「2014年7月25日」

「…んーっ」
リハーサル後、一つ目の打ち合わせが終わり、窓から見える空を見上げて大きく伸びをした。

いよいよ明日に迫った夏のイベント。
目の前の机の上に散らばった楽譜や進行表をかき集める。
夏のイベントとなると、ツアーとは違って決めておくことが山のようにあるため、配られる紙も比例して多くなる。
厚み、どのくらいあるんだろう?

かき集めた紙を整え、楽譜と進行表、その他に分ける。
最後に楽譜を予定されている曲順に並べて、ファイルに挟んだ。
「これでよし…と」

高見沢だったら、きっとかき集めてひとまとめにするだけ。
だから、あとから「あれっ?ない!ないない!」って騒ぐんだよな。
すべて順番に並べておけばいいのにやらないから、毎回同じことの繰り返し。
少しは学習したらいいのに。

「おまえは細かすぎるんだよ!」と言われるだろうけど、そうなっていないと気が済まないんだから別にいいじゃないか。
確かに俺は細かい。
でも、あいつは大雑把すぎる。
「人のことに何だかんだケチつける前に、ちょっとは自分の悪いところを直せばいいんだよ」

……

そっと部屋のドアを見やる。
誰かが入ってくる気配はない。
ドアの向こうを誰かが歩いている気配もない。

…よかった、誰にも聞かれなくて。

まぁ、楽譜に関しては、曲順に並べたところで当日にごっそり変わってしまったりするから、まったく意味がなくなる可能性が高いんだけど。
でも”今のところ”の情報しかないのだから、仕方がない。
要は、センセイの当日の気分次第…だ。
明日になったら、この中の何曲が変わるんだろう。

予想もしていない曲とか、難しい曲なんか、引っ張り出してくんじゃねぇぞ。
…何か嫌な予感がするのは俺だけか?
俺には拒否権がないんだから、これ以上、眉毛が下がることはやめてほしい。


40年目の夏ともなると、スタッフも気合が違う。
いつもより威勢がいいというか、なんというか。

と言っても、気合が違うのは、夏だけに限った話じゃない。
俺たちは、何年目とかそんなに気にしたことはないし、毎年いつも通りツアーをやっているけど、今年は…いや、去年あたりから何だかスタッフや周りの鼻息が荒い気がする。

そんな周りを見てきたからか、自分たちも少し意識するようになってきた。
おかげで、今日は気合の入ったリハーサルをして、結構お疲れだ。
だから早く帰らせてほしいんだけど、まだ打ち合わせをやるっていうんだよね。
もういいじゃん。
十分やったよ?ねぇ?

確かに40年っていうのは、すごいことだと思う。
生まれたばかりの赤ん坊が、中年になっちゃうわけだから、相当な年月を重ねているわけで。

そんな長い期間、休止することなく活動を続けているから、周りはすごいと言うんだろう。
自分たちは、特別何も考えちゃいないんだけど。
お互いがお互いを思う気持ちはずっと変わらないし、出会った頃から大して成長していない分、こんなにも長く一緒にやってこられたのかもしれない。

気がつけば40年経っていた、というのが一番しっくりくる。
40年やろうと思ってやってきたわけじゃないし、どこまでやったらやめよう、なんて考えてもいなかったし。

大ブレイクしたいとか、海外に進出したいとか、そんな大それた夢もない。
俺はただ、ずっと三人で歌えたらいい。
思っていたことは、それだけだったから。

それを願い、ただ歌い続けてきたら、本人たちもびっくりな40年。
人生っていうのは、きっとそんなもんなんだ。
フワフワした頼りない学生も、気がつけば立派な大人になる。
…まぁ、中身が立派かどうかは抜きにして。

だって、あの二人が還暦だぜ?
あの、可愛らしかった坂崎と、あの、眉毛がなかった高見沢が還暦って、そりゃびっくりだよ。
いつの間にそんなに経ったよ?
もちろん、それは自分にも言えることで。
俺も来年還暦だ。
もう半年ない。
1月には三人全員還暦か…。
やっと大卒になったのに、来年には還暦だよ。
今度は「THE ALFEE(還暦)」か?
ああ、やだやだ。


ふと時計に目をやると、次の打ち合わせが始まる時間になっていた。
でも、部屋には俺一人。
「何だよ、誰も戻ってこないじゃないか。何やってんだ、あいつら」
10分休憩と言われたはずなのだが、スタッフに呼ばれて出ていったきり、二人もスタッフも誰も戻ってこない。
何か問題でも起きたんだろうか。

あいつら、何て言われてたっけ?確か…
「スタイリストが、どうとか―」

バンッ!!
「桜井さん!!!」
「うわぁ!!」
大きな音とともに勢いよくドアが開いたもんだから、イスから飛び上がるほど驚いた。
「ばっ…ばかやろう!!もっと静かに入ってこいよ!!心臓が止まったらどうしてくれるんだよ!!」
「あ、す、すいません…っちょ、ちょって慌ててたもので…」
縮こまって謝るのは、うちの若いスタッフ。
平成生まれっていうんだから、まさに現代っ子だ。
あれこれ話していると、「え、それ、なんですか?知らないです」と色々なことできょとんとされる。
説明しても首を傾げるし、「今の時代にはそんなのないですよ。昭和って、そんな感じだったんですか?」なんて言って笑われる。

悪かったな、そんな時代でよ!
今みたいになんでもかんでも売ってて、簡単に買える時代じゃなかったさ。
だけどな、ご近所とは持ちつ持たれつのいい関係だったし、なきゃないで何とかなってたんだ。
昭和には昭和のいいところがあって、いい時代だったんだからな!
それに昭和の人たちが頑張ったから、今の平成って時代があるんだからな!
そこんとこ、ちゃんと分かってんだろうな!?あ!?

…おっと、ついつい熱くなっちまった。
昭和の人間は、とにかく昭和が好きなんだよ。
バカにされたら熱くなっちまう。

「…まったく。それになぁ、そんな大声で呼ばなくても聞こえてるっての。老眼だけど、耳はいいんだからな!昭和生まれを見くびってもらっちゃ困る」
「そんな、見くびってるわけでは…ないんですけど……すいません…」
「それで?」
「え?」
「何か用事があって来たんだろ?何、次の打ち合わせ中止?」
「あ!そ、そうでした!桜井さんを呼びに来たんですよ!」
「何で?」
「桜井さんに来ていただかないと、収拾がつかない状態になってまして…」
「収拾…って、二人がってこと?」
「はい…」
「?どういうことだよ?」
「いや…それが…ちょっと説明できなくて…」
「はぁ?」
何が言いたいんだ、こいつは。
「あのなぁ、説明できなくはないだろ。今、二人がどういう状態かぐらいは説明できるだろ」
「えっと…その…桜井さんのことで…その…」
「俺のことで?何だよ?」
「…その…桜井さんのことで揉めてまして…」
「はぁ?」
素っ頓狂な声になってしまった。
でも、そんな声になるのは当然だ。
何だって?俺のことで揉めてるって何だよ?
スタイリストが何とか…って言われて出ていったんだから、衣装のことを話してたんじゃないのかよ?

「…あのさ、ぜんっぜん分かんないんだけど。俺のことで揉めてるって一体なに―」
「これ以上はもう説明しきれませんよ!とにかく来てください!」
そう言って若いスタッフはドアを開けた。
「はぁ?別に俺が行ったところで何も―」
「桜井さんが来ないとダメなんです!」
これは嫌だと言っても、連れていかれるパターンだ。
本当に俺が行かないと、収拾がつかないってことなのか?
「ああ、もう、分かったよ。行きゃいいんだろ、行きゃあ」
渋々立ち上がって、部屋を出た。
若いスタッフが「こっちです!」と小走りに先に進んでいく。
「はいはい」
俺はもう面倒くさくて、そのままついて行くことにした。
夏イベの前日に疲れるようなことはやめてくれよな。
俺は明日に向けて、集中したいんだよ。

「ここです!」
スタッフは一つの部屋の前で立ち止まった。
みると、やはり”衣装部屋”となっている部屋だった。
「何だよ、やっぱり二人は衣装のことで呼ばれてたんだろ。なのに何で俺のことで揉める?」
俺の質問には答えず、スタッフは「桜井さん、お連れしました!」とドアを開けながら大きな声で宣言する。
おい、おまえの方が絶対耳悪いだろ。
ヘッドフォンして大音量で音楽聴いて、難聴になってんじゃないだろうな?
高見沢みたいに、中にイヤホンが残ってても気づかなくなっちまうぞ。
…あいつの場合は単なる天然ボケだけど。

はぁ、とため息をついて部屋に足を踏み入れると、何やらクーラーの効きが良すぎるぐらい部屋の中がひんやりしていた。
ブルッと身体を震わせた俺の目に飛び込んできたのは、何やら険悪なムードになって対峙する坂崎と高見沢の姿だった。

…え?
な、何だよ、この不穏な空気は。
40年間、ここまで険悪なムードになっている二人を見たことがあっただろうか。

周囲にいるスタッフも、マネージャーの棚瀬も、どうしていいのか分からず、目で俺に「何とかしてください」と訴えているようだった。

「ど、どうした?」
声を掛けると、二人が同時に俺を見た。
怖い、怖すぎる。
「な、何だよ。何があったんだよ!?」
「……」
「……」
ムスッとした二人が、お互いをチラリと見て、フンッと顔を背ける。

おいおい、まずいんじゃないのか?
明日は夏イベだぞ?40年目の記念すべき夏だぞ?
この状態で、ライブができるのか?

手招きにして棚瀬を呼ぶと、トトトトッと小走りで駆け寄ってきた。
「お、おい、何があったんだよ?衣装のことでここに来たんじゃなかったのか?」
「ええ、衣装について話していたんですが、途中からお二人が揉め始めまして…」
「…それが、俺のこと?」
「あ、はい…そうなんですよ…」
「何で俺のことで揉めるんだよ?」
「そ、それはですね…」
「棚瀬、おまえは黙ってろ」
冷たい、刺すような坂崎の一言に棚瀬が固まる。
「……」
小柄な身体をさらに小さくして、おずおずと棚瀬が引っ込む。
できれば俺も引っ込みたい。

「な、なぁ、じゃあ、ちゃんとおまえらが説明してくれよ。じゃなきゃどうしようもないだろ」
「……」
「……」
二人が子供みたいに頬を膨らませ、スタッフたちの方をチラリと見た。
スタッフがいると、話せないってことか?
「みんな、悪いがいったん外に出てもらえるか。三人で話したいから」
「じゃあ、みんな、ここは桜井さんにお任せして、私たちは出ましょう」
棚瀬の言葉に従い、全員が部屋の外に出ていった。

最後の棚瀬がドアを閉めたのを確認し、二人に尋ねた。
「それで?何があったんだよ?衣装の話をしてたんじゃなかったのか?」
「してたよ。出来上がった衣装見に来たんだから」
冷たく坂崎が答える。
「じゃあ何で―」
揉めてるんだよ、と続けようとした時、高見沢が俺をじっと見た。
「…ん?な、何?」
「桜井はさ」
「うん?」
「俺と坂崎、どっちが好き?」
「…はぁ!?」
またもや素っ頓狂な声が出た。

何言ってんだ、こいつ?
暑さで狂ったのか?
「な、何言ってんだよ高見沢。おまえ、あまりに暑くて脳が溶けてきたのか?」
「いたって正常だ。答えろよ、どっちだよ?」
「え、ええっ?」
好きって…好きってなんだよ!?
男と女でもないのに、何だよ、その質問はっ!
「あ、あのなぁ!おまえ大丈夫か!?好きとか嫌いとか、男と女じゃないんだから、へ、変なこと聞くなよ!それより、俺は何を揉めてんだって聞いてるんだよ!ちゃんと答えろよ!」
俺がオドオドしながらそう言い返すと、
「…ふっ」
と坂崎が鼻で笑った。
メガネのレンズが光ってよく見えないが、たぶん相当冷たい目をしてる。
ああ、そうか。
この部屋が冷えてる理由がよく分かった…

そんな坂崎の態度に、高見沢が目をカッと見開いて吠える。
「なんだよ、その笑いは!!」
「高見沢じゃないから、言いにくいんだよ」
「はぁ!?」
「だってそうでしょ。高見沢だったら、即答できるはずだもん」
違う。何かが違う。
「あの、坂崎?そ、そういうことでは―」
「ほら!桜井は違うって言ってる!」
「気を遣ってんだよ。ねぇ、桜井?」
「…へっ?」
「本当は”坂崎だよ”って言いたいけど、高見沢に悪いと思ってるんだよね」
いや、ち、違うんですけど…
「何言ってんだよ!桜井とは高校から一緒で、坂崎よりも長い付き合いなんだよ!坂崎より俺の方が好きに決まってる!!」
「な、なんでそうなるんだよっ」
「ほら、桜井が違うって言ってる。そりゃ高見沢の方が桜井と長い付き合いかもしれないけど、高校の時は別に仲良くなかったわけだろ?どっちかって言ったら、フォークとハードロックで相対する関係じゃん。どこが仲がいいんだよ」
「やってた音楽は違ったけど、桜井がいいやつなのは知ってたさ!なんだよ!違う高校なくせして!」
「同じ学校じゃなくたって、仲良くはなれるんだよ。ね、桜井?」
坂崎の笑顔が怖くてゾクッとする。
「最初にハモッた時、声の質がすごい合ってて運命的な出会いを感じたよねぇ」
「え、う、運命的な出会い!?い、いや、そ、そこまでは…」
「感じたよね?」
「は、ははははいっ」
「あ!強制的に言わせた!」
「そんなことないよ。桜井の本心だよ」
「坂崎はそうやって自分のいいように人を操るのが得意だよな!」
「別に操ってなんかないさ。そっちこそ、ドジで”可愛い”って思われてるけど、それ、本当?本当は天然ボケでも何でもなくて、ワザとなんじゃないの?」
「はぁ!?ワザと転んだり衣装引っ掛けたり、ステージから落ちるわけないだろ!そんな器用なことできるか!」
「ふん、どうだか」

な、何だよ、このやりとり。
三角関係の修羅場?
この歳で、しかも男同士でこんな揉めごとに巻き込まれるとは思わなかった。

言い合いになってしまった二人を見つめて、途方に暮れていると、
「…桜井さん…桜井さん…」
と俺を呼ぶ声がした。
見ると、棚瀬がドアから顔だけ出して、俺に手招きしていた。
急いで駆け寄る。
「棚瀬っ!こ、これはどういうことなんだよ!?あの二人、おかしくなったのか!?何に揉めてるのかも言わないし!」
「それが…さっきからこんな感じでして…」

…何ですと?

「桜井さんの……いや、その…衣装を見ながら二人が話していたら、だんだん言い合いになってきてしまって」
「え?…じゃあ、これが…二人の揉めてる理由…?」
「…のようです」
「つまり…俺が…」
「どちらのことが好きか…」
「は、はぁ…?」
「…なので、桜井さんにしか、お二人を止められないんですよ」

下らなさすぎて、めまいがする。
「どっちのことが好きなのよ!はっきりしなさいよ!」
って好きな男の子に言ってる小学生の女の子と同じじゃないか。

どっちが好きとか…そんなこと、いい大人の俺たちが揉めることか?

何で夏イベの前日にそんな話になる?
そもそも何でそんな話になったんだよ?
衣装と何も関係ないじゃないか。

そして、何で揉める?
…そうだよ、何で揉めることになるんだよ…!

今まで夏イベのために練習や打ち合わせをしてきたのに、こんなことでダメになるのか?
40年という記念の年なのに?
…こんな理由の揉めごとで?

ああ…もう…


「桜井は俺の部屋を掃除してくれたんだからな!」
「それは高見沢の部屋が汚すぎたからだろ。桜井、そんな汚いところに居たくなかったんだよ」
「そんなに汚くねーよ!ただちょっと、物が散乱してただけだろ!」
「十分汚いじゃん」
「何言ってんだよ。坂崎が住んでた部屋、あれこそ汚すぎだろ!」
「しょうがないだろ、古かったんだから。高見沢の部屋だって、天井が落ちるぐらいなんだから、相当古いだろ」
「あれは―」

「…ああ!もう!いい加減にしろっ!!!」
バンッと机を叩くと、二人がピタッと黙った。
きょとんとして俺を見る。
「おまえらなぁ!そんなくだらないことでバカみたいに言い合ってんじゃねぇよ!」
「くだらないことじゃないぞ!大事なことじゃないか!」
「そうだよ」
「何が大事なことだよ!明日の夏イベより大事なものなんて、今、他にあるのかよ!!」
「…そ、それは…まぁ…」
「ないだろ!?打ち合わせに戻ってこないし、子供みたいな言い合いして、恥ずかしくないのかよ!」
「……だって…」
「ほっぺ膨らませても可愛くない!俺は可愛さなんて求めてない!」
「……」
坂崎の顔が、捨てられた子猫のようだけど、ここで負けるわけにはいかない!

「俺たちは三人でアルフィーだろ!一人が欠けても成り立たないんだ!なのに、くだらないことで揉めて、40年目の夏を台無しにする気かよ!明日と明後日のために、どれだけの人間が動いてるか知ってるだろ!」
二人がシュンとなった。
「そんな…台無しにするつもりはないよ。だけど…」
「話してたら、高見沢が”桜井は俺の方が好き”って言い出すから…」
だから、何で衣装の話からその話になるんだよ。
揉めるようなことじゃないだろ。
それに、揉める必要のないことじゃないか。
だって俺は…

「バカだなぁ!いいか?俺がどっちかを選ぶわけがないだろ!二人がいるから、俺はここにいるんだし、今日まで歌ってきてるんだ。どっちが欠けてもダメなんだよ。おまえらだってそうだろ?」
「そりゃあ、お互い…」
「いなかったら困るけど…」
「だったら、こんなことで揉めるな!揉めるなら、せめてアーティストらしく、音楽のことで揉めてくれ!」
「…じゃあ、桜井にとって俺と坂崎は何?単なる仕事上のパートナーとして、いなきゃいけないってそれだけの存在?」
「…バカ!」
「バ、バカってなんだよ!」
「バカだからバカって言ったんだよ。坂崎!おまえもバカだ!」
「何だよ、こっちは真剣に―」
「俺にとって二人は一生の友達で!一生の同僚で!一生、三人で歌いたいんだよ!どっちも大事なんだ!どっちかなんて選べるか!」
「…さ、桜井…」

「40年以上、一緒にいるんだ。言わなくてもそれくらい察しろ!ばかやろうっ!!」
キッと二人を睨むと、二人が泣きそうな顔になった。
俺だって、言う時は言うんだからな!

「桜井ぃ…」
「ごめん、桜井…」
謝るぐらいなら、そういうことで揉めるなよ!まったく!
何でこんな大声で、こんなこっ恥ずかしいこと言わなきゃいけないんだよ。

「二度と…どっちがいいかとか言うんじゃないぞ!いいな!」
「うん、もう言わない。な、坂崎!」
「うん」


「よかった!本当によかった!」
棚瀬がドアの隙間から拍手をしながら、うんうん頷いている。
こういう時に棚瀬が何とかしてくれると助かるんだけどな。
…まぁ、坂崎に逆らえないから、あいつには無理だって分かってるけど。

「じゃあ、みんな戻していいだろ?まだ衣装の話、途中なんだろ?」
「いや、スタッフとの話はもう終わってる」
「あ?そうなのか?じゃあ打ち合わせに戻るか。行くぞ」
「あ、桜井、ちょっと待って」
坂崎に止められて振り向くと、二人が何かを手にしていた。
「…ん?何だ、それ?衣装…?」

「これ、桜井のだから。明日着てね」
そう言って、坂崎がニッコリ笑った。
「…え?」
「こっちも桜井のだからな。明後日着ろよ」
高見沢もニカッと笑う。
「…は?」
「実は、桜井に内緒で、桜井の衣装を二人で一つずつ作ったんだ」
「え?」
二人が俺の衣装を作った?
は?どういうこと?
「自分がデザインした方を着てほしくて、言い合いになっちゃってさぁ」
「高見沢が”桜井は俺の方が好きだから、きっと俺が考えた衣装を着てくれる”なんて言うからだよ」
「だって、本当にそう思ったんだもん」
「…は、はぁ!?」
「でもさ、桜井の言う通り、どっちかを選ばなくたっていいんだよ。ね」
「な。だって―」
「夏イベは二日間あるんだもん!」
二人が手に持っていた衣装をバッと広げた。
超ド派手なのと、色遣いが何とも言えない不思議なやつ。
そ、それって…も、もしかして……

「お、おい、まさか、それを着ろと……?」
「だって、どっちかを選べないんでしょ?」
「両方大事なんだろ?」
「い、いや、それは、作った衣装とかではなくて、おまえらが…」
ニコニコしながら二人が俺に歩み寄ってくる。
「一生の友達なんだよね?」
「え…」
「一生の同僚なんだよな?」
「え…」

目の前まで来ると、二人がニッコリ笑って言った。
『桜井、両方着るよね♪』


「……」


40年目の夏。
記念すべき2014年の夏は、過酷な夏になりそうだ……


…誰か、家に帰らせて……

誰かぁ……


おわり


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夏イベ前日がこんな風だったら面白いな、と思って、急きょ書いてみました。
夏イベ、桜井さんの衣装はどうなる!?楽しみです♪

2014.7.25

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