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「星空のディスタンス」:賢狂





南へ、南へ急がなければ−
俺の想いを表すかのように、荒々しいエンジン音が乾いた大地に鳴り響く。
向かい風が俺に立ちはだかるようにして全身を覆い、その行く手を阻むが、俺の想いはそんなものに負けるほど脆くはない。
暗闇の砂漠の一本道をひたすら南に向かって走るのが、今の俺に課せられた使命。俺は容赦ない風のようにバイクで走り抜けて行く。
もちろん街もなければ夜道を照らす灯りもない。頼りはバイクのライトと満天の星空。
夜通し走るのは体力的にも精神的にもなかなか辛いことだが、休むわけにはいかない。夜明けとともに、朝一番の便で俺は日本に帰らなければならないのだから。

ここは日本から遠く離れた大陸。砂漠もあれば美しい海もある。
バイクで走るのは砂漠なんかより珊瑚礁を眺めながらの海沿い道がいいのだが、空港までの道のりに海はない。海が見える頃には空港なんて目と鼻の先。
美しい眺めに浸る間もなく搭乗手続きをしなければ、乗り遅れてしまう。
日本に帰ること、それが俺に未来への希望を与えてくれる唯一の道標であり、そして失いたくない俺のたった一つの夢への道なのだ。あの日のようにそれに繋がるものを自分の手で消してしまうことは、もう二度としたくない。
だから俺は走る。この先にある俺自身の夢に向かって。
そして日本で待つ、君の元へ。

ここへ来たのはもう1ヶ月も前のことだ。
逃げるように日本を離れ、昔滞在したことのあるこの国へやってきた。ある程度の土地勘があり、日本とは違う広大な風景に憧れる俺にとっては、最高の場所だ。
日本しか知らなかった若かりし頃の俺にとって、この国はすべてが新鮮ですべてが俺の心をとらえて離さなかった。
大学での短期留学としてこの地に滞在したのはたった3ヶ月だったが、俺にとっては第二の故郷のような、そんな場所になっていた。
でも、この国がどの国よりも愛しく感じるのは、この国のすべてが俺の心をとらえただけではないからだと思う。きっと君との出会いがあったからだろう。
そう、この国で、俺は君と出会った。

君も俺と同じように短期留学をしていた学生だった。同い年で、出身が同じ関東で、やたらと気が合う人だった。将来の夢も似ていて、よくこの満天の星空の下で語り合っていたものだ。
君は星が好きだった。全く知識のない俺に、あの星は何て名前で、あれとこれとその星と繋ぐと何とかという星座になる、とか、その星座にまつわる物語なんかを教えてくれた。お陰で今じゃ、だいたいの星座が分かるほど天文好きになってしまっている。
君が好きだとよく言っていたのは、今も俺の頭上に輝いているであろうカシオペア。
何故カシオペアが好きなのかと聞くと、何故か分からないと君は答えた。日本から遠く離れた異国で見るから、余計に美しく見えるのかもしれない、なんて笑っていた。確かにカシオペアは美しい。初めて見た時はこの俺も感動して涙が出たものだ。

腕時計に目をやると、午前4時を回ったところだった。この調子なら何とか間に合うだろう。
けれどバイクに何かトラブルが起きたら完全にアウトだ。休憩をとっても同じこと。
やはり走り続けるしかない。身体は明らかに疲れているが、疲れを感じないほど想いが先を目指している。今の俺は体力とかそんなものに左右される状態ではないらしい。きっと飛行機に乗った瞬間にこの疲れが一気にやってきて日本に着く頃にはへとへとだろう。倒れないことを祈りたい。

短期留学を終え日本に戻る時、俺たちは互いの連絡先を教えあった。次に会う時は日本で、そう約束して。
約束通り日本に帰ってすぐ君に電話をした。翌日待ち合わせて俺たちはまた夢を語り合い、異国の地で言った言葉が嘘ではないことを知り、二人で夢を叶えようと誓い合った。22歳の時だ。
それから5年、俺の夢は君の夢になり、君の夢は俺の夢になった。二人の夢は似たようなもの、ではなく同じ一本の道になったのだ。俺たちにはその夢を叶えることが、人生の目標になっていった。
もしかしたらその頃が一番幸せだったかもしれない。互いの夢が同じになり、口を開けば夢の話。喧嘩になるのも夢の話。愛し合う時も夢の話。
夢を叶えることがどれほど辛く大変な道のりかまだ半分も理解していない頃の俺たちは、毎日毎日夢の話に夢中だった。

挫折したのは俺の方だった。2ヶ月前のことだ。
たぶん、誰もが経験するようなことなのだろう。信じてきた自分の唯一進むべき道であろうその途中で、夢に裏切られ自暴自棄になった。何が正しくて何が間違っているのか、それすらも分からなくなっていた。
そしていつだって夢は俺の味方なんだ、という勝手な思い込みのせいで、君という同じ夢を共有する唯一の理解者にも裏切られたような気がした。君は変わらず俺の一番の理解者であるにも関わらず、俺は君の想いを信じることができなくなったのだ。
俺の一方的な別れに、君は何も言わずただ俺を見つめるだけだった。泣くわけでもなく、寄り添ってもくれない。ただ、見つめるだけ。涙も出ないほど、俺への想いなんて冷めてしまったんだ、と君を振り返ることなく日本を離れた。
本当はその瞳の奥に君の想いが隠れていたのに。俺はそれを見つけることができなかった。

もう夢なんて俺には必要ないんだ、君という理解者も要らない。
そんな想いでこの国にやってきた。学生の頃は夢ばかり見てこの国へ来たというのに、この違いは何なんだ、そんな苛立ちが心の半分を占めていた。もう半分は自分への怒りと君への想いだ。自分からサヨナラを言ったのに、君への想いは消え去ることはなかった。本当は俺にはまだ君が誰よりも必要だったのだから。
この国に来て、離れているほど想いが強くなることを初めて知った。何故君の元から逃げたのか、自分自身への怒りが募る。だがもう遅い。自分からすべてのものへ繋がる扉を閉めたのだ。君に告げたサヨナラは本心ではなかった。けれどその事実を心の奥底に沈めてこの国へやってきた。俺には帰る場所もないんだ、そう自分に言い聞かせた。

この広大な大陸をバイクで走り、様々な街を転々とした。金が無くなるまで、ただひたすら走ろうと思ったのだ。夢の為に貯めた預金なんて、もう必要ない。一文無しになったってかまわない。途中で夜盗に襲われて殺されようが、もう俺は失うものなんてない。殺したいなら殺せばいい。
俺にはもう生きている価値もないのだから。

今思えば、1ヶ月前の俺は欲しい物が手に入らなくて地団駄を踏む子供のようだった。夢に向かっているつもりでも、実際には夢が自分から俺に手を差し伸べてくれると思っていた。本当に今思えば馬鹿みたいな自分だったと思う。

そんな自分に気づいたのは、この国へ来て3週間ほど経った頃だった。短期留学の時に知り合った知人の家で2,3日厄介になっていた時だ。
彼が俺に封筒を手渡して言った。

“彼女からの手紙だ”と。

真っ白い封筒の1通の手紙。宛名を見れば君からだとすぐに解かった。
少し丸っぽい、くせのある字だから。けれどまさかこの地でその字を目にするとは思ってもいなかった俺は、目の前の手紙の存在が信じられず、この事実を受け止めるまでにしばらくかかってしまった。

なぜ君から手紙が届くのか?
ここに居ることを何故君は知ってるんだ?
何故、サヨナラを言った俺に手紙を…

様々な想いが俺の頭の中を駆け巡ったが、手紙を受け取ったらそれを整理するより先に君の言葉が詰まった封筒を見ずにはいられなかった。
封筒を開けると、真っ白な便箋とあの頃、この地で撮った君と俺の写真が一枚入っていた。二人とも笑顔でこちらを見ている。夢を語り合ったあの頃の俺たちだ。
喜びなのか悲しみなのか、それとも怒りなのか、自分でも言い表せない想いの中、彼女の手紙に目を通した。

彼女は俺がこの場所へやってくるだろうと予想していた。それがいつ頃かは分からないが、きっと来るだろうと、知人の彼に俺宛の手紙を託したということだった。
手紙には自分はまだ夢を諦めていないこと、俺自身も本当はまだ夢を捨ててはいないはず、と書かれていた。
“もう一度夢を信じて”
“日本であなたを待っているから”と…。

サヨナラを言った俺なのに、君は俺を待っている、と言うのか。
俺が後悔していることを君は分かっているということなのか。
君は何もかも分かっていながら何も言わず、ただ俺を見つめていた、そういうことなのか。

その時ようやく俺は気づいた。あの時、何も言わず俺を見つめていた君の瞳は、あの頃と同じ瞳をしていた。忘れることのできない君の瞳。俺と同じあの瞳。
君は俺を裏切ってなどいなかったのだ。

自分が愚かな為に、大切な君も傷つけてしまった。そして夢も。自分の犯した過ちは消し去ることなど出来はしない。一生消えない、大きな罪だ。
けれど君はそんな俺を許してくれると言う。そして俺を待っていると言う。
君への想いが涙となって俺の頬を伝っていった。夢も君も失いたくないと、俺の心が叫ぶ。奥底に追いやっていた君への想い。溢れてしまうほどの想いを閉じ込めておくなんて、俺に出来るはずがなかった。

その日、俺はひたすら泣いた。まるで母に抱かれて泣く子供のように。
心が感じたまま、想いのまま、ただ泣いた。
現実から目を背け逃げ出した自分の愚かさ、そしてそんな俺を待っていてくれるという、君の強い想い。すべてが涙へと繋がった。

ときに涙は一つの勇気でもある、誰かが言った。
挫折した現実に正面から立ち向かう勇気。俺にはそれが欠けていた。
ようやく俺は現実と向かい合ったのだ。憧れるこの国で、そして君の言葉で。
涙が一粒零れるたびに、この乾いた大地に滲み込んでいく。
憧れるこの広大な大陸は、こんな俺の涙さえも優しく受け止めてくれた。

星空の下、涙を拭き君の手紙に入っていたあの頃の写真を手に取った。
この地で夢を語り合った俺たち。夢に真剣だった俺たち。
あの頃のようにもう一度、自分の夢を追いかけてみよう。
この涙がいつか、未来への鍵となるように。
頭上に輝く満天の星空を見上げた。あの頃見たカシオペアは、今も変わらず輝き続けている。
俺もカシオペアのように輝き続けていたい。
そして隣には君が居てほしい。

この星空ははるか遠く、君へ続いている。愛しい君へ。
君に…会いたい。

東の方角が徐々に白み始めてきた。夜明けが近いことを意味する。もうすぐ辺り一面燃えるような赤に染まるのだ。空一面の星たちも次々と姿を消してゆく。
この星空を見るのは、次はいつなのだろうとふと考えた。次に見上げる時は、こんな打ちのめされた俺じゃなく、相変わらず夢を追いかける俺と君、二人で見上げたい。

一本道の先に、街らしきものがぼんやりと見えてきた。ビル群の向こうには青い、美しい海が広がっているはずだ。今は眺める余裕はないけれど、俺の心にはいつもあの青い海がある。だからいつだってそれを瞼に映し出すことはできる。
だが今の俺の瞼に映し出されるもの、それは君の姿だ。俺のジャンパーの胸ポケットには、君からの手紙が入っている。今は遠く離れているけれど、君はすぐ傍に居てくれている。例え500マイル離れていたとしても、俺たちの心は離れることはない。今ならそう言える。

ようやく街に入った。まだ夜も明けきっていないから人の姿もない。夜明け前から騒音ともなりかねないバイクを走らせるのは気が引けるが、俺にも事情ってものがある。今日だけは大目に見てくれ、なんて誰かに言うでもなく心の中で独り言を言う。といってもこの国の人間は他人のする事にとやかく言う人は少ない。
寛大なのか無関心なのか、たぶん後者だろうと俺は思う。

街の真ん中を突っ切る道をひたすら進むと、街のシンボルとも言うべきビル群が俺を迎えてくれた。新宿のビル群とは違うこの国独特の雰囲気がそこにはある。街からすぐに砂漠や青い海、といった別世界が見通せるからだろうか。
ビル群を抜ければ空港まではすぐ。何とか間に合いそうだ。

この街で一番高いビルを過ぎた時、激しい風が俺に向かってきた。ビル風だ。
通り過ぎる風がヒュウヒュウと鳴いた。
ふと君の声が耳をかすめたような気がした。俺を待つ君の姿が目に浮かぶ。
きっと辛い気持ちを押し殺し、俺にあの手紙を書いたのだろう。果たしてあの手紙には彼女の想いがどのくらい詰まっていたのか。きっと計り知れないほどの様々な想いが込められていたんだと思う。

ビル群を抜けると、目の前に翼を広げた飛行機が大空へ飛び去っていった。
あの飛行機も俺のようなやつを乗せて自分を待つ人の所へ向かっているのだろう。
俺ももうすぐ、君の元へ向かう。

空港に着いたらこんな馬鹿な俺を一発引っ叩いてくれ。
二発でもいい。気が済むまで引っ叩いてくれていい。
そしたら俺が君を抱きしめるから。
ごめん、と言いながら抱きしめるから。
そしたら君は今まで我慢した分、泣いてくれ。
ずっと抱きしめているから、気が済むまで泣いてくれ。

チケットを握り締めて手続きのカウンターへ向かう。面倒な手続きも君が待っていると思えば会えるまでの小さな障害だと思えばいい。

今、君との距離はどのぐらいだろう。
君に遠すぎて、とても計れやしない。

でも、もうすぐだ。
もうすぐ会える。

もうすぐ…俺と君との距離がゼロになる。

もう、二度と離れない。

翼を広げた鳥が、俺の想いを乗せて力強く大空へと羽ばたいた。
羽音が耳に響く。
また君の声を聞いたような気がした。
俺はそっと…目を閉じた。

―Fin―

******あとがき*******************

いかがでしたでしょうか。
名曲を物語にするのは難しいものです、はい(汗)
今までで一番構成が難しかったですねぇ…。
とにかく重点を置いたのは「スピード感」でございます。
それが表れてるかどうかは微妙ですが(^^;)
曲もテンポが速い、ということもあって、流れるように話を進めていった方がよいかなぁと思いまして。

遠く離れていた二人の距離がゼロになるように、そんな願いを込めて書いてみました♪

そしてこの異国とはどこか。私の中ではきちんと決まっていますが、やはり読み手の想像でそれぞれ違う国を思い浮かべてると思いますので、あえてそれは言いません。
どうしても知りたい方は賢狂宛にメールでも(笑)

読んでいただき、ありがとうございました♪

2004.11.9


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