〜もしも、聖司がレヴァの一族でジルが人間の高校生だったら〜

『change!』出会い編




くそ、精気が足りない……。
レヴァ・ド・エナールから人間界へと飛ばされてしまった俺は、陽が沈んだ住宅街に降り立ち、今にも倒れそうな身体を引きずって何とか歩いていた。
しかし、すぐに力が尽き、崩れる落ちるように座った。
息を吐き、顔を上げて辺りを見渡す。
一緒に飛ばされて来た俺の従属であるヴィーナとレイグの姿はない。
みんなバラバラになってしまった。
二人がいれば精気を得る事が出来るのに……と思いながら見上げると、血に濡れたみたいな赤い月が夜空に浮かんでいた。

「俺の目と同じような色だな。――あ、そうか。今夜はレヴァの流血、なのか……」

ああ、ヤバイな。
だんだん意識が……遠のいて……あれ? なんだろう?
すごくいい匂いがする。血のとてもいい匂い。
吸いたい、早くそれを吸いた……い。

「ん、く……ん……おいし……」

身体の中を巡っていく極上の精気。
もっともっと欲しい。
俺は『それ』にしがみ付いて、吸い上げた。
やがて本能に押しやられていた理性が戻り、思考が正常に働き始めて我に返る。

「ん? ……人間?」

至近距離に恐ろしい程、整った男の顔があった。
美し過ぎる容姿もそうだが、第三者の気配に気付けなかった事にも驚いて、一瞬、身体が固まった。
それがいけなかったのだ。
突如、首筋に痛みを感じた後、肉を食いちぎられる感覚がした。
いつの間にか抱きこまれている腕から逃げようともがく。
しかし、人間を突き放す事が出来ない。
おかしいぞ。
精気を吸って力が少し戻っているのに、レヴァの、しかも高位の俺が目の前にいる男の力に劣っているなんて。

「――え?」

耳元で血を啜っている音がする。
精気を取られていると分かって、慌てた。
ちょっと待て、コイツ人間だよな!?
――あ! 今日は、レヴァの流血だ!
まさかっ!!
首筋から人間が口を外した瞬間を逃さず、思いっきり振り払い、数メートル離れたところまで転移して距離を取った。
人間は闇夜の赤い月を背にして、口元を俺の血で濡らし、口角を上げる。
人間の瞳は黒色から紅色へと変わっていた。









「聖ちゃんのおバカ!」
「でもさっ! 精気がなかったんだからしょうがないじゃん! それに普通、人間が積極的に吸血して来るとか、おかしいだろ!?」

俺は、あの後、ヴィーナとレイグと合流して、誰も住んでいない屋敷を見つけ出した。
そこになぜかあの人間、ジルも当然のようについて来たのだ。
俺はジルって呼んでいるけど、本当はジハイルっていう名前で、人間界で高校生と呼ばれている学生らしい。

「あの子、聖ちゃんの伴侶になっちゃったわよ。嫌だ嫌だ言っていないで覚悟決めなさい」
「ヤダよ! 俺、女の子がいい!」
「もう、男でいいじゃないの。三百越えしているくせに、その歳になっても女の子とちゃんとお付き合いした事ないじゃない。付き合う以前に、手を繋いだ事もないわよね」
「あ、あるよ! 手を繋いだ事くらいっ。ダンスでだけど……」
「舞踏会で誰にも声を掛けられなくて、ニケルに踊ってもらったのは数に入らないわよ」
「……うっ! だって舞踏会にいる女の子って、肉食魔獣みたいな目をしてて怖いんだよ。そ、それよりも、レイグだよ、レイグ!」

レイグは人間を下等な生き物だと思っている。
人間が嫌いなはずのレイグがさっきからジルに与えた部屋に行ったきり帰って来ない。
まだ認めてはないけど仮にも俺の伴侶を、まさか殺してはいないよな?と思って、さっき様子を見に行ったら……。

「何で、あんなに甲斐甲斐しく世話をしているんだっ」

確かにレヴァの流血の時に、お互いの血を分け与えてしまった。
そのせいでジルはレヴァになったのだが、完全にではない。
半分は魔族だが半分は人間なのだ。

「なんだろう、すごく理不尽な感じがする。ああっ、この理不尽な感じはどこから来るんだろう!どこかの世界にいるもう一人の俺が叫んでいるようだ!」
「ちょっと、何を言っているのか分からないんだけど。でも、レイグがそうなるのは分かる気がするわ」
「ええ!?」
「何て言うか、自発的に従いたくなっちゃうみたいな」
「ええ〜!! ヴィーナまで!?」

お、俺の立場って……。
がくりと項垂れていると、レイグが部屋に入って来た。

「ジルはどうしてる?」
「お前を呼んでいる。行け」
「はぁ? もう時間も遅いし、明日でいいじゃん」
「行け、と言っている。マスターを待たせるな」
「ちょっ、今、ジルをマスターって言ったか!? 俺、今まで一回もレイグから呼ばれた事ないのに!」
「マスターをマスター以外で呼ぶ事は出来ない。あの方を前にすると魂の根源から敬慕の情が湧き上がってくる」

何だよ、それっ!
愕然としている俺の横でヴィーナが、分っかる〜! と声を上げた。
えええ〜!?
結局、俺はジルの部屋に行く事になった。
時々……いや、いつも、なぜヴィーナとレイグが俺の僕なのか疑問に思う。
扱いが酷過ぎる。
あれはマスターに対する態度ではないよな。
もう少し敬ってほしいんだけど。

「おーい。入るぞー」

ノックしてジルの部屋に入った瞬間、目が見開いた。
さっきよりも調度品が増えて、内装が変わっているではないか。
レイグよ、あの短時間でよくここまで……。
足を踏み入れた部屋にジルはいなかったので、その隣の寝室にいるのだろうと、そのドアを開けた。
すると身体がひょいっと浮いて、そのままベッドに放られて、ポイポイポイっと服が取られて、裸になった俺の上にジルが乗る。
あまりにも予想外の早業に反応が遅れた。

「お?おおお!? ちょっ、何してんだよ!」
「消えている」

舌打ちしたジルは、首筋を指で触れた。
ぞわりとした感覚が身体中に広がっていく。

「あ、あんな傷、残しておくかよ」

高位のレヴァになれば、深くない傷なら、ささっと治せるんだぜ、とジルに自慢しようとしたら口に出せなかった。

なぜなら、キスされたからだ。
ぎゃ――っ、俺のファーストキスがぁ――!

「ふ、むっ、んんっ、ん……っ」

舌が絡んで、動いて、ヌルってして、動いて、絡んで、初めての感触に戸惑い、ぞくぞくしている身体に、ジルの精気が流れ込んできて……やばい気持ちいい……。

「ん、んぅ……」

気付いたら、ジルに腕を回してひっついていた。
俺、女の子がいいのに。
いくら容姿が優れていたって、俺は同性の男とキスして抱き締め合いたくない。
離れようと試みても、俺の手の方がしっかり、ジルの服を掴んでいる。
レヴァの本能がそうさせているのだ。絶対そうだ。そうに決まっている。

「はぁ……おいしい……」

なんでこんなにジルの精気はおいしいんだろう……。
男とキスするのは嫌だけど、もう少しだけ欲しいな。
あとちょっとだけ。

「はっ、ふ……」

舌を絡み合わせて、お互いの精気を交換する。
粘膜からの摂取は吸血と違った良さがあるってエドから聞いてはいたけど、こんなに気持ちがいいものだなんて知らなかった。

「あ……こんなの、初めてだ……」
「初めてか」

思わず呟いた言葉に、ジルの深紅の瞳がギラギラと輝いた。

「ん……」

唇を舐められて吐息が漏れる。
ふと、長い年月を生きていたのに、キスも初めてだなんて思われるのが恥ずかしくなって、頭を左右に振った。

「な、ち、違うからなっ! 初めてじゃない! 俺はジルよりもずっと年上なんだから、いろんな経験だって、いっぱい……ひっ」

本当に元人間だったのか?と思わせるくらいの殺気がジルから立ち上っている。
高位のレヴァの俺が身動き出来ないなんて……何だよ、こいつ。

「誰だ」
「え……」
「言え。お前に触れた者の名を」

言え、といわれても……いないから言えない。
黙っていると、押しつぶされるくらい空気が重くなってきて、息が吸えなくなってくる。

「ちょっと、落ち着こうぜ。な?」
「ここも」
「あ、どこ触ってんだよ!」
「触らせたのか」

ジルの両手が俺の尻を掴んで、左右に広げる。
奥の際どいところに指が触れようとしたので、咄嗟に阻止する。
さすがに行き過ぎたその行動を怒ろうとしたら、ジルの方がめちゃくちゃ怒っていて、なぜか俺の方が反射的に謝ってしまった。
でも、それが触らせた事を肯定したと判断されたっぽくて、泣きそうなぐらい殺気が膨らんでいく。
ジルからのプレッシャーが半端ないんだけど。
俺のヴァルタであるセバスさんは穏やかだし、ヴィーナには時々怒られるけど、叱られるくらいのレベルだし、レイグは冷たい視線で見てくるけど、今みたいに本能がビビったり、身体が委縮するという事はない。

「な、い……。そこも、初めて……だって……」

震える声で正直に言うと、ジルが本当か、という視線を送って来る。
俺は必死に首を縦に振る。

「セバスさんが、そういうのは好きな人としなさいって言ってたからっ……」
「好きな人」

ジルはなぜかご機嫌になって口角を上げた。
笑った顔に見惚れていると……ジルの手が怪しく動く。

「やめろよっ」
「なぜ」
「それは好きな人とっ」

ジルをつっぱねていた手を握られ、口元にもっていかれる。
指にキスをされて、そのまま囁かれる。

「好きとは」
「え?」

ジルは「好き」という言葉を理解していないようだ。
変な人間だな。
……しょうがない。
人生経験がはるかに長い俺が教えてあげよう。
別に付き合った事がなくったって「好き」になるのは自由だし。
甘酸っぱい片思いの時を思い出しながら、説明していると、ジルは何やら考え始めた。
そして理解したのか、笑んだ。
するとジルの美しさに華やかさが加わり思わず見惚れてしまう。

「好き」
「……え?」

目を奪われていたので、ジルの言葉を聞き逃してしまった。
瞬きをしながら、聞き返した。

「もう一回、言って」
「聖司、好き」
「――っ!!?」

名前を呼ばれ、好きって言われた途端、心臓がドキンっと跳ね上がった。
それからドッドッドっと高速で鳴りまくり、顔に熱が集中する。
ジルは男だぞ。
別に魔族は同性の嫌悪とかはないけど、俺は女の子をお嫁さんに欲しいと思ってたから……。

「聖司、お前は」

ジルの指が俺の唇をなぞる。
そこから、ぞくぞくとしたものが身体を駆け巡る。

「好きか」

真っすぐに深紅の美しい瞳が俺を見ている。
うぅ……。
俺は、女の子を伴侶にしたいのに……。
女の子を……。

「お、俺は……」

ジルが熱い眼差しで俺の返事を待っている。
視線を合わせているだけで、ドキドキと胸が高まって身体が溶けてしまいそうだ。
これって……つまり……。

「好きって事じゃん……」

思わず声に出してしまった言葉にジルが反応して、俺を抱き締めた。
恥ずかしくなった俺は、ジルの胸に顔を埋めた。
まさか、俺が元人間の、それも男の伴侶を得るなんて誰が想像しただろうか。
みんな、何て言うかな。
ヴィーナとレイグは、あの感じだと大丈夫そうだし。
セバスさんは、きっと祝福してくれそうだし。
特になにも問題なさそ……あ。

「なぁ、ジル。俺と一緒にレヴァ・ド・エナールに来れるか?」

人間界から離れたくないって言われたら……どうしよう。
無理に連れて行く事は出来ないし。
考え込んでいたら、それは杞憂に終わった。
ジルが頷いてくれた。

「ありがとう、ジル。俺、幸せにするからな!」

嬉しくて笑って礼を言うと、ジルが目を細める。
そして俺の足を広げて圧し掛かってきた。
……ん?

「ちょちょちょ、ジル! 何してんの!?」

ジルの瞳が熱っぽくなっている。
逃げようとしたけど、ジルに押さえつけられてしまった。

「待って、分かっていると思うけど、俺、初めてなんだよ」
「……」
「だから、もっとゆっくり……な?」

お付き合いにも段階ってものがあるじゃないか。
出会った直後っていうにあんな事とかそんな事とかするのは、まだ早いと思うんだ! 
ジルは俺を見ると、頷いた。
あー、良かった。
分かってくれた。
ホッとしていたが、ジルの手は止まらない。

「ジル? 今、分かったんじゃないの? ……あっ! だめだって、そこはっ」
「触れている」
「だめっ、あっ」
「ゆっくり」
「え……」

ち、違ーうっ!
ゆっくりは手の動きじゃなくて、付き合っていく上での段階だって!

「む、ぅんっ」

ジルの唇に、俺のそれも塞がれて訂正出来ず。
しかもゆっくりじっくり触られて、初心者の俺は抵抗する前に陥落してしまったのであった。




main