「隠し事?」


珍しい。
寮の食堂にやってきたマサルは、奥の売店でよく見知った者が店長と話している姿を見つけた。
見間違い、それはない。あれはどう見てもコウノスケだ。あんな小さな、けれど強大な力を持つ恐ろしい天使は他にはいない。
売店に近づこうとした時、店長との話が終わったようで、コウノスケはマサルが入ってきた出入口とは逆の出入口からさっさと出て行ってしまった。
あっという間に立ち去られ、一歩踏み出した脚が所在なさげである。

(…あいつ、何の用だったんだ?)
マサルとトシヒコはよく利用する売店だが、コウノスケはめったに来ない。あそこには以前三人で行った(小話「お見舞い」参照)ことはあるが、コウノスケ一人が売店に来ているところはとんと見ない。コウノスケLOVEな店長としては毎日のようにコウノスケに来てほしいのだろうが。
手には特に何も持ってはいなかったから、買い物ではなかったらしい。余計に何をしに来たのか気になった。店長兼副寮長のトオルに聞いてみることにする。

「よお、店長」
「ああ、コウノスケ様の下僕一号のマサルくん」
「チームメンバーって言ってんだろ」
「今日は何をご所望で?下僕一号くん」
「相変わらず人の話を聞かねぇな…」
マサルとトシヒコがコウノスケのチームメンバーだと知った途端、二人にとても冷たくなった店長は、それ以来、毎度二人のことを”コウノスケ様の下僕”と言うようになった。下僕ではなくチームメンバーだと毎回訴えているが、トオルは近々大天使になり次期寮長になることが決まっている。寮で生活する上で、寮長にこれ以上嫌われるのはまずい。強くは言えず、毎回こんな感じである。
「いつものつまみをひとつ」
「はいはい」
「あと…」
「うん」
「コウノスケは何しに来たんだ?」
「…は?なに?私とコウノスケ様が話してたからって嫉妬してる?」
「違うわ!!」
「チームメンバーってだけでも憎たらしいのに、さらに独占しようとするとかあり得ない!」
「だから違うって言ってんだろうが!ってか、チームメンバーだって分かってんじゃねぇか!」
「せっかくコウノスケ様が久しぶりに顔を出してくれて、私を労ってくれて天にも昇る気持ちだったのに、君のせいで気分はだだ下がりだよ!」
「あんた、すでに天にいるのにそれ以上どこ昇るんだよ。つーか人の話を聞く気あるのか?」
「君の話?聞く気なんてあるわけないじゃん。はい、買う物買ったらさっさと帰ってくれる?私だって暇じゃないんだから」
言葉通りちっとも話を聞く気はないようで、不機嫌そうに顔を背けてマサルにバンと商品を押しつける。
「客に冷たすぎるぞ」
文句を言いながらも商品を受け取り、出された手のひらに代金を置く。
「文句はもっと高額商品をバンバン買えるようになってから言ってね。ほら、帰った帰った!あ、いらっしゃいませ~!」
「…ちっ」
ちっとも相手にしてくれない。
トオルに聞いても無駄だと察し、マサルは早々に売店を後にした。







「へぇ、コウノスケが売店に?」
食堂から戻ると、トシヒコの部屋に行って事のあらましを話した。
「そうなんだよ。珍しいだろ?」
「そうだね、普段は行かないもんね」
「何しに行ったんだろうなぁ…」
「そりゃまぁ、たまには買う物もあるんじゃないの?俺たちが知らないだけで」
「でも、何にも持ってなかったぞ」
「ふ~ん。じゃあ、店長に会いに行ったんじゃない?」
「コウノスケがコウノスケLOVEな店長に自分から会いに行くとは思えん」
「ま、まぁ…確かに。でも、店長として用事があったのかもしれないじゃん?もしくは次期寮長として、とか」
「まぁ、それはあるかもしれないが…」
「なに、そんなに気になるの?やっぱり嫉妬?」
「ちっ違うっての!!」
「じゃあ、なんでそんなに気にしてるの?別にコウノスケが売店に行ったっておかしくはないでしょ」
「いや、行くことはあるだろうとは思ってるさ。普段何食ってんのか分かんねぇけど、生きてはいるんだから、何かしらは買うだろうよ」
「じゃあ、何が気になってるの?」
「あいつの態度が気になったんだよ」
「へ?態度?」
「…地上にいたって俺の気配に気づくのに、同じ建物、しかも食堂の中にいる俺にあいつが気づかないなんておかしいなって」
「え?」
「あいつ、人一倍周りの気配には敏感だ。それに俺は何も警戒してなかったから、気配を消してもいない。なのに、気づかないで去ってったんだよ。いつもはもっと距離があってもすぐ気づくのに」
「…う~ん…コウノスケが気づかないこともあるのかもよ?」
「いや、あいつはあの距離なら絶対に気づく。こう…肩が動くっていうか、頭が動くっていうか。たとえ振り向かなくてもかなり僅かだけど、反応はするんだよ。それ見て、ああ、こっちに気づいたなって分かる」
「そ、そんな微々たる反応がマサルは分かるんだ…」
「ああ。なのに、今日はその反応もなかった。だから、ものすごい違和感があって」
「……」
「…実は数日前もあったんだよ、そういうことが」
「え…」
「見掛けたから声掛けようとしたら、俺に気づかず行っちまった。その時も違和感があった」
「…そ、そうなんだ…」
「だから、気づいてないんじゃなくて、気づいてないフリをしてんじゃないかって思ったんだよ」
「……」
「あいつ、俺を避けてる気がする。…もしかして俺に何か隠してるんじゃー」
「…え、ええ?な、なに言ってんだよぉ!考えすぎでしょ!俺はおかしいと思うところなんてないし、気にしすぎだよ」
「……でもなぁ…」
「あ、ほら、最近は悪魔のことで天界での仕事を手伝ってることも多いじゃん。そっちの関係の仕事中だったのかもよ?もしそうだったら、俺たちのこと構ってる暇はないかもよ」
「…まぁ、そうなんだが…」
「大丈夫だって!あいつはいつも通りのキレッキレの口悪天使だよ。マサルの勘違いだって!」
ははは!と笑いながら、トシヒコがマサルの背中をバンバン叩く。
「痛い痛い!!馬鹿力で叩くなよ!!もう!」
「あはは、ごめんごめん」
確かにトシヒコが言うように自分は気にしすぎなのかもしれない。コウノスケはマサルの能力をよく分かっている。何かあるのなら、誤魔化さずにきちんと話すはずだ。
それに、コウノスケは元々自分からは話しに来たりすることは少ない。聞かなきゃ言わないことも多い。避けているつもりはなく、深い意味もないのかもしれない。
他者の言動に敏感になりすぎているみたいだなと、マサルは心の中で苦笑した。

「そういえば、今日のトレーニングは終わった?」
「いや、まだ半分残ってる」
「飲む前にやっときなよ。この前みたいに忘れると大変だぞ」
少し前、一日分のトレーニングを日中にできなくて、仕事が終わってから必死でやったことがあった。トレーニングはちゃんと終わったのだが、次の日、筋肉痛がひどくてまるで生まれたての子鹿みたいになって、何にもできず、トシヒコにも迷惑をかけてしまったのだ。
さすがに同じ状況になってはまずい。鬼教官の怒りも恐ろしい。
「そうだな。これからやるよ」
「うん、頑張って!終わったら一緒に飲もう。呼びに行くよ」
「おう。じゃあ、後でな」
「うん!」
子鹿になりたくないマサルは、素直に自分の部屋へと戻るのだった。







「…ふぅ。やっぱりマサルは鋭いなぁ…」
ドアを閉めると、部屋の奥からコウノスケが顔を出した。
「おまえとは大違いだな」
「どうせ俺は気づかないよ!…マサル、これで大丈夫かな」
「大丈夫だろう。まだ不審に思っている部分はあるだろうが、核心までは迫れていない」
「でも、さすがコウノスケだね。マサルが何か不審に思ってるって感じて先手を打つなんて。予想通り俺のとこに来たし」
「何かおかしいと思ったら、まずはここに来ると思ったからな。それにしてもトシヒコ」
「ん?」
「キレッキレの口悪天使で悪かったな」
「それは本当のことじゃん。あ、点数引かないでよ!」
「…ふん」
とその時、コンコンと誰かがドアをノックする音がした。気配を感じなかったので、トシヒコはギョッとする。再びマサルが来たとは考えにくいが、いったい誰だろうか。
「え…誰…?」
「大丈夫だ。トオルだ」
「え、店長?なんだ、店長か」
トシヒコが開けると、コウノスケが言った通り売店の店長、トオルが立っていた。
「やぁ、コウノスケ様の下僕その2くん」
「下僕…。何で気配消して来たの?」
「下僕その1くんが近くにいたからね。君の部屋に私が来るなんて、また怪しまれそうだからさ」
「店長もさすがだな。今さっき、コウノスケが売店にいるなんておかしいって言いに来たとこだよ」
「だろうね。何か不審に思ってたもん」
「敏感で困る」
「コウノスケ様!お持ちしましたよ!」
全開笑顔でトオルが手に持っていた箱を掲げた。
「トオル、色々と助かった」
「いえいえ!コウノスケ様のお役に立てて私は幸せです!まぁ、これが下僕くんその1のためのものというのは正直悔しいですけど!」
「店長、悔しいからって、それわざと落とさないでよね!」
「そこまで子供じゃないよ。あ、君に渡すと落としそうだから私が冷蔵庫に入れるよ」
「…よくお分かりで。助かりまぁす」
「これで準備は終わったか?」
コウノスケに聞かれ、トシヒコが頷く。
「うん、あとは夜にマサルが来ればいいだけ」
「そうか。トオルも時間があるなら来るといい」
「え!わ、私もいいんですか!?」
「用事があるなら、無理にとは言わないが」
「あ…そうだ…。今日はダメでした…夜は上司に呼ばれていたんでした…」
「そうか…」
「ああ…今日のパーティー出たかった…!」
号泣する勢いでトオルがその場に崩れ落ちた。あまりの勢いにコウノスケが慌てる。
「い、いや、そんなパーティーというほど大層なものでは…」
「そうだよ、単なるマサルの誕生日を祝って、ケーキと酒を用意しただけの集まりだよ」

そう、今日はマサルの誕生日なのだ。トシヒコが祝ってあげようとコウノスケに提案し、内緒で酒を準備し、売店でケーキを予約しておいたのだ。
しかし、コウノスケがケーキを取りに行ったところ、たまたまマサルが来てしまった。ケーキの箱を受け取っているところを見られたら、ひと目でバレてしまう。その場で事情をトオルに話し、トオルにトシヒコの部屋まで持ってきてもらったというわけだ。
トシヒコが当日びっくりさせたいと言うから、マサルに内緒で準備してきたのだが、さすがマサルの観察力は凄まじい。
コウノスケは普段と変わらない態度を取ってきたつもりだったのに、少しの違いを見分けていたらしい。
仕事で成長してくれるのは良いことだが、自分の小さな反応の違いまで気づかなくてもいいのに、とコウノスケは密かに思う。
とりあえず何とか誤魔化せたようでよかった。

「何言ってるんですか!コウノスケ様と一緒にケーキを食べたり、お酒を飲むわけでしょう!?私にとっては最高のパーティーですよ!祝ってもらえる下僕その1くんだけじゃなく、同席する下僕その2くんもうらやましすぎるーっ!!」
「て、店長は相変わらずコウノスケLOVEだね…。ま、また今度、別の機会にもやるよ。店長はその時に来てくれれば。な、コウノスケ?」
「そうだな。またやる時に来てくれ」
「は、はい!次は絶対来ます!!コウノスケ様、優しいっ!!」
「ねぇ、俺が言ったんだけど?」
トシヒコが自分を指差してアピールするが、もうトオルはコウノスケしか見ていない。トシヒコのことなど、すっかり忘れられている。
「ぜひ、コウノスケ様のお誕生日の時に呼んでください!!百万本のバラを持ってお祝いに来ますから!!」
「や、やるかどうかは分からないが、やるならな…。だ、だが、バ、バラはいらないぞ」
「そうですか、バラはいらないですか。…では、違うものを用意しますね!」
「いや、何も持って来なくても…」
「何を持っていこう!?今から考えなくちゃ!!うわー!大変大変!!仕事より大事なことができちゃった!」
「お、おい、トオル。仕事の方が重要ー」
「それでは私はこれで!!」
トオルは自分で話を締めると、さっさとトシヒコの部屋を出て行った。
「…行っちゃった。本当話を聞かない人だね…」
「悪いやつではないのだが…」
「コウノスケしか見えてないもんね…下手したら主天使様よりすごくない?」
「……」
コウノスケもそう思ったのか、何も言わず深いため息をつくのであった。







「マサルにおいでよーって言ってきたよ!すぐ行くって」
「そうか」
「はい、じゃあこれね」
「…なんだこれは?」
差し出された物を冷たい目で見つめるコウノスケ。
「え、クラッカー。知らないの?」
「クラッカーは知っている。何故クラッカーが出てくるんだ」
「マサルがドアを開けたら、俺がせーのって言うから、そん時に鳴らしてよ」
「…あ?」
「あ?って何だよ。マサルにおめでとうってやるんじゃん」
「別にやらなくてもいいだろう、そんなことは。地上の子供でもあるまいし」
「何でだよー!やろうよ!」
「一人でやれ」
「ノリが悪いなぁ。仲間の誕生日なんだから、そのくらいやってよ」
その言葉にコウノスケがピクリと反応する。
「…仲間…」
「そう、仲間でしょ?」
「仲間は仲間だが…。仲間の誕生日を祝う場合はクラッカーをするのが普通なのか?」
「あれ、コウノスケは誰かの誕生日を祝うって今までしたことなかった?」
「ない」
「そうなんだ。そう!普通普通!こういう時はね、子供も大人も関係なくクラッカー鳴らしてお祝いするんだよ。仲間ならなおさら!」
「そうなのか」
「そうそう!仲間なんだからさ。コウノスケもちゃんとやってよね!」
「……それなら仕方ない」
コウノスケが差し出されたクラッカーを受け取ると、トシヒコはうれしそうに笑った。
コウノスケは“仲間”という言葉に弱いらしく、“仲間なら当たり前”などと言うと、意外と素直になる。いつもこうだと可愛いのに、と密かに思う。
「…マサルが来るぞ」
いち早くマサルの気配を感じたコウノスケが呟く。
「オッケー!準備万端!」
二人してドアに向かって立ち、クラッカーを向ける。

仲間の誕生日を仲間と祝いたい。
それがトシヒコの密かな願いだった。
大切な仲間が生まれた日は、トシヒコにとっても大事な日だ。
だから、トシヒコはマサルが生まれたこの日をちゃんと祝いたかった。
これまでのありがとうと、これからもずっと一緒に頑張ろうという気持ちを込めて。
ありがとうなんて、恥ずかしくて面と向かっては言えないけれど、誕生日を祝うことでその気持ちが伝わったらいいな、そう思っている。

そしてー

ドアをジッと見つめてクラッカーを握る小さな、口悪だけれど本質はとても優しい頼りになる天使の姿を見下ろして、トシヒコは微笑まずにはいられなかった。
トシヒコの思いを知っていたのか、コウノスケは何も言わず、快諾してくれた。
馬鹿にされると思っていたのに。
「では、ケーキはトオルに頼んでおこう」
そう言って、その日のうちに売店へ赴いたコウノスケ。
トシヒコはうれしくてたまらなかった。

マサルの気配が近づいてくる。
きっとトレーニングをして疲れているだろうから、敏感さや集中力は欠けているはずだ。
こんな風に待ち構えているなんて、おそらくまったく気づいていないだろう。
驚いたマサルの顔を想像して、ニヤニヤしてしまう。

こんなにも良い仲間ができるなんて、あの頃は夢にも思わなかった。
守りたいと思う仲間に出会えるなんて、思ってもいなかった。
仲間に恵まれて、トシヒコは幸せでいっぱいだ。

(早く来い!マサル!ケーキとお酒が待ってるぞ!)
トシヒコは心の中でマサルに呼びかけた。

次はコウノスケの誕生日を祝うぞと、意気込みながら。


おわり

*****

このあと、三人でお祝い♪
楽しい時間になったことでしょう(*^_^*)
マサルはうれしくて泣いちゃったかも?

今日は配信で桜井さんのバースデーをお祝いできてうれしい!
夜、みんなでお祝いしましょう〜\(^o^)/

2021.01.20

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