「欲しいもの」


今年の誕生日は一人だ。
でも寂しい…なんて思ってるわけじゃないよ?
去年がライブで大盛り上がりだったから、すっごい違いにちょっと戸惑ってるだけで。
それにさ、一人で過ごす誕生日っていうのも、なかなかおつなもんだよ。
だいたいこの歳になって今更誕生日に何かしてもらうって恥ずかしいしさ、こういう誕生日の方が落ち着くんだよ。
……。

明日はライブ。
俺は仕事の関係で一人先に到着して、ホテルでのんびり過ごしている。
一旦東京に戻ってもよかったんだけど、東京に戻るよりこっちに来た方が早かったしブラブラ街を歩きたかったから仕事が終わってこっちに直行。
おかげで久々にのんびりできたよ。
いっぱい写真も撮れたしね。
だからつまらないってわけじゃないんだからね?
それに一人って言ってもさ、スタッフはいるし。
夜はパーティだ、とか言ってたし、祝ってもらえないわけじゃないしね。


「…って誰に言ってんの、俺。まるで言い訳してるみたいじゃん」
ソファにもたれながら、自分以外誰もいないホテルの一室で呟いてる時点でどうかと思う。
…でも、仕方ないか、一人しかいないんだし。
二人はどうやら明日の朝来るらしい。今は飛行機も新幹線もあるからね。
当日来ても全然間に合うからいいよね。

…パーティはそろそろかなぁ。
準備ができたら呼びにくるって言ってたけど…
結構待ってる気がする。
…あれ、そうでもないか。
さっき時計見た時から15分しか経ってないや。
一人で過ごす時間って、こんなにも長く感じるものだったかなぁ。


……。
正直言っちゃおうかな。
だってここには俺一人だし。
からかうやつはいないんだし。

実はね、かなりつまらない。
普段は好き勝手ギター弾いてるけど、今日に限ってギター弾いたって誰か聞いてるわけでもないし、って思う。
いつもは一人で出掛けたり家で猫たちと過ごしたりしてるのにさ、おかしいよね。
何でかなぁ…って考えてみた。
何がいつもと違うのか。
家じゃない。
そりゃそうだ。
でもそんなのはよくあることだよね。
春と秋にツアーやってればこういうことは何度もある。
結構同じホテルに世話になることもあるしね。
あとは?
…ん〜と。
猫たちがいない。
あったりまえじゃん、家じゃないんだから。
あ、持ってこようと思ってたカメラを一つバッグに詰め忘れたんだよね。
あ、あとお気に入りのピアスを家に忘れてきたり。
……。
どれも違う。
違うんだよね、全然。
そういうことじゃないんだよ。
分かってるんだけどさ。
…認めたくないっていうか、ね。
何かさ、いい歳してバカじゃないのって自分でも思うんだよ?
思うんだけどね?
……それでもどうしても考えちゃうんだよ。
何で二人は明日なのかなぁ…って。
今夜来たっていいのにさ。
せっかくスタッフがパーティやるって言ってくれてんだから。
大した距離じゃないじゃん。
棚瀬に仕事が終わる時間聞いたら、二人とも十分最終の新幹線に間に合うし。
今夜中に移動すれば明日楽なのに。
明日早起きしてさ、眠いーって言いながら来なくてもいいわけじゃん。
ねぇ。

…あ、二人には言わないでよ?
絶対笑われるんだから。

だけど…
いつも一緒に移動してるわけじゃないし、こんな風に先に到着してたり二人が先に来てたりってこともあるし、一人でこうしてることは今日だけじゃない。
…なのに、何でかな。
今日は特につまらなく感じる。
…変なの。

―コンコン―
「坂さん?お待たせしました。パーティの準備が整いました」と棚瀬の声がした。
「へーい」
ベッドの上に置いてあるカメラを手に取ると、ふとその隣にあった携帯に目がとまった。
今日は携帯が大活躍だ。
お祝いメールが届いたりお祝いの電話をもらったり。
みんな律儀だよね。わざわざ誕生日の当日に連絡くれるんだからね。
「…一応持ってくか」携帯を手に取ってジーンズのポケットにグイッと押し込んだ。
もしかしたら二人から……あ。
そうか、だからか。
それで俺は寂しいんだ。
なんだ、そういうことか…
…っておい。
いい歳してそんなことで俺は−
「坂さん?」ドアの向こうから怪訝そうな声で棚瀬が呼ぶ。
「あ、うん。ごめん、今行く」
プルプルと首を振ってようやくドアを開けると、そこにはやや心配げな顔の棚瀬が立っていた。
「ごめんな、待たせて」
「いえ。…何かありました?」
「へ?何にも?何で?」
「何だか覇気がないといいますか…写真を撮りに出掛けて疲れました?」
「…いや、そんなには…」何、顔にも出てるわけ?まいったな…。
「お疲れでしたらパーティの途中で部屋に戻っていただいて構いませんよ」
「一応主賓でしょ?いなかったら意味ないじゃん」苦笑いを棚瀬に向けたが、
「坂さんが夜弱いのは全員よくわかってますからいいんですよ。それに主賓がいなくても盛り上がれる人たちですから」と返された。
「…そう言われればそうだ」

「…おっ」携帯が振動した。
少々びっくりしながらもポケットから取り出してみると、何やらメールが届いたようだ。
……。
…どっちかな、と思っている自分がいる。
いい歳して…ねぇ。
ところが携帯を開いてみると、二人のどちらでもなかった。
……。
「またお祝いメールですか?」
ニコニコしながら尋ねてきた棚瀬に小さく頷いて携帯を閉じた。
笑顔で返す余裕もないなんてね。

…こんなにも寂しいと感じるのは、二人からメールも電話もないから。
女の子でもないし、いい歳なのにそんなことで“寂しい”と感じるなんて本当バカみたいだよね。
そんな自分に“おいおい”だよ。
ライブの前日の夜まで仕事してる二人に対して“仕事大変だな”って思う心の余裕は俺にはないのか?
二人とは明日会うんだし、明日“おめでとう”って言われればそれで十分なのに。
この何十年の間、俺だって当日に“おめでとう”を言えなかった時だってあるじゃないか。
当日じゃなきゃダメだなんて思っちゃいけないんだよ。
友達だけど、
仕事の仲間だけど、
二人には二人の生活や仕事がある。
俺だってそうだ。
長年一緒にいるんだから分かるだろ?

でも…。
二人はいつもなら当日に何かしら連絡をくれる。
どうしても当日仕事や何かで連絡できない時は、前日とか。
…ああ、そうか。
だから寂しいんだな。
いつもは当日にもらえる二人からのお祝いがなくて、当日は連絡できないからっていう連絡もなくて。
俺は寂しいんだ。
…寂しいっていうよりも…拗ねてる…のかも。
何で二人とも連絡くれないんだよって。
…大人気ないなぁ、俺。
だってまだ今日が終わったわけでもないのにさ。
まだ数時間あるのにね。

「坂さん?やっぱりお疲れなんじゃ…」
「…え?いや、違うよ。ちょっと考え事。…二人は夜まで仕事で大変だなぁって…さ」
「え、ええ。そうですね。今夜のパーティに出席できれば…よかったんですけど…」
本当にね。
…ごめんな、棚瀬。
パーティを準備してくれた棚瀬やスタッフには悪いけど…
…今年の誕生日は寂しいな。
二人がいなくて、電話もメールもなくて。
それだけ二人の存在がいつも傍にあったってことだね。
俺にとって、二人の存在がどれほど大きいものなのか。
今更それを思い知るなんてね。

「ここです、坂さん」
「うん…」
大きな扉の前に立って、それを開けることに戸惑った。
こんな気持ちでパーティに出て、笑顔でみんなに“ありがとう”と言えるだろうか。
二人がいないからパーティやめようなんて、言えないし。
「…坂さん?」
「…え?あ、ああ。開けていいんだよね」
「ええ。…でも、本当に大丈夫ですか?やっぱりお疲れなんじゃないですか?それとも体調があまりよくない…とか…?」
「違うって。ドア開けたら何か飛んでくんのかなってドキドキしてんの」
強がりの笑いを棚瀬に向けて、気持ちを切り替えようと大きく深呼吸をした。
いい大人なんだからさ。
みんなに祝ってもらおうよ。
きっと二人からは明日、電話かメールが来るって。
それでいいじゃん。
な?

俺はようやく扉に手をかけた。
―ガチャ―
パンッ パパーンッ
「わっ」きっと来るだろうと思ってた音だったのに、ついうっかり驚いてしまった。
クラッカーから飛び出たカラフルな紙テープたちが自分目掛けて飛んできた。
「こらっ人に向けてやっちゃダメだってば!」両手で紙テープたちの攻撃を何とかガード。
でも火薬の臭いをガードすることはできない。一瞬にして俺を取り巻いた。この臭い、結構残るんだぞ。
「お誕生日おめでとうございまーすっ!!」
「おめでとうございますー!」
みんなからお祝いの言葉と拍手がいっぱい降ってくる。
「あはは、ありがと」照れくさくなりながらも礼を言う。
お祝いされるのは、照れくさいけどやっぱり嬉しいものだね。
…ここに二人がいないことは残念だけど。
ってこら。
また考えてる。
大人気ないぞ。

「ではまずは花束を坂さんに!」と棚瀬が言った。
大きな花束を持った人が二人、俺のところに歩み寄ってきた。
花束でほとんど隠れて誰か分かんないんですけど。
そんなでかい花束買わなくたっていいのに。
「花束でかすぎだよぉ!俺全身隠れちゃうよ」
ドッと会場から笑いが起きた。
だって本当に花束が歩いてるみたいだもん。
俺が持ったら引き摺るかも。
花束を持った二人が俺の目の前で立ち止まる。
二つも持てるかなぁ…。
差し出された花束をもらおうと手を差し出したところで、花束を持つ二人の靴に目が止まった。
…あれ?かなり見覚えのある靴だな…。
「おめでとう、坂崎!」花束の向こうから聞き慣れた声と見慣れた顔がひょっこり出てきた。
「えっ!?高見沢っ!?」
突然現れた、いるはずのない高見沢に驚いていると、もう一人も花束の向こうから顔を出した。
「幸之助ちゃん、おめでとう!」
「えっ!?桜井っ!?」
あまりのことに差し出していた両手を引っ込めた。
「おい!手引っ込めるなよ!」
「そうだよ、これすっげぇ重いんだからっほら早く!」
「え、あっうん。…わっ重っ!」
ずしっと両手に大きな花束がのしかかり、とても支えきれない。
「棚瀬ぇ〜重い〜っ」
「はいはいっ」花束を一つ棚瀬に押し付けた。
あ、棚瀬が花束に隠れちゃった。
いや、違った。棚瀬も、だ。
「な、重いだろ?誰だよ、あんなでかいの準備したの。ああ、重かった」桜井が腕をモミモミしながら少々不機嫌に言った。
「ほんとだよ。だってほら、木まで入ってるもん。重いはずだよ」
「木ってこたぁねぇだろ。枝だろうよ」桜井が途端に突っ込む。
「ね、ねぇ。明日来るんじゃなかったの?」
「え?」二人がきょとんとする。
「…俺、そう聞いたけど…?」
「…最初はその予定だったんだけど、坂崎の誕生日だし仕事の時間早めにしてもらって新幹線で今日中にこっちに来るってことになったんだよ。なあ、高見沢?」
「そうだよ。一昨日連絡があって都合付けましたって…棚瀬が。聞いてなかったのか?」
「…え?棚瀬が!?」振り向くと棚瀬がこそこそと部屋を出ようとしていた。
「たーなーせっ!」スーツの裾を引っ張った。
「わわっ」
「どういうことだよっ俺聞いてないよっ」
「えーと、そのぉ〜。驚かせようと…思いまして……」
「黙ってたんだなっ」
「…は、はい……すみません…」
「何だよっもう!」
さっきまでの俺のナイーブな心情はどうしてくれるっ!
本当に寂しかったんだからなっ!
…とは絶対言えないけどっ

「…何だよ、坂崎ぃ。俺たちが来ないと思って寂しかったとか?」ニヤニヤッと桜井が笑う。
ドキッ
「ち、違うよっ」違わないけどっ
「え、そうなのっ?」高見沢が大きな目をさらに大きくして俺の顔を覗き込む。
「違うってば」まさにその通りだけどっ
「そうかぁ寂しかったのか」
「だからっ誰もそんなこと言ってないでしょ!」口に出してないぞっ
「はいはい。もう大丈夫だよ〜。おにーちゃんたちが来たからね〜」
「何が“おにーちゃんたち”だよ。俺が一番上だろぉっ」
『見えないけどね。』
「声そろえて言わないでよっ」二人とも俺の話、全然聞いてないしっ
「はいはい。分かったから早く乾杯しようね、幸之助ちゃん。俺新幹線で飲まずに来たんだから」
桜井は俺の手から花束を取ってイスに置くと、目の前のテーブルからグラスを手に取り俺に差し出した。
「何言ってんだよ。単に飲んですぐ寝られる所で好きなだけ飲みたかっただけでしょ!」
「…あ、ばれた?」
「ばればれ!…あっ」今気付いた!
二人に挟まれてわーわー言ってる間に、棚瀬のやついつの間にか安全なところに避難しちゃってるし!
俺の視線に気が付いて、棚瀬は笑ってるような泣いてるような情けない顔をしつつペコペコ頭を下げた。
くそ〜棚瀬のやつ。
覚えてろよ。
「どうやら棚瀬にしてやられたみたいだな」ニヤッと桜井が笑う。
「ほんとだよ」
「明日からあいつ、地獄だな」高見沢もニヤッと笑った。
「地獄どころの騒ぎじゃないよ」
「うひー怖いなぁ、幸之助ちゃんは」
「ほら、とにかく乾杯しようぜ。みんな待ってるし」高見沢がグラスにビールを注いだ。
あ、何かすっごく美味そうな泡。
そういえば…何でかな。
やたらホッとしてる。
安堵感…かな。
…ん…そのせいかお腹も空いてきた。
単純だなぁ、俺。

「…で、では乾杯の音頭は桜井さんでっ!」会場の端っこから棚瀬が叫んだ。
棚瀬…明日からいじめ倒してやるからな。
「それでは!本日5ピー歳になりました幸之助ちゃんの」
「幸之助ちゃんはやめてよぉ!それに伏字にしても意味ないでしょっ」
「ああ、そう?じゃあ…いい歳になっちゃった坂崎幸二くんのこれからのご多幸とごはった」
「あっ噛んでやんの!」嬉しそうに高見沢が笑う。
ぷっ。
あ、くそ、俺も笑っちゃったじゃん。
「人間、失敗はつきものなんだよ。よくステージから落っこちるやつに言われたかぁないね」
「あれはワザとだって」
「うそをつけ、うそを」
「ほんとだって」
「…桜井さん、あの、乾杯を…」
「分かってるって。あ、坂崎。主賓がそんな端の方にいてどうする。ほら、こっち」
「え?いいよ、ここで」
「いいからいらっしゃい。おいちゃんのいう事は聞くもんだよ」
「そうだよ。主賓なんだから真ん中真ん中!はい、ここ!」高見沢に引っ張られて二人に挟まれる形になった。
……。
何だよ、いつもの立ち位置じゃん。
変わり映えしないなぁ。
たまには俺が右とか左とかさ−

俺の両肩に二人の手がポンポンと乗せられた。
……。
…悔しいけど、すごく嬉しくなった。
左を見上げれば高見沢がいて、右を見上げれば桜井がいる。
やっぱり…
こうじゃなきゃ。
俺は右でも左でもなくて。
ここだよね。
二人の居場所も…ここ、だよね?
交互に二人を見上げると昔から変わらない、いつもの笑顔が返ってきた。
“そうだよ”
そう言ってくれてるような気がした。

今日、俺が一番欲しかったもの。
悔しいけどさ。
…それだよ。

桜井が高々とグラスを掲げた。
「坂崎幸二が生まれた今日に乾杯!」
『かんぱーい!!』


今年も賑やかなバースディをありがとな。
きっと来年も。

ね?


      

―Fin―

***********あとがき*******************
読んでいただきありがとうございました。
いつもは曲をお題にして書いていますが、今回はUP日がちょうどお誕生日ということで、坂崎さんのお誕生日話を書かせていただきました。曲のイメージではない作品をサイトに載せたのは初めてなので、結構新鮮だったりします(^^)みなさまはいかがでしたでしょうか。
イラストはこの作品を書き終わってからすっごい笑顔の坂崎さんを描きたくなって描いたものです。落書きですが、一緒に載せてみました。
二人がいなくて寂しいな、と思っている時にその心のうちをまるで分かってるかのように二人が登場していつもの三人に…そんな三人の絆みたいなお話を書きたくて、出来上がった作品です。
仲良し三人で笑顔いっぱいな楽しいお誕生日を過ごしてほしいなと思います(^^)

06.04.14


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