三天使物語<過去編>
-プロローグ-



「…よし、これで全部だな」
トントンと書類をまとめると、上司が顔を上げた。
「はい」
「ご苦労。上には私から提出しておく。もう帰っていいぞ」
「はい。提出をよろしくお願いします」
コウノスケがペコリと頭を下げると、上司は満足そうに頷いて部屋を出ていった。
自分が溜め込んでいた仕事が片付き、上司はさぞご機嫌だろう。扉の向こうで遠ざかっていく足音が、心なしかステップを踏むように軽やかに聞こえるのは気のせいか。いや、きっと気のせいではないだろう。
コウノスケは長い一日が終わったと息を吐こうとしたが、
「は~終わった終わった!」
「疲れた~!」
と、座っていた二人が机の上にだらんと身体を投げ出したことで、吐く気が失せた。
投げ出した身体は、まるで地上の海に生息している脚がたくさんあるぐにゃぐにゃした軟体動物のようだ。
地上のタコ焼きみたく、細かく切り刻んでマサトシ焼きにでもしてやろうかと悪魔みたいなことを考えたが、どう考えても美味しくはない。思い浮かんでいたマサトシ焼きを頭の中から追い出すように、コウノスケはプルプルと頭を振る。
いくらお腹が空いていたとしても、マサトシ焼きは食べたくない。

今日は丸一日、事務仕事だった。事務仕事が苦手なマサルとトシヒコは終始死人のような目をしていたが、発破をかけ(脅しともいう)、休憩でおやつ(エサ)を与え、アメとムチで何とか予定通り一日で終わらせた。
向き不向き、得手不得手はまだまだあるが、以前のように途中で投げ出すことはなくなり、嫌々ながらもきちんと与えられた仕事はこなすようになった。予定通り一日で片付けたことは、それなりに評価してもいいだろう。

ただ、だからといって、仕事場でここまでだらけるのはいかがかと思う。だらけている二人に冷たく注意する。
「仕事場だ。シャキッとしろ、シャキッと」
「もう終わったんだから、いいだろ。上もいないし」
「そうだよ。ずーっと座ってつまんない仕事して、もう体力なんて残ってない!」
「俺たちにはこういう仕事は向いてないっておまえ知ってるだろ?つまんねぇし、いつもの仕事より気力も体力も消費すんだよ」
「そうだそうだ!っていうかさ。何でこんな事務仕事が俺たちに回ってくるわけ?いつもなら得意なやつらが頼まれるのにさぁ!」
「確かにおかしいな。他のチームが別の仕事をしていて手が空いてないってわけでもなさそうだし」
「ねぇ、コウノスケは何か聞いてないの?」
「知らん」
ちっともシャキッとする気のない二人にぴしゃりと言い放ち、コウノスケは二人を置いて部屋を出た。

確かに本来は事務仕事はコウノスケのチームには来ない。来るとすればコウノスケ一人にだ。二人が不思議に思うのは当然だろう。
だが、これからは二人にも事務仕事をしてもらうことになる。他でもない、コウノスケの二人の教育計画の一つなのだから。
二人を早く一人前にすべく今後のトレーニングの追加を検討した結果、苦手な仕事もそれなりにこなさないとバランスが悪いとコウノスケは考えた。どんなことをしようとも、力の使い方は大事だ。こんな風にたかだか一日事務仕事をしただけで、ヘトヘトになっていてはいつまでたっても天界で留守番担当のままだ。
そのため、上司に頼んで事務仕事もチームに回してもらうようにしたのだ。苦手意識をなくし、もっとテキパキできるようになるまで、とにかくやらせるしかない。
もちろん、追加したのはそれだけではなく、日々のトレーニングも目一杯増やした。地上に行けない間はとにかくトレーニングをさせて鍛えるのだ。
…ただ、今はまだまだ未熟でよかったと密かに思っている。今、この瞬間だけは。

「おい」
部屋を出てきたマサルがコウノスケを呼び止める。
「…何だ」
「おまえ、今日の事務仕事について何か知ってるだろ」
そっちの話か、と密かに安堵する。勘のいいヒゲだけにあちらのことも気づいたのかと思ってしまった。気配に敏感な長髪もいるので、感づかれないようにしなくては、とコウノスケは心の中で思う。とりあえず、どちらのことも今はまだ知らぬ存ぜぬだ。
「知らんと言っているだろう。…そんなことより、ゆっくりしていていいのか?」
マサルをジロリと睨む。
「え、な、何が?」
「今日のトレーニングは終わったのか?」
「…あ!…わ、忘れてた…」
マサルの顔がサーッと青くなった。後ろからついてきたトシヒコが、そうなの?と覗き込んでくる。
「まだ終わってなかったんだ?でも、半分ぐらいはやってあるよね?早起きしてやったんでしょ?」
「……」
「もしかして、してないの?」
「……」
「ま、まさか、今日の分はまだ一つもトレーニングしてない…?」
「……」
押し黙るマサルの額に汗が滲む。一つもやっていないようだ。
「マサル…昨夜言ったじゃん。きっと事務仕事は一日かかっちゃうから、朝早く起きて半分でもいいからやっといた方がいいよって」
「早く起きるつもりだったんだよ!でも……いつもの時間まで寝ちまったんだよ…」
「あちゃ~…」
「…今から一日分かよ……」
トレーニングは仕事がある日もない日も同じだけある。最近、量を増やしただけに一日分を仕事終わりにやるのはそれなりにキツいのだ。
トシヒコに起こしてもらって一緒にやればよかったと、今更ながらにマサルは後悔した。
昨夜あんなに飲むんじゃなかった…その台詞は声に出さないようにして。

「別にさぼってもいいぞ」
「えっ」
ちょっとうれしそうにマサルが顔を上げたが、コウノスケの冷たい目にビクッとする。
「ノルマを達成できなかったら、今日のマサルの評価がマイナスになり、トシヒコとの差がますます広がって、一人前になるのが遅れる。ただそれだけだ」
「く…」
「ぼくは痛くもかゆくもない。やるやらないは自分で決めるんだな」
「…やるって。誰がやらないって言ったよ。トシヒコ、俺トレーニングしてくるから晩飯は一人で食べてきてくれ。じゃあな」
「え…ちょ、ちょっとマサル!……って行っちゃった。マサルってばあんな状態でトレーニングする気?飯抜きでやったら途中で倒れちゃうよ…」
「……」
何事も途中で投げ出さなくなったことは評価できるが、マサルはまだまだ力の使い方が下手だ。すべての力を使い切ってボロ雑巾のようになってしまう。そうなると、回復にも時間がかかってしまい、だいたい翌日は戦力にならない。
つまり、明日は使いものにならない確率が高いということだ。
「…トシヒコ。明日、もしマサルが使いものにならなかったら、二人分やってもらうぞ」
「え!?ちょ、ちょっと待ってよ。明日の仕事って確か…」
「当番で回ってくる書庫整理だ」
「うわ…あれか…。た、頼まれてるのは何だっけ…?」
「百年分の書籍の整頓、一覧の作成、貸出記録との整合確認、あとー」
「二人分なんて無理ー!!マ、マサル待って!!まずはちゃんと晩飯食べてー!!水分補給してー!!」
真っ青な顔をしてマサルを追いかけていくトシヒコ。まだまだあの二人は二人で一人だなとコウノスケは思い、二人が何も気づかなかったことに安堵する。
気づいてしまったら、きっとついてきて、敵わなくても立ち向かってしまうから。
寮の中へと入っていく二人の後ろ姿を見届けると、コウノスケはふわりと飛び立つのだった。





天界の端の端、名すらないその場所までやってきたコウノスケは、目の前にいる招かれざる客と対峙した。
「…よぅ、小さいけど強大な力を持つ天使さん。久しいな」
全身真っ黒な男がニヤリと笑いかけてくる。シールドを張って気配を隠しているが、強大な力を持つことは明らかだ。チッとコウノスケは舌打ちする。
「悪魔ごときがぼくに気安く声をかけるな」
「態度と口の悪さは相変わらずだな。…いや、そうでもないか?いつから”ぼく”なんて可愛いことを言うようになったんだ?」
「天界に何の用だ。祓われに来たのなら歓迎だが、それ以外の理由ならば今すぐ立ち去れ」
「まぁまぁ。俺の気配に気づいて来てくれたんだろ?少しぐらい話をしようぜ」
「話すことなど何もない。ここに来たのは招かれざる客を追い返すためだ」
「二百年ぶりなんだぜ?ちょっとぐらいいいだろ」
「何百年経とうと、おまえと話すことなどない。去れ。さもなくばー」
「おいおい。何のためにお互いシールド張ってるんだよ。ここでやりあったら、天界内におまえがここにいるってバレるぞ」
「端とはいえここは天界だ。ぼくがここにいても何らおかしくはない。悪魔の気配に気づいて見に来たと言えばいい。事実、その通りだからな。困るのはおまえの方だろう。上級や偵察隊は天界の端まで監視している。ぼく以外の誰かがここに来れば、自分の世界に帰れなくなるぞ」
「それは困る。俺も今や部下を持つ身だ。おまえと同じでまだまだひよっこが手元にいて育成中なんだよ」
「ああ、ぼくが守護した人間を狙おうとする未熟者か」
「そうそう。あれ、何であいつが俺の部下って知ってるんだ?」
「そいつの近くにいただろう。気配を消したつもりだろうが、ぼくには誤魔化せない」
「何だ、俺にも気づいていたのか。ってことは俺の気配を覚えててくれたってことだな。なんだ、うれしいじゃないか」
「勘違いするな。悪魔の気配を記憶するなど他愛のないこと。特別なことではない」
「…あ、そうですか。冷たいなぁ。でもさ、これは合ってるだろ?シールド張らずに自分がいることを俺たちに気づかせたのは、自分が守護する人間を守るだけじゃなく、まだまだ未熟な仲間も守るため、だろ?」
「……」
「変わったな、おまえ。あの頃は仲間なんて必要ないって、天使にしちゃ異端児で面白いやつだったのに。普通の天使になっちゃってつまらないなぁ…」
「つまらなくて結構だ。とっとと用件を言え。くだらないことばかりほざくと、手足と羽をもぎ取るぞ」
「…前言撤回。やっぱり天使としては今も異端児レベルの口の悪さだ」
クククッと悪魔は楽しそうに笑った。

対峙しているのは、昔やりあった悪魔だ。若かりしコウノスケが人間の手助けをしていた時、同じく若く未熟なこの悪魔が現れ、その人間を食おうとしたことがあった。今より気性の荒かったコウノスケはこの悪魔を祓う寸前までボコボコにしたのだが、人間に止められたためトドメは刺さずその場に置き去りにした。
そのまま息絶えたと思っていたが、あのクリスマスイヴの日、地上で感じた悪魔の気配の中にこの悪魔がいたのだ。
一緒にいた悪魔が人間を狙っていたこともあり、コウノスケは自分の気を使って手出しをしないよう警告している。その時、この悪魔は気づいたはずだ。その気配が二百年前のあの天使だと。

気づかれたことで、何か動きがあるかもしれないと密かに警戒していたが、やはり予想は的中だ。
ただ、ここは天界の端とはいえ神の領域になる。恨まれる覚えはあるものの、コウノスケにはどうしても二百年前の復讐に来たとは思えなかった。
ここへ来たところで返り討ちに遭うだけだ。これほどのレベルの悪魔が危険を冒してまで復讐しに来るとは思えない。
(…まさかとは思うが…)
二百年前の記憶を辿り、コウノスケは別の理由に思い当たった。この悪魔、確かおかしなことを言っていた。もし今もそう思っているのなら、あり得なくはない。
ただ、相当粘着質な者ならば、の話だが。

「もう一度聞く。何しに来た」
「そりゃあ、あの時のふく」
「復讐なら、ここではなく地上で仕掛けるだろう。不利な場所で仕掛ける馬鹿とは思えん。まさかと思うが、またおかしなことを―」
「分かってるじゃないか。そう、もう一度スカウトにね。あの時言っただろ?こっちの世界に来ないかって」
この悪魔、二百年前に会った時にコウノスケの持つ力に惚れ込み、引き抜こうとしたのだ。
ボコボコにされて諦めたと思っていたのに、まだ引き抜こうとしているらしい。
「…自分を消そうとしたぼくをまだ引き入れたいのか?狂っているだろう」
「…狂ってるかもな。でも、おまえを仲間に引き入れられたら俺のチームはもっと良くなるし、こちらの世界も安泰だ。二百年経ってもやっぱり喉から手が出るほど欲しいよ」
「……」
悪魔はニコニコと笑っているが、その笑顔も口にした言葉もおそらく本心ではない。仲間になれなどと、悪魔がそんなことを言うとは思えない。フンと鼻を鳴らし、コウノスケは悪魔を睨みつける。
「嘘が下手だな。おまえはぼくが欲しいわけじゃないだろう。欲しいのはぼくの力、だろ」
「…残念、ばれてたか」
「それも天使の力ではない方の」
その言葉に悪魔がピクリと反応する。
やはり悪魔の目的はそれか。思っていた通りだ。
「…なんだ、気づいてたのか」
「考えればすぐ分かる。あの時、未熟だったぼくはフルパワーでおまえを攻撃したからな。力を隠すということは頭になかった」
「そうそう。フルパワーで向かってくるんだもんな。防御も何も効きゃしない。でも、そのおかげでおまえが持っている力を知って鳥肌が立ったよ。俺が求めているものをおまえは持っている。何百年経とうと、その力は手に入れたい」
「あの時、きちんと祓っておくべきだったな。まさか二百年経っても執着しているとは。相当粘着質だな。嫌われるぞ」
「嫌われるのが悪魔の仕事なんでね。褒め言葉をありがとう。ま、今日は単なる挨拶だけさ。それと力の所在を確認しにね」
「…何の話だ」
「とぼけるなよ。さっきからおまえの力が一つしか見えない。あの頃はしっかり二つ見えたのに。もう一つはどこにある?…いや、違うな。どうやって隠している?」
「言うと思うか?」
「思ってないさ。でも、大方、制御できるようになって丸ごとどこかに隠してるんだろ?力がずいぶん安定したようだし。なぁ?」
「そんな力自体、もうぼくには存在しないとは思わないのか?」
「あれだけの力だ。制御できたとしても、身体から取り出すには相当骨が折れるはずだ。下手すれば命も危うい。今は取り出すより、制御して周囲には分からないように隠す方が身体への負担も少なくて済む。…違うか?」
「…さぁな」
「ま、どう隠してるかなんて関係ない。とにかく、いずれあの力は俺が手に入れる。他の悪魔にも渡しはしない。だから、俺以外の悪魔に奪われるなよって、今日は言っておきたかったんだよ」
「何故そこまでぼくの力に執着する?」
「さぁ、何ででしょうねぇ?」
「…自分を助けた仲間のため、か?」
「っ!?」
コウノスケの言葉に、悪魔の顔色が明らかに変わった。口元から笑みが消える。
「…おまえ……」
「ぼくは普通じゃないからな。他の天使では気づけないことにも気づく。おまえの仲間の一人がただの悪魔じゃないことも、二百年前、おまえが助かったのはそいつのおかげなんだろうということも、な」
「……厄介なやつだな」
「厄介なやつだということは、二百年前にすでに分かっていただろう」
「…まぁな。だけど、もっと厄介なやつだって今日改めて分かった。敵になっても味方になっても厄介だ。おかげで、ますますその力が欲しくなったよ」
「…悪趣味なやつだな」
「悪魔ですから。…おおっと、そろそろ帰るよ。とんでもなく力のあるやつがこっちに来るみたいだし」
「二度と来るな」
「ああ、もうここへは来ない。次に会うのは地上だ。その時はおまえが守護する人間を食って、おまえの力もいただくよ」
「……」
「っと、名乗ってなかったな。俺の名はマサだ。覚えといてくれよ。おまえは?」
「男の名など覚える気もなければ、ぼくの名を教える気もない」
「おい!…ったく。じゃあな!」
高く飛び上がると、マサは一瞬で姿を消した。気配を追ってみようと試みたが、あっという間に感じられなくなってしまった。おそらく、もう自分たちの領域へ入ったのだろう。

厄介な悪魔に目を付けられたものだ、コウノスケは深くため息をついた。
地上の女性に執着されるのなら大歓迎だが、悪魔に執着されるなんて、ちっともうれしくない。しかも身近なあいつに似ている悪魔だなんて。
「マサルに初めて会った時、誰かに似ていると思ったが、まさかあいつだったとはな」
そうなのだ。驚いたことに、マサの顔がマサルに瓜二つだったのだ。
悪魔の気配は記憶していたものの、顔なんてすっかり忘れていたコウノスケは内心かなり驚いた。
地上でも、似ている人間は三人いると言われるらしいが、天使や悪魔にも似ている者が存在するようだ。
だが、マサルに似ていても悪魔は悪魔でしかない。誰に似ていようが、天界に害がある存在には容赦しない。


「ようやく立ち去りましたか」
よく見知った気配が後ろに現れた。振り返って頭を下げる。
「はい。粘着質な悪魔で、追い払うのに苦労しましたが」
「あなたが向かってくれたので静観していましたが、やけに長く居座っていたので少々心配になりました。目的はなんだったのでしょう?」
「…昔、自分を痛めつけた天使への宣戦布告のようなものです」
コウノスケの答えを聞いて主天使が困り顔になる。
「それは…」
「ええ、ぼくです。二百年前、瀕死の状態で放置した悪魔が生き延びていました」
「二百年前?…それはもしや―」
「はい、ぼくがフルパワーで戦った時の悪魔です。未だにぼくを…いえ、ぼくの力を手に入れたいようです」
「コウノスケの力を手に入れて、何をしようとしているのでしょう」
「…目星はついていますが、確証はありません。今後、調べてみます」
「では、私も―」
「いえ、ぼく一人で調べます」
「しかし…」
「あの悪魔は単独でぼくの力を手に入れようとしています。集団で襲撃してくることはないでしょう。…それに、ぼくでも取り出すことができない力を悪魔が扱えると思いますか?」
「それは確かにそうですが…」
「相手もそれが分かっています。今すぐにどうこうするつもりはないでしょう。現時点、天界として動く必要はないと考えます」
「しかし…」
「主天使さま。もうぼくはあの頃の、自分の生きる道すら見えていなかった未熟な若造ではありませんよ」
「ええ、それは承知しています。ですが…」
「ご安心ください。あちらの世界に行ってまで調査する気はありません。天界や地上から読み取れる範囲で探るだけです」
「…本当ですね?」
「はい」
「本当に無茶はしませんね?」
「はい」
「……」
主天使はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、コウノスケが一度言い出したことを曲げないことは知っている。何を言っても聞き入れてくれないだろう。
「分かりました。ただし、事態が変わった場合は必ず連絡してください」
「はい」
「それから、今日から当分の間、天界周囲の警備を強化します。もし悪魔が現れた場合は捕らえ、即祓います」
「はい、構いません」
「上級にもこの件は報告します。よいですね?」
「はい。…あの、主天使さま。一つお願いがー」
「ああ、コウノスケが狙われているということは、上級までの報告で止めておきます」
「…ありがとうございます」
「二人が知ったら、どんな行動をするのか目に見えていますものね」
そう言って主天使はにっこり笑う。
「…ぼくはそんなこと一言も言っていませんが」
そう、何も言っていない。思っていたとしても。
「言わなくても、誰よりも何よりも二人に知られたくないと、顔に書いてあります 」
「は?」
「コウノスケは本当に二人が大好きなのですねぇ」
「ですから、そんなことは一言も言っていませんし、顔にも書いていません。ぼくはただ―」
「よいのですよ、照れなくても」
「はぁ!?照れてなどいません!主天使さまは最近空耳と幻覚が多すぎませんか!ぼくは―」
「では、私は上級へ報告してきます。あなたも早く寮へ戻ってくださいね」
「ちょ、主天使さ―」
コウノスケの言うことはまるで聞こえていないのか、主天使は柔らかく微笑むと早々に飛び去っていった。
コウノスケは主天使が飛び去った方向を睨む。
確かに未熟な二人を巻き込まない方がいいという気持ちはある。だが、一切言葉にはしていないし、余計な情報を報告して天界内を騒がせたくないと思ったから、コウノスケが狙われていることは伏せてもらおうと思っただけだ。
それにマサルとトシヒコに関しては、自分のチームのメンバーであり仲間だ。好きとか嫌いとか、そういう感情で表す関係ではない。
もちろん照れてもいない。
なのに、あんな…。
ここのところ、主天使はやたらとああいうことを言ってくるので、何だか居心地が悪い。
三人でいる時に、また意味深な笑みを浮かべてこちらを見てくるのかと思うと、うんざりしてしまう。
よく考えれば、主天使の方が悪魔よりたちが悪いのではないか。
コウノスケへの執着もすごい。あの方は出会ってからずっとコウノスケに執着している。
目下、コウノスケの要注意人物は主天使と言ってもいいかもしれない。

それとも。
そっと頬に触れる。
主天使の言う通り、本当に顔に出てしまっているのだろうか。主天使は他者の感情の変化に敏感だ。他の誰も気づかないことにも気づいてしまう。だからこそ、心内を読まれて、ああいうことを言ってきたのだと思うのだが、もし他者にも気づかれるほど顔に出ているのなら問題だ。
コウノスケが話す前に二人に気づかれたり、他者から歪んだ形で伝わってしまう可能性がある。
悪魔のことだけじゃなく、コウノスケ自身のことも。
さらに、あの悪魔が二人に接触することも考えられるし、何か危害を加える可能性もないとは言い切れない。
あえて言わなかったことで、迷惑をかけた過去もある。

もちろん、いずれ話すつもりではいた。今はまだそのタイミングではないと思っていたのだが、そろそろ話さねばならない時期なのかもしれない。
(二人の階級が一つ上がってからと思っていたが…。近いうちに話した方がよさそうだ)
コウノスケが持つ力のことを。コウノスケが背負っているものを。
そして、あの悪魔、マサのことを。
粘着質な悪魔のせいで色々と予定が狂ってしまった。突然来て必ず力はもらうなどと好き勝手しゃべって去っていくとは、本当に迷惑な客だった。
腕の一本ぐらい、へし折ってやればよかった。

ただ、収穫もあった。
力を手に入れたいのは、自分のためではなかった。
おそらくあの時、クリスマスイヴに一緒にいたもう一人の悪魔。
コウノスケと同じように二つの力を持つ仲間のため。

天界と魔界。
決して一つになれない二つの世界。
それぞれに住まう天使と悪魔が、手を取り合うことは決してない。
解り合うことも、この先ないだろう。

けれど。

「…仲間のため、か……」
コウノスケは遠くを見つめてそう呟くと、ようやく羽を広げた。

真っ白な羽。
天使の証。

それは、コウノスケが選んだもの。


―続く―

***********あとがき*******************
読んでくださり、ありがとうございます。
過去編に繋がるプロローグ、いかがだったでしょうか。
個人的にスピンオフの悪魔を上手い具合に絡められた(と思っている)ので、満足してます。
コウノスケのことがあれこれ???ですが、そのあたりは過去編で書いていくことになるかと思います。
過去編がいつUPできるか現時点分かりませんが、頭の中で考えたものだけでも結構な長さになりそうで…。
その時はちょっとした連載にしたいと思います(^^;)

過去編、そして幸乃さんが書いてくださるスピンオフ、どちらもよろしくお願いします!

2020.11.06

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