「Fairy Dance」


今日も見つけてしまった。
いつもそうだ。

どうして?

客席はいつも満員。
場所だって毎回違う。
でもなぜか見つけてしまう。

どうして?

どうして…こんな大勢の客席から君を見つけられるんだろう。
たった一人の君を。

君には他の人にはない、何かがあるのかな。
それとも僕がおかしいのかな。

ねぇ…どうして?

どうして僕は君を見つけてしまうの?

  ・
  ・
  ・

「え?また見つけた?」ライブ後の美味い一杯を嬉しそうにあけた桜井が、そう聞き返して高見沢を見た。衣装のままパイプイスに座る高見沢は、腕を組んでかなり困った顔をしている。
「…ああ。俺、おかしいのかな」
「……おかしいのは…確かにいつもおかしいけど…」
「そういう意味じゃなくて!」
「分かってるよ。どこに居ても見つけてしまうことがおかしいのかってことだろ?」
「そう!」
「他の人と違って何か目立った格好してるとか?」
「いや、いたって普通。どっちかといえば地味な方だ。髪型だって普通だし、目立つような物を持ってるわけでもない」
「…一緒に来てる人が派手とか」
「いつも一人みたいなんだよ」
「……ふ〜ん…。そりゃすごいなぁ」
「すごいだろ?だからおかしいんじゃないかと思って」

「お疲れ〜。…あれ、二人で何話しこんでんの?」私服に着替えた坂崎が楽屋へ入ってきた。シャワーも終わってすっかり帰宅モードである。
「早いな、着替えるの」
「まね、だって汗だくだったんだもん。二人も着替えたら?気持ち悪いでしょ」
「じゃあ、高見沢の相談に乗ってやってくれ。俺シャワーしてくるから」
「へ?相談?なになに、どんな相談?」興味津々で坂崎が高見沢の隣のパイプイスに腰掛けた。
「いつも同じ子を見つけちゃうのは何でかって相談。じゃ、俺行ってくるよ」桜井がそう言い残し部屋を出て行った。通路を歩く桜井の鼻歌が遠ざかっていく。上手すぎる鼻歌はもはや鼻歌じゃない。

「は?いつも同じ子?なに、どういうこと?」
「…今回のツアーでさ、ライブ中に同じ子を見つけちゃうんだよ。会場や席が違うのに、ライブ中に"あ、いた"って何故かその子を発見するんだよ。探してるつもりはないんだけど…」
「…つまり、その子が来ている時は、必ず見つけちゃうってこと?」
「いや、それは分からないよ。見つけてない時も居るかもしれないだろ?」
「まぁ、そりゃそうだけど。でも結構な比率で見つけるわけだ?」
「そうなんだよ」
「今日も居たの?」
「ああ。坂崎のMC中に見つけた」
「ふーん、席はどの辺?」
「え〜と……2階の2,3列目だったかな。真ん中辺りに居た」
「よく見えるなぁ。俺そんなとこまで見えないよ」
「おまえは可愛い子なら果てしなく見えるだろーが」
「そんなことないってば。二人が言うような暗視モードなんてないよ」
「でも前の方だったら顔分かるだろ?」
「…前の方はね」
「可愛い子居たら見てるだろ?」
「…う、うん、まぁ多少は…」
「多少どころか結構見てるだろ?」
「……う、うん、けっこ…って今は俺の話じゃないだろ!高見沢の話!」少々慌てて坂崎が高見沢を指差す。多少じゃなく結構見てることなんて、二人どころかスタッフどころか世間のみなさまにもばれている。今更ごまかす必要はない。
「おまえだって結構見てるじゃないか!その子だって見つけちゃうってぐらいだから、相当客席見渡してるってことだろっ」
「坂崎と一緒にするなよ。俺はそんなに見てない。何気に見渡した時に、"あ…"って感じで見つけるんだから」
「俺だって何気に見渡してるんだよっ」
「へぇ、それは知らなかった」
「…ったく。それで?見つけちゃうからどうしたっていうの。別にいいじゃん、見つけた時は見つけた時でにっこぉり微笑んであげれば?」
「…う…〜ん…そういうんじゃなくてだなぁ…」
「……あ、そうか、分かった。高見沢、その子とお知り合いになりたいんだ?」
「…えっっ?!」予想もしていなかった坂崎の言葉に、高見沢はびっくりして立ち上がった。あまりの勢いに坂崎も驚いて立ち上がった。二人のイスがガチャンッと床に倒れる。
「なっなんだよっっそんなびっくりすることじゃないだろっ」バクバクする胸を押さえて坂崎が言う。
「…だ、だって坂崎が変なこと…言うからっ」動揺しまくりの高見沢が慌てて倒したイスを手に取り、もう一度座りなおした。キレイな髪が少々乱れて顔もちょっと赤い。

分かりやすいというか、何というか…坂崎は心で笑いながらパイプイスを直し、高見沢と同じようにもう一度イスに座りなおした。そして高見沢の顔を覗き込み、
「……違うでしょ。変なことじゃなくて、図星だったから驚いたんじゃないの?」と尋ねた。
「…………」坂崎の言葉になかなか否定や肯定の返事が出来ない。"違う"こともないし、"そうだ"とも言い切れない。高見沢自身、自分の気持ちがよく分かっていないようだ。
「……じゃあさ、例えばだよ?もし好きな人が居てさ、その人がライブに来てくれることになったとするよ?」
「…うん」
「席はどこか知らない。来てくれることは知っている。ライブが始まりました。その子のこと、探す?」
「……探す」
「席がどこか分からないのに?」
「……どこに居ても分かると思う。だって好きな人だろ?どんなに遠い席でも、姿かたちですぐ分かるよ」
「3階はさすがに識別できないだろ?3階でも分かる?」
「……分からないかもしれないけど、何か他の人とは違う感じで見えるような気がする」
「……さっきの見つけちゃう子も、そう見えてるんじゃないの?」
「…え?」大きな目を見開いて高見沢が坂崎を凝視する。
「もしくはそう見えてきてるってことかもね」
「それって…つまり…」
「その子のこと、気になってるんだよ。自分は自覚ないみたいだけど」
「え…いや、そんなことはないだろ。だって…」
「じゃあ毎回見つけちゃうのはどうして?偶然?」
「…ぐ、偶然だろ?」
「でも自分で何で見つけちゃうんだろうって思ってるんだろ?それ、偶然だと思ってたら疑問に思わないと思うけど」
「ぐ、偶然でも疑問に思うことだってあるだろっ 何度も見つけてるんだから、続いたら何でだろうって普通思うよ!」
「じゃあ何で偶然見つけちゃうの?」
「…そ、それは…だから…ただの偶然……」ぼそぼそと声が小さくなり、高見沢は自信なさげに俯いた。
自覚症状がないだけに、本人としても理由をはっきり言えるわけがない。
坂崎や桜井に言えるのは、その人をいつも見つけてしまうこと、それだけなのだ。
"何で?"と聞かれても困る。
高見沢自身も"どうして?"なのだから。

坂崎はふう、とため息をついて立ち上がった。このまま何を言っても返ってくる言葉は曖昧なものばかり。まずは本人が自覚しなければ何も始まらない。
「…知らず知らずのうちにその子のことを探してるのかもしれないよ」
「……」
「もしかしたら何か印象的な出来事があって、その子のことを覚えてるのかもしれないしね。高見沢は忘れてるって可能性も大いにある。…まずはその子を最初に見つけた時のことを思い出してみたら?」
「…最初に見つけた時?」
「そ。…じゃ、俺帰るね。あとは自分で考えなさーい。また明日」手のひらをヒラヒラと振り、坂崎はドアを開けた。高見沢はただ黙ってその姿を目で追う。何も返せる言葉がないから。
「あ、高見沢」振り返った坂崎が声を掛ける。
「…何?」
「…自覚したら言えよ」にやりと笑って坂崎がドアを閉めた。
「……人事だと思って簡単に言うなよな…」高見沢のつぶやきが坂崎に届くことはない。

「最初に見つけた時…って言われてもなぁ……坂崎が言うように、その日に何かあったのか…?」
ツアーが始まったのは1ヶ月前。初めてその人を見つけたのが、どの公演だったのかを思い出すのは結構難しい。昔のことならまるで昨日のように思い出せるのに。
とにかく思い出すしかない、高見沢は荷物の中からツアースケジュールを取り出した。
「あれ、おまえまだ着替えてないの?坂崎は?」シャワーですっきりした桜井が戻ってきた。ファンからもらったお気に入りのジンベイを着て、手には何本目なのかは分からないが缶ビールが握られている。
「もう帰ったよ。自分で考えろってさ」
「あ、そう。冷たいねぇ、幸之助ちゃんは」
「だよな。…な、桜井は付き合ってくれよな?」
「…え?」
「俺たち友達だよな?」
「……」
「桜井は友達思いだもんな。俺知ってるもん」
「……分かったよ、聞きゃいいんだろ、聞きゃ」やれやれ、と呟いて桜井は坂崎が座っていたイスに腰掛けた。灰皿を手元に引き寄せ、テーブルに置きっぱなしになっていたタバコを取ると、
「さくちゃん大好き〜!」と言いながら高見沢がライターを取って火を差し出した。

「…気持ち悪いなぁ。…それで?どこまで解決したんだよ」
「どこまでって…どこも」
「はぁ?坂崎とどこまで話したんだよ」
「一応俺からは話したよ。でもあいつから投げかけられる問いに対して、俺が明確な答えを言えないから埒があかないと思ったみたいで帰っちゃったんだよ」
「…そんなんだったら俺と話しても同じだろ。おまえ自身が認識してない答えを、俺たちが言えるわけがないじゃん」
「…そうなんだけどさ。でも何か……あ、桜井さ」手に持っているツアースケジュール表のことを思い出した。自分だけの記憶より他の人の記憶があれば思い出すかもしれない。
「ん?」
「今回のツアーでさ、印象に残った出来事とか覚えてるか?」
「印象的な出来事?」
「そうそう。この日はこんなことがあったーとか、こんな子が居たーとか。桜井は目がいいから色々見てないかなぁと思って」
「それが高見沢の話と何か関係があるわけ?」
「坂崎に言われたんだよ。その子を最初に見つけた時のことを思い出せって」
「ほぉ、それで?」
「その時に何かあったのかもしれないって言うんだよ。確かに俺、最初に見つけた時のこと、覚えてないんだ。いつ見たんだっけなぁ…って今考えてたところだったんだよ。桜井の記憶から何か糸口が見つかるかもしれないしさ。なぁ、何か覚えてない?」
「突然言われてもなぁ…。今回のツアーも色んなことが起きてるし…」
「頼むよ、どんな些細なことでもいいんだ」

高見沢に言われて桜井は思い返してみた。この1ヶ月にあった出来事。真っ先に思い出すのは高見沢のイリュージュンや天然ボケなシーンばかり。客席の変わった格好の人とか印象的な人のことなんか、高見沢のすることと比べたらまだまだ甘い。
「ね、ないの?」
「ないのって言われてもさ。思い出すのはおまえのことばっかりなんだけど」
「…俺?俺、何かした?」
「何かしたも何も…。ほら、この日」高見沢の持つ表を指差した。
「この日?」
「そう、この日。この日はおまえが花道に出てって、間奏で帰ってくる時にスピーカーに長いジャケットの裾を引っ掛けて取れなくなってた」
「……」
「…あ、その次のこの日は……俺のこと紹介する時に"坂崎"って言いそうになって慌てて"さかさくらい"って呼んだ」
「………」
「あ、ツアー初日もあったぞ。歌の出だし間違えた。それから…」
「もういいよっ」
「何だよ、思い出せって言ったのはおまえだろ」
「俺のことはいいのっもっと違うこと思い出してくれよっ」
「ええ?他のこと?……う〜ん…あ、初日の最前列に男が居て、おまえにうっとりしてたよ」
「まじかよっ」
「うん。…って最前列にいてしかもおまえを見てた人ぐらい覚えとけよ」
「…だってそれ桜井の前に居たんだろ?」
「いや、おまえの目の前」
「……覚えてない…」
「恐ろしいほど記憶力ないのな…」
「桜井が覚えすぎなんだよ、うん、きっと。…あとは?」
「…あと?あと………あと……」高見沢から表を受け取り、桜井がうんうんと唸る。高見沢も合わせてうんうん唸ってみるが、考えているわけではなく、ただ単に桜井の真似をしているだけである。

「……う〜ん……………あ、この日だったかな。こっちかもしれないけど…」
「なになに?ここかここのどっちか?」
「うん、確かな。あ、ここだ。この日だ。前から4,5列目だったか、それもおまえの目の前の人だったと思うけど…」
「え、また俺の前?何で俺覚えてないんだろ……。で?」
「背の小さな女の人が居てさ」
「うん」
「おまえのファンみたいで、ずっとおまえのこと見つめてたんだ。おまえのライトが消えても、おまえが花道に行っても。本当におまえのこと、好きなんだなぁって思ったんだよ俺」
「…それで?」
「この日だけ歌った曲ってあっただろ?」
「…ああ、この日のためだけに選んだ曲だろ?」
「そう、その曲の時に、彼女あまりに嬉しかったのか、感動してボロボロ泣いちゃってて。大丈夫かなぁってくらい泣いてたから、印象に残ってる。一人で来てるみたいだったな」
「…ああっ!思い出した!その子だ!!」高見沢が大声を張り上げ桜井を指差した。
「突然叫ぶなっ!…って、え?その子がそうなの?」
「そう!そうだよ!その子だ!」
「何だよ、俺すごいじゃん」
「桜井すごいよ!さすが桜井だ!昔のことを根に持つだけのことはある!」
「悪かったな!根に持つタイプでっ!」
「いや〜、よかった!すっきりしたぁ!」
「それはよござんしたね。じゃ俺もう帰っていい?」
「うん、いいよ。ありがと!今度何かおごってやるよ!」
「あ、そう。期待せずに待ってるよ。んじゃ、お疲れさん」
「おう!明日も頑張ろうぜ!」
すっきり笑顔な高見沢に手を上げて部屋を出ていこうとした桜井だったが、一旦足を止め、高見沢を振り返った。
「…どうかした?何か忘れものでも思い出した?」
「…いや、何でかな、と思って」
「何が?」
「…何でおまえはその子のこと忘れてたんだろうな」
「……俺も分からないけど…」
「…何か理由があるような気がするけど……」
「理由?どんな?」
「それは…分からないけどさ。そんな気がするってだけ。それじゃ、また明日な」
「…う、うん。お疲れ」

桜井を見送ったあと、ようやく自分もシャワーを浴びることにした。
今日の疲れはすっきり洗い流せるのだが、気持ちとしては複雑だ。思い出してすっきりした部分とそうでない部分が交差して心からすっきりはできない。
(…何で俺、彼女との出会いを忘れていたんだろう。あんなにも心に衝撃を受けたのに…)桜井が思い出してくれなかったら、きっと高見沢は思い出すことはなかった。そのくらい、忘れてしまっていた。たった1ヶ月前のことなのに。
シャワーを浴び私服に着替えた高見沢は、ようやく車に乗り込み自宅へと向かった。会場と自宅は結構近い。会場から自宅までが近く、明日も同じ会場でのライブだからこそ、長い間楽屋に入り浸っていたのだ。そうでなければスタッフやマネージャーから早々に追い出されている。

送ってくれたマネージャーに礼を言って自宅のドアを開けた。一日居なかったのに、外よりは温かな空気が流れてくる。外がそれだけ寒いということだろう。
部屋の灯りをつけてベッドに腰を下ろし、カバンからパソコンを出して電源を入れる。ほぼ毎日まず最初にやることだ。
パソコンが立ち上がるまでに冷蔵庫からビールを取り出し、全身に身に付けていた、時に凶器となるアクセサリーたちをはずす。実は今日も桜井とステージでじゃれあっている時に桜井の頭にヒットさせてしまい、さんざん怒られたのだ。サングラスの向こうにうっすら見える目はなみだ目になっていて本気で怒っていた。

まだ今日中に片付けなければならない仕事があるので、とにかくそれを片付けることにした。もともと睡眠時間は短いし、眠くない時は寝ない主義の高見沢には、明日の為に寝なきゃ、という気持ちがほとんどない。よく寝る坂崎にしてみれば"異常"なことだろう。坂崎はすでに夢の中だろうな、と高見沢は思った。


「よし出来た」順調に仕事は片付いた。相変わらずビールも美味い。
そっとパソコンを閉じてベッドに寝転がった。身体の力が一気に抜けて、その状態がやけに気持ちいい。身体はベッドに沈み込んでいるのに、気分はフワフワ浮いているような、そんな不思議な気分。
「あの子…この辺のライブはほとんど来てるってことか…」
あの子、とはようやく出会いを思い出した彼女のことだ。一旦思い出すと、彼女を見つけたライブの日も自然と思い出せるようになった。
どれも関東でのライブで彼女を見つけている。もちろん他の地域でのライブにも参加しているかもしれない。けれど高見沢には、見つけていない日は居ないような気がしている。自分が見つけた日しか彼女は来ていない…何故かそんな気がするのだ。

桜井が言っていたように、彼女を初めて見つけた日、彼女はその日のためだけにやった曲で泣いていた。こちらが心配になってしまうほど彼女はひとり静かにただただ泣くばかりだったのだ。曲が終わっても涙は止まらなくて、次の曲は激しいロックだったのに、まだ泣いていた。
それからだ。高見沢が彼女を気にするようになったのは。今まで自覚はなかったけれど、高見沢は無意識のうちに彼女を目で追っていた。
花道に出てもステージから袖に下がる時も、一度は彼女を見ることが癖になってしまっていた。もちろんそれは彼女を見つけた日だけの話、なのだが。

何なのだろう、これは。
坂崎の言うようにその人のことが気になっているというのだろうか。
どうして?
客席で泣いてくれるファンを今まで見たことがないわけじゃない。今までも何度となく見ている光景だ。自分たちの歌で涙を流してくれるファンの為に心を込めて歌っているのだから。
なのにその人のことは誰よりも高見沢の目と心に焼き付いている。

けれど、仮に坂崎が言うようにその人のことが気になっているとしたら、何故今まで出会いの日のことを忘れていたのか。
どうしても自分のはっきりした気持ちが分からない。
「…本当は知ってる人……だったりして。…そんな、まさかな」
苦笑いして天井を見上げる。彼女の泣き顔がぼんやりと浮かんできた。
ただただ泣くばかりの彼女。
そして高見沢の歌に聞きほれ、口ずさむ彼女。
泣いてる彼女。
高見沢を見つめる彼女。
口ずさむ彼女。
高見沢の脳裏にふと違う場面での彼女の姿が浮かんだ。
「……あれ…俺、違う場所で…彼女と……会って……る…?」
はっきりとした記憶が辿れないまま、高見沢は深い眠りについていった。


翌日、高見沢はリハーサルに向かう前にお気に入りの楽器屋に出掛けることにした。
都内ではないけれど、いつも高見沢の心を揺さぶるようないいギターが揃っている所があるのだ。気が向くとよくその店に出掛けている。
その店の近くのホールでも毎回ライブをしているから、その時も翌日やライブ当日なんかに物色していたりする。おかげで店長とはずいぶん仲良くなって、2階の隅にある防音スペースが空いている時は使わせてもらってギターの音を試したり、と高見沢の行き着けの場所なのである。
「気持ちがすっきりしない時はギターを見たり、触ったり、弾いたりするのが一番だよな」
昨日のことがまだすっきりしていない高見沢にはうってつけの場所、ということだろう。

「いらっしゃいませ〜!あ、高見沢さん。毎度どうも!」店長が人懐っこい笑顔で高見沢に声を掛けてきた。店長の人柄の良さも高見沢をここへと足を運ばせる理由の一つでもある。
「よ!また寄らせてもらうよ。何かいいの入った?」
「グットタイミングですよ。昨日いいのが入ったんですよ。見ますか?」
「もちろん!」来てよかった!高見沢は超ご機嫌で店長に付いてギターコーナーがある2階へと向かった。日曜日だから店にはお客が結構居るのだが、幸いギターコーナーには客が一人もいない。開店して間もない早い時間に来てよかった、と高見沢は思った。声を掛けられるのは別に嫌ではないけれど、プライベートな時間はできれば邪魔してほしくないのだ。特に大好きなギターを触っている時はそっとしておいてほしいと思う。

「これなんですよ」
「お!いいじゃん!」見せてもらうなり高見沢の目が輝いた。高見沢好みのギター。
「でしょう?絶対高見沢さんこういうの好きだろうなと思ったんですよ」
「さすが店長だなぁ。よく分かってるよ。…いいなぁ、これ」
「よかったら弾いてみます?部屋空いてますからよかったらどうぞ」
「サンキュー!弾かせてもらうよ」
早速防音スペースを借りて試し弾き。
思った通り音もいいし、ギター自体の作りもいい。
「…これ欲しいなぁ。あ〜このままだと買っちゃうよ」
「あはは、ぜひ買って下さいよ。色違いもありますよ」
「え、そうなの?何色?」
「え〜と、シックな黒とラメ入りの…あ、ほら、あそこにあるやつですよ」店長が部屋の窓から店内に並べられたギターを指差す。見ると、同じギターの色違いが2本並んで飾られていた。
「持ってきましょうか?」
「いいの?じゃあとりあえず両方見たいな」
「はいはい」店長が部屋を出て飾ってある2本のギターの所へ向かった。
丁寧にギターを手に取る店長を眺めていると、お客らしき女性が階段を上ってきた。
「…女の子がギター見に来たのかな…」ちょっと意外で高見沢はその女性の行き先が気になった。最近は女性がギターを弾いていてもおかしくないけれど、とてもギターとは結びつかないような華奢な女性なのだ。本当にギターを見に来たのなら意外すぎてかなり驚きだ。

女性は高見沢が監視(?)しているとも知らず、自分の目的の場所へと歩いていく。
彼女の立ち止まった場所、それはギターコーナーの横にある楽譜コーナーだった。
「何だ、楽譜かぁ。だよな、ギターなわけないよなぁ」
結局楽譜だったから高見沢の疑問は解決したのだが、今度はどんな楽譜を手に取るのか気になってしまった。
「ピアノかな。…まさかバンドスコア?」想像し始めたら止まらない。
女性はいつも来ているのか、探すわけではなく一番上の棚を見上げた。とてもその女性では届かない高さだ。どうするのかな、と思っていると、近くに居た店員に女性が声を掛けた。
「…あ、店員に取ってもらうんだな」
店員が彼女に言われた楽譜を取る。どうやら店員とも顔見知りらしく、かなりスムーズにやりとりしている。頭を下げてお礼を言うその女性と店員のやりとりがほのぼのしていて、高見沢は穏やかな気持ちになった。

「お待たせしました。…どうかされました?」戻ってきた店長が何やら眺めている高見沢に声を掛ける。
「ん?ああ、何でもないよ。お客と店員のやりとりがほのぼのしてるなぁと思って見てただけ」
「ほのぼの、ですか?え、そんなやりとりしてました?どこです?」
「あの楽譜コーナーの子だよ。ほら、女の人が楽譜持ってるでしょ?あの子に傍の店員が棚の楽譜取ってあげてたんだよ」高見沢の言葉に店長がああ、と頷いた。
「あの方ですか。よく来るから店の子も顔見知りになったみたいで。楽譜を買っていくわけじゃないですけど、いつも同じ楽譜を見てるんですよ」
「え、買わないの?見てるだけ?」
「ええ。最初は僕も店の子も見ていくだけっていうのはどうかな、と思ったんですけどね。でも彼女があまりに幸せそうに楽譜を見てるんで、まぁいいかってことになりましてね。音楽雑誌は色々買ってくれてますし、ただの見てるだけなお客さんでもないですし」
「へぇ、楽譜を幸せそうに見てるんだ。変わってるねぇ…」
「相当好きなんだと思いますよ。…実は彼女が見てる楽譜、アルフィーなんですよ」店長がにっこり笑って言った。
「え、俺たちの楽譜なの?」
「はい。ここに来ると必ず楽譜コーナーに寄っていかれるんですよ」
「すみません店長、よろしいですか?」店長を呼びに店員がやってきた。ちょっと慌てているような感じだ。何か仕事上で問題が発生したのかもしれない。
「あ、うん。…すみません、高見沢さん。ちょっと出てきます。ギター、好きなだけ触ってて下さいね」
「うん。ありがと」

店長が部屋を出ていき、高見沢は一人になった。
階段を下りていく店長を見届け、もう一度楽譜コーナーの女性に視線を戻した。
「俺たちの楽譜、見てくれてるんだ」
"楽譜を幸せそうに見てるんですよ"
高見沢はとても嬉しくなった。自分たちの曲の楽譜だけで幸せにしてあげられるなんて思いもしなかったけれど、それだけ彼女は自分たちの曲を心で感じてくれているのだろう。
歌っていてよかった、歌い続けてきて本当によかった。高見沢はそう思った。
とその時だった。
「……あ」
楽譜を見る彼女の頬を涙が伝った。
彼女は歌を口ずさみながら泣いているのだ。
「……あっ……あの子は…っ」
高見沢の心に強い衝撃とともに忘れていた記憶たちが蘇ってくる。
泣き顔。
涙。

どうして気づかなかったんだろう。こんなに近くで出会っていたのに。
ライブで泣いていた子。
初めて見つけたのは会場なんかじゃない。
この場所で見つけたんだ。

高見沢の中で、すべての記憶が繋がった。

ツアー前、ここへ、この楽器屋へ来たときのこと。
その時、同じように2階の防音スペースでギターの試し弾きをして、満足して帰ろうとしていた時のことだった。
今日と同じように楽譜コーナーで彼女を見つけた。
その時は誰の楽譜を見ているのか分からなかったけれど、
同じ場所で楽譜を見つめ、ただ泣いていた。
その泣き顔が印象的で、キレイで、高見沢は目を離すことができなかった。

純粋にただ泣くだけの彼女。
偽りのない、ありのままの自分を見せる彼女。
そんな彼女が羨ましくて、彼女に泣いてもらえるほどのアーティストが羨ましかった。

彼女は自分と対照的だと高見沢はその時思った。
何があってもステージに立たなくてはならない自分。
どんなに辛くても歌わなければならない自分。
愛を失ってもラブソングを歌わなければならない。
自分を見失ってもステージで歌わなければならない。
自分の感情に嘘をついてでも、ステージに立たなければならない。

でも彼女は違う。
心が震えれば素直に泣き、嬉しい時は心から笑う。
心が感じたままに彼女は素直に自分の感情を表現する。
当たり前のことといえばそうかもしれない。
けれど、そんな当たり前のことさえできない高見沢には、
彼女の純粋な涙がまるで宝石のように見えた。

高見沢は、初めて会ったのに、まるで出会うことが約束されていたかのような不思議な気持ちになった。
ようやく会えた、そんな気がした。
そんな彼女にステージの自分ではなくて、ありのままの自分を見てほしいと思った。
いつも傍で、自分を見つめてほしい。
自分を包んでほしい…と。

でも…

今までたくさんの恋をしてきた。
けれど、どんなに愛しても高見沢の傍から愛する人は去っていってしまう。
何がいけないのか。
問いかけても愛する人からの答えはなかった。
時に愛した人は悲しい涙を流して去っていく。
泣かせたくないのに。
どうして?
自分に問いかけても答えは返ってこない。

愛しい人との別れ。
それは果てしなく深い海の底へ沈んでいくような悲しみと絶望に包まれる。
悲しくて切なくて寂しくて。
そして涙を流し、その雫とともに想いを忘れようとする。
けれど忘れられなくて、再び深い悲しみの衣をまとい、まるで底のない暗闇へと落ちてゆく。
どんなに泣いても叫んでも哀しみは消えてはくれない。

そんな繰り返りが高見沢の胸をいつも締め付ける。
もうそんな想いはしたくない。
愛する人を失いたくはない。

だから…

彼女への想いは心の奥へとしまい込んだ。
愛する人を失う、もうそんな哀しい想いはしたくないから。
どんなに愛しても、いつかその愛しい瞳から悲しい涙があふれてしまう。
今までの恋人たちのように、彼女に悲しい涙を流してほしくない。

彼女への想いは忘れなければいけない。
高見沢は本能的にそう思った。
忘れなければ。
まるで魔法のように。
この出会いを…。
君を…。
忘れよう。


気がつくと高見沢の目から涙がこぼれていた。
まるで彼女を忘れたくないと、心が叫んでいるようだった。
心が、彼女を求めて泣いている。
「…は、ははは。自分自身で封印しといて、また自分自身で思い出すなんて…」
どうしようもないくらい、高見沢の心が彼女を離さない。
隠し切れないほどの想い。
自分でも驚くほど彼女への想いは強く、深い。
「忘れるなんて…最初から無理だったんだな……」
自分の気持ちに嘘はつけないな、高見沢は小さく笑った。
涙を拭き顔を上げると、楽譜コーナーの彼女はすでに居なかった。
追いかけようかと一瞬思ったが、こんな状態で彼女に声を掛けても、自分の想いをうまく伝えられるかわからない。心を落ち着かせて目を閉じ、自分の気持ちをもう一度確かめる。

−俺はどうしたい?−
"自分の想いを伝えたい"
−でも、また泣かせてしまうかもしれない−
"それでもこの気持ちに嘘はつけない"
高見沢の心は強い想いで答えてくる。
こんなことは今までなかった。
心から求めるなんて…。

心の声は高見沢の本心でもある。
もう自分を誤魔化すことも、自分に嘘をつくこともやめよう、高見沢は小さく頷いた。

彼女の居ない、楽譜コーナーを見つめる。
もう一度ここで、この場所で彼女に会えたら、
自分のありのままの気持ちを伝えよう。
忘れよう、なんて二度と思わない。
先が怖くない、といえば嘘になるけれど、
彼女ならありのままの自分を受け入れてくれるような気がする。
確証はないけれど、
自分の気持ちにもう嘘はつきたくないから。

だからもう一度。
ここで君を見つけて。

楽譜を見上げる君。
棚の楽譜に届かない細い手。
そしたら僕が取ってあげる。
"これ?"って言いながら。
そしたら僕に微笑んで。
君の瞳に僕を映して。
ありのままの僕の姿を。

この愛を受け止めて…。

  ・
  ・
  ・

私はこの場所であなたと出会った。
手の届かない棚の楽譜をあなたが取ってくれた。
まさかあなたと出逢えるなんて…。

  ・
  ・
  ・

君は偶然だと思ってる?
違うよ。

君との出会いは約束されたもの。

だからどこに居ても僕は君を見つける。

どんなに離れていてもどこに居ても
君が僕を見つめてくれるように。

そして僕は
君の涙を受け止める。


−Fin−


−−−−−−あとがき−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「Fairy Dance」でした。読んでいただきましてありがとうございます。
あんまりFairyとか関係ないお話になっちゃいましたが…いかがでしたでしょうか。
「つたこと」の常連さんで小説を全部読んでいる、という素晴らしいお方にはお分かりいただけるかと思いますが、この「Fairy Dance」はあるお話を高見沢さんから見たお話でございます。あ、これは!と読みながら気づいた方、ここを読んでやっぱりそうか!と思っていただけた方、嬉しゅうございます(*^^*)

曲を聴いてストーリーを考えていたら、あのお話につなげられそうだなぁと思いまして。
作ったお話の続きとか裏話を違う曲で作ることは基本的にないのですが、イメージにぴったり合えば書いたりはします。なかなかイメージにぴったりな曲に出会うことはないので、こんな風にあのお話での高見沢さんの想いを表現できて嬉しいです。

読んでいないけど”あの話”に興味を持たれた方、よろしかったら読んでやって下さい。賢狂恋愛小説初作品(笑)「Wind Tune」です。

2005.1.15


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