「第三戦」


“う~ん……“

「桜井、何か言った?」ギターを爪弾いていた坂崎が顔を上げた。
「いや?何にも?」尋ねられた桜井は、観ていたテレビから視線を外して、はて?と首を傾げる。向かい側でパソコンを開いて作業をする音楽家で作家のいつまでも少年のような男、高見沢も無言で首を振って“俺も何も言っていない“とアピールしている。
「そう?何か聞こえたんだけどなぁ」おかしいなと坂崎は頭をかく。
「気のせいじゃないか?それかテレビの音だったとか」
「え~気のせいでもテレビからの音とかでもないと思うんだけど…」
納得していない坂崎の様子を見ていた高見沢がパッと笑顔になる。
「あ!ほら、坂崎は前期高齢者だから、たぶん空耳―」
「前期高齢者は高見沢もだろ!!二日違いの誕生日のやつが何言ってんの!」
「あははー」
「もぉ~」
「やっぱり気のせいなんじゃないのか?ここには俺たちしかいないし」と桜井が言う。
「気のせい…なのかなぁ…」

“う~ん……“

坂崎は小さな目をカッ!と見開いて二人を見た。
「やっぱり聞こえる!!」
「えぇ?」
「そうかぁ?」
「だめじゃん。二人ともちゃんとつけてる?補聴器」
『まだ世話にはなってない!!』
「ははっ!ていうか、やっぱり聞こえるって。う~んって」
「うーん?」
「そう、誰かが“う~ん“って」
『……』

“う~ん…“

「…本当だ!」
「でしょ?」
「誰だよ、トイレで頑張ってんのは」
「ここからトイレまでたいぶ離れてるから、それは違うと思うけどね。って、分かってて言ってるよね、桜井?」
「…えへ♡」
「…全然可愛くない」
「幸ちゃんひどぉいっ」
「き、気持ち悪い!」
「じゃあ、どこからだろ?」気になった高見沢はパソコンを閉じて楽屋を出た。二人もそれに続く。


今日は大阪でライブだ。
秋のツアーを終えるとやってくるのが、クリスマスと最終公演で構成されるファイナルシリーズ。その最終公演がまさに今日だ。
四十五周年でもある今年は、デビュー記念日にこの大阪の地で記念ライブを行いファンとともに盛大にお祝いしたのは記憶に新しい。
そして、そんな記念の年も例年通りライブ三昧。その勢いのまま年末まで突っ走ってきて、いよいよファイナルを迎えた。
そんなライブを数時間後に控え、主にMCのリハーサルを入念にやり終え、広い三人一緒の楽屋で思い思いに過ごしていた時に聞こえてきたのが、今の誰かの”う~ん”という声である。

”う~ん…”

準備に追われているクルーたちの間をすり抜け、声のする方へと近づいていく。
「…あの、何を…?」怪訝に思ったクルーの一人が首を傾げて声を掛けてくるが、無視して先に進む。

”う~ん…”

「こっちか?」
「…こっちだね」
「なぁ、自販機があるところじゃないか?」
先の曲がり角を右に曲がると、桜井が言う自販機が設置してあるちょっとした休憩スペースがある。確かにそちらの方から聞こえてきているようだ。
曲がり角にたどり着くと、三人はそーっと休憩スペースの方を覗いてみた。

”う~ん…”

そこには、見慣れた男の頭があった。置いてあるベンチの背もたれから、黒髪の頭が覗いている。小柄でいつもスーツの男、マネージャーの棚瀬だ。
小さな身体を丸めて、紙を見ながらウンウン唸っている。
何か面倒な仕事でも舞い込んできたのだろうか。
『……?』三人は顔を見合わせて、そぉ…っと棚瀬に近づく。
三人が近づいていることにも気づかず、棚瀬は唸り続けている。何をそんなに悩んでいるのか。
ベンチの傍までやってくると、彼がブツブツと独り言を言っているのが聞こえてきた。三人は背もたれの後ろに隠れて聞き耳を立てる。

「…う~ん……これも違うし…こっちも…何か違うなぁ…。かと言ってこれでもないし…」

何が?
三人が再度顔を見合わせる。

「これもしっくり来ないな…そんな簡単な言葉じゃないんだ、あの人たちは」

あの人たち?
もしかして、俺たちのこと?

「難しい熟語じゃ“なるほど“と思えないしなぁ…英語は格好良いが、ピンとこないからやっぱり日本語だよな……ああ、もう、何て語彙力がないんだ、俺は!!」
そう言って困り果てたように棚瀬は両手で頭を抱え込んだ。

熟語より英語より日本語?
どうやら仕事のことではないようだ。
ますます分からない。

痺れを切らした高見沢が勢いよく立ち上がり、言い放った。
「何の話だ!何の!!」
「わっ!!」持っていた紙とペンを放り投げ、棚瀬が振り返る。
「た、高見沢さ…あ、坂さんと桜井さんまで…」
「なに百面相してんだよ?そんなに悩むとハゲるぞ」
「ハ、ハゲる…」
「これ何?」そう尋ねながら、坂崎が放り投げられた紙とペンを拾う。
「あ!そ、それは…」
「……何これ?」紙を見て坂崎が首を傾げる。見ても何なのか分からないのだ。
様々な言葉が紙いっぱいに書かれていて、意味をなしているように思えない。隣から覗き込んだ桜井がその一部を口にする。
「えっと…“親友“…“仲間“……棚瀬、友達がほしいのか?」
「えっ!?ち、ちが」
「あのな、友達なんてのは人数じゃないんだぜ?たくさんいれば幸せってもんでもない。俺なんて少ないけど、それでも十分幸せだぞ」
「いえ、あの、そういうことでは…」
「桜井は友達何人だっけ?」ニコニコしながら下から桜井を覗き込む坂崎
「……二人」照れくさそうにそっぽを向く。
「え~その二人って誰だよぉ?」
ニヤニヤとうれしそうに桜井の肩に手を回して尋ねる高見沢。
「……ちっさくて細くて相変わらず仕事ばっかりしてる笑っても目が笑ってない多趣味な男と、分けてほしいぐらい髪が豊かで筋肉と肉を愛してて、これまた相変わらず仕事しかしてない炊き立てご飯のお釜に手を入れちゃう天然男」
『何か貶してない!?』
「面白いって褒めてるんだって。だから、二人で十分お腹いっぱいになるから他はいらないんだよ」
「二人というより、高見沢がいればお腹いっぱいでしょ」くくく、と坂崎が笑う。
「そうとも言う」
「俺ぇ?」
「そう、おまえ」
「そんなに面白い?」
「面白いよ。四十五年以上見てても飽きないもん」
「だよねぇ」
「普通だって」
「普通の人は後ろ髪に歯みがき粉は付けん」
「うっ…」
「普通の人は靴の中にカセットテープ入ってたら気づくよ。そのまま履かないでしょ」
「ううっ…」
「普通の人は玉ねぎは丸ごと入れん」
「あ、あれはレシピが悪い!!」
「この歳で王子って呼ばれても違和感ないしね」
「い、いや、ちょっとは違和感あるでしょ!」
『こんなに近くにいてもないけど?』
「えぇっ!?」
「そして、この歳でそのキューティクルな長髪は普通じゃないよな」
「そうだ!普通じゃない!」
「髪も!?」
『つまり、存在自体が普通じゃない』
「俺、そんなに普通じゃないの!?」

ワーキャー騒ぐ三人。
それを無言で見つめる男が一人。
覚えている者はいるだろうか。

「…あの…私のことを忘れていませんか…?」
『……あ』
三人にも読者にもすっかり忘れられた棚瀬なのであった。
「ひどい……」



「…で、これは何?」気を取り直して坂崎が尋ねると、実は…と棚瀬が口を開いた。
「お三方にぴったりくる言葉を探していたんです」
「…ぴったりくる言葉?」こてんと首を傾げる坂崎の横で、桜井が思い出したようだ。
「ああ、夏に考えようって言ってたあれ?」
「それです!」
「…あ~何か言ってたね、そういえば」
「何の話?そんなことあったっけ?」
「さすが高見沢。何にも覚えてないね」
「なぁ坂崎。それ、さすが…なのか?」
「高見沢の場合はさすが、でしょ」
「高見沢さん、これです。この“第二戦“を読んでください」棚瀬がすかさずスマホを差し出す。便利な世の中になったものである。

「…フンフン。ああ、この話な。今思い出した。それで、書き出したのがこれ?」
「はい。私とスタッフであれこれ相応しい言葉を探したんですが、ぴったりくる言葉がなくて…」
「なるほどね。で、色々書き出してみたわけか」
「ええ」
紙には色々な言葉があれこれ書かれていた。
「なになに?…親友、仲間、三位一体、一心同体、戦友、相棒…なるほど、どれも似たような意味の言葉だね」上から順にいくつかを読み上げた坂崎の隣で桜井が一つの言葉を指差す。
「この三位一体は、アルバムのタイトルにも使ったから、この中では一番しっくりくるけどな」
「そうだね。俺たち三人を指すというよりアルフィーという存在を指すなら、この三位一体でいいかも。高見沢はどう思う?」
「そうだなぁ…」う~んと唸って、高見沢は考え込んだ。どれもしっくりきていないらしい。
「やっぱり、お三方を一言で表すのには無理がありますよね…」棚瀬は苦笑いを浮かべて高見沢が持つ紙をつまんで引き取ろうとしたが、何故か高見沢が離さなかった。グッと指に力を込めて紙を見つめている。
「高見沢さん?」
「何か、これだ!ってのが見つかったか?」桜井に聞かれて顔を上げる。
「…いや、違うんだ。俺たち三人に当てはまる言葉なんて、別にいらないなって」
「どういうこと?」
「俺たち三人っていうのは=THE ALFEEという単なるグループだろ?それに言葉なんて別にいらないと思うんだよ。高校からの友達で仲間、それで十分だと思う。そうじゃなくて、俺はアルフィーを形作っている大事な存在も全部引っくるめて考えたらいいんじゃないかなって思う」
「形作っている大事な存在?」棚瀬がきょとんとする。
「いるだろ?ここに。そして、もうすぐもっとたくさん来てくれる。一番大事な存在が、さ」
「…あ、ああ!」
「つまり、クルー、ファン、アルフィーを支えてくれているみんなも含めて、ってことか」
「そう!」
「確かにそうだね。俺たち三人だけじゃここまで続けてこられない。クルー、ファンがいてくれたからこそ、今もライブができる」
「ええ、ええ。そうですね!クルーやファンのみなさんがいて初めて一つの形になる。その存在を忘れてはいけませんね!」
「もちろん棚瀬もそのうちの一人なんだからね」
「えっ?」
「当たり前だろ。おまえが一番身近で俺たちを支えてくれてるじゃないか。おまえもアルフィーを形作ってる大事な存在だよ」
「さ、坂さん…桜井さん…っ」ズズッと鼻をすすって見つめてくる棚瀬がちょっと怖くて坂崎と桜井はススス…と少し離れた。
「何で離れていくですかぁ…っ」
「ちょ、ちょっとな…」
「ごめん、それ以上近づかないで?」
「ひどい…っ」

「だから、もし付けるとしたら、そういう言葉がいいかな」
高見沢が再び紙に視線を落とす。
「じゃあ、これは?」
「これもよくない?」
坂崎と高見沢が一つずつ指差す。
「あ、この二つを繋げるってどう?」
「いいね!」二人が頷き合っているから、しっくりくる言葉が見つかったんだろう。
「桜井さんは加わらなくていいんですか?」
「俺は二人が選んだのを見て頷くだけさ。こういうのは書道家と作家に任せとけばいいの」
「あはは」
「ねえ!これでどう?」
高見沢が紙をこちらに掲げている。そこには、二つの言葉に赤丸が記してあった。
「棚瀬たちが書き出してくれたものの中に、良い言葉があったよ」そう坂崎に言われて棚瀬がうれしそうに笑う。
「桜井、棚瀬、異議は?」
「ない!」
「ありません!」
「よし!じゃあ、これで決定!」
「だね!」


四十五年という長い年月によって形作られたものは、三人だけの力でも、クルーたちがいれば成り立つものでもない。
三つの力とその想いが集まって、初めて形になるのだ。


「そうと決まれば、本番に向けてもう一回リハやるぞ!」
「え、もう一回?」
「もしかしてセットリスト変えるのか!?」
「ううん、MCのリハ!もう一回念入りに!」
『そっち!?』


これはみんなで作り上げたかけがえのないもの。
この先、ずっと守り続けたい大切なもの。
だから、三人とクルーは今日も全力を尽くす。
応援してくれるすべての人たちのために。

笑顔で駆け出した高見沢を三人が追いかける。
これから会えるファンの笑顔に負けない、満面の笑みをたたえて。


さぁ。

泣いても笑っても今年最後のライブだ。
今年あった嫌なことも悲しいことも全部忘れて楽しもう。


THE ALFEEの”唯一無二”の”同志”たちよ。


最高の夜にしよう!!



おわり

*******
2018-2019わちゃわちゃはこれにて終了です!
読んでくださって、ありがとうございました。
明日はツアーファイナル!
45周年という記念の年の締めくくり。
めいっぱい盛り上げてきます!

2019.12.28


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