「わちゃわちゃ2」

八月二十五日

「はぁ~~~~~……」
聞こえてきた深いため息に、思わず笑ってしまった。その声が美声だから余計に可笑しい。
「何だよ、棚瀬。笑うなよ」机に突っ伏した桜井さんがムスッとした顔でこちらを見た。
「すみません…」と謝りつつも、口元は緩んだまま元に戻らない。
「すみませんって顔じゃねぇぞ」
「だって…」
「今のこの状況、自分で蒔いた種なのにって言いたいんだろ!」
「はい」
「嘘でも”いや、そんなことは…”とか言葉を濁したらどうだ!」
「だってその通りですから、言葉を濁す必要はないですし…」
「…おまえ、本当俺には態度でかいよな…」
「そんなことないですよ。桜井さんのことも坂さんと同じように尊敬を…」
「…嘘をつけ、嘘を。顔が笑ってるじゃないか!」
「ははは~」

彼が何故、こんなため息をつくことになったのか。それは数日前に遡る。
仕事の打ち合わせで三人で集まった時、彼が何気なく発した一言のせいだ。

桜井さんの誕生日に集まって以来、オフのわちゃわちゃ集会(私はそう呼んでいる)の開催がなかった。レコーディングや春ツアーもあったし、坂さんと高見沢さんが忙しかったこともあり、集まるという話はなかなか出てこなくなっていた。
おそらく、心の中では”集まりたいけど、時間がないな…”と二人は思っていたことだろう。

そんな中、二人から声が上がる前に、ついつい桜井さんがポツリと言ってしまったのだ。

「ねぇ、オフの集まりはなくなったの?」

『……!』
高見沢さんと坂さんは顔を見合わせて急にニヤニヤし始めた。
「…な、何、その顔…」
「何だよ、集まりたかったわけ?」ニヤニヤ顔のまま、坂さんが桜井さんの顔をつつく。
「え、いや、そうじゃなくて、最近なかったから…」
「またまた~!集まりたいなら、素直にそう言えばいいのに~!」高見沢さんもニヤニヤ顔で桜井さんに体当たり。
「いって…こら筋肉バカ!痛いからやめろ!」
「しょうがないなぁ!桜井が集まりたいって言うから、集まってやるか。な、坂崎!」
「ちょ、集まりたいとは言ってない!」
「そうだね。ん~でも、スケジュール合う?」
「ねぇ、聞いてる!?」
「ここのところ、色々立て込んでるからなぁ…棚―」
「高見沢さんと坂さんの都合がなかなか合いませんね。一時間程度なら、どこかに入れることはできますが…」
そうなのだ。ツアーのない時期はとにかく個々の活動が増えるので、スケジュールを合わせるのはなかなか難しい。去年、よくあんなにも集まれたな、と思う。
「それじゃ、移動の時間も含めたら会って数分で終わりだね。…時間がなくても一目会いたい恋人同士みたいで、さすがにそれは嫌だなぁ」
「はは!確かに!」
あなた方はそんな恋人同士と大差ないラブラブですけどね?と思ったのは私だけではないだろう。

ふと桜井さんを見ると、八の字眉でただ黙ってこちらの様子を眺めていた。もう口を挟む気もなくなったらしい。
私は小さく笑ってから、手帳を凝視して空きを探す。
「八月ですと……二十五日の午前中ぐらいですね」
「ああ、僕が夜から生放送の日か」
「ええ。この日でしたら、午前は何とか」
「あれ?その日って…」
「あ、デビュー日ですね」
「ちょうどいいんじゃない?」
「そうだな。よし、そこで集まろう!」
「分かりました。では、せっかくですから、ケーキを準備しましょうか」
「いいね!よろしく!」
「お任せください」

そうして、今日、八月二十五日にわちゃわちゃ集会となったのである。

「あんなこと言うんじゃなかった……」
「桜井さんが言わなくても、高見沢さんか坂さんがデビュー日が近いことに気づいて、結局集まることになったと思いますよ」
「自分が集まりたいと言った、みたいな感じが嫌なんだって。それに、オフなのにこんな早くから集合かけられて…眠いったらない」
「確かにオフなのに午前中から集まることになったのは、桜井さんには申し訳ないですけど…そもそも桜井さんはオフに集まりたくないんですか?去年、集まりたいなら集まればいいって言っていませんでした?」
「言ったけど、もっと一日オフの時とかさぁ…時間に余裕がある時でいいんだって。わざわざこんなデビュー日に無理やり集まらなくてもいいんだよ」
「忙しい二人のスケジュールで同じ日に丸一日オフなんて無理ですよ。空いている数時間を探すのだって大変なんですから」
「分かってるけどさぁ…あ~眠い…帰って寝たい…」
「そんなこと言っていると、二人が泣きますよ」

”桜井のバカーッ!”と叫んだ二人が私の頭の中で向こうの方へと駆け出していった。まるで青春ドラマのワンシーンのようだ。駆けていったのは、青春ドラマに出演するには無理がある還暦を越えた人たちだが。とはいえ、未だ青春真っ只中のような人たちだから、彼らが走っていっても特に違和感はない。…ただ、坂さんが走っていることには少々違和感があるが。

「こんなことぐらいで泣かないだろ。だって、ラジオの収録で会うことも多くなったし、ツアーが始まりゃ嫌でも顔を合わせるんだから、別にオフまで会うこたぁないんだよ」
「そういうことを言うと、ウルトラマンタカミーが現れますよ」
「あんなの特撮だけで勘弁してくれ」
「じゃあ、JKタカミー…」
「こんなところであの格好してたら、職質されるぞ。…いや、結構可愛いから意外に大丈夫だったりして…いや、それにしてはムキムキすぎる。やっぱり職質されるな」
「では、岡っ引きな坂さん…」
「やめてよ、思い出すじゃん。あれは似合いすぎてて本当、笑っちゃうんだから」
「では…町」
「町娘はやらねぇぞ!!」
先に言われてしまった。
「つーか、町娘は特にヤバイだろ。即逮捕されるわ」
「確かに」
「ってか、何の話だよ。どこからそうなった」
「どこからですかね」
「…おまえがウルトラマンタカミーとか言うからだろ」
「違いますよ。桜井さんが帰って寝たいとか言うからですよ」
「言ったからって、ウルトラマンタカミーもJKタカミーも岡っ引きも出てこねぇよ。…って、あれ、約束の時間過ぎてるのに、二人は何で来ないんだよ。坂崎は棚瀬と一緒に来たんじゃないのか?」
「ええ、一緒に来ましたよ」
「じゃあ、何でここにいないんだよ?」
「気合いを入れて、着替えているのかもしれませんよ?」なんて、言ってみる。
「はぁ!?嘘だろ、そんなの」
「嘘とは限りませんよ。可能性はあります」
「棚瀬が知らないってことはないだろ。…おまえ、全部知ってんだろ?」
「…え?」
「”え?”じゃねぇよ。顔が”知ってます”って言ってるぞ」
ダメだ、顔に出てしまっていたか。
「何だよ、何やってんだよ二人は」
「さ、さぁ~…」
「俺に言わないってことは、また何か企んでるんだろ」
「さぁ~…」
「まさか、またクイズやんのか!」
「さぁ~…」
「さぁさぁさぁさぁ、おまえは卓球の愛ちゃんか!」
「卓球!卓球といえば、オリンピックは盛り上がりましたね!桜井さん、試合観ました?」
「あ?観たよ、卓球好きだもん」
「愛ちゃん、個人戦は残念でしたが、団体はメダルが取れて本当によかったですよね」
「まぁな。団体準決勝の最後の一球は、日本にとっては不運だったなぁ~あれがアウトだったら、結果はどうなってたのか。もしかしたら、ひっくり返して決勝にいってたかもしれないしな」
「本当ですねぇ…」
「男子も予想以上に頑張ったし、いつか中国を倒す日が来るかもな」
「楽しみですね」
「うん。……って、話を逸らすなぁ!」
あちゃ、気づかれた。
「別に逸らしてるわけじゃないですよ。本当にオリンピックはすごかったなと話してるだけですって」
「いいや、逸らしてる!おまえ、時間稼ぎだろ!」
「違いますよ。嫌ですね~桜井さん、ずいぶん疑り深くなりましたね」
「俺をこんな風にしたのは誰だよ」
「私じゃないですよ」
「おまえもそのうちの一人だろ!」
「えぇ~」
「棚瀬がそのうちの一人ってことは、他は誰だって言いたいわけ?」突然高見沢さんが部屋に入ってきて、桜井さんがびっくりする。来ると分かっていた私もさすがにびっくりした。
その後ろから坂さんもやってきた。手に例の箱があるから、準備が整ったということだろう。心の中でホッとする。

「おまえら以外に誰がいるんだよ」
「ひどいなぁ…こっちは記念日をお祝いすべく、朝早くから準備してたのに」そう言って、坂さんが箱を机の上に置いた。
「何だよ、これ?…え?朝早く?」
「そうだよ。俺たちは桜井が来るずっと前から来て準備してたんだよ!」
「へ?な、何の準備だよ?…JKと岡っ引きの格好…ではないよな?」
『するわけないだろ!!』
「だよな。ほら、してないじゃないか」
桜井さんが私を睨む。
「してませんでしたねぇ…」
しないに決まっているじゃないか。
「準備してたのは、こっち」坂さんが箱をトントンと軽く叩く。
「ただケーキを準備するだけじゃつまんないよねって、二人でデコレーションしてたんだよ」
「えっ!デコレーション?二人で?」
「そう!」
「…高見沢も?」
「何だよ、その言い方!俺だってやればできるんだよ!」
「その超不器用な太い指で?」
「うるさいなぁっ!」
「ま、結果はこれ見て判断してよ。開けるよ。ほい」
どんなデコレーションになったのか、興味津々で私もケーキを覗き込む。
先ほど、二人に渡した時はホイップクリームのみの真っ白で飾り気のないホールケーキだった。それが、フルーツを散りばめて、文字を書いたチョコプレートまで飾られた賑やかなケーキに変わっていた。
きっとフルーツを並べたのは坂さんだ。よくいただくフルーツタルトのお店のケーキにどこか似ているから。プロのようなデコレーション…とはいかないが、なかなかのセンスでフルーツが散りばめてある。こんな風にセンスよく盛り付けるのは高見沢さんには……ごにょごにょ。
おそらく、高見沢さんはチョコプレートの文字を書いたのだろう。…半分読めないから。

「すごいじゃん!え、この、ホイップクリームのデコレーションも―」
「まさか!それはお店にしてもらったに決まってるじゃん」
「やっぱり?」
「僕がフルーツを盛り付けて…」
「俺がチョコに文字を書いたの!」
「高見沢が文字を!?読めるのか?」
「失礼な!読める…はずだ!」
「読んでみなよ」坂さんがくくくっと笑う。
「どれどれ……ヅ」
「バカッ!ヅじゃねぇよ!!」
「えぇ?ヅだろ、これ」
「はははっ!ほら、やっぱりヅって見えるじゃん」
「違う!!ジに決まってんだろ!!ジ!」
「ジ~?」
「ジなの!」
「ジ…ねぇ…う~ん、どう見てもヅ…」
「うるさいなぁ!ジ!ジなの!ほら、次はっ!?」
「えっと……マ」
「マじゃなーいっっ!!!」
「え、だってこれ、マ…」
「アなのーっ!!」
「ア!?どう見てもマだろ!」
「ちーがーうーっ!!アなんだって!!こら!坂崎ぃ!!笑いすぎ!!」
その場にうずくまって声を押し殺して笑っていた坂さんを見つけて、高見沢さんが指を差す。
「だ、だって…小さく書けないっていうから、文字数を減らすためにアルファベットやめてカタカナにしたのに、ちゃんと読めないなんて、笑うしかないでしょ!」
「しょうがないだろ!上手く書けなかったんだから!」
「上手く書けるって言ったの誰だよぉ…」
「書けると思ったの!いいじゃん!味は変わらないんだから!」
「えぇ~」
「…ねぇ、まさかこれって、”ジ・アルフィー”って書いてあるつもり?」
「つもりじゃない!書いてあるんだよ!」
「~~~っ」ついに桜井さんも崩れ落ちた。
そうなるのは仕方がない。だって、私が見ても”ヅ・マルフィー”と読めるのだから。
四十二年、グループ名が変わってしまった。
アルファベットにしたら、どういう綴りになるのだろうか。
”DU MLFEE”?もはや、何だか分からない。

「ちょっと!そんなに笑わなくてもいいだろ!」
「ヒーヒッヒッヒ……だ、だって…おまえ…ヅ・マルフィー…って……カタ…カナ、へ、下手すぎだろ…っ」桜井さんは笑いながらチョコプレートをもう一度見て、
「ぶはっ!」と吹き出した。笑いが止まらない。
「しょうがないだろ!チョコペンが書きにくかったんだからっ!」
「書きにくくても…これは…ちょっと…あまりにも…プッ」
「ちょっとーっ!!笑いすぎ!!」
「お、面白れぇなぁ…」
「でしょ?隣で笑いを堪えるの、大変だったんだから」
「坂崎、よく堪えたな…これは…」
「笑えるよね」
「何だよっ!もうっ!頑張ったのに!」
「頑張りが見えないよね」
「うん、見えない」
「ひどい!」
「坂崎、これ、写真撮っといてよ」
「え、ああ、うん」
「で、印刷してちょうだい。凹んだ時とか、疲れた時に見るわ」
「はぁ!?」
「ははは、分かった。じゃあ、一枚ずつ配るよ」
「俺はいらないからな!」高見沢さんがフンとそっぽを向く。
「え、いらないの?」
「坂さん、私にもください。スタッフとかに見せて―」
「見せなくていいっ!!」
「じゃあ、十枚ぐらい印刷しとくよ」
「こらーっ!!もーーーっっ!!」
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
「はぁ、美味しかった♪」
「うん、美味しかったね」
「中のスポンジが美味いよな」
「そうそう、スポンジが美味かった!」
「盛り付けたフルーツも美味しかったし。チョコプレートはどうだった、高見沢」
「美味しかったよ」
「字に問題があっても、味に問題はなかったか?」
「ないわ!まだ言うか!顔デカヒゲ親父!」
「おまえの字が下手だからだろ!筋肉ムキムキなキラキラ親父!」
「どっちも間違いではないね」
三人の相変わらずなトークを聞きながら、残ったケーキを箱に戻して保冷バッグに入れる。
「残りはどうしますか?」
「高見沢、持ってけば?僕の方は人数が多いから足りなくなるだろうし」
「うん、持ってく!」
「では、坂さん。そろそろ行きますか」
「うん。高見沢も行く?」
「ああ、少し早いけど、帰るのも面倒だから、このまま行くよ」
二人が立ち上がると、桜井さんも立ち上がった。
「忙しいことで。気を付けてな」
「うん。午前中から悪かったね」
「夜に集まれればよかったんだけどな」
「いいよ、こっちは暇してるんだから」

部屋を出ようとした二人だったが、扉を開けたところで二人して立ち止まった。
「…ん?どうした?」
振り返った二人はにっこりと桜井さんに笑いかける。
「桜井、ありがとな」
「へ?何が?」
「オフの集まりは?って聞いてくれてさ」
「え…」
「集まりたかったけど、なかなかスケジュールが合わないから、半分諦めてたんだよね」
「でも、桜井が言ってくれたから、絶対集まってやる!って思えて、こうして集まれた」
「しかも、デビュー記念日に集まれたしね」
「坂崎…高見沢…」
「おかげでリフレッシュできて、また元気に仕事ができるよ」
「うん、僕も」
「…そ、そうか…それはよかった…」
『また集まろうな!』ニカッと少年のように笑った二人の笑顔がとても眩しかった。四十年以上一緒にいて、これだけの笑顔をメンバーに向けられるなんて、本当に仲がいい。二人の笑顔にやられた桜井さんは、さっきの深いため息や文句はどこへやら。二人と同じようにニッコニコの笑顔になっていた。
「お、おう!今度は秋ツアーの合間にでも集まるか!」
「いいね!」
「今度は早めに日にちだけ決めてさ、そこには仕事入れないようにしようよ」
「あ、そうしよう。それがいいよ。棚瀬、よろしくね」
「あ、は、はい。分かりました、スケジュール調整します」
「じゃあ、またな!次に桜井と会うのは…ラジオの収録かな」
「そう、今度高見沢と俺。遅れてくんなよ」
「努力しまーす」
「遅れそうだね」
「努力しまーす!」
『遅れるね。』
「努力するってば!」


THE ALFEE。
今日でデビューから四十二年、経ちました。

これからも彼らは走り続けます。


そして、明日からも。

ラブラブです。

うらやましいぐらいに、ね。


―おわり―


***********あとがき*******************
間に合った!
アルフィーさんのお誕生日お祝いとして、今年2作目のわちゃわちゃを書いてみました~(^^)
誕生日の二日前に、フッとネタが降ってきまして。
無理かなと思いましたが、何とかできました。
これからもずっとずっと三人でわちゃわちゃ、イチャイチャしてくださいね~!

2016.08.25


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