後編




「坊ちゃん、もう一度聞きますよ。どこへ行っていたんですか?」
「う、あ…えー。その、お城へ」

サザの顔が一段と険しくなる。

「城へと行った坊ちゃんは誰に会って何をしたのですか?」
「せ、精霊達に会って…」
「それで?何を?」

…言えない。
言えないよ!!
精霊達からキスされたなんて言えないよー!!

「あ、遊んでた」
「それだけではないはずですよ」

ギラリとサザの目が光る。
ヒ―――――ッ!!
なんで分かるんだよー!

「…キスされた」

正直に白状するとサザが、は?と間の抜けた声を出した。

「キス?加護ではなく?」
「へ?加護って?」
「キスされた?キスされたー!?」

サザは「キスされた」を何回も繰り返している。
なんか俺、とても大変な事を言ってしまった気がする!!
逃げたい!
この場から逃げたい!!

「おのれぇ…」

唸ったサザの周りに光が集まり始める。
俺はすごく嫌な予感がしてサザにしがみ付いた。

「サザ―っ!落ち着いて!」

サザはゆっくりと俺を見下ろし目を細めた。

「これが…落ち着いていられますか。勝手に私の坊ちゃんに加護を与えたあげく…キス? ふふふふ、冗談じゃありませんよ。この柔らかな唇をあの精霊どもに犯されただなんて!!」

く、唇!?
犯され…っ!?
もしかしてサザは勘違いをしているのでは!?

「サザー!!俺は唇にキスされただなんて一回も言ってないぞ!!」
「では?」
「えっと、おでことかほっぺとか手とかだよ!!」
「……許しません」
「えーーーーー!?」

そんなーー!!

「坊ちゃんは私だけのものなのに…よってたかって…。万死に値します」

せ、精霊達の命が危ないー!!
風の精霊の嘘つきー!!
何がこれで解決するだ!
ものすごく変な方向に悪化しているぞ!!

「やめてくれよ!精霊達は俺の話しを聞いてくれただけなんだよ」
「話し?」

そこで始めてサザが落ち着きを少し取り戻した。

「話しとは?」
「………」
「坊ちゃん」

そんなの言えないよ!!
サザはふうっと溜息を吐き、仕方がありませんね、精霊達に聞いてきましょうと呟いた。

「だ、だめだって!!」
「じゃあ、坊ちゃんから聞かせて下さい」
「それもダメ!!」

無表情になったサザが一層、光の粒子を輝かせた。
ああ、城に飛ぶつもりだ。
なんだよ、なんだよ!!

「なんだよ!!サザに言えないから俺、悩んで、同じ精霊のみんなに話したら解決するかもって 思ったから相談したんだよ!サザのバカーー!!」

なんだかもう俺の中で処理しきれないものがあふれて来る。
ベッドに顔を伏せてジワリと出てくる涙を必死に抑えた。

「坊ちゃん、私に言えない事とは何ですか?」

優しくサザに問われても言えないものは言えないんだ。

「言えない」
「どうしてです?」
「だって、俺ものすごく嫌なヤツだもん」
「誰かにそう言われたんですか?」
「違う。俺がそう思っているだけ。きっとサザ俺の事、呆れるよ」

ギシッと俺が伏せている顔の近くでベッドが沈んだ。
サザが腰を掛けたようだ。
その後、力強い手で俺はベッドから無理矢理引き剥がされてサザの腕の中へすっぽりと抱き込まれた。
優しく背を撫でられる。

「坊ちゃん、私は悲しいです」
「サザ…?」
「坊ちゃんからそう思われている事がとても悲しい。私は決して呆れたりしませんよ。 だから話して下さい」

ぎゅっと強く抱きしめられる。
小さい頃から俺はこの腕の中で護られてきた。
悲しい時や寂しい時とても安らげる場所だった。
身体の力を抜きサザに身を委ねた。

「俺…、サザにサリュート家に加護を与えてってお願いしただろ?」
「はい」
「でも…してほしくない」

サザの服を握る手の力が自然に強くなる。

「してほしくない…ですか?」
「うん」
「どうして急に?」
「だって…」

サザは俺が答えるまで待っててくれている。
深呼吸した俺は意を決して話した。

「直接加護を与えるには…唇にキスしなければいけないだろ?だからサザがマルティナやその家族に キスをしている所を想像してとても嫌だったんだ」
「ああ…」

サザは自分の目を手で覆って上を向いている。
そして、そういう事でしたか、なるほど…とか風の精霊やってくれましたねとかぶつぶつ言っている。
その様子を見ているといきなりベッドに押し倒された。

「わ…っ!!」
「ああ…この溢れんばかりの愛おしい気持ちをどうしたらいいのでしょう!!どこへ向けて 発散すればいいのか!このまま坊ちゃんを…坊ちゃんを…!!でも、まだです!ようやく 正式にキスをした今日、坊ちゃんをその日に頂くわけには!」
「ちょっと、サザ!?」

ぐりぐりと俺の肩口で額を擦り付けるようにする。
そのせいで長い金色の髪が首に触れてくすぐったい。
俺の耳の元でしばらくこのままでいいですか?と押し倒されている状態でサザに聞かれた。
ちょっと重いけど…。

「良いよ」
「坊ちゃん…」
「何?」
「愛しています」

ドキンッと心臓が跳ねる。
いつも突然言うから…。
俺も小さい声で愛していると返す。
するとサザはとても嬉しそうに笑った。

「坊ちゃんに謝らなければいけない事があります」
「謝る?」
「はい。加護の事です。直接それを与えるのに口にキスをする必要はありません。 その者のどこかに触れればいいのです」
「え!?」

考えてみれば精霊のみんなに口ではないけどキスをされて戻って来た俺に サザは精霊達の加護を感じていた。
じゃあ、サザはどうして…俺に嘘を吐いたんだ?

「あれは坊ちゃんとキスをする口実です」
「口実?」

はいとサザは頷いた。

「坊ちゃんと気持ちを通わせてからどれくらい経ちましたか?」

サザに質問された俺はちょうど今日で一か月だと言う事に気が付いた。
一か月と答えるとサザは精霊の世界の事を教えてくれる。
精霊の世界では恋人同士になるとその日から一か月たった日にキスをする。
その日から毎日一回はキスをしてさらに二か月経った日に相手を頂くそうだ。
頂くって何だ?

「すみません、坊ちゃん。精霊の習わしとはいえ坊ちゃんに急にキスをしたら驚くと思い、 こんな口実を…」

サザは必死な顔で嫌いになりましたか!?と俺に詰め寄る。
俺は苦笑いをして首を左右に振った。

「嫌いになんかならないよ」
「坊ちゃん…っ!」

パアッとサザが笑う。
そして。

「明日から毎日、キスしましょうね!」
「え!?」

俺の顔がまっ赤になったのは言うまでもない。











次の日、道端で買い物かごを持った俺の目の前に闇の精霊が現れる。
そわそわとなんだか落ち着かない様子でチラチラと俺を見る。
いつもならふんぞり返って堂々と俺を見てくるのになんだかとても怪しいというか変。

「よ、よう」
「えっと、何か用?」

俺がいつもそう聞くとぶっきらぼうに別に…と言って来るのに今日は違った。
何か言いたそうに口を開いては閉じて俺をチラッと見る。
ど、どうしたんだ?

「えっと…、俺買い物に行くからさ…」

市場に向かって歩き出すと俺の後ろを闇の精霊は黙ったままついて来る。
訝しんだ俺は少し進んだ所で後ろを振り返った。
目が合うと闇の精霊はパッと視線を逸らした。

「闇の精霊…なんだか今日おかしくないか?」
「いつもと変わらないだろ」
「いや、変だって。用があるなら言ってよ」

このままついてこられても気になって買い物に集中できないって。
ふと、闇の精霊が眉間に皺をよせ、何だ?と呟いた。
何だ?って俺が聞きたいよ。

「あいつらの加護が消えた…」

俺をジッと見たまま困惑しているような顔をしている。
人の往来しているところで立ち止まっていては邪魔になると思って闇の精霊の腕を掴み 歩くように促した。
市場の入り口にくると母親と子供や年配の夫婦や恋人同士、たくさんの人達とすれ違う。
仲よさそうに歩いている恋人同士の姿を見た俺は闇の精霊に精霊の世界の習わしの事について ちょっと聞いてみた。

「精霊の世界ってさ、恋人同士は…その、一日に一回キスをするんだってな」

黙ったままだった闇の精霊は一拍置いてから、あ?と声を出した。
この話題を出した事に恥ずかしくなって来た俺は露店を見ながらサザから聞いた事を話した。

「恋人になって一か月経つとキスして、その日から毎日キスするんだろ?で、二か月経った時に 頂くじゃん」

俺は闇の精霊の方を振り向きながら頂くという言葉が未だに分からなかったので聞いてみた。
同じ精霊ならきっと知っているはずだ。
闇の精霊は目を見開き、わなわなと口を震わせている。
…どうしたんだ?

「お、おい。…その事をお前に言ったのはウィスプレイルか?」
「え、あ…うん」

あれ?
もしかしてこれって言っちゃまずかった?

「あ、あのヤロー!!」
「や、闇の精霊?」

急に怒り出した闇の精霊に周囲にいた人達が注目している。
まずい。
ここで闇の精霊だとバレたら市場は大混乱だ。
俺はあわてて闇の精霊を市場の裏までひっぱって行った。

「もう、どうしたんだよ」
「坊ちゃん」
「え?サ、サザ!?」

後ろから声がして振り向くとニッコリと顔だけ笑っているサザが突然そこにいた。
サザの目がすうっと細められその視線は俺と闇の精霊が繋いでいる手に注がれている。
闇の精霊がサザに対して辛辣な事を叫び続けているがそれを一切無視して手を振り上げ 俺と闇の精霊の繋いでいる手に落とした。
切り離された瞬間、サザは俺を引き寄せて闇の精霊から遠ざける。

「後はお前だけだ。さっさと坊ちゃんから加護を消せ」
「やはり、こいつにあいつらが与えた加護が急に消えたのはてめえのせいだったか!」

俺は話しが分からずキョロキョロと二人を見た。

「私の坊ちゃんに私以外の加護など不要だ。早くお前の不愉快な加護を消せ」
「ああ?不愉快だと?」

な、なんだかとてもヤバイ気がする…。

「っていうかてめえ。こいつに何を教えてやがる。精霊の世界の習わしだぁ? ふざけたこと…っ!!?」

サザが闇の精霊に向かって攻撃を仕掛けた。
闇の精霊の足元にはぶすぶすといくつもの大きな穴があいている。
上等だ!と闇の精霊が手を合わすと周囲にある影になっていた所がうねうねと大きく揺れて 闇の精霊に向かって伸びて来る。
そして闇の精霊から立ち上る影はサザに勢いよく襲いかかった。

「え?ちょっと!?」

なんでこんな事態になってんだよ!?
サザはその場から動こうとせずその表情はすでにウィスプレイルそのもので 襲いかかって来た影は標的に到達する寸前で霧散した。
……なんで俺、精霊同士の戦いを市場の裏で見ているんだろ。
目の前で繰り広げられる見たくても見る事は出来ない戦いにはぁーっと深い溜息が出た。


青い空に白い雲。
そこを自由に飛ぶ鳥達。
ああ、平和だなぁと、近くでする爆音は完全シャットアウトして俺は現実逃避した。




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