「ARCADIA」
私の中で一つの音が流れ始める。
低く、強く、そして激しいばかりに、熱く。
覚えたばかりのメロディーを、小さく口ずさむ声。
そしてそれは、大きな流れを持って「曲」となる。
何度も何度も繰り返し、その音は流れ続けた。
ここの所、ずっと、この音ばかりを追っている。
ただ、いつも同じではない。
根底は変わらないのだが、少しずつ、時には大きく、変化していく。
何かを求めて、ただ、ひたすらに。
そして私は、その「曲」を身体全体に感じながら、ふと、夢想の旅に出る。
見渡せるはずのない、過剰に発達し過ぎた『文化』の林立が、一瞬にして何一つ無い砂の地平へと変わる。
煌びやかな色の渦から、ただ一面の灰褐色へ。
導いてくれるはずの星空もなく、鬱々とした暗い空だけが続いている。
ここにあった、溢れかえっていた、無数の光と影も何一つ見当たらない。
無尽蔵に渡る風だけが、この身に焼け付いた砂と虚しさを運ぶ。
何を探したらいいのだろう。
誰を見つければいいのだろう。
何をしたら・・・いいのだろう。
言い知れぬ焦りが途方に暮れる心を焼いていく。
ただの夢だったのだろうか。
手にしていた全てのものは、どれ一つとして幻だったというのか。
自適な生活は、自堕落な暮らしへ。
発展は、過去の破壊を。
愛情すら、ただの自己満足に。
己以外のものへ、求める心を膨張させすぎて、犠牲しか生まない『戦い』が始まった。
繰り返される『戦い』は、その都度激しさと醜さを増し、そして誰にも止められなくなった。
そんな風に、いつしか自分すら見失っていったもの達を、全て消し去ってしまうことで何もかもなかったことにしようというのか。
枯れ果てた大地には、涙という雫すら流れない。
このまま朽ち果てることしか、もはや浮かび上がってはこなかった。
足元に広がる、その塵のような砂の地に身を横たえる。
少しずつ少しずつ、砂に埋もれていく。
こうして私も、何も無かったことにされていくのだろう。
存在すら許されず、死さえ、消されるのだ。
緩やかに、砂が私を覆っていく。
私も砂に、なっていく。
絶望に苛まれながら、過ぎる時間を待って。
そっと瞳を閉じる。
そしてその時、砂の中に『声』を聴いた。
小さな小さな音。
瞳を閉じたまま、耳を凝らさなければ聴こえない。
心の中に入り込む、砂の中の記憶。
いや、砂になる前の、形ある頃の音だろうか。
段々とその音は大きくなっていく。
そして、私の中の、深い記憶を呼び覚まし始めた。
祈り続ける声。
低く。
願い続ける心。
強く。
呼びかける眼差し。
激しいほど熱く。
しっかりとその音を捉えた時、それは男達の『歌』に変わった。
いくつもいくつも音が重なり、混ざり合い、私を巻き込んでいく。
そして何度も何度も、私へ呼びかける。
「かの地を目指せ」と。
幾つもの国境を越え、その先にある『真実の地』を見つけろと。
『理想郷』と呼ばれ、永久に失われない『聖地』を。
幻想だと言われていても、諦めずに追い求めれば、きっとその地に辿り着く。
だから、歩き出せ。
男達の声は、私を駆り立てていく。
止まらず、振り返らず、歩き続けろ。
もう一度、もう一度、自分を信じてみろ、と。
見失いそうになったなら、前だけを見つめて。
心が震えるのならば、この『声』を聴け。
そして私は立ち上がる。
「砂」は舞い落ち、大地へと帰った。
しっかりと瞳を開け、遥か遠く、赤く染まる空を目指して。
力強く、一歩を踏み出す。
さあ、『国境』を越えろ!
諦めるな。
諦めるな。
諦めるな!!
気が付くと、音は止み、私はまた無機質に返っていた。
男の手が私を包み込んで、私の住処へと運んでいく。
「ごくろうさん」
男が優しい眼差しを向けてくれた。
そう、私の『音』の旅は終わったのだ。
ゆっくりと「蓋」が閉められる。
こうして私は、次の『音』の幻想旅行まで眠るのだ。
「ギターケース」という、私を守る箱の中で。
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後書きと言う名の悪あがき(涙)
はい、そんな訳で今回は、桜井さんのフェンダージャズベースさんが主人公でした。(笑)
ライブ用のではなくて、レコーディング専用の美人さんの方でございます。
桜井さんも大事にしてるって仰ってましたし、ベースギターが主人公になることはあまりないので面白いかなと。(^^)
もっと雄大で壮大なストーリーにしたかったんですけど、坂崎狂には無理だったということで・・・。
ちなみにこのストーリーを思いついたきっかけは、ZABADAKというアーティストさんの「五つの橋」という曲だったりします。(^^;)
この曲もとても素敵なので機会があれば是非♪(って、ここで紹介しなくても)
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