「緊急招集」

「何だよ、突然呼び出して」
桜井が不機嫌そうに高見沢に尋ねた。

ツアー真っ只中、久しぶりに一日のんびりできる休日だったはずが、突然、高見沢から呼び出されてしまったのだ。
理由を尋ねても、とりあえず来いとしか言わない。
ただ、坂崎も呼んだから、とだけ言っていた。
何故、仕事がない日にまで三人で会わなければならないのか。
ブツブツブツブツ言いながら、桜井は指定された場所へやってきたところだ。

拒否しようと思えばできたはずなのだが、そこは桜井。
後日、何をされるか分からないので、腹が立ちながらも従うしかないと判断した。
目下、ツアー中でもあるし、レギュラーのラジオもあって、会う機会はここ数年、増えている。
そして、彼は桜井にされたことには特に根に持つ。

過去の経験から桜井が導き出した、賢明な判断である。

「まぁまぁ、とにかく座れって」
珍しく先に来て座っていた高見沢が、隣の椅子をポンポンと叩く。
渋々椅子に座り、ふぅ…とため息をついた。
で?と聞こうと思ったが、坂崎がまだ来ていない。
高見沢のことだから、事情は揃ってからと言いそうだ。
「おまえら、よく今日空いてたな」
「たまたまな。ま、夜には仕事があるけど。三人そろって休みって滅多にないから、今日しかない!と思ってさ」
と言いながら、愛用のパソコンで何かをやっている。
桜井にはそれが何の作業なのか、皆目見当もつかない。
「ふ~ん。で、坂崎は?」
「朝早くから蚤の市に行ってるらしい。そこから直接ここに来るって言ってた」
「…元気だな、あいつは」
「朝はな」
「朝だけで悪かったねぇ。どうせ夜は寝てるよ」
「あ、来た来た!」
自分と同じように呼び出された仲間、坂崎がやってきた。
「おす」
と、桜井が言うと、返事の代わりに苦笑いとため息を返してくる。
気持ちは桜井と同じらしい。
どうやら坂崎もまだ何も聞かされていないようだ。
桜井だけが何も知らない、という厄介な状態ではないらしい。
人知れず、ホッとした。

「突然、一体何なの?仕事の話?」
「そうだよ、一体何なんだよ?」
「仕事の話じゃないよ。まぁ、坂崎も座れよ。何飲む?牛乳?」
「飲まないよ!ウーロン茶とかでいいよ」
もう!と言いながら、坂崎も腰掛ける。
「桜井は?」
「アイスコーヒー」
「ん。棚瀬ー!」
「え、棚瀬も来てんの?」
びっくりする坂崎だったが、
「はいはい」
と、ごく当たり前のように棚瀬は笑顔で登場した。
こいつはどこにでも現れるな…と坂崎は心の中で思う。

「坂崎がウーロン茶で、桜井がアイスコーヒー」
「はいはい。高見沢さんは何にしますか?」
「ケーキセット!」
「ケーキは買ってこないとないですって」
と、棚瀬。
「んーじゃあ、ステーキ!」
「あるわけないでしょう」
「だって起きてから何も食ってないからさぁ」
「それなら出前を取った方がいいのでは?」
「そうか!じゃあ、うな丼!」
「はいはい。お二人はどうします?」
「俺はコーヒーだけでいいよ」
「僕も」
「分かりました。じゃあ、すぐにお持ちしますね。高見沢さんはしばらく待ってくださいよ?」
「オッケー。よろしく」

棚瀬が出ていくと、ようやく高見沢が話し始めた。
「今日来てもらったのは、集まってやらなきゃいけないことができたからなんだ」
「やらなきゃいけないこと?」
へ?と坂崎が首を傾げる。
桜井も意味が分からず、眉をひそめる。
「つまりアルフィーとしての仕事ってことか?でもおまえ、さっき仕事じゃないって」
「ああ、仕事じゃない。仕事じゃないんだが、集まらないとできないことなんだよ」
「全然分かんないんだけど」
「本当だよ。何が言いたいのかさっぱり分からん」
「俺もさぁ、そんなことやって何になるの?って思うんだけどさぁ…」
予想外の発言に、坂崎と桜井はポカンとした。
「は?何それ。高見沢もやる意味ないと思ってるようなことなわけ?」
「仕方ないじゃん?ファンが望んでるんだからさ」
「ちょっと待ってよ。今日集まったのは、ファンが望んでることをするためってこと?」
「そう!さすが坂崎、理解が早い!」
「じゃあ、それは仕事ってことじゃないの?」
「う、う~ん…仕事とは言い難いことだからなぁ。歌うわけでもないし」
「一体何をやるんだよ?」
「つまり…」
『つまり?』
坂崎と桜井の声がハモる。
「”わちゃわちゃ”してほしいんだって」
『……は?』
二人がさらにポカンとする。
口がぱっくり開いている。
「な?やる意味あるの?って思うだろ?」
苦笑いを浮かべて、高見沢が頭をポリポリする。
「…わ、わちゃわちゃ?」
確認のために坂崎が繰り返す。
「そう、わちゃわちゃ」
「わ、わちゃわちゃってなんだよ!」
「こう…三人でぇ……わ、わちゃわちゃするんだよ」
「だから、その”わちゃわちゃ”って何することなんだよ!それが分かんねぇだろ!」
「う~ん……何て言うんだろ…、そう…あ、イチャイチャの親類、みたいなことじゃないかなぁ…と」
「親類!?イチャイチャに親類がいるのかよ!?」
「…あ、ごめん、”同類”だ」
「親類と同類を間違えんな!」
「親類でも同類でもどっちでもいいけど、要は三人でイチャイチャみたいなことをやれってこと?」
「まぁ、そういうことみたい。な、意味なさそうだろ?」
「意味なさそうっていうか、男同士でイチャイチャって変でしょ。誰、そんなこと要望してるのは」
「愛知県に住んでる”ろき”って人」
「変わった人だねぇ」
「頭大丈夫か?」
「そこは分かんないけど…でも、その子が言うには、俺たちが”わちゃわちゃ”してるのが好きなんだってさ」
「…え?”わちゃわちゃ”なんて、普段してるか?」
「してないよ」
「してないよな」
「そうなんだよ。俺たちはしてるつもりなんてまったくないじゃん?」
『うん。』
「だから、何したらいいのか、実は全然分かんないんだよね~」
「じゃあ、どうしようもないじゃん」
「そうだよ、何していいか分からない三人が集まったところで、どうしろって言うんだよ」
「うん、どうしよう?」
『こっちに聞くな!』
ああ!もう!と、坂崎と桜井はテーブルに突っ伏した。
「も~何のために俺たち集まったんだよ~」
「貴重な休みだったのに…」

「なぁ、頼むから、一緒に考えてくれよぉ~」
「集まる前に、高見沢が誰かに聞いておけばよかったんだよ。そしたら、こういうことっていうのが少しは分かったかもしれないのに」
坂崎がジロリと高見沢を睨む。
「え、俺が?」
「そうだよ。だっておまえしかその要望は聞いてないんだから」
「そうだそうだ!」
桜井も援護する。
「え~”わちゃわちゃ”って何すればいいの?なんて聞くの?それはちょっと恥ずかしいじゃん?」
「恥ずかしくても分かんないなら聞かなきゃダメでしょ。埒開かないじゃん。事務所の女の子に今から電話で聞いてみれば?」
「やだよ」
「何で?」
「だってさぁ…意味はおそらくイチャイチャみたいな…ことだろ?」
「…だろうね」
「俺が”三人でわちゃわちゃするには何したらいいの?”って聞いたら、引きそうじゃん」
『…確かに。』
寒気がしたのか、坂崎と桜井が肩をすぼめた。
「坂崎が聞いてよ」
「やだよ!」
「おまえなら、事務所の女の子も引かないかもしれないし!」
「誰が言っても引くって!なぁ、桜井っ?」
「そうだよ。もし俺が言ってみろよ。次に事務所に行ったら、みんな目も合わせてくれなくなるぞ」
「じゃあ、誰も聞けないじゃん!どうすんだよ!」
「高見沢が受けた要望なんだろ!おまえが何とかしろよ!」
「そうだよ。その要望してきた人に聞くとかさ」
「…え、連絡先知らないもん」
「はぁ?じゃあ、どうやって要望されたんだよ!」
「え?あ~…まぁ…風のウワサで」
「風のウワサで要望がくるのかよ…」
「今やそういうこともあり得る時代なんだよ」
「本当かよ」

「お待たせしました~」
棚瀬が坂崎と桜井の飲み物を持って戻ってきた。
三人の目が光る。
「…え、な、何ですか?」
「もう、こいつしかいないんじゃないか?」
「そうだね、こいつしかいないね」
「そうか、最初からこいつに聞けばよかったんだ」
「…は?」
首を傾げながら、棚瀬が飲み物をテーブルに置いていく。
三人のターゲットは、もはや彼しかいない。
『棚瀬。』
三人に名前を呼ばれて、ビクッとする。
「え、は、はい?な、何ですか?どうしたんですか?」
「おまえに一つ聞きたいことがある」
「はぁ…何でしょう?」
「俺が今から聞くことを、誰にも言わないと約束できるか?」
真剣な眼差しの高見沢に、棚瀬の背筋がピンと伸びる。
「そ、そんな大事なことなんですか?」
「ああ」
「そんなことを私でいいんですか?」
「棚瀬しか聞けそうにない。他のやつらには聞けないんだ」
「そう、棚瀬がいいんだよ」
と坂崎が頷く。
急に頼られて、棚瀬は何だか胸がドキドキしてきた。
「わ、わわ私なんかでよければ、何なりと!大丈夫です!私は誰にも言いません!」
「恩に着るぜ」
「やっぱり棚瀬は頼りになるな」
「さすがチーフマネージャーだね」
「…みなさん…」

今まで、こんな風に言ってもらえたことがあっただろうか。
感動しつつ、棚瀬はこの仕事をしてきてよかったと心から思った。
これからも、三人のために頑張っていこう、棚瀬は改めて心に誓った。

後に、その決意は撤回したくなるのだが。

「実はさ…」
「はい!」
「ファンからの要望が来てて、どうすればそれができるのかが分からなくてさ」
「…は、はぁ…え?それが聞きたいこと、なんですか?」
「そうだよ。だって、ファンからの要望とあれば、応えてあげたいじゃん」
「応えてあげたいけど、いまいち意味がね」
「そうそう」
「本当にみなさんはファン想いですね。私はマネージャーとして、鼻が高いです。…それで、どんな要望なんですか?」
「それがさぁ…」
「ええ」
「”わちゃわちゃ”してほしいって言ってるんだよ」
「……は?」
「だから、”わちゃわちゃ”」
「…わ、わちゃわちゃ?」
「そう。わちゃわ…もう!何度も言わせんなよ!」
「わちゃわちゃ…」
棚瀬がポカンとした顔で固まる。
「その”わちゃわちゃ”って意味がいまいち分かんないんだよ。何をすれば”わちゃわちゃ”になると思う?」
「俺たち、そんな”わちゃわちゃ”なんてしないし。なぁ?」
桜井に同意を求められ、二人は、
『うん。』
と頷いた。
「”わちゃわちゃ”してほしいって要望が来たものの、具体的に何していいか分かんないんだよね」
「三人で何すれば、”わちゃわちゃ”になる?」
「あ、今日しか時間ないから、手っ取り早くできることしかやれないからな。もし何か準備がいるとか、そういうことなら日を改めてするしかない」
「そうなったら、スケジュール調整しないとな」
「うん。なかなかないよ?三人空いてる日なんて」
「今日できればいいんだけどなぁ」
「な、棚瀬。どう思う?」
「……ど、どうって……言われましても…」
「え、何、棚瀬も分かんないの?」
「ダメじゃん」
「じゃあ、誰に聞きゃいいんだよ?」
「やっぱり事務所の女の子たち?」
「マジかよ…」
「あの…」
棚瀬が割って入るが、
「分かんないんだろ?もういいよ」
「あ、でも、聞いたってことは誰にも言わないでよ?」
「悪かったな、変なこと聞いて」
と三人それぞれから言われてしまい、すっかり蚊帳の外になってしまった。

「じゃあ、どうするよ?どの子に聞く?一番聞きやすそうな子がいいよな」
「だね。○○ちゃんは?一番若いから、最近の言葉には詳しいかもよ」
「なるほど。でも△△も教えてくれそうじゃない?ほら、文系だって言ってたから、言葉には強そう」
「◇◇さんは?」
「あの子は英語はすごいけど、日本語はいまいちって言ってたぞ」
「日本人なのに?あ、長年外国にいたとか?帰国子女?」
「いや、外国には一年留学しただけだって」
「それで何で日本語がいまいちなんだよ」
「知らないよ。本人に聞いてよ」
「まぁ、国語とか苦手なんじゃないの?日本語は難しいからなぁ。俺も漢字ドリルやって改めて思ったもん。文字の成り立ちとかさ、すごいじゃん?」
「まぁ…簡単とは言わないけど、そんなに難しいか?」
「難しいじゃん。ほら、”ゆううつ”って書けるか?書けないだろ?」
「まぁな、パソコンやスマホで簡単に変換しちゃうから、この字とは分かるけど、書けと言われると無理だな」
「だろ?日本語は難しいんだよ」
「ねぇ、それで、誰に聞くの?」

分からないわけではなく、それはすごく簡単なことなんですよ、と言いたかったのだが、もう棚瀬が入り込む隙間はなさそうだ。
「じゃ、じゃあ失礼します。が、頑張ってください~……」

パタンとドアを閉める。

あとで高見沢のうな丼を届けに来た時、果たして解決しているだろうか、と棚瀬は思う。

おそらく、あのまま進展しない気がする。
しかし、それは好都合だ。
ふふ、と棚瀬は笑った。

「ええ、ええ。いいんですよ、あのままで。時間の許す限り、ずっとああしていてください」

その笑いと言葉の意味を知らないのは、当の三人だけ。


そう、そのまま。
そのままでいい。
それで、その要望とやらはある程度叶うだろうから。


「そうやって、三人で”わちゃわちゃ”していてくださいな」

   ・
   ・
   ・
   ・
   ・

「スタッフの☆☆ちゃんは?」
「あの子はダメだよ。すぐに人に喋っちゃうもん。この前、高見沢を驚かせようと新しく買ったギター持ってきたら、僕が高見沢に見せる前に、高見沢に喋っちゃってたんだもん」
「あ~あったあった!楽屋に行って、”例のギター、ついに買ったんだって?”って言ったら、”何で知ってんだよー!”って言われてさ」
「☆☆ちゃん、ダメじゃん」
「だから☆☆ちゃんはダメだよ。こんなこと聞いたら、スタッフ全員に言い触らされる」
「じゃあ、誰に聞こう?」
「何かさ~みんな信用できなくなってきたんだけど」
「俺も」
「僕も」
「こんなんじゃ、誰にも聞けないじゃん」

三人は腕を組んで考え込む。

「…やっぱり、要望してきた本人に聞くべきじゃないの?」
「だから連絡先知らないって」
「どこかで呼びかけてみる?連絡くれって。あ、ラジオとかで」
「そしたら、”わちゃわちゃしてって言った”って言わなきゃいけなくなるじゃん」
「あ、そうか」
「公共の電波で言えるぐらいなら、こんなに悩む必要ないだろ」
『ごもっとも。』

再び考え込むが、何も浮かばない。

浮かばなくて、いいのだが。


『う~ん……』




おわり


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”わちゃわちゃ”の意味が分からないまま、”わちゃわちゃ”する三人でした♪

2015.7.7

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