「Good Times Boogie」
「なあ、高見沢。お願いがあんだけど」
その日、楽屋に着いたばかりの俺の所へ、やけに真剣な瞳の坂崎がやってきた。
他の奴らなら気が付かなかっただろう。
普段通りを装っているようだったが、眼鏡の奥の小さな目は、密かに何かを決意した光を持っていたのだ。
長いつき合いの賜物ってとこかな。
久しぶりに見る、そんな坂崎の真剣さに俺は興味を持った。
「何、お願いって」
着替えながら、こっちもいつも通りを演じつつ、それでいて素っ気なくならないように、聞いてみる。
すると坂崎は、ほんの少し目線を落とした。
「・・・今日のセットリストのことなんだ」
「セットリスト?変更したい曲目でもあるのか?」
「うん、ちょっとね。変更っていうか、追加して欲しい曲が、ね」
へえ、珍しいな。
俺がライブの直前になって曲を変更することは多々あるが、坂崎や桜井から言い出すことは滅多にない。
まあ、ハード系のメインボールカル曲が続いていたりすると「体力持たねーだろっ」とか、そういう文句は言われるけど。
それはさておき。
「どれがやりたいんだよ」
「ライブではあんまりやったことない曲なんだけどさ」
「昔のなのか?全体の流れが壊れるようだったら今日は無理だぜ?」
ライブでは何曲も通しでやっていくから、曲と曲の繋がりが難しいものは、合わせるのにかなり手間取るのだ。
無理矢理合わそうとすると、下手をすれば流れ自体が止まってしまう。
すると妙な間が開いてしまってしらけてしまうのだ。
それは避けなきゃいけない。
「うん、それは分かってる。だからさっき俺も進行表見て考えて・・・」
「いや分かってんのはいいんだけどさ。どの曲なんだよ、一体」
こいつ、焦ってんな。
ま、それだけ何かに真剣ってことか。
「あー、うん。そっか、まだ言ってなかったんだっけ。えーとさ、『ひとりぼっちのPretender』をやりたいんだ」
「そりゃまた・・・」
かなり意味深な選曲だな。
ただでさえ自分のボーカル曲をあまりやりたがらない坂崎だ。
これはたぶん・・・。
「で、流れのこと考えるとさ、一回目の俺のMCの後か、もしくは1回目のアンコールのここと、この曲の間なら何とか入ると思うんだ」
「うーん・・・そうだなぁ」
坂崎が持ち出した今日の進行表を受け取って、順を追って目を通していく。
確かに今こいつが言った通りの箇所ならば、その曲が入っても違和感はない。
ライブではあまりやらないし、演奏自体かなり久しぶりの曲だが、やりたいというならやってみるか。
OKを出そうと目線を上げると、心配そうな坂崎が俺の顔を覗き込んでいた。
分かったから、そんな不安な目するなって。
安心させてやろうと、進行表を返しながらちょこっと微笑ってやった。
「いいよ。この曲追加な」
「え、やっていいの?」
小さな目が驚きで目一杯に開く。
「やりたいんだろ?」
「いや、もしかして反対されるかなと思ってたから」
「別に『ひとりぼっちのPretender』だったら大丈夫だろ。『逆戻り浮気考』とか言われたら、さすがに困っただろうけど。それに・・・」
「ん?」
「どうしても、今日やりたいんだろ?反対されたって丸め込むつもりでいたんじゃないのかー?」
「丸め込むって・・・酷い言われようだなぁ。説得するつもりだったって言ってよ」
ようやく坂崎に笑顔が戻った。
「じゃあ、坂崎の一回目のMCの後ってことで決定な。その方が都合がいいだろ」
「え?都合?」
なんだよ、俺が気付いてないとでも思ってたか、こいつ。
甘いね、これでも俺はリーダーなんだよ、坂崎くん。
「曲入りの前に色々喋れるだろ、MCなら。何でこの曲をやるのか、とか、さ」
含みを持たせて坂崎の顔を覗き込み返す。
坂崎は一瞬詰まったような表情を見せたが、すぐに苦笑いに変わった。
いや、苦笑いじゃなくて照れ笑い、だな。
「ま、そういう訳で決定だ。曲追加のこと、桜井にも言っとけよ。俺が追加したんじゃなくてお前が言い出したってこともな?じゃないとまた文句言われるもん、俺。坂崎の言うことだったらあいつ素直に聞くからな」
「そうかぁ?・・・うん、でも、分かった」
「あ、それからスタッフに伝達も忘れないこと」
「了解。あ、高見沢」
「何?」
「ホントにありがとな」
照れ笑いのまま、軽く手を振り、坂崎は俺の楽屋を後にした。
あらまあ、可愛らしい笑顔ですこと。
いいね、本気になってる奴ってのは、うん。
きっとあいつは今日、何かの賭けに出るつもりなんだ。
それも、絶対に外せない、外しちゃいけない賭けに。
それなら応援してやるのが仲間ってもんだろう。
狙いを定めて一直線。
グタグタ悩むより直感の勝負。
答えは50/50だけど、欲しいのは100%だけ。
裏か表か、赤か黒か、そして「YES」か「NO」か。
男には、いや、女にだって勝負しなきゃならない時がある。
逃げ出したいほどの緊張が快感に変わるぐらい。
俺達の居場所はステージの上。
そこが戦いの場になる。
だからいつでも真剣勝負。
どんな時だって負けられない。
坂崎だけじゃない、俺もまた『Gambler』だ。
いつでもどこででも探し出す。
奏でながら歌いながら叫びながら、俺の視線と心を外させない、そんな『女神』を。
いつか、その唇を奪える日まで。
さあ、ステージがもうすぐ始まる。
小さな深呼吸と、祈りを一つずつ。
今日もしっかり気合いを入れて、そして・・・。
この扉を開け、今、勝負の幕が上がる!!
〜終〜
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後書きという名の悪あがき(涙)
相方賢狂の名作、「ひとりぼっちの〜」にリンクしてみました♪
幸ちゃんはタカミーにこんな相談をしてた訳ですね。(笑)
実はこの小説、本当はもっと長くなる予定だったんですが、とあるハプニングがありまして、いつも通りしっかり短くなりました。(^^;)
前回同様、今回のこの壁紙も賢狂に写真を撮ってもらって、加工してもらったものなのですが、格好良いですよね〜(*^^*)
ちなみに余談ですが、カードがキングとジョーカーなのは・・・ふふふ。(ぇ) |