後編




「本当なんだってば!!」

自分の部屋でみんなに必死に訴える俺。
どうしたかっていうと……。
ジル以外にもこの屋敷にレヴァがいるって事をみんなに言ったらヴィーナは。

「この屋敷にマスターと聖ちゃん以外、レヴァの一族がいるわけないでしょー」

と呆れた顔で言われ、セバスさんから。

「そうですね、現在セルファード家にはジハイル様と聖司様以外にレヴァの一族はいませんよ」

と優しくほほ笑まれ、レイグには。

「フンッ」

と冷たく鼻で嘲笑される始末。
誰も俺の言う事を信じてくれない。
というかレヴァの一族に俺も含むのは止めてくれ。

「でも、俺は会ったんだよ!チェストの裏の壁がゴゴゴ……って開いてさ!」

そこで俺はあの白いチェストをどかして壁を叩いてみる。
でも何回叩いたところであのカチッという鍵の開くような音は聞こえてこなかった。
なんでだよーっと項垂れているとジュリーが俺の傍に来て壁をポンポンと叩く。
思わずジュリーを引き寄せ頭をぐりぐり撫でて褒めた。

「ジュリー!なんていい子なんだー!!」
「ご、ご主人様!!僕も、僕も手伝います!」

必死な様子のキオも壁をドンドンと叩きジュリーもその横で一緒になって叩いている。
なんだか仲の良い兄妹のようなその光景を微笑ましく見ていると後ろから急に腕が腰に回って来て 持ち上げられた。

「うわっ!?」

こんな事をするのはジルしかいないわけで……。
ジルは俺を膝に乗せてソファーに座った。
……いや、だからさ。
なんでわざわざ膝の上に。
ジルは分かってないと思うが俺はまだジルに対してちょっと怒っているんだからな。
それにしても信じてくれるのは子供達だけで大人達は誰も信じてはくれない。
ぶすっと不貞腐れている俺にヴィーナが話しかけてくる。

「聖ちゃん、あのチェストの壁の裏は外よ」
「え?」
「だから通路になるって事はないわよ」

俺は、でも!と声に出した。
あったんだよ。
ちゃんと通路はあったんだ。

「もしかしたらアルティーニ様が原因かもしれません」

紅茶を用意しながらセバスさんが俺にほほ笑んだ。
アルティーニ様?
あ、そうだ、あの怪しい男の名前そんな感じだった!

「そう、そいつだよ!すんごく怪しい格好でさ、紅茶をビーカーで飲むんだよ」

あの汚い部屋で起きた出来事を説明すると セバスさんはやはりと頷く。
ヴィーナが何々?とセバスさんに詳しく説明を求めた。
うん、俺も詳しく聞きたい。

「アルティーニ様は8代前のセルファード家のお方です。当主ではありませんでしたが 類稀な頭脳をお持ちで素晴らしい発明をされたお方でした。今は廃止されていますが 転移鏡を発案したのはアルティーニ様なのです。何か閃いた時には真っ先にこの屋敷を使って 実験をしていたのですよ」

セバスさんは懐かしそうにホッホッホと笑った。

「ご幼少の頃より研究に熱心でしたがその一方、身だしなみには無頓着で身なりを整えようとすると 逃げてしまわれるのです。ご自分のお部屋ごと」
「部屋ごと逃げる?」

ヴィーナが首を傾げて瞬きをする。
レイグは黙ったまま怪訝な顔をした。
そんな二人に紅茶を入れながら、はいとセバスさんは答えた。

「この屋敷の中を部屋が移動すると言った方が良いのかもしれません」
「そんな事って出来るのかしら」
「やろうと思えばできなくはないだろう。しかしそれには相当の力が必要だ。 簡単にできるものではない」

ヴィーナの疑問にレイグが冷静に述べセバスさんを見た。

「まさかとは思うがその方がまだこの屋敷のどこかに?」
「いえ、先程も言ったように当家のレヴァの一族はジハイル様と聖司様のみです」

だから俺をレヴァに数えるの止めて……って、ん?

「セバスさん、じゃあ、そのアルティーニっていう魔族はどこにいるんですか?」
「いません」
「え?」
「アルティーニ様は随分前にお亡くなりになっています」
「え!?」

驚く俺にみんなの視線が集まる。
なんだよ、その疑いを含んだ視線は!
本当に会ったんだって!いたんだって!

「嘘じゃないって!!」
「聖司様はきっとアルティーニ様に会われていますよ」

セ、セバスさん!!
ニッコリと笑うセバスさんが天使に見えた……って魔族だけど。
いいもん、セバスさんが信じてくれれば心強いもん。

「仮にそれが事実ならばどうして会う事ができたのだ?」

レイグがセバスさんに質問をした。
セバスさんは少し考えてから『過去』と言った。

「聖司様のお話しから推測して、きっとアルティーニ様は未来、もしくは過去に時間移動出来る 研究をしていたのかもしれません。それがたまたま聖司様がいらしたこの部屋に繋がったと 考えられます」
「じゃあ、俺は過去に行ったって事?」
「そうなりますね」

レイグは苦々しく顔を歪めありえないと否定する。
ヴィーナもまさかと笑って過去説は全く信じてないみたいだ。
でもセバスさんは奇才と謳われたアルティーニ様なら…と目を細めた。

「じゃあ、あの怪しい液体を作ったのもその魔族なのかな……」

ポツリと呟いた言葉にヴィーナが聞き返す。

「何それ」
「なんか、そのアルティーニって魔族の服から落ちて来た怪しい小瓶の液体をさ、ジルに掛けちゃった んだけどそうしたら子供になっちゃったんだよ」

またこれも信じてくれないだろうと思ったらヴィーナとレイグは顔色を変え、主であるジルに どこかおかしい所はないか聞き出した。
え、これは信じるの?
レイグの鋭い視線が俺を突き刺す。
うぐっ!!

「貴様……」
「いや、だから、すぐに戻って…ほら、今は大丈夫だろ!?」

腰に回されているジルの手をペチペチと軽く叩くとレイグにギロッと睨まれた。
ヒ―――ッ!!

「何でこの事は信じてさっきの話しは信じてくれないんだよ」

ブーッと唇を突き出していじけているとヴィーナが、だってそれ昔この屋敷にあったんだもの ーと、嫌そうな顔をした。
え、あったの?

「まだ聖ちゃんと会うずっと前の事よ。たまたま使用人にそれが掛かっちゃって、 子供の姿になっちゃったの。やっかいなのが身体だけじゃなくて記憶も当時に戻っちゃうのよね」

その時の事を思い出してかヴィーナがぶつぶつと、あのネズミ……とか、捕まえたら丸焼きにしてやる……とか言ってる。
ちょっと、待てよ。
今、記憶も当時に戻るって聞こえたけど。
俺はバッと振り返る。
すると深紅の瞳と目が合った。

「ジル、もしかして自分が子供になった事を知らなかったのか?」
「……」

肯定も否定もしないがこれは知らないんだ。
これでジル少年が俺に攻撃して来た事も納得がいった。
今の記憶がなければ俺は初対面だ。
しかもジルの寝室にいれば不法侵入者に他ならない。
そして俺にあった噛み痕を元に戻ったジルが分からなくて当然だ。
……うーん、それにしてもなんで吸血の痕があったからってあんなに怒ったんだろうか。

「なあ、これで噛み痕は子供に戻ったジルがやったって分かっただろ?」

自分の首筋を指差した。
そこはジル少年に噛まれた痕は消えていてジルが噛んだ痕がくっきりと残っている。
ジルがしばらく噛み痕をジッと見ている。
どうしたんだろうと思った時、急に立ち上がり突然転移した。
もちろん俺を抱きかかえて。
ドサッと下ろされたのはジルの寝室のベッドだ。
見下ろして来るジルの深紅の瞳はギラギラとしている。
え?……えぇ!?
ジルに何が起きたんだ!?
何かを問い掛ける前に俺の口は塞がれて……後は言わずもがな。
一回で終わる訳もなくそれどころかしつこさランキング栄光の第一位に輝く勢いでみっちりいっぱい 俺を抱き続けた。
そんな訳で連続でやられている俺は早々に意識を飛ばし、夢の中に登場したジル少年に 相手の思いやりというものについて熱く語っていたのであった。






◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇   ◇◇◇






熱に潤んでいた瞳は今は閉ざされ穏やかな眠りについている聖司をジハイルは満足そうに 見つめていた。
ぅ…ん、と寝返りをうちジハイルに背を向けた聖司を引き寄せて己の腕の中に閉じ込めた。
離れることなど許さないとばかりにぎゅっと抱きしめる。
そうすると今まで感じなかったものが身体の奥から溢れて来る。
それは決して嫌なものではない。
暖かなものに満たされていくそんな感覚がした。
これを何と言うのか知ったばかりだ。
今までのジハイルには感情というものは一切なかった。
己が不快かそうでないか。
ただそれだけだった。
不快だと認識した相手は攻撃対象となり それはどんな相手にも言えた。
総統も然り。
ただ総統はジハイルと同等の力を持つため葬り去るというところまでは至っていない。
いつも力をお互い相殺させて終わる。
総統の側近もそれ以上の事はないと分かっているので手出しはしないのだ。

「好き」

ジハイルは覚えたばかりの感情を言葉にしてみる。
聖司の寝息だけがする部屋にその言葉は静かに響く。

「聖司」

名を呼ぶと聖司は顔を赤くして目を潤ませる。
その表情を見るのも…。

「好き」

ジハイルは聖司の首元に顔を埋めた。
肌の下から芳しい匂いがしてくる。
精気を多量に含む生命の源。
血の匂い。
聖司ほど惹かれる匂いを持つ者は知らない。
この血を啜るのは己だけ。
他の者が口にするのは許さない。
例え、聖司の僕であってもと聖司が聞いたら呆れるような事を ジハイルは真剣に考えていた。
それに伴侶を得たレヴァの一族の血は伴侶以外の同族が吸血すれば毒となるが 聖司ほどの血であれば誘惑に負け柔らかな肌に歯を突き立てる愚かな者がいるかもしれない。
だからこそ聖司の首筋に覚えのない噛み痕を見つけた時、身体の底から怒りが溢れ出した。
そこに触れ歯を立て甘美な血を啜る権利は己だけのはずと誰がそこを侵したのか 聖司に問うた。
すると聖司はジルに吸われたと理解が出来ない事を言って来た。
そんな事があるわけがない。
しかしそれは後になってセルファードの者の遺物が原因で起きたものだと分かったが……。

「…ジル……」

ジハイルは腕の中にいる聖司に名を呼ばれ覗き込んだ。
むにゃむにゃと口を動かしている聖司はまだ夢の中だ。
もっと名を呼べとジハイルは聖司の唇に優しくキスを落としながら囁く。
聖司に名を呼ばれるのも、笑いかけられるのもジハイルは好きだった。
そしてなにより、聖司の噛み痕が子供に戻った己がつけたものだと分かったがそれでも 嫉妬して抱き過ぎてしまうくらい聖司の事が――。

「好き」

ジハイルはしっかりと聖司を抱きしめて目を閉じた。




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