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「星空のディスタンス」:坂崎狂





これ程までに切ない思いをしたのは、生まれて初めてかもしれない。
思い出す度に胸が切り刻まれるように痛む。
考えていると息が苦しくなって、身体中に重い空気がのしかかる。
食事もあまり喉を通らない。
ただでさえヘビースモーカーなのに、イライラが収まらなくて更にたばこの本数が増えている。
昨日はとうとう、眠ることもできなかった。
 色んな考えが頭の中を駆け巡って、どうにもこうにも落ち着かない。
 理由は分かっている。
 けれど、行動に移そうと思うと自分の中で、どういう訳だかストップがかかるのだ。
 それの繰り返し。
ああ、一体、俺はどうすればいい?


「おーい、桜井さーん。その重たーい溜息、こっちまで暗くなってくるんですけどー」
呼ばれて振り向くと、抱えたギターに肘をついた格好の、あきれ顔した坂崎がいた。
「今日はもう、この楽屋から入って10回以上溜息ついてんじゃないの?」
「あー・・・悪ぃ。気にしないでくれ」
「気にするなったって・・・。なあ、まだ帰ってこないんだろ?そんなに気になるんなら探しに行きゃいいじゃん」
「でも、出ていったのはあいつの方なんだぞ」
 それも、勝手に、黙ったまま、だ。
「けど、怒鳴ったのはお前なんだろ?」
そうなのだ。
きっかけはとても些細なことだった。
その日、新しいアルバムのためのレコーディングを終え、疲れて帰ってきた俺にあいつが甘えてきたという、ただそれだけのこと。
ここしばらくは仕事に掛かり切りで帰りが遅くなることが続いていたから、あいつも寂しかったのだろう。
 それは分かる。
 だけど俺にはその時、何故だかそれが無性に腹が立った。
 疲れていたせいもあると思う。
 どうして俺の今の状態を分かってくれないんだ、とか、そんなことを考えていた。
 自分自身の気持ちをどうにもコントロールできなかったのだ。
 長年一緒に暮らしているのに、レコーディングがある日はどれだけ神経使ってて疲れ果てているか知っているくせに、自分の寂しさを埋めることを優先させようとしたのが許せなかった。
 そして、寄り添ってくるあいつの手を払いのけて叫んでしまったのだ。
 「・・・あんなこと、今までに一度だって言ったことなかったのに」
 「一度も言ったことがなかったから、今、こういう状況になってんじゃないの?」
 正鵠を射る坂崎の言葉に返答を窮して、また深い溜息が溢れ落ちた。
 つい勢いに任せて、一番言ってはいけないことを言ってしまったのだ。

 “お前とは一緒に居たくない!”

 突然怒鳴られ、驚きに見開かれた瞳には不安と、恐怖が浮かんでいた。
 そしてあいつは俺が言う通り、そこから出て行ったのだ。
 その時は、ただ部屋から出て行っただけだと思っていた。
 俺が怒った時は、大体少し距離を置いて、俺が静まるのを待っていたから。
 だから、いつものようにリビングかキッチンにでも居るだろうと思っていたのだ。
 しかしあいつも、寂しかった所を邪険にされて、しかも酷い言い方までされたものだから、きっと腹に据えかねたのだろう。
 いつの間にか家から姿を消していたのだった。
 すぐに頭が冷えて戻るだろうなんてことを考えていたのだが、後々考えてみると、頭が冷えていなかったのは自分の方で、その時はこれで一人、ゆっくり疲れがとれるなんてことを思っていて・・・。
 結果、あいつは未だ帰って来ない。

 「だから、探しに行けっての。向こうだって、まだ桜井が怒ってると思ってるから帰ってこれねーんだろ。さっさと迎えに行ってやらねーと本当に、永久に『さよなら』になるかもしれないんだぞ。それは嫌なんだろっ」
 煮え切らない俺の態度にしびれを切らしたのか、それとも俺のイライラが移ってしまったのか、坂崎の瞳に微かな怒りが灯っている。
 もともと小さい目が、すっと細められて半眼の状態になっている訳だが、こいつがこういう目をすると、本当に怖い。
 普段の、一般的に知られる『いつでもニコニコ幸ちゃん』は、一旦切れてしまうと、実はメンバーの中で一番厄介なのだ。
 そんな坂崎の圧力に押されて、探しに行いこう、という気持ちが固まりかけた時・・・。
 「おい、桜井いるか!?今臨時ニュースでやってたんだけどっ」
 「な、何だよ?」
 バンッという派手な音と共に、高見沢が勢い込んで楽屋へ入ってきた。
 「慌ててんな。何かあったの?」
 尋常じゃない高見沢に、坂崎も緊張した面持ちを向ける。
 「今、臨時ニュースでやってたんだけどっ」
 「ニュース?」
 「臨時のやつなんだけどっ」
 「ああ、それは分かったから」
 「テレビでっ」
 「あ、ああ、テレビでな」
 勢いがあるわりには焦ってしまっていて、なかなか真相にたどり着けない。
 「落ち着けよ、高見沢」
 坂崎が高見沢の腕を掴んで、一旦座らせようとする。
 しかし高見沢はそのまま話し続けた。
 「今、車乗ってて、テレビ見ながら来たんだけど」
 「うん」
 これはもう、根気良く聞くしかなさそうだ。
 「突然臨時ニュースのキンコンて音がしたんだ」
 「それで?」
 「見てたらさ、どうやら火事があったらしいんだ。それも全焼だとかで・・・」
 「大火事?どこで」
 「画面に住所が出たんだけど、その住所に見覚えがあって・・・」
 「もしかして、桜井の所なのか?」
 「俺の家!?」
 坂崎がいち早く察して聞き返し、その言葉に俺は驚いた。
 「いや、お前の家かどうかわからないんだけど、とにかくお前ん家の方だったんだ」
 家が火事?
 それも全焼?
 信じられない言葉に、ただ俺は唖然とするしかなかった。
 「じゃあ、桜井の家かどうかは分からない訳だ?なら急いで確認とらないと」
 「そうか、そうだよな、確認しなきゃ・・・」
 促されて、鞄の中から携帯電話を取り出そうとしたその時、一瞬にして、とある思いが頭をよぎった。
 
 もしかして・・・。
 いや、でも、そんなこと・・・。

 「どうしたんだよ」
 鞄の中に手を突っ込んだまま固まってしまったので、二人は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
 「忘れてきたのか?俺の貸してやろっか?」
 高見沢が自分の携帯を差し出す。
 その腕を見つめながら、俺は自分がどんどん青ざめていくのを薄らと感じた。
 「大丈夫か?しっかりしろよ」
 「・・・・・」
 「え?」
 「どうしよう・・・」
 「桜井?」
 気遣わしげに俺の肩に手を置いた坂崎に、微かに震え出した手を縋り付かせた。
 「もしかして、あいつ、帰ってきてたかもしれない」
 「え、なに?」
 「帰ってきてて、その火事に巻き込まれたかもしれない!」
 気分が癒えて、家に帰ってきていたかもしれないのだ。
 そこに火事があって・・・。
 「どうしよう、坂崎!逃げ遅れて火傷とか怪我とかしてたら!?」
 「待ってって!まだお前の家が焼けたとは決まってないんだから・・・」
 「それこそ分からないじゃないか!あいつ、あいつが傷付いて泣いてるかもしれないんだぞ!」
 やっと、やっと帰ってきてくれていたかもしれないのに、その場に俺が居ないなんて!
 「桜井落ち着けって!坂崎にあたっても仕方ないだろっ」
 坂崎の胸倉を掴んで揺すぶってしまっていた俺の腕を、高見沢が慌てて引き離す。
 「ともかく。まずお前家に戻れよ。そうすればどうなったか分かるだろ?あの子だって、帰っているならお前に会いたいだろうし」
 「高見沢・・・」
 「いいから。こっちのことは坂崎と何とかするからさ」
 「すまん!」
 少し冷静さを取り戻せた俺は、二人に見送られて、自分の車へと走り出した。

 まるで嵐のように首都高を走らせながら、俺はどうやってあいつに謝ろうか考えていた。
 寂しい思いを、そして辛い思いをさせてしまってすまなかったと。
 俺も、お前がいない夜は寂しくて仕方がなかったと伝えたい。
 カシオペアを見上げ夢を語ってくれたあの時のように、この胸にしっかりと抱きしめて。
 もう嫌なことは言わないと約束しよう。      

 だから、だから・・・。


 「許してくれ、セナーーーーっっっ」


 数時間後、ご近所さんの家が丸焦げになっているのを目撃し、更に、それを野次馬しにきていたセナにも遭遇。
 火事に遭われたご近所さんには申し訳なかったが、安心したのと嬉しかったのとで、その場でセナを抱きかかえ、周りの人間に不審な目でみられながらも大喜びしてしまった。
 そしてその後、二人で仲良く家に帰り、久しぶりに幸せな一時を過ごしたのだった。

 翌日、事務所から電話があり、無事だという連絡を忘れていたことに気が付いた。
 そして一日中心配し続けさせられた二人に大目玉をくらい、おまけに仕事も放ってきてしまったということで、罰として約一ヶ月に渡り、メンバーを含め事務所のスタッフ一同に、徹底的にこき使われる羽目になったことは・・・

 また、別の話。


ー終わりー

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あとがきと言う名の、悪あがき(涙) 

 えーと、またこのパターンかと言われそうですけれども。(笑)
 今回は「幸ちゃんと猫」シリーズの番外編で「桜井さんと犬」ってとこですかね。
 ちなみに奥さんの「お恵さん」はどこにいたのかというと、お盆でご実家に帰省中という設定になっております。(都合良いな・・・)
 だからセナちゃんも、寂しがってた訳ですねー。
 大ヒットした名曲を、こんな話にしてしまっていいのかとも思ったのですが、まあ、今更ですか。(開き直り?(汗))
 いやあ、それにしても今回は難産でした。
 この話を思いつくまでに、かなりの時間がかかっちゃったんですよ。
 それにしては、この程度かと言われそうですが・・・。(涙)
 まあ、とにかく出来てよかった。(^^;)