「緊急招集4」


ガツ ガツ ガツ ガツ

ゴツくて重そうな靴音が近づいてきた。早足で、何だか機嫌が悪そうな音に聞こえる。
開口一番、何を言われるんだろう…とものすごく不安になる。
でも、味方がいるから大丈夫だ…!…いや、味方なのか?この人たちも敵ではないのか?そもそも自分に味方などいるのか?

何も起きていないうちから混乱している男が一人。

バンッ!!!

蝶つがいが外れそうな勢いでドアが開いた。
男は思わずビクッとする。

「おい!!何で俺がおまえに呼び出されないといけないんだよ!!」
長い髪の国籍不明・年齢不詳な男が、不機嫌そうな顔で部屋に入ってきた。掴みかかってきて投げ飛ばされたら、自分なんて遥か彼方に飛ばされてしまう…と、後ずさる。

「あ、いや、す、すみません…」
とりあえず男、棚瀬は謝ることにした。

「どういう了見で…って、あれ?何だよ、二人もいたのかよ」
棚瀬の後ろにもっと見慣れた二人を発見して、高見沢はきょとんとする。一瞬にして不機嫌だったことを忘れたようだ。棚瀬は一人、ホッと胸を撫で下ろす。
「当然だろ。棚瀬に呼び出させたのは俺らなんだから」
「棚瀬が自ら高見沢を呼び出すわけないじゃん」
棚瀬はサササッと桜井と坂崎の後ろに回り、コクコクと何度も頷く。
「そう言われればそうか。でも、調子に乗って俺を呼び出すようになるかもしれないしなぁ?」
「ま、まさか…!そんなことしませんよ!」
「どうだか」プルプルと首を振る棚瀬をジロリと見て、高見沢は不機嫌そうに言った。まずい、まだ機嫌は直っていないらしい。棚瀬は、だから連絡したくなかったのに…と坂崎を見たが、坂崎はそんな棚瀬の視線に気づいてくれなかった。一人、ショボンとする。

「それにしても、とうとう二人が自主的に来るようになったとはね」
高見沢はニヤリと笑った。すると、二人もニヤリと笑う。その笑いが不気味で、高見沢は少し不安を覚えた。
「…な、なんだよ、その笑みは」
「これが最後だからな」と桜井。
「え?何で最後?」首を傾げる高見沢に、坂崎がとある方向を指さして答えを教える。
「?」
そこにはホワイトボードが置いてあった。見える位置に移動してみると、桜井の字で何やら書いてある。
「これが何……あ」

高見沢が目にしたのは、これまで何度となく出てきた言葉だった。

”わちゃわちゃとは”

その言葉の下に、その意味と思われることが書かれている。

・大阪弁、数人でやかましくしゃべる様=ぺちゃくちゃ
・若者言葉、ワイワイ友達などと楽しみ和んでいる様子
・男性同士が子犬のようにじゃれあったり、仲良くしたりする様子

「坂崎にネットで調べてもらったんだよ」
「……」高見沢は無言でホワイトボードを見つめる。
「だいたい出てくるのは、上の大阪弁だったよ。他の二つは最近使われるようになった意味、みたい。ファンの子が言ってた意味は、おそらく一番下だろうね」
「子犬のようにじゃれあうって…してないよなぁ?」と桜井は言うが、
「…子犬のようかどうかは分からないけど、ちゃんとした意味を知った上で考えてみると、してる気がしてきたよ、俺は」と坂崎が苦笑する。
「え、何で?」
「ほら、三人で集まると学生の時みたいにワイワイ喋っちゃうじゃん?ラジオだろうがテレビの収録だろうが、さ。ライブでのやりとりも客席から見れば…」
ホワイトボードを指さす。
「こんな風にじゃれあってるように見えるのかもしれないよ」
「えぇ…そ、そうかぁ…?」
「あと、棚瀬は最初から分かってたんだってさ。この”わちゃわちゃ”の意味」
「え?」桜井がポカンとする。
「す、すみません…」ペコペコ頭を下げて、棚瀬がさらに小さくなった。
「は?何、おまえ分かってて言わなかったのかよ!?」
「す、すみません…その…言うタイミングをなくしてしまって…」
「はぁ?何だよ、もう…。じゃあ、俺たちが集まってギャーギャー騒いでるところ、笑って見てたのかよ」
「すみません…面白くて…つい…」
「面白がるなよ!こっちは真剣だったのに!」
「まぁまぁ桜井。棚瀬はこうして三人で集まることがいいと思って、言わなかったらしいから、そのぐらいにしてやってよ」
「?どういうことだよ、棚瀬」
「その…ファンの方が”わちゃわちゃしている三人”がお好きだということでしたから、集まって何だかんだ話すだけで”わちゃわちゃ”になるな…と思いまして」
「え、つまり、こうして集まることで、ファンの要望は叶っていたってこと?」
「ってことみたい」
「みたい…って…。坂崎!おまえも棚瀬から聞いたんだったら、もっと早く言えよ!」
「だって、棚瀬に聞いたのこの前解散したあとだもん。さすがにあんなに定期的に休みが同じっておかしいなと思ってさ。問いただしたら、意味も知ってたし、わざわざ集まりやすいように仕事のスケジュールも組んでたって白状したわけ」
「この前ったって、おまえ、何ヵ月前だと思ってんだよ。あれから何度も仕事で会ってるじゃん。何で今日まで黙ってたんだよ」
「ごめん、どうせ次で終わると思ったからさ。それに…」
「それに?」
「…まぁ…いいや、それは」
「何だよ?それに、何だよ」
「うん、まぁ、いいよ。何でもない」ちょっと照れくさそうに笑って、先ほどからホワイトボードを見たまま会話に入ってこない高見沢を見やった。

「で、高見沢は何で固まってんの?」
「そうじゃん、何で黙ってんだよ?おまえがずっと知りたかった”わちゃわちゃ”の意味が分かったんだぞ?喜べよ」
「……うん…」何だか覇気がない。桜井が顔を覗き込むと、浮かない顔をしていた。
「?何でそんな顔してんだよ?」
「別に…」
「別にって顔じゃないだろ。何か不満でもあるのか?」
「…いや…そういうわけじゃ…ないけど…」そう言いながらも、少し口を尖らせていて、不満そうだ。
「どう見ても不満そうじゃん。やっと終れるのに、何が不満なんだよ。なぁ、坂崎?」
「…え?あ、う…ん、そうだねぇ…」同意を求めた坂崎も、何だか歯切れが悪い。
「は?坂崎まで?何だよ、どうしたんだよ?」
『……』二人は顔を見合わせて、何とも言えない顔をする。そんな二人の様子に戸惑った桜井は、
「なぁ、棚瀬、こいつらどうしたんだよ?」と棚瀬に助けを求めてみた。
「…う~ん…」棚瀬が二人を交互に見やると、二人は目をそらした。何だか照れているようにも見える。ふと、棚瀬は思い出した。
「…そういえば…坂さん、ラジオで最近”わちゃわちゃ”って使ってましたよね?」
「…そうだっけ?」
「言ったあと、妙にうれしそうでしたよね」
「……そうだっけ?」
そんな坂崎の様子から、棚瀬は一つの予測を導き出した。
「もしかして…」
「もしかして?」
「お二人は、この定期的な集まりが楽しくて、終わってしまうのが寂しく…なってます?」
「…はぁ!?」
『……』押し黙る二人。否定しないということは、つまり…そういうことだということか。
「そうなのか?なくなるのが寂しいとか、そんなこと思ってんの?」
桜井に言われ、チラチラお互いを見て、二人がエヘ…と笑う。
「…は、はぁ?…か、還暦過ぎた男二人が何言ってんだよ…」
『だってさ?』と二人は声を揃える。
「だって、何だよ」
「若い頃は仕事じゃなくても、集まってワイワイやってたじゃん?飯もよく食べに行ったし、ライブの後はスタッフ連れて飲みにも行ってた」
「そりゃ、若かったし、元気だったからな」
「それがどんどんなくなって、仕事でしか会わなくなっただろ?」
「ま、まぁ…。でも、この歳になってまで、若い頃と同じようにいつも一緒にいたら、それはそれで変だろ」
「まぁ、それはそうなんだけど。でも、だからこそ、仕事じゃなく三人で集まることが楽しくなっちゃったんだよね。何か、若い頃に戻ったみたいでさ。そしたらさ、やっぱり三人でいると楽しいなぁって思ったんだよ」
「高見沢…」
「…俺も同じ。そりゃ最初はせっかくの休みを潰されて、腹が立ったよ。仕事でも会うのに、何で休みの日まで…って。でも…さ。やっぱり、何十年経っても三人で集まってワイワイするの、いいなって」
「坂さん…」
「まぁ、そうは言っても、今やアルフィーの仕事だけじゃないからね。さすがにそろそろ終わらないとな、とは思ってるよ。…寂しいけど。高見沢もそう思ってるんでしょ?」
「ああ。”わちゃわちゃ”の意味も分かったし、集まる理由もなくなったもんな。…寂しいけど」
二人の力のない笑顔に、桜井は何だか心が痛くなる。

確かに、若い頃に戻ったように、三人でワイワイするのは楽しかった。毎回内容のないことをただ言い合っていただけだが、そんなたわいのない時間を密かに楽しんでいたのは桜井も同じだ。

仕事で会う時だってワイワイしていると言われるかもしれないが、心持ちがちょっと違う。一応、休みの日に会う時はオフの顔。三人それぞれが素に戻る。高校、大学の頃と中身がちっとも変わっていない素の自分たちになるのだ。
四十になろうが五十になろうが還暦を過ぎようが、年齢なんて関係なく、集まればいつだってあの頃の自分たちに戻れる。

そんな三人の空間が、他のどんな空間より居心地がいいのは当たり前だ。
友達と会って、楽しくないわけがないじゃないか。


「…しょうがねぇなぁ!棚瀬!」
「は、はい?」
「何ヵ月かに一回でいいから、これまでみたいに二人の仕事のスケジュール、調整してやってくれ」
「え?」
「桜井?」
「桜井、何言ってんの?」
「三人で集まりたいんだろ?二人の休みが合えば、これからだってできるだろ」
「え、でも、桜井はもう…」
「集まりたくないんでしょ?」
「あれ、俺たちって、民主主義じゃなかったっけ?」
『え?』二人が目を丸くする。
「いつものやんないの?」と桜井に尋ねられ、二人がハッとした。
『…いいの?』
「ハモッて聞くなよ。…心底嫌ならそんなこと言わねぇよ」桜井の言葉に、二人の顔がパァッと明るく輝いた。高見沢が満面の笑みで言う。
「えっと!これからも、休みの日に三人で集まりたい人!ハイッ!」
「ハイッ!」子供みたいに勢いよく手が挙がった。分かり切っているのに、高見沢が挙がった手の数を数える。
「いち!にっ!多数決で―」
『決まり!!』

出会った頃と変わらない笑顔で喜ぶ友達二人。
あまりにうれしそうなので、桜井はもう何も言わないでおくことにした。

アルフィーが長く続く秘訣は、紛れもなく自分だと思いながら。


しょうがねぇな。
付き合ってやるか。



……

俺も手、挙げたけどね。



おわり

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というわけで、わちゃわちゃ第4話(タイトル違う)で最終回となりました~。

坂崎さんのラジオ「Kトラ」でここ最近”わちゃわちゃ”おっしゃっているので、そのあたりを加えまして、ようやく”わちゃわちゃ”を解決させてみました(^^)
どうやって終わらせようか…と考えてましたが、この集まりが終わる理由が見つからなかったので、結果”終わらせない”ことに。これが一番しっくりくる!
結局、三人とも楽しかったんじゃん!とぜひツッコミを入れてやってくださいませ。

わちゃわちゃな小話にお付き合いいただき、ありがとうございました(^^)

2015.12.03

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