26 「う、ん」 ごろりと寝返りを打ちながら目覚めた俺はベッドの上で上半身を起こした。 その動作で腰の鈍痛を感じ、ジルにバレてしまった事を実感する。 それと同時に、キオの身を案じて慌ててベッドから下りた。 だけど、足に力が入らなくてカクンとふかふかの絨毯の上に座り込んだ。 這いながらドアの方まで近づく。 「えっと……」 ジルにルベーラ城にいた事やエドから精気をもらった事がバレてしまった。 きっとこれからどうやって屋敷から抜け出せたのかを説明させられるのだろう。 その事になんとしてでもキオが関わっている事を伏せないと。 でも、キオがすでに問い詰められて白状していたら……。 やっとドアノブのところまでたどり着いて、手を伸ばす。 だけど、押しても引いても開かなかった。 「鍵がかかってる?」 いや、これは内鍵だし……。 ああ、そうか……。 「閉じ込められているのか」 直ぐに自分に置かれた状況が分かって、ため息を吐き、過去にエドから言われた言葉を思い出す。 ――お前がジハイルの屋敷からまた消えている事がバレたら、楽しくなるな。次は監禁決定じゃないか? 「監禁……だけならいいよ。でも……」 ――辞めさせるだなんて甘い事するわけないだろ。一瞬で殺すだろうな。アイツの性格忘れたのか?ジハイルが気に入らなければ権利とかルールなんてないもんだぞ。 身体に震えが走った。 キオがどうなっているのかすごく心配だ。 俺はドアを拳で叩いた。返事が返ってくるまで何度も。 「誰かいないの!?誰でもいいからここを開けて!」 両手が叩きすぎて赤くなってしまった頃、外側から鍵の開く音が聞こえた。 寝室の中に入ってきたのはヴァンスターさんだった。 俺は問い詰めるように執事服を掴んで、キオの身が無事なのか確認した。 興奮している俺を冷静な目で見ていたヴァンスターさんは何かに気付いて目を細めた。 真っ赤になって少し腫れている両手をそっと掬い取るように触れて来る。 「聖司様の身体は聖司様だけのものではありません。大事になさって下さい――キオ、入室の許可をします。入りなさい」 ヴァンスターさんの言葉に目を丸くした時、寝室のドアが開き、キオが現れた。 「キオ!」 俺は思わずキオを力一杯抱き締めて、心から安堵した。 キオは腕の中で俺の心配をしている。 ジルに俺が酷い事をされていないか気にしていたので大丈夫だと頷いた。 「良かった、俺もキオがジルに何かされていないかすごく不安だったんだ」 二人でホッと胸を撫で下ろしていると、ヴァンスターさんがキオに俺から離れるように、と注意を受けた。 ハッとしたキオがそっと俺から離れて、着替えを持って来る。 「キオ、聖司様にお着替えを。私はお食事の用意をします」 「はい」 寝室からヴァンスターさんが退出して、キオと二人っきりになる。 これは確認が出来るチャンスだ。 「誰かに何か責められたりしたか?」 「いいえ。でも、多分これからだと思います」 「どういう事だ?」 キオに問うと、誰にも会わずにジルは俺を連れて寝室へ籠ったので、俺が屋敷の外に出ていた事はみんなに知られていないという事だった。 「俺が寝ている間にジルはみんなに言わなかったのか?」 「言っていないと思います」 「なんでだろう」 「きっと、今はそれどころではない状況になっているからだと思います」 「え?」 「深夜から本格的に反総統の一味が動き始めました。何人かのレヴァの一族も殺されています。その中にはノズウェル家の当主も含まれています」 ノズウェル家?どこかで聞いた事のある……あっ! 「エゼッタお嬢様の家か!」 「はい」 神妙な面持ちでキオが頷いた。 ノズウェル家の当主は上位のレヴァだったはず。 だけれど、殺されてしまった……。 「ジルは大丈夫なのか?どこにいるんだ?」 ジルは強いけれど、何があるか分からない。 三の影に傷つけられた時の事を思い出して血の気が引いていく。 キオは俺を着替えさせながら、バルバティアス城だと告げた。 「ジルの城?」 「特に首都とイクニスの被害が大きいです。これからもっと拡大していくと思われます」 「じゃあ、鎮圧するために戦いに行ったのか」 しゃがんで俺の靴紐を結んでいたキオが顔を上げて念を押してくる。 「ご主人様はここにいて下さいね」 「えっ」 「心配だからと言ってここから出ていくような事はしないで下さいね」 「分かってるよ」 反総統の一味に太刀打ち出来るような力が俺にはないって事は重々承知だ。 くやしいけどさ。 「レイグさんが今、屋敷の結界を強化しています。特にこの寝室は複雑な結界を張っているので絶対に出ないで下さい。無理やり結界を壊そうとすると大怪我をしてしまいます」 「うん。それも分かっている」 つい最近、それで怪我をしたばかりだし。 あれは痛かったな。あの時の痛みを思い出して無意識に腕を擦る。 「ジュリーはどうしている?」 俺が聞くとキオはクスリと笑った。 どうやら、反総統の一味に闘争心を燃やして俺を護ろうと修行に余念がないそうだ。 ありがたいけど、まだ小さいジュリーを危険な目に遭わせたくないし、俺より強くなってしまったら、と思うとかなり複雑な心境だな。 「あっ、そうだ。転移鏡はどうしたんだ?」 「それなら、ここにあります」 ジルの部屋に持って来ていた転移鏡の事を思い出して聞くと、キオはベッドの下に潜って引っ張り出した。 「万が一の事を考えて見えないところに隠しておきました。このベッドの下はスペースも高さもありますからご主人様が転移して来ても問題ないです」 「キオ、偉いぞ!」 褒めるとキオは嬉しそうに尻尾を振り、タイミングを見計らって俺の部屋に戻しておくと言って、再び転移鏡をベッドの下へ隠した。 これからジルに問われて事情を話すとなると転移鏡の存在を言わなくてはならないけど……でも。 「俺が知らない間にジルに見つからなくて良かった」 ホッとしていると、トレイを持ったヴァンスターさんが寝室に入ってきた。 ああ、ここで食べるのか。 監禁決定だな。 はぁっとため息を吐いた俺にヴァンスターさんが朝食を勧めてくる。 簡易……といっても立派なテーブルとイスを寝室に用意してくれてそこで食べた。 ブレーズさんが作ってくれた料理は美味しくてそんなに食べれないかなと思ったけど意外と完食してしまった。 「ふー、美味しかった」 「聖司様、お代わりするものはございますか?」 「ううん。もうお腹一杯だから大丈夫です」 「畏まりました」 満腹になったお腹を擦っている横でヴァンスターさんが食器を美しい所作で片付けていく。 じーっと手元を見つめていると話し掛けられたので目を合わせた。 「しばらくの間、こちらで生活して頂く事になりますが、ご不便がないよう努めてまいりますのでご了承下さい」 「しばらくの間って……えっと……」 反総統の一味の件が終わるまで? それとも……今回の件でジルの許しが出るまで? キオの話によれば、ヴァンスターさんは俺が屋敷の外に行った事を知らないんだよな。 となると……。 「こちらの寝室はウルドバントンを討伐するまでです。しかし部屋から出るとなると、それはジハイル様次第となります」 「あー、はい」 そうだよなぁ。ジルの城に行ってしまって心配を掛けてた事や、今回の事を含めてどうやってジルに許しを請おうか。 考えているうちにヴァンスターさんは退出し、またキオと二人っきりになった。 「キオ、俺がまた屋敷から抜け出した事は何が何でも知らないで通せよ」 「セルファード公にはどうご説明したんですか?」 「いや、まだ何も言ってないけど、ジルにはこれから話すよ」 「でも、それではご主人様が……っ」 「キオ、俺の言うとおりにして」 俺は耳が垂れている状態のキオの頭をポンポンと撫でてそれ以上は言わせなかった。 一人でエドに協力を求めて勝手に行動を起こしたと伝えよう。 エドには迷惑を掛けてしまうけど……。 「エドなら大丈夫だよな……」 ジルに何かされたりしないか心配になっていると、キオが大丈夫ですと言って頷いた。 「むしろ、喜ぶのではないでしょうか」 「ええ?」 「アートレイズ公はセルファード公を倒したい願望をお持ちのようですから」 あぁー……。そう言えばそうだったな。 何しろ、ジルを追って人間界に来たぐらいだし。 「今回の事もそれを見越してやったのではないでしょうか」 キオの言葉を聞いて、エドの言動に思い当たる節がいくつかあった気がした。 ふと、ルベーラ城でエドに吸血してジルに見つかった時、こうなる事を最初から期待していたのでは?と気が付いて、やられたと顔を顰めた。 「ですから、何があってもご主人様が気に病む事はないと思います」 「うん……。でも、ウルドバントンが動いている今はさすがに何もないよな。なぁキオ、ジルはいつ帰って来る?」 「それはまだ分かりません。戦況によると思いますが……」 「……ジルは強いから大丈夫だよな」 総統はもちろんジルもウルドバントンは狙っている。 総統から聞いた話から推測すると、上位のレヴァにして次期総統候補のジルが半分ナイレイトだという事が気に入らないんだろう。 随分勝手な理由だ。 「セルファード公は誰にも負けません。大丈夫です!」 「うん、そうだよな。ジルを信じて待つよ」 寝室で何もする事が出来ないので、無心になって素振りをしながらジルの帰りを待つ事にした。 とはいってもやっぱり剣は貸してくれなかったので持ったふりだけど。 それでも、あれこれと考えなくて良かったから集中しすぎてしまってキオやヴァンスターさんに止められてようやく休憩したころには陽が落ちていた。 夜の方が反総統の一味は動きやすくなるだろう。 もっと戦いが激しくなるかもしれない。 ジルが強いのは頭では理解しているけれど、でも心配だ。 「無事に帰ってきますように」 main next |