後編




「何をしている」

セルファード公の第一声に全身が極度の緊張感に襲われ訳も分からずひれ伏しそうになる。
声だけで支配ができるのではないだろうか。
この場にいるみんなが青褪め身動きが取れない。
ただ一人、タカノだけは違った。

「何をしてるって…あ、そうそう!これ見てくれよ!形は歪だけどさ 俺がこの肉団子丸めたんだぜ!」

おいおいおいおいおいーーーっ!!!
セルファード公にタメ語かよ!
冷や汗を掻きながら何とか俺はタカノを止めようとしたが…。

「あ、ジル食ってみる?この肉、アガバナだって!知っているか?魔界三大珍味なんだぜ!」

あああああーーーーーっ!!
タカノの馬鹿ー!!
セルファード公にアガバナを知っているか?だなんて馬鹿な事をー!
知らないわけないだろー!
大慌てする俺を余所にうまいから食ってみろよと肉団子を刺したフォークを セルファード公に渡そうとするタカノ。
俺が心の中で悲鳴を上げ今度こそタカノを止めようと動いた時、父さんに肩を掴まれる。
タカノの元へ行く事を阻止され、父さんに離してと言おうとした時、信じられない事が目の前で起きた。
セルファード公が食べたのだ。
アガバナの肉団子を…。

「お、おいっ!自分でフォークを持って食べろよ!何で俺がジルに食べさせなきゃいけないんだよっ」

フォークを受け取らず顔を近づけ、そのまま差し出している肉団子を食べたセルファード公に 対してタカノが文句を言っている。
も、文句…セルファード公に文句…。
俺が急激なめまいに襲われている最中にもタカノの不躾な言動は続いていく。

「で、ジル。どうだ?うまいか?」
「……」
「おい、何とか言えよ。俺が丸めたからおいしそうに見えないかもしれないけどさ、 他の味付けとかはリック先輩がしてくれたから大丈夫だよ。うまいだろ?」
「…リック?」

セルファード公に名を言われてビクーっと俺の身体が飛び跳ねた。

「そ、リック先輩は料理人なんだぜ」

タカノっ、俺は見習いだ!
ハッ!!
セ、セルファード公が俺を見ている!
あああぁぁ…ダメだ…。
緊張しすぎて気が遠のいていく。
というかタカノ、お前は何者だ。
セルファード公にあんな尊大な態度でいても許されているお前は何者だ!?
タカノがひょいっとセルファード公に抱き上げられた。

「うわっ!馬鹿っ下ろせよ!」

ば、馬鹿…って言った。
セルファード公に馬鹿って言った!!
だけどタカノを抱きかかえているセルファード公は馬鹿発言にも気を悪くしたような感じはない。
むしろ…なんというか。

「これはどうした」

しかしタカノの手に切り傷と火傷がある事に気が付くと声のトーンが下がった。
ついでにこの厨房の温度も一気に下がる。
がたがたと身体が震えるのは寒さからではなく威圧感からくるものだ。

「あ、これ?これは俺の勲章だ!料理って作るの大変なんだぜ。で、どうなんだよ。 肉団子!俺も一緒に作った肉団子!」

タカノはしきりにセルファード公に肉団子がおいしかったのか聞いている。
その気持ちは分かる。
作った料理をおいしいと言われたい気持ちは分かる。
だが聞く相手を選んでくれ!

「うまいか?」
「…ああ」
「へへへっ!そうだよな!うまいだろ!」

聞き間違いでなければうまいと肯定した。
セルファード公がうまいと…。
俺が作った賄い料理をうまいと…。
おおおお俺泣きそうなんですがっ!
料理長になってからの一番レベルの高い目標が達成されてしまった。
残る目標は奥様にお会いしておいしいわと言ってもらうのみとなった。
タカノは嬉しかったのか上機嫌になって抱き上げられながらニコニコ笑っている。
そんなタカノを見るセルファード公の眼差しが…なんとも柔らかいというか…。

「もっと食べるか?」

肉団子を勧めるタカノにセルファード公が何か囁く。
すると一気に顔を真っ赤に染めたタカノが叫んだが 後半部分はもごもご言っていて聞こえなかった。

「なっ…!?馬鹿じゃないの!?おおお、俺は…食べ物…な、なんかじゃ、ないっつーの…っ!!」

明らかに動揺しているタカノを見てセルファード公が口角を上げ笑った。
男の俺が見ても口を開けて見惚れるくらいだからここに女がいたらどうなっていたことやら。

「聖司」

ビクリとタカノの身体が揺れた。
もう一度セルファード公がタカノの耳元で聖司と言った。
タカノはそれは反則だ、ずるいとセルファード公の肩に顔を伏せる。
そして一瞬の内に二人の姿が消えた。
二人がいた場所にタカノが被っていたトックブランシュだけが落ちていた。

「なあ、父さん…もしかして…」
「ああ、さっきのお方がセイジ様だ」

いつものように料理長と呼べ!と注意しないのは父さんもいくらか動揺しているからだ。
それにしてもまさかタカノがセイジ様だったとは…。
俺のセイジ様のイメージは深窓の令嬢で、はかない感じの方だと勝手に思っていたから 今でもタカノがセイジ様とは簡単に結びつかない。
だけれどセルファード公のタカノに対するあの雰囲気は紛れもなく愛しい者への…。

「なんだよ。俺…」

失恋決定じゃん。
タカノに対して芽生えた恋心はあっという間に打ち砕かれた。
は〜ぁ、終わりの早い恋だったと気落ちしていると父さんが ポカッと頭を殴って来る。

「セイジ様はかわいらしい方の上、お優しい方だと分かっただろ」
「うん」
「セイジ様に感謝するんだぞ。本来なら今頃セルファード公に処罰されてお前はここに いなかっただろうからな」
「う、うん」
「それとセルファード公とセイジ様に作った料理を褒められたからと言っていつまでも有頂天な気分で いるなよ。お前はすぐ調子に乗るからな」
「うん」
「お前はこれからモルドモンテで修業をしてもらうぞ」
「うん…えぇ!?」

急な話しに驚いた俺は父さんを見上げた。
モルドモンテは上流階級御用達の高級レストランだ。

「俺、そこでコミするの?」
「シェフ・ド・パルティだ」
「……っ!?」
「俺もパルティになる時、先代にそこを紹介された。お前もそこで色々勉強してこい」
「父さん…」
「モルドモンテはここよりも厳しいぞ。やれるか?」
「やる…やります…っ!!料理長!!」

俺、絶対に素晴らしいパルティになる!
後ろからロランにいつでも帰ってこいよーとちゃちゃを入れられた。
修業が終わるまでは帰らねーよとべーっと舌を出す。
タカノがセイジ様と分かり奥様にお会いして俺が作った料理をおいしいと言ってもらう目標も すでに達成してしまった。
だけど俺には料理長になるという目標がまだ残っている。
そんでもう一度おいしいってお二方に言ってもらうんだ!








モルドモンテへ修業に出る日、俺は大荷物を荷馬車に乗せていた。
これから住み込みで働いてこの屋敷へ帰って来るのは何年後になるか分からないけど、 でも父さんが認めるパルティになってやる。
荷台へ上がろうとした時、遠くの方から俺を呼ぶ声がした。
父さんやロラン達にはすでに別れの挨拶はしたから一体誰だ?と首を傾げた。

「おーーーーい!!リックせんぱーい!!」

この声と俺への呼び方は…まさか!!
手を振りながらタカノ…いや、セイジ様が走って来る。
俺の目の前まで来たセイジ様が手を前に出してちょ、ちょっと待ってとゼーゼー息を切らしている。

「大丈夫ですか?」
「いやー、ブレーズさんにリック先輩が今日から修業に出るって聞いて慌てて来たものの 厨房からここまで結構な距離があって…俺、運動不足なのかなあ」
「あ、あの。セイジ様。数々の無礼をお許し下さってありがとうございました!」
「え!?リック先輩!?」
「俺の事はリックと呼び捨てて下さい!本当は謝罪しに行こうと思ったんですけど 俺のような下っ端は屋敷の中を勝手に歩く事が出来ないので…」

申し訳ありませんと頭を下げるとセイジ様からリック先輩!と怒ったように呼ばれた。
反射的に顔を上げると腰に手を当て眉間にしわを寄せたセイジ様が。

「リック先輩、俺に様なんていらないですからね」
「でも貴方は奥様です」
「奥様って…それ止めて…」
「でも事実ですよ」

どうやらセイジ様は俺にセイジと呼び捨てで呼んで欲しいらしいが、とんでもない!
下っ端の俺が呼び捨てでセイジと言ったら最後、絶対消される…。
それよりも俺の呼び方をなんとかしないと。
セイジ様は対抗するように頑なにリック先輩と呼んだ。

「せっかくさ、友達が出来たと思ったのになぁ。あ、先輩に友達って変だけど」

寂しそうに笑うセイジ様を見て思わず抱きしめたい衝動に駆られる。
だけどそれをグッと堪えた。
それをするのは夫であるセルファード公しか許されない。
代わりに俺はセイジ様に近づく。

「俺、必ず一人前のパルティになって戻ってきます。その時は」

ちょっと照れながら小さい声でこそっと囁いた。

「友達になってもらえますか?」
「…!!もちろん、もちろん!!」

セイジ様は嬉しそうに笑顔で何度も頷いた。

「では、いってきます」
「うん。修業がんばって下さい!」

大きく手を振るセイジ様に見送られて俺は未来の料理長に繋がるシェフ・ド・パルティを目指し モルドモンテへ出発した。






後にモルドモンテで働く俺の元にロランから手紙が送られて来る。
俺が作ったアガバナの肉団子がおしいかったとセイジ様がセバスさんに話したようで父さんに アガバナを出す許可が下りたそうだ。
父さんはあの時よりも一回り大きくそして力強く拍動しているアガバナをセイジ様に召し上がって もらおうと張り切って用意し、 夕食時にメインディッシュとして出したアガバナ…ケドシーの心臓を目の当たりにした セイジ様は…。

同時刻、ロランのいる厨房にまでセイジ様の悲鳴が響いて来たとか来なかったとか。




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