『Change』
出会いは別に、それ程衝撃的だった訳じゃない。
一目見て背中に電流が走ったような感覚があったとか、辺りにお花畑が現れたような気分になったとか、そんなことは一切なくて。
見た目に、“細いな”とか“ちょっと可愛いかな”とか。
更に簡単に言ってしまえば“いいな”ってくらいの感想を持った程度だ。
ただ、それから見かける度に、何となく気になるようになって。
だんだん時が経つにつれて、周りのやつと比べてもやっぱり少し特別のような気持ちになりだした。
だから正直、長い付き合いになるかもなんて予感が、当時からなくはなかったのかもしれない。
けれど本当に、こんなに長くなるとは・・・。
3月某日、夜。
今日から何と、メンバー3人での合宿が始まった。
恒例の春ツアーをより良いものにするため、というのが名目らしい。
言い出したのは言わずもがな、うちの大先生様で。
ツアー中、部屋が別々だとはいえ同じ宿に泊まっている訳だから、今更合宿をすることもないだろうと思うのだけれど。
メンバーの仲を深めるも何も、こんなに長い時間、それこそ親兄弟と過ごした時間を遥かに越える程長く一緒にいて、尚且つ殆どの人が「本当に仲良しですよねぇ。」と言ってくるぐらいなのに。
これ以上深めて一体どうする気なんだ。
まあでも、ツアーのための練習だとか、パンフレット用の撮影なんかもある訳で、大事な“仕事”に、いちゃもんつけるのは良くないか・・・。
そんなことを考えながら、洗面所の鏡前で歯磨きに勤しんでいると、傍らに坂崎が肩を並べてきた。
「桜井さーん、もう寝る準備?」
珍しくない?なんてことを言いながら、坂崎も片手に歯ブラシ、もう片方に歯磨き粉を用意していて。
「体力温存しとかないとさ。明日もまたハードなんだろ?」
「んー。」
「なんだよ。坂崎こそ、もうオネムなんじゃねーか。」
気の抜けた相槌に苦笑をもらすと、目の前、並んで映る鏡の中で二人の視線が合さる。
なんとなく気恥ずかしくなって、違う方向へ瞳を逸らそうとしたが、それより先に坂崎の視線が動いた。
ゆっくりと、ほんの少しだけ下がって、俺の口元で止まる。
そして小さく、口の端に笑みを浮かべた。
その微妙な表情の変化で更に照れくささが増してしまう。
思わず俯いた視線の先には、薄い青色の歯ブラシ。
じっと見つめて、あの頃を思い出す。
悩みぬいた末に、やっとの思いで手に入れて。
初めて触れた日。
細くて、少し力を入れたら壊れそうな見かけのくせに、やたらしなやかで。
引き寄せた時、不意に唇にふれた柔らかさ。
その時の感動は、今でもまだ鮮明に思い出せる。
それからずっと。
手放せなくなってしまったのだけど。
しかし、一つだけ問題があった。
俺には帰るべき家があり、その頃にはもうすでに、そこには連れて行けない状況になっていたのだ。
帰れば俺を待っているやつがいる。
だから。
仕事の場所でしか、俺達は触れ合える場所がなかった。
それでもずっと。
大切に大切に、月日を重ねて。
連泊となるツアー中なんかには、それはもうここぞとばかりに堪能したりして。
周りから少し不審な目でみられようとも。
俺にはかけがえの無いものとして、ずっと傍に…。
「なあ、桜井…。」
不意に呼ばれて、思考の中に飛ばしていた意識を外の世界へ戻すと、そこには、何だか困ったような上目遣いの坂崎がいた。
「あ、ああ…。何?」
じっと見つめてくるその小さな瞳に、心なしか脈拍数が上がっていく。
言い難そうに、開きかけては閉じられる坂崎の唇。
嫌な予感が背中から湧き上がる。
俺は何を言われてしまうんだろう…。
「もう、さすがに無理なんじゃないかと思うんだよね…。」
「そ、それは…っ。」
「桜井もさぁ…本当は分かってるんだよね?限界は超えてるって。」
分かっては、いる。
薄々、どころじゃなく、ちゃんと。
もう、かなり前から。
「やっぱり、長すぎた…か。」
握り締めてしまった歯ブラシが、キシっと哀しげな音を立てる。
でも、こんな所でお別れなんて…。
「かえていくのも、必要なんだって。」
見つめる先が、じんわりとぼやけていく。
確かに、お前も、もう辛いよな。
あちこちガタが来て、薄くもなって…。
お互いのためにも、かえるしかないのかもしれない。
ここは勇気を振絞って一歩を踏み出さなければ。
けれど…っ。
そんな俺の葛藤を汲み取ったのか、俺の手に坂崎の手が触れる。
「新しいの、俺が買ってやるから。もう捨てようよ、この歯ブラシ。」
な?と、坂崎はポンポンと優しく俺の肩を叩くと、最愛の歯ブラシを抜き取っていった。
〜終〜
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あとがきというなの悪あがき
という訳で。
桜井さんと歯ブラシ・・・でした。
相方を含め、マサラーの皆様、毎回すみません・・・。(土下座)
いくら物持ちの良い桜井さんでも、歯ブラシをそこまで使い込まれることはないわけで。
フィクションにしたって如何なものかとは思うのですが。
今回「チェンジ」ということで、某CMの「ちぇんじぃ」をヒントにしたとかそんなことは・・・。
2007年春ツアー前、合宿をしたという仲良しなおじ様方を書きたくて始めた小説だったのですが、気が付けばもう秋ツアーが、という、また大変遅筆な坂崎狂でありました。
読んでくださった方、気分を害してしまいましたら、本当にごめんなさい。(uu;)