「Candle Light」



「ドライブしようか」
なんて、急にどうしたの?
いつもならそんなこと、言わないのに。

「たまにはいいかな、と思って」
そうね、たまにはどこかに連れていってくれなきゃ寂しいけど。
でも、何だかいつものあなたじゃないみたい。
何かあったの?

「別に何もないけど」
そういう返事されると、余計何かあるような気がしてちょっと怖いわ。

今日はクリスマス・イヴ。
きれいなイルミネーションの中、街は寄り添う恋人たちでいっぱい。
何だかいつもとは違う雰囲気でくすぐったいね。
いつも傍にいてね、なんて彼女の言葉に、
傍にいるよ、って優しい瞳で見つめる彼。
そんないつもなら恥ずかしくて言えない想いさえ、自然と言葉になるそんな特別な日。

でも我が家にはそんなロマンティックなイヴなんてなかったよね。
あなたは毎年必ず仕事。遅くまで仕事をしてきて、疲れて帰ってくる。
大好きなお酒を飲んで、ばたんきゅー。
"メリークリスマス"なんてあなたの口から聞いたことあったかしら。
もちろん次の日も仕事。そしてまた遅い帰宅でばたんきゅー。
そうしていつもクリスマスは終わっちゃう。

別にケーキが食べたいわけじゃないし、プレゼントが欲しいわけでもないのよ。
クリスマスが特別な日だなんて、そんなこと言うつもりもないわ。
家族の為に働いているあなたに、そんな事言うほど子供じゃないもの。

でも。
でもね?

たまには恋人同士の時みたいに、二人で出掛けるとか、食べに行くとか、そんなデートがしたい。
クリスマスとかバレンタインデーとか、そういう日じゃなくてもいい。
ただ、一年に一度くらい、そんな日があったらなって思う。
だってやっぱりあなたのことは今でも特別な存在。
誰よりも大切な人。
だから恋人同士の時のように、ほんの少しでいいから"あなたの一番大切な人"であることを実感したいの。
結婚してから、あなたに"愛してるよ"なんて言われたこと、ないよね?
ありきたりな言葉だけど、そういう言葉が欲しい時もあるんだからね。
ちゃんと分かってくれないと。


…なんて私が思ってることも知らないで、あなたは愛車のハンドルをいつものように握ってる。
エンジン音をBGMにして何だかご機嫌な様子。
ほんと、私のモヤモヤに気づいてないんだから。
「ねぇ、どこに行くの?」
「内緒」
「なぁに、意地悪ねぇ」
「着いたら分かるよ」ちらっと私を見て、何だか意地悪そうな顔。
「…そりゃそうだけど。…ねぇ?何も今日出掛けなくてもいいじゃない?あなた疲れてるでしょ?」
「いや、体力あるから平気」
「うそー!いっつもくたくたになって帰ってきてるくせに!それに明日だってあるんでしょ?いいの?こんな深夜に出掛けて。明日が辛いわよ」
「明日もあるけど、別に朝からじゃないんだから寝れるって。心配しなくても大丈夫だよ。…それとも、出掛けるのいやか?それなら…」
「誰もいやだなんて言ってないでしょ?珍しいな、と思ってるだけ。あなたが大丈夫ならいいの」
「そうか。じゃあ大丈夫ってことで。…ラジオでもつけるか?」そう言ってあなたはラジオのスイッチをONにして、少しボリュームをあげた。
DJがハイテンションに喋ってる。

−くっそ〜!いいよなぁ〜みんなはデートしてんだろうなぁ!俺はお聴きの通り仕事だよっ−

「あははは、可哀想ね」私たちもデート…なのかしら。
「俺も仕事してきたんですけどね?」
「あ、そうだったわね。お疲れさまでした。明日も頑張ってね」
「頑張りますよ〜。…それにしても、イルミネーション結構きれいだな。あんまり普段は気にしてないけど」
「そうね。今日は特別きれいに見えるのかもしれないわよ。イヴだから」
「イヴねぇ。だいたいキリスト教じゃないのにさぁ…」
「またそういう事言う!昔からそうよね、あなたって。女の子の気持ち、分かってないんだから」
「だってさぁ…」
「だってじゃないの。女の子は、ただ好きな人と一緒に居たいだけなの。普通の日よりクリスマス。クリスマスよりイヴに。そういうものなのよ。そろそろいい歳なんだから理解しなきゃ。若い子にモテないわよ」
「今更若い子にモテてもな」
「あら、でもコンサートには結構若い子たち来てるんでしょ?」
「来てるなぁ。でもだいたいは二人のファンだろうし」
「あなたにだっているわよ、若いファンの子」
「乳幼児かも」
「それ若すぎ!」
さっきから大した話なんてしてないけど、二人でこんな風に話すの久しぶりね。昔に戻ったみたい。

−それではクリスマスソング特集続けていこう!まだまだリクエストしてるから、どんどん送ってくれよ!0時までかけ続けてやるっ!−

ラジオのDJが強引にテンションを上げてるような気がするのは、私だけかな。
「このDJ、無理してテンション上げてないか?」
「あなたもそう思う?何だかものすごく可哀想になってきちゃった」
「でもこうやって聴いてるカップルも多いんじゃないか?そいつらの為に、って割り切ってDJやらなきゃ。まだまだだな、こいつ」
「それは自分の経験から?」
「まぁね。だてに毎年イヴにコンサートやってませんよ。来てくれるファンたちは本当に楽しみにしてくれてるからな。みんなを楽しませなきゃ、っていう使命感みたいなのに燃えてるわけですよ」
「だから毎年くたくたで帰ってくるのね」
「そうそう。…あ、この曲。懐かしいなぁ…」
そうあなたが言うのも当然ね。ラジオから聴こえてきたのは、私たちが若い頃に流行った曲。
「ほんと、懐かしいわね。私たちが若い頃なんて、どこに行ってもこの曲がかかってたわよね」
「そうそう、ずいぶん流行ったよなぁ。…そういえば、この曲がラジオでかかるといつも寝てなかったっけ?」
どうしてそういうことは覚えてるのかしら。
「…しょうがないでしょ、このメロディが私を眠りに誘うんだから」
「子守唄みたいだな」
楽しそうに笑うあなた。
ほんとはね、メロディだけが私を眠りに誘ってたわけじゃないのよ。
だって、この曲がかかるとあなたがいつも歌い出すんだもの。
私はあなたの歌声が気持ちよくて、うとうとしてたのよ。


車が先へ先へと進むほど、何故だか昔に戻っていくような、そんな気がする。
この道の先は、あの頃の私たちへとつながっているのかしら。
車の窓から見える景色。
あの頃とは変わってしまった街並が広がってる。
でもその街並の中に、あの頃へと繋がる小さな何かを見つけては、こっそり懐かしんでみたり。

気がつけば、私の中にはあの頃の思い出たちが次々と蘇ってきてる。
びっくりするくらい鮮明に。
ねぇ。
あなたもあの頃のこと、まだ覚えてくれてる?
私と行った場所、覚えてる?
他の人と行った所と覚え間違えてちゃいやよ?
あなたが毎年私にくれた誕生日プレゼント、何だったか覚えてる?
私があげた誕生日プレゼント、まだ持ってる?
プロポーズの言葉、忘れてない?

あの頃のように、今も私のこと、変わらず愛してる…?


しばらくすると、ラジオから聴こえる懐かしい曲に合わせてあなたが歌い出した。
優しい、温かい歌声。
まるであなたもあの頃を思い出しているかのよう。
歌うあなたの横顔は、とても素敵ね。輝いてる。
もう、私にはあなたの声しか聴こえない。
ラジオの音も、車のエンジン音も何も。
ただ、あなたの歌声だけが、私を包んでる。

また、あなたは私を眠りに誘うのね。

そういえば、結婚前にクリスマスイヴに出掛けたことあったよね。
珍しくディナーの予約をして二人で車に乗って。
その日は雪だった。ホワイトクリスマスなんて、ロマンティックだったよね。
とても寒い日だったけど、店の中は温かくて、テーブルにはろうそくの火が灯っていて。
室内の照明は恋人たちの為に最小限に落としてあって、
ろうそくの灯りだけが、私たちを照らしてくれた。
何だか、いつもと違うから二人とも照れくさくて、あんまり喋らなかったっけ。
もくもくと出てくる料理を食べた気がするわ。

食べ終わって店を出たら、あなた言ったよね。
「ドライブしようか」って。
そして出掛けたの。
こんな風に。

その時もこんな風にラジオを聴きながらお喋りしてたよね。
今日みたいにクリスマスソングばかりかかってて。
そう、この曲もかかってた。
そしてあなたが歌い出して、こんな風に私はうとうと。
車が止まって目が覚めた時、怒られる…そう思ったの。
でも、あなたは笑顔で私に言ったのよ。

「メリークリスマス」って。
私のひざの上に小さなリボンの付いた包みを置きながら。

その時、車の外には…


「着いたよ」
あなたの声で夢心地から目が覚めた。
「…あ、ごめん。また寝ちゃってた…」
謝りながらあなたを見ると、あなたは笑顔だった。
「ま、仕方ないでしょ。…ほら、外は雪だよ」
薄くくもった窓ガラスの向こうに、ちらちらと舞うものが見えた。
「え?…あ、ほんと。すごいわ、ホワイトクリスマスね。ね、積もるかな」
「積もりはしないだろうな。そこまで冷えてないから。それに積もってもらっても困るし」
「明日仕事だものね」
「そうそう。…外、寒いからしっかり着て出ろよ」
「え、ええ。ところでここはどこなの?」
「…出れば分かるよ」
あなたは笑顔でそう答えて先に車を降りた。
出れば分かるってどこなのかしら。
とにかくコートを着て、マフラーを軽く首に巻いてドア開けた。
途端に寒い風と雪。
「はぁ〜寒〜い…」白い息をはきながら、少し離れたところに立つあなたを見上げる。
「結構冷えてるじゃない。…ああ、もう足先が冷たくなってきちゃった。それでここはどこなの?」
「一回来たことあるぞ?…忘れたのか?」
そう言ってあなたが自分の後ろを指差した。
あなたの向こうに何かあるの?
車のドアを閉めてあなたのところまで歩き出した。
あなたの背中がだんだん明るくなってくる。
「…え?なに?」
深夜なのに眩い光が私の前に降り注いできた。
一瞬、これは夢なのかと思ったわ。



「…これ…。…あなた、ここは…」
あなたの腕をギュッと掴んで見上げたけど、すでに涙でいっぱいの目にはあなたの顔がよく見えない。
こんなことで涙ぐむ私を、笑ってるのか、あきれてるのかさえ分からない。
「結婚する前に来た場所。ディナー食べた後に来たよな」
そう言ってあなたがハンカチを差し出してくれた。
「あの時も泣いたっけ。そんなに感動するくらいキレイ?」
「…違うわよ。あなたが…ちゃんと覚えててくれたことに泣いてるのよ…っ絶対忘れてると思った…」
「忘れるわけないだろ。俺を何だと思ってるんだよ」
「だって…一言も言わなかったし…」
「…プロポーズした場所なんだから覚えてるに決まってるだろ」
ちょっと照れくさそうにあなたが私を見る。
そしてコートのポケットから何かを取り出した。
「はい、これ」
ぶっきらぼうに差し出したものを受け取る。
「…なに?」
自分の手のひらに乗っている物。
小さな銀色のリボンが付いた小さな赤と緑の包み。
「…あなた、これ…」
「たまにはね」
嬉しくて、あなたにそっと寄り添った。
涙はもう止められそうもないわ。
「…ありがとう」

今日だけ。
今、この時間(とき)だけあの頃の私で居させて。
明日になったら、いつもの私に戻るから。
こんなおばさんが何してるんだって思われるかもしれないけど。
周りに笑われるかもしれないけど。

あなたもあきれてるよね。
でも。
今だけ。
今はこうしていたいの。
あの頃のように。


「…愛してるよ」
あなたが囁いた。
私の大好きな優しい声で。
そっと、私の肩を抱きながら。

「メリークリスマス」

私たちを照らす無数の光たち。
あの時よりキレイ。
無数の雪の結晶。
あの時より煌いてる。

あなたの腕の中。
あの時よりあったかい。


−Fin−



−−−−−−−−−あとがき−−−−−−−−−−−−−−−−−−

読んでいただきましてありがとうございます。
12月ということで、「Candle Light」でした。
時期に間に合ってホッとしております(笑)

少しは甘々なお話を書くことに慣れたかなぁ…と密かに思っているわたくしですが、いかがでしょうか。
桜井さんの歌声を聴いていると、若い恋人たち、ではなくこんな風に結婚して長いご夫婦のイメージになったので、桜井さんと奥さんのクリスマス、のつもりで書いてみました。
でも、どのご夫婦にも当てはまるようなお話にしたかったので、色々曖昧に書いてるつもりです。ご結婚されている方は、結婚前を思い出してもらえたらな、なんて思います。

みなさんも素敵なクリスマスを過ごして下さいね(*^-^*)

2004.12.15


感想をいただけるとうれしいです(*^^*)
メール または 賢狂のブログの拍手コメントへ