い。
気が付けばそれから30年以上経つ。
あっという間だった気もするが、長かった気もする。

(どこに行くにも三人でさ、地方に行く時も…そうそう、寝台列車で3段のやつで。だいたい坂崎がじゃんけんで勝って一番下を選ぶんだよなー。で桜井がいっつも負けて。…なのに俺は一番狭くて寝心地悪い一番上を選んじゃうんだよね〜。なんで俺、一番上選ぶんだろうなぁ…)
“ほら、バ○だから”桜井の声がどこからともなく聞こえた。
(そうそう!いっつも桜井が“バカだから”って言うんだよね。あいつに言われると一番むかつくんだよ。自分のこと棚に上げてよく言うよな。)

高見沢はものすごく桜井に文句を言いたくなった。だが、隣は坂崎。その隣はマネージャー。自分のことは棚に上げる桜井は今は隣にいない。
(…何だよ、喫煙車に乗ってる場合じゃないだろ!タバコと俺たちとどっちが大事なんだよ…っ)
訳の分からない怒りが高見沢にふつふつと沸いてきた。桜井にしてみたら、とんでもないとばっちりだ。
今頃寒気がしているかもしれない。
高見沢はアイスを食べ終わると、おもむろに携帯電話を取り出した。
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「…お二人して、どなたかにメールですか?」高見沢と坂崎が二人揃って携帯電話を取り出しているので、マネージャーが二人に声をかけた。
「え?…あ、ほんとだ」坂崎が高見沢を見やる。
「…何かメール送りたくなってさ。坂崎も?」高見沢も坂崎を見て尋ねた。
「うん。……」
「………」二人は顔を見合わせた。どうも同じことを考えているような気がするのだ。
「ねぇ、高見沢は誰にメールしようとしてんの?」
「坂崎こそ。俺は…」
『桜井に。』二人の声がきれいにハモッた。
「…何だよ、同じかよっ」
「やだねー考えること一緒で」笑い合いながら、また顔を見合わせる。
「で?何て送んの?」高見沢の携帯画面を坂崎が覗く。
「内緒。坂崎こそ、何送るんだよ?」
「え、じゃあ俺も内緒」ニッと笑って坂崎がメールを打ち始める。
高見沢もメール作成画面を開いた。
「内容も同じだったら面白いよな」
「あはは、同じかもしんないね」
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「…おっと、電話電話」桜井は少々慌てつつバッグを開ける。携帯を手に取ると、すでにバイブは止まり着信ランプがピカピカと光っている。
「…メールか?」レギュラーのラジオ番組がきっかけで持ち始めた携帯。実は桜井はまだ使いこなせていない。日々練習に励んでいるが、元々こういうものは苦手。慣れるまでには時間がかかる。
どうやらEメールが届いているようだ。
「…誰だろ」
Eメール画面を開こうとした時に、またメールを受信し始めた。
「あれ、また来た?…おいおい、誰だよ何通も送りやがったのは」
とりあえず受信されるのを待つ。
“メールを2件受信しました”
「…え〜と、メールの画面に行って…受信ボックス…と。ん?何だ、高見沢と坂崎からじゃないか」
受信ボックスを開くと、
“坂崎”
“高見沢”と並んでいた。
「一緒にいるんだからどっちかから1通でいいじゃん。何二人して送ってんだろうねぇ…」
まったく…と呟きながら、実は内心寂しくなっていたので二人からメールが来たことは嬉しかった。
(何だよ、いいタイミングでメール送りやがって…)
少々メールを開くのにドキドキしている自分が居た。
(何で男からのメールにドキドキしてんだよ…っ)と自分にツッコミを入れてみる。
まずは先に届いた坂崎のメールを開く。

“桜井へ
今タバコ何本目?喫煙車だからって吸いすぎんなよ!
もちろん、帰りは禁煙車な!
坂崎“

「まだ1本しか吸ってないっての。で帰りは禁煙車にしろってか。俺に決定権はないわけ?ったく…」
と言いつつ、やっぱり口元はにやけてしまう。
(何だよ、寂しいならそう言えよな〜。)
へらへらしながら次の高見沢のメールを開く。

“桜井へ
タバコぐらい我慢しろー!(▼▼)
からかう相手がいなくて寂しいじゃんかー(ToT)
帰りはタバコ我慢させてやるからなっ!覚悟しろ!!(▼▼)
高見沢“

「……何だよ、やけに素直だな高見沢のやつ。何か変なもん食って壊れたか?」
こんな文章を打っている高見沢を想像するとまた面白い。
「しょうがねぇなぁ…。じゃあ帰りは寂しがり屋な二人の為に禁煙車に乗ってやるか。俺って優しいなぁ…」そう呟きながら、そしてニヤニヤしながら携帯をバッグに戻そうとしたが、また携帯が振動した。
「…今度は誰だよ」やっぱりEメールらしい。
受信したメールを開いてみると、また坂崎からだった。
「今度は何だよ?」
“携帯、バッグに戻してんじゃないよ?ちゃんと二人に返信しろよな!坂崎”
(…げっ!冗談だろ?意地悪言うなよ坂崎〜!)
なんて思っているとまたメール受信。
「今度は誰だよっもう!」
“10分以内に坂崎と俺に返信しろよ(▼▼)できなかったら今日は桜井いじめ倒しライブ!っていつもか(笑)…今日はいつも以上に、ってことで♪楽しみだなぁ〜(^0^)高見沢”
「(おいおいおいおいおいおいおいおい……)…マジかよっ!」
いつもそれはそれはいじめ倒されている桜井。それがいつも以上となると、一体どうなるのか。
(や、やめてくれよぉ〜!!)背筋に悪寒が走る。
「…くっそーっ……送れるかよ!たった10分でっ」
桜井の嘆きで隣のマネージャーが目を覚ました。
隣の桜井はいつも以上に険しい顔で携帯と睨めっこしている。怪訝に思わないわけがない。
「……あ、あれ…桜井さん、何やってんですか…?」
「うるせぇ!おまえは黙って寝てろっ」
桜井は、喫煙車両にしたことを心底後悔するのであった。
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こうして彼らは今日も次の街を目指す。
その先にあなたが待っている限り、彼らは旅を続けるだろう。
三人が三人である限り。

あなたが居る限り。

彼らの旅はいつまでも終わらない。
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   ・
「…あと2分しかない〜っっっっ」
桜井の返信作業も終わらない…。




終わり


********あとがき*******************
えーと…(汗)
何だか曲のイメージが全くないお話になってしまいまして申し訳ないです(^^;)
大好きな曲なので、曲のイメージのままなお話にしたかったのですが、前作をUPした時に、みなさんの感想をいただきましたら“仲良しな三人”をどうしても書きたくなりまして。前作は桜井さんと坂崎さんは仲良しでしたけど、高見沢さんとは…でしたからね。
最初は桜井さんだけの語り話のつもりで書いていたんですよ。昔を回想して、寝台列車でのやりとりを思い出して…とか。渋くて素敵な桜井さんで全編作ろうと思ってたんですよ?これでも(笑)
でも、せっかくなので、同時に三人それぞれが同じことを想ってほしいな、と思いまして、書き方を変え始めたらだんだん変な方向へいってしまい、こんな話になってしまったというわけでして…。
しかも何も桜井さんを可哀想な感じにしなくてもこの話を成立するんですが、どうも桜井さんはいじめられてるイメージが強いので、こんな状態で終わらせてしまいました…。ごめんね、桜井さん(^^;)
でも二人にいじめられて困ってる桜井さん、大好きなんです。可愛いんですもの。
というわけで、ステージ以外でもこんな風にいじめられてたりして…という私の妄想ってことでお許し下さいませ。

2005.6.15


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