「ディアボロ奇譚、いち。」
  作:幸乃さん


鼻歌を歌いながら歩く派手な悪魔がひとり。
「ごっきげんだね~」
「うわっ!!」
突然声をかけられて持っていた紙袋を放り投げそうになる。
投げ出してはいけない。
だってこれはやっと手に入れた人間界でおいしいと評判の限定スイーツ。
紙袋を抱えて呼吸を整える。
……死ぬかと思った。
「悪魔がそう簡単に消滅(しぬ)わけないって」
後ろから突然声をかけてきたのは同僚のチビスケ。
頼むから気配を消して近づいて来ないでほしい。
「いい加減僕の気配くらいは気づいてほしいな…」
わざとらしくしょんぼりしてみせるチビスケとチームを組んで約1年。
近くにいれば気配くらいは分かる。ただし今のように急に現れるとまだ対応しきれない。
それが自分が出来損ないの下っ端悪魔と呼ばれる所以なのだ。仕方がない。
「で?トシが持ってるスイーツはどこのなの?」
「ああっ…と、これは…」
なぜ持っているものがスイーツだとバレた。
いや、問題はそこではない。
素直に人間界のと言うべきか否か。下っ端が勝手に人間界に行ったとバレたらただではすまない。
「ふーん。人間界のなんだ」
チビスケがニヤニヤとトシを見上げる。
「コウ!お願いだから黙ってて!!」
両手を合わせて拝み倒す。
「仕方ないなぁ。僕もついてったって事にしてあげるからその代わり」
「おひとつどうぞ!!」
紙袋を差し出す。
コウはトシよりも少し階級が上だ。人間界に出入りする分にはお咎めはない。
それにコウはなぜか上級者に知り合いが多い。その辺でうまく立ち回っているらしい要領と愛想のいい悪魔だ。その辺をどうにかするくらい朝飯前なのだろう。
「ふふっ。いいよ」
軽やかに笑って頷いてくれた。
「部屋に帰ったらお茶いれてあげるから食べよ」
コウはトシの背中をポンと叩くと先に歩き出した。
コウがいれてくれるお茶はおいしい。どこから仕入れてくるのか分からないがいいお茶がそろっている。
きっとスイーツに合ったいいお茶をいれてくれるのだろうと思うと自然と顔は綻ぶ。


「たっだいま~」
コウが元気に寮の部屋のドアを開ける。
「ふたりで出掛けてたのか」
ドアを開けたそこには自分たちの上司が立っていた。
仕事中は黒いスーツでビシッと決めているがオフの時はラフな格好をしているという違いはある。どちらの格好の時もサングラスはしている。
トシは上司がサングラスを外した顔を見たことがない。コウはあるのか、今度聞いてたみようか。
心にやましい事があるトシは思わず一歩後ずさる。
そんなトシを構うことなく元気にコウは上司に突進していく。
「違うよ。さっきそこで会ったんだ」
「そっか」
仕事では厳しい上司もそれ以外では割りと優しい。コウには、と但し書きが付くが。
今の表情だってトシに向けるよりも全然柔らかい。
「これからお茶にするんだけど一緒にどう?」
「いや、俺は」
「え~、一緒にお茶しようよ」
ねぇ、と上司に食い下がるコウ。
そんな事は怖くてトシにはできない。
見かけが小さい子供であるコウの特権だろう。
トシがやってもかわいくはない。
「仕方がないな。少しだけ仕事を片付けなくちゃいけないから先にはじめてろ」
上司がコウの頭をポンと叩く。
嬉しそうにコウが笑って頷いている。

ぱっと見、親子に見える。
そんなことを口にすればどちらからもぶっ飛ばされる。
どちらにもまだかなわないトシとしては余計なことを招く事態は避けたい。
黙っているのが得策だろう。
「分かった!早く来てね」
「ああ、トシが禁を犯して人間界に行った尻拭いをしてから行くから待ってろ」
バレていた……
トシの顔から血の気がひく。
「あとで講習追加、な」
上司の冷たい視線にひたすら頷く。口答えしたらきっと命がない。
「トシ、早くスイーツ!!」
トシからスイーツを奪って駆け出していくコウを追いかける気力ももう残ってはいなかった。


―おわり―

*****賢狂コメント*********
三天使たちとはまた関係がちょっと違う三悪魔さんたち。
上司がとても怖そうですね~。
今後のお話もお楽しみに♪

2020.11.19

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