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ジルは少し考えた後、寂しいとはと聞いて来た。
……そ、そうか。
ジルは寂しいって事が分からないのか。
今ここで説明するのもなんかなぁ……と思ってまた今度じゃダメか?と聞くと 速攻ダメだと言ってきやがった。
ううっ。

「さ、寂しいっていうのは、ひとりぼっちでいる事とか……」
「……」

その顔は分かってないみたいだな。
えっとーえっとー、じゃあ。

「好きな人に会いたいのに会えないとか、触れたいのに触れられないとか、かな。 心が元気なくなっちゃう感じだよ」
「好きな人」
「ん?」
「会いたかったのか」
「え?」
「触れたかったのか」
「へ?」

きょとんっとしていると上機嫌になっているジルが艶やかに笑った。
そして俺を抱き込み頬を擦り付けてくる。
耳を甘噛みしながら寂しいかと囁くように聞かれてカッと頬が赤くなる。
恥ずかしいけどこの温もりを逃したくない俺は小さい声で寂しいと早口で答えて顔をジルの胸に 埋めた。
するとぎゅっと抱きしめて俺のつむじに唇を落としたジルがまた寂しいかと聞いて来る。
そっとジルを見上げたら目を細め、口角を少し上げている。
普段あまり見られない優しい笑みについ甘えてしまってまた寂しいと答えてしまった。
本当はもうとっくに寂しくなんかないのに。
擦り寄ると背をポンポンと優しく叩かれる。
それがとても心地よくて目を瞑りながらゆっくり息を吐いた。
だけど……。

「ちょっ、ジル!」

いきなりジルの舌が俺の耳の中に入って来たから驚いて身体がびくっと跳ねる。
しかも寝間着の下に手が入って来て好き勝手に弄られ始める。
同時にジルの唇が首筋へ移動してきつく吸い上げていく。

「あ、ジル、だめっ……あっ」

おかしい、やっぱり変だ。
ダメと言っているけどジルの手を拒まない俺。
いつもこういう時は少なからず抵抗するのに。
熱のせいなのか?
身体がすごくうずうずする。
理由は分かんないけど、もっと触れて欲しい。
ジルは普段と違って抵抗をみせない俺を深くじっくり抱いていく。
最奥まで到達したジルに何度も突かれ、たくさん中に出されて、精気をいっぱいもらって ジルがそこにいるんだという安心の中で目を閉じた。












「ふわ〜っ」

欠伸をしながら目を開けると今までにない身体の軽さ。
お?
もしかしてこれ……熱下がった?
うつ伏せの状態で頭を上げて部屋の中をきょろきょろと見る。
誰かに熱が下がった事を言いたかったけど俺一人だった。
だから自分から伝えに行こうと思って身体を動かしたら腰のだるさが半端ない。
まるでジルとヤッた後みたいな……。
いやいやそんな事あるわけないだろ。
熱が出てから一回もジルに会ってないんだからさ。
改めてなんで腰がこんなにだるいんだ?……と考えて……あ、分かったぞ。
今までの熱のせいだな。
もぞもぞとベッドの中を泳ぐように移動しているとドアの開く音が。

「おはよう、聖ちゃん……って何してんの?」
「あ。おはよう、ヴィーナ。いや、ベッドから下りようと。そうだ!聞いて聞いてやっと熱……」
「はい、そこから動かないで」

ベッドから下りようとした俺を止めて額に手を当てて来た。
熱くないという事が分かったのか安堵の息を吐くヴィーナ。

「ようやく下がったみたいね。良かったわ。 薬を変えたおかげね」

薬を変えた?
起き上がって首を傾げる。
ヴィーナが言うには昨日俺が寝ている間にセルべックさんが来て別の薬をくれたそうだ。
でもその薬は今までの薬よりも強いから人によっては興奮すると感情の起伏が激しくなったり、 記憶の欠如とか色々あるんだってさ。
俺が、え?記憶の欠如?と引き攣った顔を向けるとヴィーナはパチッとウィンクする。

「過度な興奮をしなければ大丈夫よ。実際、昨日何もなかったでしょ?」
「昨日……」

思い出して……うん。
エドの屋敷から戻った後は今までぐっすり寝てたから何もなかったな。
俺が肯定するとヴィーナはセバスさんを呼びに部屋を出て行った。
久しぶりの身体の爽快さにテンションが上がる。
……まあ、腰のだるさは置いといて。
軽くストレッチしているとセバスさんとキオが部屋に来た。

「セバスさん、キオ」
「おはようございます。聖司様」
「おはようございます。ご主人様!!」

二人とも熱が下がった事を喜んでくれた。
俺が服に着替えたいと言うとキオが着替えを手伝ってくれる。
じっと立っていたらお腹が盛大に鳴ってしまった。
うわっ、恥ずかしい!
セバスさんがホッホッホと笑う。

「朝食は隣の部屋にご用意しております。おかゆもありますので胃に無理の ないように好きなものを選んでお食べ下さい」

おお、久しぶりの普通のご飯だ!
でもおかゆもおいしいからなぁ。
キオがドアを開けてくれて隣の部屋へ移動した。
テーブルの上にはこれでもかというくらいの朝食が並べられている。
すっげー。
しかもどれもめちゃくちゃうまそう!!
口の中に唾液が溢れてくるぜ。

「えっと、じゃあ、いただきまーす!!」

今まで食べれなかった分を取り戻すかのように次から次へと食べまくった。
まだ食べようとしたがこれ以上勢いのままに食べたら病み上がりの胃に負担が掛かると 言う事でセバスさんに止められる。
腹八分目にしておこう。
最後に果物を食べてごちそうさま。

「はー、おいしかった」

ソファーに移動してお腹をさすっているとキオが手際良く食器をまとめて部屋から出ていく。
皿を割ったりしていた最初の頃と比べて随分慣れてたなと思っていたら目の前のローテーブルにセバスさん特性の紅茶が置かれた。
ああ、これも久しぶりな感じがする。
んーいい匂い。
香りを吸い込んでから口を付ける。

「うまーい」
「ホッホッホ。ようございました」
「セバスさん」
「はい」
「あの……さ」

俺は紅茶に視線を落としてジルがいつ帰って来るか聞いてみた。
熱は下がったし、もう会っても大丈夫だと思うんだよな。
ジルがまだ安心できないっていうならしょうがないけどさ。
ちらっとセバスさんを見ると優しい眼差しでほほ笑んでいる。

「ジハイル様の本日のお務めは午前中だけなのでもうすぐ帰られますよ」
「そっか」

時計を見ると正午まであと二時間くらいだ。
あと少ししたら戻ってくるんだな……と思っていたら、部屋の空気が動く。
え?これって。
セバスさんは礼をしてこの屋敷の主人を迎えた。

「お帰りなさいませ」
「ジル、お帰り!」

三日ぶりにジルの姿を見れて自然に顔が緩んでしまう。

「帰って来るの早いな。仕事、終わったのか?」

俺の質問に答えたのはジルではなく続いて転移してきたレイグだ。
ジルが早く帰ってこれたのは仕事が出来るから云々を相変わらずの嫌みな言い方で丁寧に 説明してくれる。
その後、持っている荷物を置きに俺の部屋から出て行った。
思わずふーっと声に出して息を吐いてしまう。

「あ」

突然、ジルが俺からティーカップをひょいっと奪い、それをセバスさんに渡して 隣に座った。
ジルの手が伸びて来て俺の頬に触れる。
そのまま両手で頬を包まれた。

「熱ならもう下がったぞ」

ジーッと深紅の瞳に見つめられて俺も見つめ返していたらなんか胸元がスースーする気がして 視線を落とし……なーーーー!!?
いつ間にかシャツのボタンが半分開けられていた。
なんて早業!!
慌ててジルの悪い手を叩き胸元を掻き合わせる。

「いきなり何すんだよ!!」

ソファーから離れ、退出しようとしていたセバスさんの背後に隠れた。
俺の行動が気に入らなかったジルはソファーに座ったまま不機嫌な顔をした。
セバスさんが俺をジルの元へ行くように促すが、首を振って拒否をする。
今近付いたらいけない気がする!

「聖司」
「やだ!!」

ジルが立ち上がり、セバスさんの前まで来てしまう。
セバスさんの背中から顔を少し覗かせてみると無表情のジルと目が合った。
何気に感情が読めない時が結構危険だったりするんだよな。
ジルの行動を警戒していると……。

「寂しい」

―――っ!!?
ま、間違えでなければ今寂しいって……寂しいってジルが言った!!
え、えぇぇええええ――!?
驚いているのは俺だけではなくてセバスさんもだった。
すぐに懐から白い綺麗なハンカチを取り出して目元を拭っている。

「ジハイル様が、寂しいという感情を……っ!」

どうやら感動しているらしい。
っていうかジルはどこで寂しいなんていう言葉を覚えて来たんだ?
ぼそっと呟いたらすかさずセバスさんが俺の手を取り、それは聖司様しかおられませんと 涙ながらに語った。
いや、俺は教えてないけど。
困惑しているままジルを見ると真っ直ぐ見つめられながらもう一度寂しいと言ってくる。
やべっ。
何か心がきゅんっとしてしまった。
警戒心をちょっと解いて少しずつジルの傍に寄って行くと長い腕が俺を抱き込んでくる。
熱を出している間、ジルも俺に会えない事を寂しいって思ってたんだなと感じたら なんかすっごく胸が熱くなってジルをぎゅーっと抱き返した。
すると身体が宙を浮きソファーへと押し倒された。
顔じゅうにキスをしながらあっちこっち触りまくって来る。

「ちょっ、と。ジル。触り過ぎだってば!」

俺が注意をしても寂しいと言ってあんなとこ触り、寂しいと言ってそんなとこ触り、寂しいと言ってこんなとこ触り、寂しいと言って……以下同文。
ちょっと待て!!
なんかおかしいぞ!!
寂しいって言葉、絶対勘違いして覚えてないか!?これ!!
誰だよ、ジルに寂しいを教えたヤツは!!

「取り合えず、セバスさ――んって、いないし!!」

助けを求めようとしたらセバスさんはとっくに部屋からいなくなっていた。
そして俺はというと……まあ、うん。
せっかく元気になったっていうのにその日、部屋から一歩も出る事が出来なかったんだぜ……ガクリ。
もちろんこの後、必死になって寂しいを訂正したけど果たして解ってくれたんだかどうなんだか……。




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