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俺と目が合うと顔を歪ませてボロボロと涙をこぼした。
……こういっちゃなんだがマリアンヌと雲泥の差だな。

「どうし、たんだ……?鼻水出てるぞ……拭け……!?」

寝ている俺はグレンにガバリと覆い被さるように抱きつかれて目を丸くする。
なぜかグレンはずっと謝り続けた。
一体どうしたんだ?と考えて、俺は自分の身に起きた事を思い出した。

「セ、セイジ、ごめん……っごめん!」
「ちょっ、グレ、ン、重いから……」

ずりずりとグレンが俺の上からどいた。
そして腕で目元を拭ってから俺に水差しを差し出した。
それを見て喉の渇きに襲われた俺は一気に飲み干す。

「良かった……、解毒剤を投与したんだけど……一時期、危ない状態でさ」
「えっ?」
「でもある時、容体が安定して嘘のように回復して……もう、本当に良かった……」

……もしかしてマリアンヌの雨のおかげか?
真相は分からないがそういう事にしておこう。
――で、どうしてグレンはそんなに号泣しながら俺に謝っているのだろうか?
それを聞こうとした時、ベッドを囲んでいた白いカーテンが開かれる。そこから白衣を着た老年の男性とカミーユ隊長が入って来た。
きょろきょろと視線を巡らせてみて俺がさっきまでいた牢獄のような所とまったく場所が変わっていた事に今更ながら気付いた。
真っ白なカーテンに囲まれているので詳しい事は把握出来ないけどここは病室を感じさせる。

「気分はどうかな?」

カミーユ隊長がほほ笑みながら聞いて来た。
俺は思わず警戒して身体を強張らせる。
だって、まだ何一つとして状況が分かっていないからだ。
俺は身体を起こしながらグレンに説明を求めた。
手を付いて上半身を支えた途端、シッポに噛まれた方の肩に痛みが走ってそのままベッドに倒れてしまった。

「セイジ!まだ傷が癒えていないんだ。まだ安静にしていないと」
「グレン、俺はどうして……こんな事に……?」

グレンはすごく後悔しているような顔をした後、俯く。
そんなグレンの肩をカミーユ隊長が叩いた。

「詳細については俺から話そう。まず、君には反総統の一味の仲間だという疑いがあった」
「え?なんで俺が!」
「君が第一次試験前に殺されたセイジ・キルセスの名を使ったからだ」

……殺された?
驚いて目を丸くしている俺にカミーユ隊長は淡々と語る。

「実に巧妙な殺し方だった。通常なら気付かないだろう。しかし我々は同じ過ちを繰り返さない為に注意を怠たわらなかった。以前、反総統の一味は今回と同じように受験者とすり替わり、第二次試験を合格してしばらく経った後、城内へと侵入してセルファード公の命を狙った」
「……え!?」
「仲間からも信頼されていた人物だっただけに彼の裏切りは皆に衝撃をもたらした。同時に彼を合格させ易々と城内に侵入させてしまった我々試験官は深い反省をし、こちらから罠を張る事にしたのだ。そして……」

カミーユ隊長は話しを止め、俺の顔を見た。
俺は黙って見つめ返す。

「そして、第一次試験が始まる前、城外でセイジ・キルセスの死体が発見され、案の定、セイジ・キルセスの名を語る者が出て来た」

まさか俺がセイジ・キルセスを殺したって思われているのか?
直ぐに否定した。
殺してないって。
それに反総統の一味でもないって。

「落ち着いて話しを聞きなさい。君が現れたせいで予想外の事が起きてしまった。偽物のセイジ・キルセスが二人になってしまったのだからね」
「俺の他にもセイジ・キルセスの名前を使った者が?」

カミーユ隊長は頷く。

「君とまったく体型も年齢も違う男だったが。君と同じようにオロトルスの毒を受け、拷問に掛けたら吐いてくれた」

笑みを見せるカミーユ隊長に思わず恐れを抱いて身体を引いてしまった。
一体どんな拷問を受けたんだろう。
あのまっ赤に熱された鉄の棒を思い出してゾッとした。

「もしかして俺が毒を受けるのも計画されていた事なんですか?」
「そうだ。あらかじめ死なないよう、事前に最低限の解毒剤を投与させてね」
「?」

事前に解毒剤だなんて、いつ投与してたんだ?
俺が首を傾げるとグレンがぼそっと回復剤に入れてあったと教えてくれた。
あ、あれか! アブイブの回復剤!って事は、調合師の人もこの件に絡んでいたって事か!?
そして……ん?と思ってグレンをジッと見る。
俺の視線を受けたグレンは耐えきれないようにギュッと目を瞑る。

「なぁ、グレン。グレンは……」

俺が疑われていたと分かった今、常に一緒にいたグレンがただの受験者って事は考えにくかった。
もし、この計画に関わっていたのなら、俺が囮になっている時、なぜオロトルスのシッポを攻撃しなかったのか納得出来る。

「ごめん、セイジ。ごめんっ」

グレンの顔が今すぐにでも泣き出しそうなくらい歪んだ。

「お、俺は……、俺、は」

グレンの言葉を待っていると、いきなりカーテンが開き、俺から情報を聞き出そうとしたあの女の人が入って来た。
確か、朦朧としていた意識の中で聞いた名前は……。

「ノエル隊長」

そうだノエル隊長だ。
グレンが姿勢を正し、慌てて腕で涙を拭う。
ノエル隊長はグレンの泣きはらした顔を見て眉間に皺を寄せた。
そしてカミーユ隊長に厳しい顔を向ける。

「カミーユ、まだ何も聞き出せていないのか」
「これからだ」
「お前に任せていると日が暮れる」

肩を竦めるカミーユ隊長。
ノエル隊長が俺を見た。
射抜く視線にビクッと身体が跳ねる。

「地下牢に連れて行け」
「まだ、目覚めたばかりだ」
「隊の医務室は罪人のいる場所ではない」
「罪人と決まったわけではないだろう」
「罪人ではないと決まったわけではない」

カミーユ隊長とノエル隊長の言い合いを聞いているうちにもしかして俺はまだ疑われている段階を脱していないのでは?と不安になってきた。
それは嬉しくない事に的中する。
溜息を吐いたカミーユ隊長が俺を見た。

「君はまだ白だと言えない状態だ。受験登録のない君がなぜ第一次試験の場にいたのか分からないからだ。あの場に入る時には必ず受験者達の名前と番号を確認している。反総統の一味だった者もセイジ・キルセスの受験番号を使って試験を受けている。それなのに君はまるで突然現れたかのようだった。もちろんこの城は高度な結界が張ってあるためセルファード公に許された者しか転移は出来ない事になっている。もし他の方法で入って来たならそれは大問題だ」
「俺っ!!絶対にあいつらの仲間じゃないです!――うっ!」
「落ち着いて」

興奮して身体を動かしてしまったせいか肩に痛みが走り、ベッドに倒れ込んだ。
ぐるぐると目が回る感覚がする。
そうか、これは精気がないせいだ。
シッポに結構、血を飲まれたからなぁ。

「セイジ、大丈夫か?」

グレンが俺の傍に来る。
大丈夫だ!と言いたいところだけど我慢を出来る程の体力もなかったので頭を力無く振った。
精気が欲しいと思っている中、カミーユ隊長とノエル隊長がカーテンの外から誰かに呼ばれた。

「失礼します」
「なんだ。ここには入って来るなと言ってあったはずだ」

ノエル隊長の言葉に緊張しながらも隊員は背筋を伸ばして告げる。

「全隊長方に伝令です。ヴィーナ殿が上に来るようにと」
「分かった。すぐ行く」

ヴィーナ……?そう聞こえた俺は必死に上半身を起こしてカミーユ隊長を呼び止めようとした。
だけどその前に腕を老年の医師に掴まれて、注射を打たれる。

「な、にを?」

直ぐに眠気に襲われて抵抗なんてする間もなくベッドに沈み込んでしまった。
そのまま瞼が閉じてしまう。

あぁ……。
ジル……みんな……会いたいよ。
会いたい……。




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