※こちらは我が家の小説「クリスマスの贈り物」シリーズを読んでいないと分かりません。

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「S-Mart_Alfee支店」のしにょりなさまから、素敵なお話をいただきました!
な、なななんと、三天使のお話を書いてくださったんですー!(*>∇<*)
我が家の「クリスマスの贈り物」シリーズを読んで、妄想が膨らんで、お話ができてしまったそうで。

「ぜひぜひください!!」とお願いして、こちらへの展示も許可いただきました〜!
わーい\(*^∇^*)/

地上でお仕事を頑張っている三天使をお楽しみください♪
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天使の贈り物?

「うわああああああ!!」
自分は今、走っていた。30目前の、独身男が一人、人ごみの中をかき分けるように文字通り走っている。
街は週末を前に、カップルだのカップルだのカップルだの、あるいはそれ未満でも上手いことカップル成立を目指してる男女か、カップルを避けて歩道の端を歩いているお一人様か、家帰っても誰も相手にしてくれねぇんじゃねえの?というくたびれサラリーマンか、そんな中を俺は走っていた。大声を出している自覚はあるが、人目を気にしている場合ではない。
俺は追われているんだ。
走りながらコンビニの看板が目に入る。
オレンジと紫のかぼちゃおばけ。ハローウィンだ?笑わせる。
本物のお化けを見たことがあるのか。あんなニヤニヤ笑うカボチャや白いシーツをかぶってふわふわ飛ぶものが怖いわけないだろう。
本当に怖いのは…
「待ってくださーい!!」
「こら、待てっつてんだろ!!」
「待てって、話聞けって!!」
自分を追ってくる三人組。あれは絶対『人間』じゃない。だって。
三人組の先頭を走るのはどう見ても小学生、しかも低学年。そんなヤツが大の大人の、俺のほぼ5m後ろを全く離れずに付いてくるのだ。絶対人間じゃない。
いきなり居酒屋の『OPEN』を飾る電球がバン!と割れた。
「何なんだよー!!」
叫びながら、曲がる予定のない交差点を渡った。


何とか振り切って逃げ込んだ公園。ゼイゼイと肩を揺らしながら思わず膝をつく。
もともとスポーツは得意じゃない。学生の頃だって体育の成績は悪かった。
大学も1期の必修をやっただけで、あとは文系と単位対策のサークルに所属していた。
就職すればもう体を動かす時間もない。仕事終わりにジムに通っている同僚もいるが、あれは要領よく仕事を他人に振れる奴だ。
そもそも、何でこんな走り回ることになったんだ?

そうだ、あれは1週間前だ。
アパートに帰ってくると、何だか物の配置がおかしい。別に大きくずれてるとか、物が散らばってるわけじゃない。ただ、何かおかしい。
妙に気になるが大家に言って面倒くさいことになるのもごめんだ。
そうこうしてるうちに、夜中にラップ音がするようになった。幻聴じゃない。
3日も立て続けに鳴れば嫌でもわかる。
そして、きわめつけ。ポルタ―ガイストだ。
帰ってきたとたんに、寝室から飛んできた枕にキスするはめになった。室内の明かりをつけようとすれば勝手に点いたり消えたり。
その日の朝使ったマグカップがふわふわ。ついでに溜めまっくた洗濯物もふわふわ。
もう限界だと思ってその夜はネカフェに泊まった。それが昨日だ。
今朝、恐々と部屋に戻ったら、まったく何の問題はなかったのでダッシュで服を着替えて出勤し、できるだけ社内に留まって昨日と同じネカフェに入ろうとした、その矢先。
「こんばんは」
18歳未満のお客様は午後6時以降の入店をお断りします、の店内規約にばっちり引っかかっているお子様が目の前にいた。
人懐っこい笑み。だが、その、何と言うか、オーラってやつ?が異常だ。

人間じゃねぇぇぇぇぇぇぇ!

頭の中で警告ランプが灯る。
そして全速力で逃げ出した。


「あー!もう!!俺が何でこんな目に!!」
「お疲れさまでした」
「!」
座り込んだベンチ。左側に振り切ったと思ったあの子供が座っていた。
「いやー、お兄さん。よく頑張ったねぇ」
今度は右側。ベンチに座らずに俺を見下ろしている。夜なのにサングラスにヒゲ、ダークなスーツ。ぱっと見その筋の人。が、これもオーラが普通じゃない。
「本当だよ。俺たちをこんなに走らせるなんてさあ」
ベンチの背もたれ側から顔を出した男は天使か!?という整った顔立ちにオレンジに近い金髪巻き毛…と、どこのグラムロックの人ですか〜?というテカテカなスーツ。
「トシヒコ、お前コントロール上手くなったな〜」
「…まあまあだったな。電球2個割れたぞ。1個でいいと言ったろう」
「ちょっと、コウノスケ!褒めてくれていいだろ!?2個で済んだんだぞ」
「…看板ごと壊さなかったことは認める」

何なんだこいつら。あー、もう今日だけで『何なんだ』を何回言った?
「それでですね、お兄さん」
隣にいる子供が話を切り出す。
「お!コウノスケの笑顔。男にも見せるなんて!」
「お兄さんラッキーだからね。コウノスケちゃんが男に愛想振りまくってないんだから」
「…つまらない茶々をいれるな。仕事中だぞ」
いきなり絶対零度の声。−もしかして、この子、見かけによらず偉い人?
「で、ですね。お兄さん、身の回りに嫌なことおこってませんか?」
「…嫌なこと?それ、あんた達が起こしてるんじゃ」
その時だった。いきなり子供が立ち上がる。
「トシヒコ、マサル!その人守れ!!」
「「あ、ああ」」
他の二人もよくわかっていないようだが、俺の前後に立つ。そして何やら手をかざした。
すると、何か、清浄、とでも言うような空気が俺の周りに満たされる。
コウノスケ、と呼ばれていた子供が駆け出す。一瞬で、公園の出口付近まで。
飛び出す、と思いきや『何か』に弾き飛ばされた。空中で一回転しながら体制を立て直し、足から着地するとまた『何か』に立ち向かう。
今度はそれを受け止めて押し返そうとする。目に見えないそれは、コウノスケをじりじりと潰そうとしているようだ。現に、足元が地面に少しずつ沈み始めている。
本当に何が何だかわからないが、この三人はあの『何か』から俺を守ろうとしている、多分。
と、ふっと『何か』が消えたようだった。
が、途端に別の『何か』に弾き飛ばされる。そのまま一気に押し戻された。俺の周りの空気とその『何か』挟まれると「ぐっ」とうめいて崩れ落ちた。
全てが一瞬だった。まるでゲームの世界だ。…それと人が倒れるのも初めて見た。
「コウノスケ!!」
トシヒコと呼ばれていた男が駆け寄る。抱き起したが意識がないようだ。
「おい!お前やりすぎだぞ!!」
マサル、という男が何もいない空間にむかって叫んだ。
「あーらー。悪い悪い。ここまでやりあう計算じゃなかったんだけどねぇ」
ふ、とそこに人が現れた。いや、人外のものだ。
腰まで届く、豊かに波打つ金髪。金色の鎧。これこそ『天使様』という外見なのに、身長と同じ長さの柄にやたら大きな刃のついた鎌を手に持っている。これは天使というより死神様だ。
「うーん、僕の計算ではコウノスケを弾き飛ばしたら絶対どっちかが結界を解くと思ったんだよねぇ。コウノスケも、問題児をうまく躾けてるね。いや、手なずけてるっていうのかなぁ?」
この人たちの関係性はよくわからないが、滅茶苦茶失礼な事だけはよくわかった。
「おい!そこの死神!」
「…は?」
「死神なら死神らしく黙って魂とれよ!俺だってなあ、こんな世の中もうまっぴらだ!さっさとオサラバしてぇよ!どうせ俺の命が目的なんだろ!ぐだぐだ言ってねえで持って行きやがれ!!」
大声で言いたいことを言ったらすっきりした。
そんな俺を他所に、マサルが口を押えて笑いを堪えている。
トシヒコも、俯いたまま震えている。別に誰かに逢いたくて逢いたくて震えてるんじゃなく、笑うまいとしているんだ。
それに何故か『死神』も笑いを堪え…きれずに笑い出した。
笑いは連鎖する。俺を残して(倒れているコウノスケは除く)全員笑い出した。
笑うだけ笑うと
「お兄さん、あれね。天使なの。本物の。で、討伐隊なの」
とマサルが教えてくれた。
「とう…ばつ…たい?」
なんだ、その時代錯誤な単語は。
「申し遅れましたが、わたくし、討伐隊員のエドワードでございます。いやぁ、対象者本人の前に現れることなんて滅多にないんですよ。ラッキーですね。あ、でも後で忘れて頂く事になっておりますので、どうぞご安心ください」
「はあ。あの討伐って何を…?」
「おやおや、恍けないでください。最近ヘンなこと、身の回りに起こってませんか?」
「起こってます起こってます!起こりまくりです!」
「それを討伐するのが僕の役目。本来は対象者に知られずにやるんですけどね、そこのお節介ズが割り込んできたからややこしくなったんですよ。ねぇコウノスケ、そろそろ寝たふりやめてください」
トシヒコの膝からコウノスケが起き上がる。
「寝たふりだったのか、コウノスケ!?」
トシヒコが「騙された!」という顔でコウノスケを覗き込む。
「…起きるタイミングを逃したんだよ」
不承不承、という雰囲気をにじませてコウノスケが言う。「気が付いたらみんな笑ってるってなんだよ」とつぶやくのを聞くに、どうやらあのタイミングで気が付いてしまったらしい。
「対象者を選んだのはぼくだ。責任はぼくにある。でも対象者ごと吹っ飛ばすのは如何とおもうが?エドモンド?」
「エドワードですぅ。確かに今回の任務はちょっと特殊だったからそっちの部隊から来てくれるのは有り難いけど、まさかコウノスケの班が来たのは想定外」
「まぁ、嫌がられる仕事ではあるな。でも、できると思った。二人の能力なら。それに文句はあるか?オズワルド君」
「だーかーらー!エドワードって言ってるでしょ!だいたい!上級天使並みの力を持っていて討伐部隊に辞表だしたって前代未聞、花形職種を蹴るなんて」
「適材適所だ。合わないから辞めたんだ、なにか文句でも?エシャロットくん」
これは完全にワザとだ。
「あーもー!!ムカつくな、このチビ!!」
「チビは関係ないだろう!!コウノスケの凄さは俺たちが一番よく知っている!」
討伐隊天使に恐れず立ち向かうトシヒコを見て、かっこいい、と思った。自分の仲間を庇う、それもランクが上の人に対しても。
怖くないんだろうか。もしかして、クビ、とかそれに類する処罰が待っているんじゃなかろうか。
「トシヒコ、お前に加点をつけてやる」
「やったー!!」
「マサルもだ。微力ながら頑張った。認めておく。」
「え?本当に?後で取り消しとか…?」
「それは今月の結果しだいだ」
「あのー。盛り上がってるとこすいませーん。僕の仕事があるんですが?」
エドワードが申し訳なさそうに入ってきた。
「ああ、やれば」
あっさりとコウノスケが俺から離れると、他の二人もそれに倣った。
エドワードという天使がぶん、と鎌を振り上げる。
「はい、痛くないですからねー。一瞬ですよー」
いやいやいや、めっちゃ怖いんですけど!?その笑顔もめちゃくちゃ怖い!
ひっと、目をつぶると同時に、ひゅっと鎌が振り下ろされる音がした。

どこも痛くない。首でも切られるかと思っていただけに拍子抜けだ。それと同時に体の怠さが消えた。
「はい、痛くなかったでしょ?というよりも気分爽快でしょう?」
「…はあ、まあ。爽快と言うほどではないですが」
「おや残念。でもここから先は君の問題。あとコウノスケ達に任せるからよろしくー」
くるっと背を向けてエドワードが歩き出す。と、足を止めて顔だけ振り向いた。
「その人、タロットカードとかお札レベルじゃないから気をつけて」
「それはどうも」
よくわからないが、天使たちにも派閥があるんだろうか。
エドワードは二、三歩歩くとすうっと消えた。
「さてそれでは」
コウノスケは人懐こい笑顔をむけると
「問題のブツ、片づけましょうか」
柔和な顔して逆らえない雰囲気を醸し出しながら言った。


俺の部屋に場所を移し、『問題のブツ』なる、その、お札だの人形(ひとがた)だのあと願い(コウノスケ曰く呪いを)書いた絵馬を回収だの、実はこっそり蠱毒に挑戦してましたー、なヤツを掘り起こすだのして近所の公園でコウノスケに粉砕してもらい、この部屋に帰ってきた。
「で、お兄さんなんで呪いなんて考えたの?」
帰ってくる途中で仕入れたビールを、マサルが嬉しそうにあおりながら聞いてくる。
「そうだよな、呪いって女の人がする場合がほとんどだよな」
こちらはチョコレートケーキをつまみに赤ワインを飲んでいるトシヒコ。
両者とも「コンビニのもので申し訳ありませんが何かお礼を…」という俺の提案に何の躊躇もなく乗ってきた。
それに一喝を与え、「お気になさらず」と大人顔負けの返答をしたのはコウノスケである。
渋る彼にリクエストをしてもらったのは、インスタントのレモンティだった。10本くらいに個包装された、あれ。
それを飲みながらちんまりとクッションに座っている姿は、幼いくせに好々爺のようだ。そんなことを思ったら心を読んだように「これでも200以上行ってますから」と言われた。恐るべし、天使様。
「半端に、知識があったんです。俺の親父、本の収集家で面白い本から奇妙な物まで揃ってて。ある時呪い関係の本にハマってたんです。もちろん親父は実際誰かを呪ったことはないと思うんですけど、関連したものを色々調べるのが好きだったんで。俺は親父の本棚から何冊か読んでいたんで、そのまじない関係も読んでて。あ、別に試してみたいとかじゃなかったんですよ、面白い世界があるんだなくらいに。でも、最近ストレスって言うか、上司からのプレッシャーって言うのか、だんだん激しくなってきて、もう思い出したの手当たり次第やっちゃったっていうか…」
空きっ腹にビールを飲んだせいか、自分の口はよく動いた。
そして情けなくなった。手間暇かけてやってることが『呪い』だなんて。
「お前のそれは甘えだ!」
ズバン、とトシヒコに断言される。わかっているだけに心が痛い。
「まぁまぁトシヒコ。本人もよくわかっているから。ね、そうでしょ?」
マサルがこちらを覗き込んでくる。サングラスで瞳は見えないのに柔らかい視線だとわかる。
あれか。一対一で話すときは向かい合うより隣に座った方がいいって言うあれか。
「でも、ここ最近、っていう訳じゃないでしょ。もっと長―い間にそういうストレスが溜まってるんでしょ?」
「そう、ですね。入社して5年も過ぎれば肩書のある立場になれとか、そこまでいかなくてもプロジェクトリーダーくらいにとか。でも、自分、そんなリーダーシップとれる人間じゃないし、でも、上から下からがんがん言われるし…」
「だからそれは甘えだっつの!」
再びトシヒコに言われる。…だよなぁ。
ちなみに、三人はほとんど飲食を終えていた。
「まぁお兄さん、それ飲みなよ。−あ、ビールもう1本もらっていい?」
「俺にもビール!」
「二人ともほどほどに!!」
三人三様、おもしろいなぁと思った。
『天使』なんてクリスマスの飾りくらいしか知らない。けれど彼らは天使で、俺みたいに弱った人間の前に現れるそうだ。
「なかなか、人間社会っていうのは大変だよなぁ」
マサルが追加のビールを俺とトシヒコの前におく。そして座るか座らないかのところでプルトップを開けた。好きなんだな、お酒。
「俺たちだってさ、失敗すれば文句を言われ、上手くいっても過小評価でさぁ大変なのよ」
「それってぼくのこと?」
マサルの言葉に、コウノスケがまた絶対零度の言葉を投げる。
ちょっと場の空気が凍りすぎたので先ほどレモンティの粉を入れ、電気ケトルからお湯を注いだ。
「ありがとうございます」
軽く頭をさげ、微笑む姿は年相応なのか不相応なのか全くわからない。うっかり頭をぽんぽんしたくなるが『部下』たちの手前自重したほうがいいだろう。
「あー、やっぱコウノスケの笑顔いいなぁ」
『上司』にむかってこんなことをいうトシヒコは大物なのか天然なのか。
「…いいなぁ、俺、そっちで働きたい」
思わずつぶやいた言葉にマサルとトシヒコの二重奏で「やめとけ!」と言われた。
「いや、仕事なんてさ、たぶん上も下も変わんないと俺は思うよ。さっきの討伐隊みたいに華やかで成果も目に見えてるところもあれば、地味―にこうやって人の前に現れて説得したりおだてたり慰めたりしても他からは『閑職』だの『底辺』だの言われるんだから」
「でも、俺、あんな鼻につく態度のやつよりマサルさんたちの方がいいです。マサルさんと働きたい。ダメなら飲み友達が良いです」
あ、なんか鼻の奥がつーんとする。これ涙が鼻にきたヤツだ。
「お薦めしません」
「やめときな、コイツ飲みすぎるとタチ悪いよ〜。絡み酒だからな」
コウノスケの言葉は職務態度で、トシヒコのほうはアフターか。
「そうだ、何か一つ目標決めるのはどうでしょう」
ぽん、とコウノスケが手を打った。
「…もくひょう?」
あ、呂律がまわらなくなってきた。
「んー、会社で一つ企画を起てるとか」
「毎日ジムに通うとか!」
「いや、お二人さん、今の状態でそれはハードル高いって。もっと、ちょっとだけ続けられるやつをさ」
「おおー酒飲んでるのに冴えてるなマサル!」
コウノスケが筆記用具を取ってきた。先ほどの処分を行った際にマサルが部屋もきれいにしてくれている。
「はい、じゃあ書きましょうか」
ずい、とレポート用紙と太字ペンを差し出す。
「自分で書いた方が気合が入るって言いますから」
「仕事用と生活、二つあるといいな。部屋を散らかさないとか」
「「おまえが言うな!!」」
コウノスケとマサル、ダブルでトシヒコが突っ込まれた。なるほど。
で、目の前の真っ白なレポート用紙。何を書くべきか。何を目標にすべきか。
あーだの、うーだの言ってる俺の前にマサルからビールを差し出された。
ああもう!
ビールをがっと呷り、えいや!と二つの目標を書く。
書いてあまりに拙い目標に眩暈をおぼえて倒れこんだ。
「ようちすぎる〜」
「大丈夫ですよ。目標、立てたんですから…」
コウノスケの声が遠くなる
あ、これはねるな。
「大丈夫…あなたが忘れても…応援してます…」
完全に俺は寝落ちした。




「なんじゃこりゃ」
起き上がって、第一声がそれだった。
ワンルームマンション、男、独身、一人暮らし。インテリアに凝るか汚部屋になるかの両極端で、もちろん俺は後者だが。
部屋が片付いている。そしてテーブルが散らかっている。
自分一人で飲んだとは思えない量のビールの缶。絶対口にしないワインの瓶。ケーキを包装していたであろうプラスチックゴミ。自分の趣味じゃないインスタントのレモンティ。
いったい何が、と思ったがそもそも昨日はここに帰るつもりはなかったのだ。
あの、ポルターガイストのせいで。
と、いうことはアレが部屋を片付けてくれた…?んな訳ない!
ふと気になって引出を開けてみた。うまいこと上司の爪か髪でも手に入ったら貼り付けて燃やしてやろう、と思っていた人形(ひとがた)があったはずだ。
―無い。
無いどころかここも綺麗に片付いている。ついでにお札やらカードやらも消えていた。
引出のどれを見ても無い。無い物は無い。
これは。いや、これが原因か。

―人を呪わば穴二つ掘れ。

つまり、因果応報というヤツだったのか。
へたん、と床に座る。
テーブルの上に散乱している物たち。その中に紙が一枚、おそらく空き缶を除けてわざわざ置いた紙。そこには。

『1. 週末は図書館に行く』
『2. 妬まない』

と書かれていた。
「なんじゃこりゃ」
もう一度さっきの言葉がついて出る。
いったい何がどうして。
もう何回『何が』を繰り返しているのか。
ヤケを起こしたにしては、妙に系統だてて行動している。
呪いグッズを処分して、部屋をきれいにして。大量のアルコールを接種したらしいのに、目標まで立てて。
昨日の自分はどうかしてたんだ。―いや、誰か部屋に上げたのか?
そんな筈はない。そんな相手いない。
大学の仲間も疎遠だし、同期入社のやつらはもう転勤したり異動したりでこれまた疎遠だ。
誰なんだ、何なんだ。
でも。
この目標は悪くない気がする。
なので、これは冷蔵庫に張っておこう。
今日は土曜日だ。つまり週末だ。図書館、行ってみるか。


憂鬱な月曜日。
でも、少しだけ今日はマシだ。
土曜日、図書館に行って本を色々見た。実家で親父の本棚を眺めていた時みたいだった。
興味を引いた本を片っ端から抜いて読んでみた。何冊かは借りることにし、改めて『図書貸し出しカード』を作った。これがあれば市内数か所の図書館すべて、借りることができるという。
館内で読んだなかで幾つかは手元に置いて読み直したい、と思った。
ネットで買おうと思ったら電子書籍化されていて、しかも安い。
なので、専用タブレットを購入した。それが今日届くとメールがきた。退社時間が不安定なのでコンビニ受け取りである。
便利なのは良いことだ。
ああ早く帰りたい、というか帰るのが楽しみだ。
「オマエ、本当にこれでリサーチしたのか!?」
ちょっと前向きの気持ちを一気にダウンさせる怒声がフロアに響いた。声の主は課長。
俺の仕事は大手広告代理店の、下請け。主な仕事は親会社に持ち込まれた企画が本当に市場にあっているのか、これから開拓する価値があるのかリサーチすること。
怒られているのは入社3期目の女子社員だ。
「あの…でも…だって」
あーあーあー、その『でも、だって』が余計なんだって。ああいう体育会系はがっちり反駁できない証拠を固めていかないと頭ごなしに怒られるんだよ。
何で知ってるかというと、あいつは俺と同期なのだ。しかも、研修のとき同部屋だった。
…あの頃はもっと明るく皆を引っ張っていくタイプだと思ったんだけどな。同期の中で一番の出世頭ともなると変わっちまうのかねぇ…。
「でもだってばっかり言うな!根拠もないくせに!ほら、やり直し!」
ばしっと音を立てて書類が突き返される。
女子社員は自分の机に戻った後、しばらくして「トイレ行ってきます」と席を立った。
フロアは課長がキーボードを叩く音だけが響いている。

―あー、やりきれない。

俺は鞄の中に突っ込んであったレモンティの箱を持つと席を立った。
廊下に出ると、彼女がとぼとぼと歩いているのが目に入る。
「渡辺さん!」
振り向いた彼女は、必死に涙をこらえているようだった。
「渡辺さん、これあげる」
「え?でも」
「俺、酔っ払って余計なもの買っちゃってさ。飲んでよ。いらなかったら給湯室に置いて」
半ば押し付けるように箱を渡し、席に戻った。

昼休憩。いつもの休憩室。そしていつものカップラーメンとおにぎり。
休憩は電話対応のため30分ずつずらしてとることになっている。小さな会社だが、休憩室はほぼ満席だ。空席を探すとよりにもよって課長の隣り。うわ、マジかよ、と思ったが。

―妬まない

冷蔵庫に張ってある紙を思い出した。
「佐藤課長、隣り失礼します」
「おう」
怒らなければ、怒らせなければ悪い奴じゃない。
「何だ、吉田。カップラーメンとおにぎりか」
「まぁ」
割り箸を重り替わりカップに乗せ、コンビニおにぎりのラップを剥がす。
「炭水化物同士の組み合わせは太るって言うぞ」
「課長は愛妻弁当ですか」
「いつまで続くかな」
「やめてくださいよ、早くも倦怠期みたいに」
佐藤課長は入社2年目で系列会社に転属し、そこでマネージャーになり今年課長になってここに戻ってきた。昨年、結婚したという。
海苔を丁寧に巻いておにぎりにかぶりつく。
「吉田、今年は昇格試験受けろよ」
「無理ですよ。まだプロジェクトリーダーもやってないのに」
「そうか、じゃあそこからか」
いや、ムリ、と言う言葉をラーメンと一緒にすすり込む。せっかく課長が俺を評価してくれたんだ、これを断るのはもしかして失礼かもしれない。
「渡辺さんのことですけど」
「おう、付き合ってるのか」
「やめてくださいって。大体、よくわかってないのに適当に答えて後でもじもじ言い訳するの嫌いなんです」
「きっついな吉田」
「怒鳴るよりましです」
ふむ、と課長の箸が止まる。
「渡辺のもってる案件、もっと掘り下げてみるか」
少しだけ良い方向に向かいそうで安心する。午後は穏やかそうだ。
「吉田、手伝ってやれ」
課長の言葉に飲み込んだスープを吹き出しそうになった。
「二人だけとは言わないから。あと1、2名付けてやる。海外の口コミに上ってる商品だ。まあ、中ヒット狙うくらいの気持ちでやれ」
「リーダーは…?」
「お前だろ」
「いや、ムリです。そこまではムリムリムリ」
「別に率先してやれって言ってるんじゃない。皆の見落としてる所やお互いの摺合せを見てやればいい」
「…できますかねぇ」
「向いてると思うぞ、吉田は。ほら、それ」
行儀悪く佐藤課長が箸で示したのは俺のおにぎり。
「隙間なく海苔を張ってるとことか」
「だって、ご飯が隙間からこぼれるのいやじゃないですか?」
コンビニおにぎりの、海苔を巻くと出来る隙間がどうしても嫌なのだ。そのくせ海苔が余る。それをちぎって張って、ぎゅっとなじませてから食べる。
「そういうさ、隙間を埋めてやれってこと」
できますかねぇ、と言いそうになって

―応援してますよ

子供の声がした、ような気がした。
知らない、でも聞き覚えのある声。
「…やってみます」
「よし、じゃあ午後から渡辺が持ってるデーターを共有して人選する。誰がどの役割をするか吉田が決めていい」
「はい!」
急いでおにぎりを食べ、ラーメンをすする。スープは飲む気になれなかった。―時間がもったいなくて。
シンクの三角コーナーにスープを捨て、フロアにもどる。
入社したての頃の、あのワクワク感が戻ってきたようだ。

―よかったね

あの子供が、笑った気がした。

END.


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いかがでしたでしょうか!
私は個人的にエトワールくん…もとい、エドワードくんの存在が大いに気に入りました!
ああいうキャラ、いいですね〜(^m^)
そして討伐隊という派手な職種もいいです。
他の職種も、あれこれ考えてみたくなりました(^^)

そしてマサルとトシヒコが頑張って仕事をしていて、母はうれしいです。
でも、しにょりなさん曰く、「成長したように見えますが、きっと日常ではまだまだコウちゃんの手を煩わせていると思います」とのことなので、もしかしたら仕事をしているように見えるのは幻かもしれませんね!(ひどい母)

本編のあとは地上の仕事の話を書けていなかったので、書きたいなぁとは思っていたのですが、番外編三本で若干燃え尽き、そして今後書く予定の過去編の構想ばかりで、地上編は後回し…でした(^^;)
まさかこのような形で、三天使の地上での活躍を目にすることができるとは思いませんでした!

三天使、あちこちで愛されていて、生みの親、とにかくうれしいです(T∇T)

しかも、しにょりなさんにはまだネタがあるらしいですよ!!
ぜひそのネタでもお話を書いていただきたーい!!(*>∇<*)
今後も楽しみにしております☆

しにょりなさん、素敵な作品をありがとうございました〜!


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印刷して人へ配布しないでください。
 「伝えたい言葉たち」管理人