「Happy Birthday」

−8月25日−

「お疲れ〜」
ラジオの収録を終えて、車に乗り込んだ。
「お疲れ様でした。まっすぐご自宅まで、でよろしいですか?」
早速、車を発車させたマネージャーの棚瀬は、バックミラー越しに僕を見た。
「うん、特に寄るところはないから」
「分かりました。今日も暑かったですね」
「暑かったね。日中暑いのは仕方ないとしても、朝晩はもう少し涼しくなってほしいよ」
「そうですね。でもビールは美味しいですよね」
「まぁね、それは楽しみでもあるけどさ」
「誰かさんみたいに飲みすぎないでくださいね」
「桜井と一緒にしないでくれる?」
「私は桜井さんとは言ってませんよ」
と言いながらもクククッと笑う。
「“桜井“のつもりで”誰かさん”って言ったくせに。ほら、ちゃんと前見て運転してよ」
「はいはい」

今日は珍しく日が沈む前に仕事が終わった。
最近ゆっくりする時間もないからと、棚瀬が気を利かせてくれたのかもしれない。
また明日からは一日中あれこれ仕事が入っていて、ゆっくり休めるのは今日だけになりそうだ。
家に帰ったら、久しぶりに我が家の猫たちとたくさん遊んでやるかな。

でも、高見沢の忙しさに比べたら、僕の忙しさなんて大したことないよな。
あいつ、本当に一年忙しそうだもん。
休みとかあるんだろうか。
ここ最近の年間スケジュール、一体どうなってるんだろう。
…恐ろしくて見たくもないけど。

それに引き替え…。
「ねぇ、桜井は生きてんの?」
僕の質問に棚瀬が吹き出した。
「健在ですよ。夏休みを満喫されているようです」
「あ、そう。姿が見えないから、今どこにいるんだろう?ちゃんと生きてる?って思っちゃうよ」
「あはは。本人曰く、秋ツアーに向けて体力作りをしているとか」
「本当にぃ?モリモリ食べ過ぎて一回り大きくなってんじゃないの?」
「さぁ…電話で話しただけなので、それは何とも…」
「前、鍛えすぎて衣装が入らなくなってスタイリストに怒られてたじゃん。またああいうことになるような気がするなぁ」
「体力作りは良いことだと思いますけどね。身体を鍛えるのはほどほどにしてくださいね、とは言っておきましたよ」
「すでにサイズ変わってて“どうしよう”って焦ってるかも」
「そうかもしれませんねぇ…。でも、私はたまには坂さんにそういうことを言ってみたいです」
「え?何を?」
「“身体を鍛えるのはほどほどに”と」
「…それ、鍛えろってこと?」
「…そうとは言ってませんよ」
「おまえの目がそう言ってる。何、俺にムキムキになってほしいわけ?」
「いえ、そういうわけでは…」
「愛飲しているのが高見沢みたいにプロテインで、サッカー選手みたいに腹筋が割れてて、ボディービルダーみたいに胸筋ピクピクさせちゃうような坂崎幸之助、見たい?」
「…それは見たくないですけど!」
「でしょ?俺がそうなったら気持ち悪いでしょ」
「ですから、そこまで鍛えろとは言ってませんよ。体力作りの一環としてジムでトレーニングをするとか、そういうのは良いのではないかな、と思っているだけで…」
「別にジムに行かなくたって体力作りはできるでしょ」
「では何か日頃からやっているんですか?」
「……」
「してないんですね」
「今のところ大丈夫だからしてないの」
「今は大丈夫でも、この先を考えてくださいね。デビューして何年になると思ってるんですか?」
「……36年」
「違います!」
「へ?」
「今日で37年です!」
「え?…あ!今日は−」
「デビューした8月25日です。だからもう36年ではなくて37年です」
「そっか。今日37回目のデビュー日だったんだ」
「そうですよ。つまり、それだけ年齢を重ねてきたということです」
「そうか…今日は8月25日だったのか」
「私は坂さんにいつまでも元気でいていただきたいんですよ。ですから日頃から体力作りをして−」

そうか。あれから37年になるんだ。
いつも通り仕事をしていたから、すっかり忘れていた。

高校の時に桜井たちと出会って、一緒の大学に行ってデビューして。
あの日からもう37年か。
順調な道ではなかったけど、二人がいたから諦めずに続けられたし、苦しい時も乗り越えられた。
きっと一人だったら、ここまで来られなかったと思う。
一人で活動したり、他の人とユニットを組んで活動したり、色んなことをしているけど、それができるのはすべて“THE ALFEE”という場所があるから。
そこに帰れば、あの頃と変わらない二人がいて、等身大の自分に戻れる。
そんな場所があるから、一人でも頑張れる。

「…高見沢さんみたいにトレーニングにハマッてほしいとは思いませんよ。でも、ハードなツアーを乗り切るためにもですね?…坂さん?聞いてますか?」
「棚瀬、ちょっと寄り道」
「え?」

デビュー日にみんなにお祝いしてもらう。
それもうれしいことだけど、僕自身は原点に帰る日でもあると思う。
いや、帰らなきゃいけない日なんだ。
歌うことしか考えていなかったあの頃に。
大学のキャンパスで歌っていたあの頃の僕に。
その気持ちが、今の僕を、そして未来の僕をきっと導いてくれる。

「家に帰る前にちょっと行きたいところができた」
「あ、は、はい」
「とりあえず、次の信号を右折して」
「右折ですか?」
「うん」
「分かりました。……ところで、坂さん?」
「ん?」
「私の話、聞いてましたか?」
「…何だっけ?」
「…ですからね?体力作り−」
「棚瀬!ほら!その信号を右折!」
「あっ!はいっ」


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「これで最後?」
「ええ、そこを変えれば終わりよ」
クルクル回してLED電球を取り付けると、これまで活躍していた白熱電球を下にいる妻に渡す。
「我が家もいよいよLED電球ね。電気代、安くなるかしら」
脚立から降りながら、さぁどうだろうなぁと答えた。
「安くなってもらわないと困るんだけど。LED電球、高いんだから」
「そりゃ今までの電球より節電タイプだけど、LED電球だけに頼ってたらダメだろ。他でもいつもより電気を使わないようにしないと」
「それはそうだけど」
「昼間の再放送ドラマを見ないようにすれば、結構な節電になるんじゃないか?」
ニヤリと笑って言うと、妻は少々ムッとした顔になり、言ったことを後悔する言葉が返ってきた。
「確かにテレビを見る時間を減らすのが、我が家は一番効果が上がるかもしれないわね。じゃあ、お互い、テレビの時間を減らしましょうか」
「へ、俺も?」
「当然でしょ。あなたは野球中継ね」
「唯一の楽しみなんですけど」
「私もドラマ、唯一の楽しみなんですけど」
「…他のところで節電しますか」
「そうしましょ」
今度は妻がニヤリと笑った。
今日も完敗だ。
「電球の取り替え、ご苦労様でした。コーヒーでも飲む?」
「いや、いいよ。ちょっと出掛けてくる」
「出掛けるの?さっき買い物に行ったところなのに?何か買い忘れた?」
「いや、ちょっと散歩でもしようかと思ってさ」
「ふ〜ん…散歩ねぇ…」
「散歩しちゃダメなのかよ」
「別にそうは言ってないわよ。で、どちらまで?」
「その辺まで」
「その辺でどの辺?」
「だから、その辺!」
「その辺ってどこ−」
「だから、その辺だってば!」
「分かった分かった。その辺ね」
「そう!その辺!行ってきますっ」
「はいはい、行ってらっしゃい」
早く出ようと玄関の扉を開けたところで、後ろから声をかけられた。
「あ、一つ頼んでもいい?」
「何っ?」
「買ってきてほしいものがあるんだけど」
「散歩に行くだけなんだけどっ」
「ケーキを買ってきてほしいのよ」
「…は?ケーキ?何でさっきの買い物の時に言わなかったんだよ?」
「…買わなくてもいいかなと思ってたんだけど、あなたが散歩に行くならついでに買ってきてもらおうと思って。ほら、今日はデビューした記念の日なんだし」
「そんな記念の日に俺が自分で買いに行くわけ?」
「…じゃあ一緒に行こうか?」
「ああ、もう、いいよ。買ってくるよ。で、何がいいの?ショートケーキ?いつもの店でいいんだろ?」
「たまにはすごく美味しいお店のケーキが食べたいわ。あ、ちょっと待って」
そう言って、妻は一旦リビングに戻っていった。
そこに行けってか?
あいつ、人の話を聞いているんだろうか。
「あのー俺、散歩に行くんですけどー」
「あのね、美味しいケーキ屋さんがあるんですって。ほら、これ。この前友達に教えてもらったの」
妻は財布を手にして戻ってくると、カードらしきものを取り出して、俺に差し出した。
全然俺の話を聞いてないんですけど。
俺、家でもこんな扱いかよ?
「ん?どうかした?眉毛がハの字になってるわよ?」
「…あのさ、俺の話聞いてた?」
「聞いてたわよ。散歩に行くんでしょ?」
「行き先、言ってないよね?」
「聞いてないけど、どこに行くかはだいたい察しがついているわよ」
「へ?」
「白金台、でしょ?」
「……」
「ほら、図星」
俺の顔を見て妻がまたニヤリと笑った。
何だ、バレてたのか…。
「…何で分かるんだよ?」
妻は壁に掛けてあるカレンダーを見ながら、
「あなたが今日行こうと思う場所といったらそこしかないかなって。妻の勘」
と答えた。
恐ろしい勘だな、おい。
俺、そんなに分かりやすいのか?
「記念すべき日だし、大学に行ってみたくなったんでしょ?」
「…ま、まぁね」
「ゆっくり思い出に浸ってきてくださいな。で、帰ってきたら美味しいケーキでお祝いしましょ。好きなの買ってきて。ね?」
妻がにっこり笑う。

やれやれ。
そこまで言われちゃ、ケーキ屋に寄らないわけにはいかないじゃないか。
「分かった分かった。じゃあ帰りに寄ってくるよ」
「よろしく。楽しみだわ」
「じゃあ行ってくる」
「はーい、行ってらっしゃい」
ようやく玄関を出て歩き出した。

…のだが。

「…ああっ!」
と中から妻の大きな声がして、慌てて引き返した。
「何っ!どうしたっ!?」
扉を開けると、そこには手を合わせる妻がいた。
「な、何。どうしたんだよ?」
「ごめん!あなたの牛乳買うの忘れてた。牛乳も買ってきて?」
「……」


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車に乗り込むと、運転席のマネージャーが振り返った。
「高見沢さん、次は○○の取材です」
iPadを見ながら無言で頷いた。
「取材まで少し時間がありますが、どうしましょうか。そのまま向かいますか?」
「どのくらいある?」
「ええと…1時間半ほどあります」
「ここからどれぐらいかかるんだっけ?」
「そうですね…30分もあれば行けます」
「じゃあ1時間ぐらいは大丈夫か」
「はい。どこか寄りますか?」
「そうだなぁ…」
よく行く楽器屋は確かここから近い。
たまにはゆっくりギターを見に行こうか。
それとも気になっているケーキ屋にでも寄ろうか。
一応、今日はデビュー日だし、お祝いということで美味しいケーキを食べるというのもアリだ。
「あ、高見沢さん。先ほど差し入れをもらいましたので、ケーキ屋は目的地から除外していただいた方がよいかと」
…俺の考えが読めるマネージャーって良いのか悪いのか。
「どこの?」
「どこだったか…すみません、詳しくないもので。その高見沢さんの横に置いてある紙袋です。ロールケーキだそうです」
横を見るとセンスのいいおしゃれな紙袋が置いてあった。
どう見てもケーキ屋ですと言わんばかりのデザインではないか。
知らない店の紙袋とはいえ、スイーツ好きとして先に気づけなかったのは不覚としか言いようがない。

紙袋の中に入っている箱をそっと開けてみた。
ふわふわのスポンジが顔を出す。
見た目は美味しそうに見える。
第一印象は合格だ。
「ご存じのお店のものですか?」
「いや、知らないところみたいだ。でもなかなか美味しそうな感じだな」
「そうですか、よかったです」
紙袋の中に店のカードが入っていた。
美味しかったら今度買いに行こうと、裏に書かれている住所を見た。

“東京都港区白金台”

白金台?
今度は地図を見てみる。
なんだ、大学の近くじゃないか。
昔はこんなケーキ屋なんて、全然なかったのに。

あの辺りはおしゃれな店が増えて、今やシロガネーゼと呼ばれる女性たちがいるらしい。
こんなケーキ屋も今ではいくつもあるんだろう。
俺が大学に行っていた頃と比べたら、ずいぶん街の雰囲気も変わったんだろうな。

30年以上も前のことだけど、あの頃のことは鮮明に覚えている。
坂崎とレコードを買いに行ったり借りたりしては部屋で聴いていたっけ。
桜井はまるでお袋みたいに俺の部屋を掃除してくれたっけ。
贅沢はできない貧しい暮らしだったけど、毎日が輝いていた。
それはきっと、坂崎も桜井も同じだったんじゃないだろうか。

こんなにもあの頃のことを鮮明に覚えているのは、たぶん二人がいるから。
二人といると、あの頃の自分に戻ってしまうんだ。
長い時間が経っているなんて、とても思えないほど。

気が付けばあれから37年。
自分が思っている以上に様々なものが変化しているはずだ。

駅前はどう変わったんだろう。
大学へと向かう道はどうなっているんだろう。
学生に人気だった定食屋はまだあるのだろうか。
俺たちがいつも歌っていたあの場所は、今もまだあの場所にあるのだろうか。
俺たちがいた場所には今、何があるのだろうか。

…何だろう。
無性に確かめたくなった。

「高見沢さん?どうしますか?」
「白金台に行ってくれ」
「え?白金台…ですか?」
「ああ、白金台。明治学院大学へ」


***********************************


『…な、何してんだよっ!?』
大学の前で、三人はそれぞれ目を丸くして驚いた。
待ち合わせてもいないのに会ったのだ、驚くのも無理はない。
「三人とも、同じ場所に来るとはすごいですね」
マネージャーの棚瀬が笑った。
「おまえら仕事じゃないのか?」
ビニール袋を下げた素の桜井が尋ねる。
「俺は終わったところ。寄って帰ろうと思って。高見沢は?」
「次の仕事まで時間があるから寄ろうと思って。桜井は夏休みを満喫中なんじゃなかったのか?」
「そうだよ。何持ってんの?買い物?」
坂崎にビニール袋を突かれた桜井は、面倒くさそうな顔をした。
「散歩のついでにケーキと買い忘れたものを頼まれたんだよ」
「え、ケーキ?どこの?」
高見沢のテンションが途端に上がる。
「ここの。帰りに寄ってこいって。美味しいって聞いたんだってさ」
桜井は妻からもらったカードを取り出した。
それを見た高見沢の顔がパッと笑顔になる。
「あ!これ、今日差し入れでもらったロールケーキの店だ!」
「あ?そうなの?美味しかったのか?」
「いや、まだ食べてない」
「なんだ、まだ食べてないのか。参考にならないなぁ」
「でも美味しいって聞いた店なんでしょ?だったら美味しいんじゃないの?」
「人から美味しいって聞いた店が100%美味しいわけないんだから、絶対ってことはないだろうよ」
「まぁ、そうだけど。で、その店はどこにあるんだよ?」
「あっち…みたい。よくよく地図見たらさ、思ったより歩かなきゃいけないってことが分かって、ちょっとうんざりしてたんだよ」
「ふ〜ん。じゃあ車乗ってく?俺、あとは家に帰るだけだし。他に用事がないなら、桜井ん家経由で帰ってもいいし。なぁ、棚瀬?」
「ええ」
「え、幸之助ちゃん、いいの?」
「いいよ。でも“ちゃん“はやめてね、”ちゃん”は」
「や〜ん、幸之助ちゃん、優しい〜」
「気持ち悪いし、“ちゃん“はやめてっ」
「二人が行くなら俺も行きたいなぁ」
「おまえはこれから仕事なんだろ?」
「まだ時間あるもん」
「ロールケーキもらったんでしょ?」
「他のケーキも見たいじゃん?」
「見たいっつーか食べたいんだろ」
「そうとも言う」

「あの〜みなさん?」
『ん?』
棚瀬の声に三人が振り向いた。
「周りが騒ぎ始めてますので、ここで立ち話はそろそろ…」
そう言われて、ようやく人が集まり始めていることに気づいた。
「あ、全然気づかなかった」
「本当だ。…ってか、俺、サングラスもしてねぇよ。早く行こう、坂崎」
「もうちょっと立ち話してみる?」
「やだっ!!」
「だろうね。じゃあ行こうか。高見沢はどうすんの?行くの?」
「行く行く。後ろから付いてくよ」
「分かった。じゃあ店でね」
「おお!」
ご機嫌な様子で高見沢は自分の車に戻っていった。
一方、坂崎号に向かう桜井は、少々焦っていた。
「坂崎、色の濃いサングラスない?二人と一緒にいたら俺だってバレちゃう」
「あるけど…入らないかもよ?」
「とりあえず試していい?」
「いいけど…壊さないでよ?」
「息止めて努力します」
「頼むから息はして」


***********************************
−数時間後−

◆桜井邸
「ただいま」
「おかえりなさい。早かったわね」
「ばったり坂崎と会ってさ。帰りは車で送ってもらったんだよ。はい、ケーキと牛乳」
「まぁ、そうなの。ありがとう!じゃ、夕飯食べましょう」
「おお」
玄関を上がると、今日の出来事を思い出して、一人プッと吹き出した。
まさか二人も同じ行動をとるとは。
“どれだけ仲良しなのよ”と妻に言われても、今回ばかりは言い返せそうにない。
手を洗って部屋に入ると、妻がニコニコしながらテーブルの前で待っていた。
「お祝いということで、あなたの好きなメニューにしてみました」
「おお〜」
テーブルの上には、好物がたくさん並んでいた。
「どれから食べようか迷うなぁ」
「ふふふ。じゃ、食べましょ。食べたいものからどうぞ」
早速一番の好物を一口。
「どう?」
「うん、美味い美味い」
「よかった。それで、大学はどうだったの?」
「…ん?どうって?」
「中も歩いてきたんでしょ?懐かしかった?」


◆坂崎邸
「ただいまー」
部屋に入ると、ダダーッとたくさんの猫たちが傍にやってきた。
賑やかな出迎えに自然と笑顔になる。
「ご飯、すぐに準備するからな」
猫たちがニャーンと鳴いた。

猫缶を開けつつ、ククッと思い出し笑い。
まさか二人と会うなんて。
考えることが同じというのは、何かくすぐったいけど、でも、うれしい。
同じ気持ちであの場所に来てくれたんだもんね。
それに、心配していた桜井が一回り大きくなってなくて一安心だ。
今頃、買ったケーキを食べているんだろうな。
高見沢はロールケーキか。
あいつのことだから、どうせまるごと一本食べちゃうんだろうな。

街並みはずいぶん変わったけれど、大学がある街っていう雰囲気はまだあったな。
見覚えのある店も、まだちらほら残っていたし。
大学も……
…って…あれ?


◆高見沢 某所
「美味っ!」
かぶりついたロールケーキは予想よりも美味しかった。
我慢して何も買わなかったことを少し後悔した。
後日、他のケーキも食べなくては。
今日の残りの仕事も頑張らねばと、取材前に一人でペロリとたいらげた。
「それにしても、まさかお二人に会うとは思いませんでしたね」
とマネージャー。
「本当だな。考えてることが同じって面白いよな」
「記念すべき日に、原点に戻ろうという気持ちがそれぞれにあるということですね。素晴らしいです」
「だから、ここまで来られたのかもな」
「そうですね。でも…」
「でも?」
「お二人に会って、そのままケーキ屋に行ってしまいましたけど、大学に寄らなくてもよかったんですか?」
「え?」
「いつも歌っていた場所がどうなっているか、見てみたいとおっしゃられていたので、よかったのかなと…」


***********************************

『…あ、忘れてた…』

お互い、ばったり会ったことに驚いて、本来の目的をすっかり忘れてしまっていた。
年に一度のメモリアルな日だからこそ、大学に行ったはずなのに、お互いの顔を見たら、そんなメモリアルもきれいさっぱり頭から消え去ってしまった。
あの頃、いつも歌っていた場所も見ていなければ、校舎も見ていない。
見たのは大学の門だけだ。

何のために行ったのかと、三人は可笑しくて仕方がなかった。
けれど、お陰で分かったことがある。

結局、場所なんて関係なかったのだ。
三人が集まれば、その場所にいつだって“原点”がある。
いつだってあの頃に戻れる。

今日という日を大切にし、あの頃を忘れていなければ、それでいい。
そして、三人がいつまでも三人でいること。
それが何より大切なのだ。


また明日から、新たな一年が始まる。
38回目の記念日に向けて。

いつまでも三人で。
そして、あの日の自分と共に歩いていこう。


『明日からもよろしく、な。』

三人の気持ちは同じだ。
これまでも、そして…
これからも。


『来年は、ちゃんとスケジュール合わせてパーッとやるかぁ!』


―おわり―

************あとがき******************

読んでいただき、ありがとうございます。
37回目のお誕生日のお祝い、ということで、8月25日を題材にした小説でした。

学生時代や若い頃の話をする時の三人の楽しそうな笑顔、素敵ですよね。
そんな時の三人は、すっかりその時代に戻ってしまっていて、やりとりがまるで学生みたい。
そんな三人のトークが面白くて大好きです。
そんな風にいつだってあの頃に戻れるからこそ、自分たちの原点や辛かった時の気持ちを忘れずに、長く活動していられるのだろうなと思い、今回のお話を書いてみました。

いつでも三人で、頑張っていただきたいなと思います(*^^*)
25日はみんなでお祝いしましょうね♪

2011.8.20

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