ごろりとその場に寝転がると眠気がやってくる。
バニーは腰を下ろしたまま片手にグラスを持ち視線は外を向いている。

「おじさん、そういえば」
「んー…?」

あー、瞼が重い。
なんとなく呼ばれた気がして返事はしたものの眠過ぎて目を開けていられない。
空き缶が転がっていく音や誰かが近づいてくる気配がするがそれでも瞼が上がらない。
俺のすぐ隣に人の気配を感じる。
それがバニーだというのは確認しなくても分かる。
しかしこんなに近寄る理由が分からない。

「ヘラクレスの涙の盗難事件の時」
「…ヘニャク…レス…?」
「ヘラクレスです。もう忘れたんですか」

うー、ダメだ睡魔が発音の邪魔をする。
ヘラクレス…ヘラクレス…って何だっけ?

「僕の誕生日の時の事件です」
「あー…、分かっ…た」

あれか。
俺がこいつの為にサプライズバースディパーティの計画を立ててリハーサルまでしたのに、いざ 本番と言う時、ヘラクレスの涙を盗んだ窃盗団一味と遭遇してそいつらをバニーと一緒に捕まえた んだっけ。
それが一体どうしたんだ?

「もし、窃盗団に遭遇しなければ僕に何をくれるつもりだったんですか?」

あー……えっとー、なんだったっけ?
あの時何も思い付かなくて……。
というかなんでこんな話しになってんだ。
寝たいところをがんばって薄っすら目を開けると明りを落とした部屋の中で俺を間近で見下ろしているバニーが窓から見えるまん丸な月の輝く光に照らされてぼんやりと映っている。
バニーの顔は丁度逆光になって見えない。

「この間、ブルーローズが誕生日プレゼント何をもらったのか聞いて来たんです。 貴方から犯人逮捕のポイントを貰ったと言ったら」

そこでバニーは一旦会話を切った。
そしてさらに俺を覗き込むように顔を近づかせて来た。

「良かったじゃない、と。それがなかったら……と、なぜかそこまで言って後は教えて くれなかったんです」
「あー、ああ」

そうだ、思い出した。
何も用意できなかったからプレゼントは『俺』にしたんだ。
ブルーローズからそれは喜ばないって言われたっけ。
今考えてみれば恥ずかしいな。
改めて本人の前で言う事じゃないから別に気にすんなとバニーに背を向けて横に転がった。
だが、肩を掴まれて仰向けにされる。

「なんだよ……おぉ?」

バニーが俺の上に跨る。

「……んで、なんで教えてくれないんですか」
「バ、バニー?」

バニーの目が据わっている。
あららぁ〜。
こ、これは完璧に酔っぱらっているぞ。
次の瞬間、俺の胸に拳をドンっとぶつけて来た。

「ぐふぅっ!」

容赦ない一発に息が詰まり、眠気が一気に吹っ飛ぶ。
今のきっつー!!
噎せていると俺の胸の上に頭を乗せ蹲った。
今の状態で暴れられたらポジション的に俺の方が断然不利だ。

「分かった教えるっ。えっとー…うさぎのぬいぐるみだ!」
「それはあなた以外のみんなからのプレゼントとしてもらいましたが」
「うっ」
「正直に言って下さい」

バニーのメガネレンズがギラリと光った。
……これは素直に言った方が無難だな。
きっと酔いが醒めれば記憶なんか残らないだろうと予想してバニーに教える事にした。
それにしてもこいつ酒癖悪いな!

「分かった、ちゃんと教えるから俺の上からどけ」
「今言って下さい」

俺の胸に顔を押し付けたままくぐもった声を出した。
ポリポリと頭を掻いた後、俺はボソッと呟いた。

「俺だよ」
「……」

聞こえてんだかそうじゃないんだか黙ったままのバニーの頭にポンッと手を乗せる。

「俺がプレゼントって事だったんだが……結局、窃盗団の逮捕したポイントをあげられて 良かったよ。お前も俺じゃ嬉しくなかっただろ?」
「貴方がプレゼント?」

顔を上げたバニーが手を伸ばし俺の髪を掴んだ。
いでっ!!
そして引っ張る。
いでででっ!!!
左右に引っ張る。
いでででででっ!!!
上下に引っ張る。
いででででででででっ!!!

「は、禿げるっ!禿げるだろっ!!」
「おじさんの髪も……この鼻も」
「ふがっ」

今度はバニーが鼻を掴んだ。
息を止めるようにきつく摘まんでいる。
鼻で息が出来ないので口でしているとバニーの長い指が 俺の唇を触った。
まさか口を塞がれるのではないという嫌な予感がした。
鼻と口を塞がれては息が出来なくなるっ!

「この……唇も……」

逃げようにもバニーが俺の上に乗っているので自由に動く事が出来ない。
わたわたと身体を動かしていると気付いた時にはバニーの顔が呼吸も感じるくらいに 至近距離にあっ……。
………。
ひんやりとした柔らかいものが俺の口に押し当てられる。
それはすぐに離れていった。
な、何が……今、起きたんだい?
目を丸くした俺は自然に自分の唇を触った。
すると唇をさわっている手をバニーが握り引き寄せる。

「この、指も……」

そう言ってバニーは俺の指を咥えた。
おおお、おいっ!?
見せつけるようにゆっくりと俺の指に舌を絡ませて舐めている。
ぞくぞくぞくっと背筋を何かが一気に駆け昇った。
いかん、いかん、いかーーんっ!!
力ずくで自分の指をバニーの口から取り戻した。

「僕のだ」
「は?」

見下ろしてくるバニーに冷や汗をかいていると突然ぷっつりとスイッチが切れたように 俺に向かって倒れ込んできた。
慌てて声を掛けるとすうすうと規則正しい寝息が聞こえて来る。
俺はバニーに押しつぶされたままぽりぽりと頭を掻いた。




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