注意:この話には若干アダルトな表現が含まれております。本当に若干ですけどね・・・。





「LOVE−0=」



 「ねえ、私のこと好き?」
 ほら、まただ。
 「ねえ」から始まる君達のお決まりの言葉。
 俺の顔色をうかがうように、品定めするように、不安を演じながら答えを待っている。
 だから俺も、いつも通りに返してあげる。
 「大好きだよ。」
 そうすると次の言葉もまた決まっていて。
 「ねえ、本当に?」
 これだ。
 「嘘だよ」なんて、返せるはずがないのにね。
 でも、一度言ってみたい気もする。
 フォローが大変なのは目に見えてるから自重しておくけど。
 なかなか皆手強いからね。
 「好き?」に対して、「好きだよ」って返すだけじゃ、満足しない。
 相手の愛情が自分よりも大きくないと不安になる。
 言葉で測れる気持ちなんてないのに。
 ここで大事なのは「一番」って言葉を付けないこと。
 「一番好き」なら良いような感じがするけど、「じゃあ二番目がいるの?」という勝手な妄想で、いて欲しくないはずの他の人の影を探ろうとしちゃったりなんかして、手に終えなくなる。
 「君だけが好き」なんて言葉になると、もう逆に嘘っぽいもんね。
 だから「大好き」って答えてあげる。
 「本当に?」の後は「愛してる」で、決まりだ。
 「愛してる」よりも「好き」の方が大切な言葉って思ってる子もいるから、そういう子には「大好き」をもう一度あげる。
 ここまでくれば、 ほら、ね、もう安心顔。
 嬉しそうに、俺の背中へとしなやかな腕を回してくれる。
 優しい口付けから、深く味わい貪り合うキスをして。
 そしてやっと「続き」をさせてもらえるんだ。
 こんな風に、途中で止められると結構辛いんだよね。
 ベッドに沈み込んだ体は、もう臨戦態勢なんだよ?
 それも、あれやこれやと君を高ぶらせてあげて、こっちもそろそろこれからだって時を狙っていたかのようなタイミング。
 君達だって中途半端なままで止めようものなら、「意地悪」なんて言って睨むくせに。
 まあ、その顔が可愛くてわざとやることが多いから、確かに意地悪なんだけど。
 でも「言葉」のやりとりは、彼女達にとって大事なプロセスで。
 どうしても外せないものらしい。
 外したり失敗したら最後、「続き」は途端に「終わり」に変わる。
 「不安」を倍増させた君への慰めで、その日はもう終了。
 彼女達は「言葉」を求めて、「言葉」に支配されたがる。
 触れ合えば、それだけで解るのにね。
 身体を重ねるだけで、こんなにイイのに。
 ぬくもりだけじゃ信用できないの?
 今、俺の腕の中に居るのは君だけなのに。
 目の前に俺がいるのに、それだけじゃ足りない?
 欲しいものは同じじゃないの?
 変わらないものがあるなんて、信じていないくせに。
 ウソツキなんてお互いさまだろう?
 だったら要らないじゃないか。
 いらない、いらない、「言葉」なんて。
 こうやって、どんどん、考えることが邪魔になっていく。
 そうなったらもう本能だけ。
 それだけでいい。
 気持ちすら、邪魔だから。
 激しく揺れ動く視界の先に、誰がいるかなんて、もうどうでもよくなる。
 そうして、熱くなっていく身体に反比例するように、冷めていく「何か」を抱えながら、 いつもいつも、夜は意味を無くしていく。
 そしてただ、そっと、更けていくだけ。


 黄色に射し込む太陽の光が、立ち並ぶコンクリートの影を乗り超え、ひとりで眠る君を包み込む前に、俺はもう冷たい街の中にいた。
 「さよなら」もなく、出てきたけれど、きっともう会うことはないだろう。
 そう考えると少しだけ、寂しいような気持ちにもなる。
 小さくため息を吐いて辺りに視線を泳がせると、まだほとんどがシャッターに閉ざされた薄暗い風景の中に、数台の自動販売機が並ぶ一角を見つけた。
 薄汚れたディスプレイを、蛍光灯の光が面倒くさげに照らしている。
 途端、喉の渇きを覚えて、無意識のうちにポケットの中に手を突っ込んでいた。
 ジーパンの尻ポケットに硬貨の手触りを感じて、その内何枚かを握りしめる。
 「お、120円ジャスト」
 引き抜いて掌をひらくと、50円玉2枚と10円玉が2枚。
 小さな偶然に少しだけ気分を良くしながら、一番近くにあった販売機に小銭を落とし入れる。
 居並ぶ缶を見つめながら数秒間迷った後、指先が選んだのは炭酸飲料のボタン。
 友達がCMに出てる朝専用だそうな缶コーヒーにしようかとも思ったが、自分の好みを優先させた結果それは却下になったのだった。
 屈み込んで取り出し口に落ちてきた缶を取り出し、立ちあがってシャッターにもたれかかる。
 プルトップを開けると、少しだけ甘い香りが広がった。
 スチールの冷えた感触が唇に触れるとすぐに、炭酸の小さな粒が渇いてひりついていた舌と喉を刺激していく。
 一気に半分くらいを飲み干す。
 けれど、肝心の「渇き」は癒されていない。
 ここ最近、いや、たぶん結構前から、渇いたままの自分がいる。
 喉だけじゃない。
 身体全体が、潤いを欲し続けている。
 病気な訳じゃ、ないと思う。
 体調がどうとか、そういうことじゃなくて、たぶんもっと、違う理由。
 そう言ったら、欲求不満なんじゃないか、なんて笑った奴もいた。
 ごらんの通り、吐き出す場所がないなんていう不自由なんかしてないから、それは違う、はずだ。
 けれど、好みの女を抱き締めながら、潤んだ「場所」に身体を浸している時ですら、渇きが満たされることがない。
 終わった後、更に渇きが増すだけだ。
 しつこいくらいに濡れた声も、柔らかく、音が響くほどに滑らかな舌触りも、ちゃんと感じられることができるのに。
 「満たされない、欲求・・・か」
 つぶやいて、缶の残り半分を飲み干した。
 そのまま、真横にあったくすんだ灰色のごみ箱に放り込む。
 ガラン、という音を聞きながら、俺はまた冷たい街の中を歩き始めた。
 これから起き出す街を抜け出し、「眠る」場所を求めて。
 風もない、色もない。
 ただ、自分の靴音だけが身体に響く。
 訳の分からない苛立ちも曖昧にしたまま。
 昼過ぎまで眠って、夕方から「お仕事」に行って、明け方にまた眠りにつく。
 職業上、こういうサイクルになるのは仕方のないことなんだけど。
 それでも俺は、割と早寝早起きが基本のタイプだから、こんな生活続けていたら調子が狂ってくるのはあたりまえなのかもしれない。
 思えば、渇きを覚え始めたのも、この生活パターンになってからじゃないだろうか。
 いや、逆か?
 どんどん乾いていく自分を癒すために、湿った夜を求めるようになった?
 干からびていく、身体。
 ひび割れていく、感覚。
 どうにか、どうにか止められないだろうか。
 頭の中で、夜がどんどん逆戻りしていく。 
 『本当に私のこと、好き?』
 好きだって言ってるじゃないか。
 『仕事も趣味も、何もかも捨てて、私だけを見つめて、愛して』
 そうしたら疑うことなんてしないから、なんて。
 そんなこと、
 「できる訳ないっつの」
 もどかしくて、イライラだけが積もっていく。
 欲しいものは何。
 足りないものは何。
 必要なものは何。
 俺の腕の中を通り過ぎていく彼女達への質問と同じ。
 自分自身にも同じ問いかけ。
 疑問だらけで身動きできない。
 誰に聞いたってわかりゃしないんだ。
 けれど。
 でも本当は。
 もう知っている。
 分かっている。
 分かってるんだ。
 「分かってたって、どうにも出来ないこともあんだよ」
 何が今、俺を乾かせているのかは、とっくに気が付いてる。
 けど、その答えを容認するには、かなり勇気がいるんだ。
 ただ身体を重ねていくだけじゃない、心を感じさせて欲しい。
 その人だけが欲しくて欲しくてたまらなくなる、全ての情熱を傾けることができる人が。
 だけど、それを手に入れるためには、自分も本気にならなければいけないから。
 正直なところ、それは今、俺にはしんどい。
 本気になればなるほど、どこまでも深みにハマっていって、それが愛情なのかなんなのか分からなくなってしまうところまでいってしまう。
 そして、大切なぬくもりができてしまうと、今度はそれを失う恐怖に耐えられなくなる。
 空っぽになる「痛み」は、満たされていた時の大きさに比例してしまうから。
 恐くて怖くてこわくて、そして面倒になる。
 心を繋げることを煩わしいと思ってしまうんだ。
 傷付くのを回避するために、本当に欲しいものをあきらめなきゃならない。
 ちゃんと、愛して欲しいのに。
 自分だけを、見つけて欲しいのに。
 「あれ・・・なんか、今の引っ掛かったな・・・」
 愛して欲しい、見つけて欲しい?
 どこかで聞いたことがある。
 いや、よく知ってるような。
 何かの歌詞かなんかで・・・。
 足を止めて、ゆっくりと薄明るい霞んだ空を見上げてみる。
 「あ、そうか、自分がリードボーカルの」
 頭の中で、一つのメロディーが流れ出す。
 その曲を歌う時はいつも、
 ギターを置いて、ハンドマイク一つ。
 花道に出て、「本気」になれる人を探すように。
 全身を込めて、訴えるように・・・。


 誰か俺を愛して欲しい。
 誰か俺を見つけて欲しい。
 誰か俺を、探して欲しい。
 誰か・・・。



 愛して、欲しい。


 そう、誰か・・・。





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後書きという名の悪あがき。(涙)

この曲は、とにかく乾いたイメージにしたかったんですよ。
坂崎さんのハスキーボイスがはまり過ぎるほどハマっているので、初めて聴いた夏イベで速攻ノックアウトされまして・・・。
歌詞の内容は「おいおい〜」と思うところも無きにしも非ずですけれど、深読みすると結構ぐっと来るものがったんですよー。
なのでこの曲をテーマに貰った時も、イメージ自体はすぐに浮かんだんです。
しかし、あまりにも思いが強すぎて、自分の恋愛感丸出しな作品になってしまいました。(^^;)
賢狂に読んで貰ったところ「男の視点で良く書けるね」と呆れ(?)られたのですが、ちゃんと男の視点になってますかね?(^^;)
書き上げてから、何度も何度も、最後の最後まで手直しをしまくった作品でもあるので、今までの中で一番思い入れがあるかもしれません。
う〜ん・・・だけど、この話が自分の恋愛感って・・・大丈夫なのか、坂崎狂。(汗)