弁護士佃克彦の事件ファイル

「食い逃げ」の法律学

PARTU

第3 食い逃げの法律学・本論
 さて、そろそろ本論に入りましょう。以下、食い逃げをいくつかのパターンに分けて、何罪が成立するかを検討することとします。
1 はじめから食い逃げをするつもりで入店した場合
 店に入る前からもともと代金を支払うつもりがない場合、料理を注文した時点で、「代金を支払うつもりがないにも拘わらずあたかも支払う意思があるような振りをして注文をした」という意味において詐欺罪の着手がなされたことになります。そしてこの注文に騙されてレストラン側が料理を出した時点で、犯人は、料理という「物」を騙し取ったことになり、1項詐欺罪が成立します。
2 食べている途中で食い逃げをしようと思った場合
 店に入るときは代金をきちんと支払うつもりだったけれども、料理を出されて食べているうちに代金を支払う気をなくし、「よし、食い逃げしてやる」と決意して食べ続けた場合を考えてみましょう。
 代金を支払わない人に料理を食べさせることはレストラン側の意に反することですから、この場合、食い逃げの決意をした時点で、この犯人はレストラン側にとり「意に反することをする人」に変わることになり、その後一口食べた時点で、その料理を窃取したことになります。食べ物を摂取して窃取したわけですね。
 つまりこの場合は窃盗罪になります。
3 食べ終わった時点で食い逃げしようと思った場合
 店に入って注文をし、出された料理を食べ終わる時点まではきちんと代金を支払うつもりでいたのに、いざレジで代金を支払う段になって悪魔のささやきに負け、「食い逃げしよう」との犯意を形成してしまった場合。
 この場合のポイントは、犯意を生じたレジの時点では、食べ物はすでに摂取され終わっており、あとは代金支払い債務しか残っていないことです。つまりこの場合、食べ物を取るか否か、ではなく、債務を免れるという経済的利益を得るか否か、しか問題となりません。
 このケースでは、その後のこの人の行動の仕方で、罪責は大きく変わります。
(1) まず、レジで「家に財布を取りに行ってくる」等と嘘をついて店を出てそのまま逃げてしまった場合。
 この場合は、「財布を取りに行ってくる」と言ってレストランを騙していることになります。レストラン側からすると、「ああ、この人は家にサイフを取りに行ってその後に支払ってくれるのだな」と思うからこそ、その人が店を出るのを許容するわけですが、その信頼を裏切られて騙され、代金を踏み倒されてしまうわけです。これはまさに、騙して経済的利益を得る、という2項詐欺にあたります。
(2) 続いて、レジで突然魔が差し、隙をついてそのまま走って逃げてしまった場合。
 この場合は、レストラン側を騙しているわけではなく、レストランの意に反して走って逃げてしまっている訳ですから、詐欺罪が成立する余地はありません。
 このときにこの逃げた人が得たものは、代金支払いを免れた、という経済的利益です。しかし、「相手の意に反して経済的利益を得る」という「2項窃盗」という犯罪は刑法にはありません。
 したがってこの場合には、なんとこの人は無罪になってしまうのです。
第4 厳重注意
 さて、これを読んで、「突然レジで食い逃げの犯意を催して走り去る」ということをやってやろう、と思ってしまった方はいませんか?
 そういうあなたには私から、世の中そんなにうまくはいかないものだ、ということをきちんとお伝えしておかなくてはなりません。
 第一に、これは、刑法上犯罪にならないというだけであり、民事上の責任はもちろん発生します。つまり、代金を支払う義務はきっちり残りますし、それプラス、遅延利息や、逃げたあなたを追跡するのに要した費用も請求されるでしょう。
 第二にそもそも、「食い逃げをしようとしたのはレジに行ってからです」という言い分を、お巡りさんは信じてくれません。
 「食い逃げ」の犯意がいつ発生したかはあなたの主観だけの問題であり、あなた以外は神様にしか分からないことです。仮に「食い逃げ」の犯意が本当にレジの段階で初めて発生したとしても、それを証明する手段はあなたにはありません。
 むしろ、「レストランで食事をして代金を支払わないで逃げ出した」という外形的事実からは、「最初から食い逃げするつもりだった」と推測され詐欺罪に問われるのが普通であり、常識的な判断でしょう。あなたがいくら「レジで初めて思いついたのです」と弁解しても、警察官も検察官も、はたまた最後の砦の裁判官も信用してくれないと思います。

 よからぬことを考えぬよう、くれぐれもご注意下さい。

この項おわり

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