「な、何言ってんだよ。 先輩として好きと言ってくれている宇田にキ、キモイとか言うなよ」

変なふうに心臓が鳴っている。
そうだよな。
護も男が男に好きだなんて言ったらそう思うよな。
ズキズキと胸が痛くなって指先が冷たくなっていく感覚がする。
ははっ、これは言わなくて正解だった。

「何回でも言ってやる。キモイ!」
「護!」

思わず叫んでしまった。
まるで俺が言われているような錯覚が起きて耐えられなかった。

「お前、帰れ」
「なんで?」
「いいから帰れ!」

護に乗っかられていて身動きができない俺は腕で顔を隠した。
今の俺をこいつに見られたくなかったんだ。

「どうして由也、怒ってんの?」
「……」
「何か言ってよ」
「……早く帰れ」

護が動く気配を見せる。
ホッとする間もなく顔を覆っていた腕をものすごい力でどかされてベッドに押し付けられた。
ガードするものがない今、護の顔が俺の目の前にある。
すごく怒気を感じさせる表情だった。
思わずゴクッと喉が鳴る。

「ムカつく」
「ど、どうしてお前にムカつかれなきゃいけないんだ」
「由也を好きだって言う宇田先輩も、その先輩を庇って俺に帰れっていう由也も」
「護?」
「あの人絶対、由也に気があるよ。キスしたりそれ以上の事もしたいって思ってるよ」

ば、バカかっ!!
どこからそんな妄想が生まれてくるんだ!

「何?信じられない?あまりにも好きだ好きだ言うからうざくなってキスしたいんですか?って聞いたら 顔がまっ赤になってたよ。あの人」
「まっ赤になったのは怒ったからだろ?お前、後輩なんだから先輩をからかうんじゃない」

注意するとおおげさな程、溜息を吐かれる。

「宇田先輩の頭の中で由也があんな事になってたりこんな事になってたりしてるんだ」
「はぁ!?」
「あー、それをおかずにしているあの人を想像するだけでキモイ!!
俺の由也が汚される!!」
「だから……っ」

妄想もそれくらいにしておけと叫ぼうとしたところで、ん?と何か引っ掛かった。
俺の由也?
それを指摘する前に突然唇が重なる。
そう、あまりの突然の事に何が起きたか頭が付いていけない。
フリーズしていると角度を変えて唇が触れ合う。
やっと今の状況が理解できた俺は顔をそらして叫んだ。

「ななな、何してんだ!お前は!!」
「キス」
「お、お前……っ!男同士はキモイって言って……言ってたのにっ、なんで!?」
「俺、男同士がキモイだなんて言ってないけど?」
「へ?」
「キモイって言ったのは由也を好きな宇田先輩の事だよ。じゃなきゃ俺までキモくなるじゃん」
「……そうか」

おい、俺っ!そうかって納得している場合じゃないだろ!!
とにかく一旦、身体を起こして冷静になって考えよう。
しかし相変わらず護が脚の上に乗っていて起き上がろとしても不可能だ。
力任せにジタバタと手足を動かす。

「ちょっと由也。暴れないでよ」
「じゃあ、お前が俺の上からどけよ」
「何で?」
「何でじゃねーよ!重いんだよ!」

まったく由也はー、と文句を言った後、ようやく護は俺の上からどいた。
あぁ、やっと起き上がれる。
身体を起こした途端、腕を引っ張られ引き寄せられた。
あっという間に今度は俺が護の脚の上に乗る形になった。
さっきと違うのは二人とも上半身は起こしている。

「おい、悪ふざけはよせ」
「ふざけてなんかないけど」
「じゃあ、なんだよこの格好は」
「好きなんだからいいじゃない」

はぁーっと溜息を吐いた俺はこの格好が好きならせめてかわいい女の子と やれば?と言った。
くそっ、自分で言っておいて結構ダメージがくる。
想像しただけで胸が痛い。
護の上からどこうとしたら腕を掴まれて身動きが取れなくなった。

「……由也って天然?それともわざと?」
「は?」

護に視線を合わせるとひどく真剣な目で俺を見ていた。
な、なんだよ。
どうしてかたじろいでしまう。

「もう一回言うけど、好きなんだよ」
「……?」

この格好が、だろ?
首を傾げていると俺が理解できるように護がゆっくりはっきりと声に出して言う。

「俺は由也が好きなんだ」

ちょっと、待て。
いや、待て。
うん、待て。
とにかく、待て。
早とちるなよ、俺。
きっとこの好きは家族や友人に対する好きと同じだ。
だから落ち着け。
落ち着くんだ、心臓よ。
そんなに早く動くな!!

「由也」

冷静に努めようとする俺に護がクスリと笑って頬を触って来た。

「顔、まっ赤」
「!!?」

しかもかわいーとか言って来やがった!
唇がふるふると震えて言葉が出て来ない。
くっそー年下の癖に!年下の癖に!!
護は長い腕で俺を抱き込んだ。
ビクッとする俺に嫌なら言ってと耳元で囁く。
もちろん、嫌じゃない。
だけど確かめる事がある。

「な、なあ……護」
「ん?嫌なの?でも離さないけど」

思わずおいっと突っ込みそうになった。

「そうじゃなくて、えっとお前、俺を好きって言ったけど……そういう意味でだよな?」
「他に意味があるの?」
「いや……急だったから何て言うか」
「信じられない?」
「うん、まあ……」
「由也を好きになったのは由也が俺を好きになる前だよ」

え、じゃあコイツの方が先に俺を?と思ったところでフリーズする。
俺さ、護に好きだって事を言ってない……よな?
ななななんで知ってんだよ!!
動揺のあまり護を突き飛ばそうとしたけどがっちり抱き締められていて失敗した。
俺の慌てっぷりに護が目を細めてニヤリと笑う。

「知らないとでも思った?」
「何が!?」
「俺を好きな事。キャプテンに選ばれた俺の洞察力を舐めないでよ。すごく熱い目で見ていた 事、知ってんだから。ねぇ言ってよ。由也からも」
「―――ぅっ」

口ごもる俺にフェアじゃないよねーとチクチク責めてくる。
う……う、ぐぐぐっ!!
結局、護に負けて渋々口を開いた。

「ほ、本当は……」
「うん」
「一生、言わないって……言う事ができないだろうって……」
「うん」
「俺とお前は男同士だし」
「うん」
「きっと言ったらそこで今の関係も何もかも終わってしまうと思うと恐くて」
「うん」

苦しかった、と吐き出すように言うと背に回っている護の手に力が入った。

「俺もさ、幼馴染みだと思っていた由也に対して好きだと自覚した時、同じように悩んだよ。 で、ある時、思ったんだ」

俺は何を?という顔を護に向ける。

「俺がすごくカッコよくなって由也に好きになってもらえたらいいんじゃんって。だから バスケ部にも入ってがんばったんだ」

その発想に目を丸くした。
もし、俺が好きにならなかったらどうするつもりだったんだろう。
その事を指摘したら笑われた。

「結局、由也は俺の事を好きになったんだからどうするもないよ。ま、もし好きになってもらえ なかったら実力行使に出てたけど」
「実力行使……?」
「そ、由也を諦めるって選択肢はなかったからね」

一瞬だけ見せた冷酷な雰囲気に気のせいか?と思っていると護は俺から好きって言ってもらいたくて 急かしてくる。

「ほら、好きって言ってよ」

俺は少し躊躇った後、想いを伝えた。

「好き……だよ」

言葉にしたのは初めてだ。
いつも心の中で膨らんで出口がないままに俺の胸に痛みを与えていたその言葉がようやく 解放された。
すぅっと心が楽になる。

「好きだよ、護」

すると護は両手で顔を覆い、やばい……と呟きそのまま後ろに倒れた。
あー!どうしよう!めちゃくちゃ嬉しい!と叫び出す。
しまいには試合どころじゃない!とか言い出して来たからさすがにベシッと叩いた。

「お前な!全国大会目前のキャプテンの言うセリフかっ!」
「だってさー」
「明日も朝練あるんだろ?もう寝ろ」
「え〜、この状況で寝れないよ!」

調子に乗った護がキスしてくれたら寝れるかもだなんて言って来たからまたベシッと叩いた。
布団を抱き込んで酷い……と拗ねる護のまだ生乾きの髪をぐしゃっと撫で耳元で囁いた。
全国大会行けたらしてやるってな。
そうしたらすごい勢いで跳ね起きた護がマジで!?と俺に詰め寄る。
頷くとよほど嬉しいのか、がんばる!と気合いを入れてベッドの中に潜った。

「護……そこ俺のベッドだけど」

俺の言葉はすぐに寝入った護には届かなかった。
なんだかんだでこの年下の幼馴染みに良くも悪くも当分振り回されそうだ。
苦笑いをした俺は気付かれないように護の唇にそっとキスをした。




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