「Complex Blue〜愛だけ哀しすぎて〜」

-お願い…行かないで…!-
私の心があなたを求めて叫ぶ
あなたのその腕にしがみついて
泣きすがるほどの想いであなたを求めて叫んだ
醜くくてもいい
他には何もいらない
あなたが居れば何も望まないから…!
けれどその心の叫びが声になることはなかった
心の叫びは、涙とともに陽も届かない暗く深い闇に閉じ込めているから
愛しい腕にしがみつくことも、泣きすがることも私にはできなかった
醜くくてもいいと心が叫んでも、私の理性がそうさせてはくれない
あなたへの愛と理性の狭間で
私は二度と振り返らないあなたの背中を見つめることしかできなかった

あなたの後姿が見えなくなっても私はただ一点を見つめていた
あなたが振り返らずに曲がった角
もしかしたら戻ってきてくれるかもしれない
そんな可能性はゼロに等しいのに
どんなに待ってもあなたはもう帰って来ないのに
あなたがあの人と別れる可能性と同じくらいの確率に、私は何を期待しているのだろう

もう私には分かっている
あなたの微笑みが偽りだったこと
あの時の言葉も
あの日の約束も
だけど私はまだあなたの愛に縛られている
気づかないフリをして、あなたの”さよなら”も聞こえないフリをして偽りから目を背けている
だってあなたに奪われた心は、切ることのできない鎖のように
今も私の中にしっかりと繋がれているのだから

立ちすくんだまま、どのくらい経っただろう
マンションの階段に靴音が響いた
あなたと同じ、革靴の音
戻ってきてくれたの…?
胸が高鳴った
もう何も望まないわ
何もいらない
あなただけが欲しいの
傍に居て欲しいの
でも姿を現したのは私が求めている、愛しているあなたではなかった
隣人の名前すら知らない男
この世に居ても居なくても私の人生に何の関わりもない男
小さな期待を抱いていた心が脆くも花びらのように散ると
胸の高鳴りが、まるで鋭い刃(やいば)を突き刺したように
激しい痛みへと変わり残酷な現実を知る
こうして立っていることが不思議なくらい

目の前に現れた隣人は私のことをつま先から頭の先まで怪訝な顔
で見やりながら自分の部屋のドアを開けた
そしてもう一度私を無表情で見て、部屋へと入っていった
そのドアがいささか乱暴に閉まる
ようやく私は部屋を裸足で飛び出してきたことに気づいた
私の身体は心と同じように冷え切っていた
どうしてこんなことをしているのだろう
こんなことをしてもただ、自分が惨めになるだけなのに
分かっていたのに私はまるで糸で操られるようにあなたを愛し、
そして捨てられた
糸が切れた人形のようにあなたも追えず、何も言えず、
ただ立ち尽くすだけの私
これがあなたと私の運命だというの?
あなたと出逢い、愛し合い、
そして別れることが最初から決まっていたの?
いいえ、そんなはずない
最初から決まっていたなんて、そんな哀しいこと…

震えるくちびるを噛み締めて部屋へと戻る
玄関の倒れたロングブーツやパンプスを直そうという気はなかった
そして玄関のたった数センチの段差さえ、私には目の前に立ちはだかる
大きな壁に思えた
汚れた足の裏も拭かないまま、玄関のスリッパの存在すら忘れてリビングへ
さっきまであなたが居たとは思えないほど、部屋は冷え切っていて
温かみのない蛍光灯の灯りが煌々と光っていた
テーブルの上の冷えた料理
一口もあなたは食べてくれなかった
あなたが久しぶりに来るというから、目一杯美味しい物を用意したのに
あの人が作るより美味しいと喜んで食べてくれると思ったのに
今日、あなたはリビングへ来てすぐ
テーブルの端に私とを繋ぐ愛の欠片を静かに置いた
唯一あなたの持つ私へと繋がるもの
ここの合鍵
あなたは私の顔も見ないで鍵を置いたのよ

あなたが置いていった鍵を手に取った
あなたのぬくもりもあなたの愛も感じられない冷たい鍵
両手に握り締め胸に抱いたけれど
私のあなたへの愛しさを、鍵は冷たく嘲笑うかのように何も答えてはくれない

あなたと出逢わなければよかった
涙が一粒こぼれた

ありがちだけどあなたは私が配属された部署の上司だった
知らない人ではなかった
前の部署の時にあなたの噂は聞いていたから
年齢より少し若く見えて、仕事も出来る、部下の信頼も厚い人だと
あなたは噂通りの人だった
そしてたまに見せる少し陰りのある横顔が素敵な人だということを知った
あなたに頼まれたら、どんな嫌な仕事も引き受けたわ
“ありがとう”とただその一言がもらえるだけで私は幸せな気持ちになったの

最初に惹かれたのは…あなたの手
男性の大きな手にちょっと不似合いな細くきれいな指
打ち合わせで書類を指差しても、私はあなたの指先しか見ていなかった
そう、その頃はまだ…ただの憧れ

その憧れ程度であなたへの想いは儚く消えるはずだった
きれいな左の薬指に静かに光るリング
それが何なのか、分からないはずがなかった
だから私の想いが叶うわけがないと、ただの部下でいるつもりだった
あなたの薬指のリング
それに挑むほど私は強くもないし結果の分かっている恋愛なんて
するつもりもなかった

どこで歯車が噛み合わなくなったのだろう
あなたに食事に誘われた時から?
あなたの部署に配属された時から?
それとも、もっとずっとずっと前から?

あなたは食事の席で私を見つめて言ったのよ
“どうしてもっと早く君と出逢わなかったんだろう”と
そう、私の好きなあなたの指先で、私の手に触れながら

もう私には想いを秘める理由はなくなっていた
そして目の前のあなたしか見えなくなった

いけないことだと分かっていても
あなたへの想いは止められなかった
あの人と同じように
あなたの傍に居たかった
あなたの心のすき間を埋められるなら
あなたに愛されるなら
こんな形でもいい
あなたが私を求めてくれるなら

心のどこかでこうなることは最初から分かっていた
あなたがあの人を捨てるなんてあるわけない、と
ただ、それを認めるのが怖かった
いつかあなたに捨てられることが怖くて
けれどその気持ちを認めたくなかった

あなたを愛しすぎてしまった私
そしてあなたに愛されたいと心から願った私
心のほとんどを占める不安な気持ちをひたすら隠し続けて
いつかは私の元へ来てくれるという小さな期待を大きく膨らませて
ただ、ただあなたを待ち続けた
1ヶ月来てくれないこともあった
三日に一度来てくれる時もあった
あなたがぬくもりを求めて私の元へ来てくれるだけで
私は幸せだったの

でもあなたが欲していたぬくもりは私じゃなくてもよかった
あなたを愛し、心の隙間を埋めてくれさえすれば
きっと誰でもよかったのだろう
なにもかも分かっていた
だけど私はあなたを愛したの

どうして私はあなたと出逢ったの?
どうしてあなたは私と…
あなたにとって私は
あなたの心の隙間の一つを埋める
小さな存在でしかなかった
あなたのところどころに空いている心の隙間それぞれに
あなたは別のぬくもりを求めていた
あなたにとってあの人以外の女は
そんな存在でしかない

どうして私を愛したの
どうして心から愛してくれなかったの
どうして…あなたを愛してしまったの

私の心は哀しみと後悔に打ちひしがれた
涙がとめどなく頬を伝ってゆく
それでもまだ消えないあなたへの愛
あなたに捨てられたのに
私はまだあなたに愛を求めている
どうしてもあなたが好きだから

もう涙の止め方は思い出せなかった

あなたを愛してる
狂おしいほど愛してる
気まぐれでもいい
私を求めて
そして優しく口づけて

だから行かないで
お願い

「行かないで…」





−−−−−−−−−あとがき−−−−−−−−−−−−−−−−−−

読んでいただきましてありがとうございます。
曲が曲なので、まったくハッピーエンドではありませんが、いかがでしたでしょうか。
相方からこの曲をお題にもらった時、心底悩みました。だってこの曲のような経験はないし、不倫なんて結婚してないから当然ありませんし(^^;)なのでこんな状況になった時、果たして自分はどう思うのか、というところから始めました。が、私の性格上今後もこんな状況には成り得ないのでなかなか気持ちが分からず、とにかく不倫をしている気持ちになり(おい)何とか書いてみたしだいです。

あと賢狂はハッピーエンドがモットーなんです。悲しい曲もなるべく最後はハッピーに…と思ってました。が、この曲はとてもじゃないですけどハッピーエンドにはできず(^^;)まぁ、この曲がハッピーエンドになったらおかしいですしね。

物語というより詩に近いものになってますが、主人公である女性の気持ちが表現できていればいいな、と思います。

2005.3.15


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