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「ジルは俺が伴侶でいいの?」
「俺は」

ジルの手が優しく頬を撫でる。

「お前が良い」
「――っ!!」

顔がカッと熱くなって、きゅうんっとさっきよりも胸が締め付けられる。
どうしたらいいか分からない俺はふいっと顔を横にする。

「お、俺が良いなんて変なのっ。俺よりも綺麗で力のある魔族なんかたくさんいるのにさ!」

変なのは俺も同じだ。
だってだって…。
どうしようもなくこれは嬉しいと俺、感じてる…!
ジルが、あのジルが俺が良いだなんて。
なぜか緩みそうになる顔をグッと引き締める。
えっと…。
その…なんだか恥ずかしくなってきたぞ。
まともにジルの顔が見れない。
ダメだっ!
今はジルの事考えると心臓がドキドキしてしまう。
なんだよこれじゃあ、まるで…まるで俺がジルの事す、好…。
いやいやいやっ!
落ち着け俺。
冷静になって考えろ。

まずジルとエゼッタお嬢様が婚約者同士だとして、いちゃいちゃしている所を想像してみよう。
…ムカ!
くそう、せっかく無くなったもやもやまで復活して来た。
うーん。
これって嫉妬…なのか?
まあ、とりあえずそれは置いといて。
はい次。
ジルに伴侶は俺が良いって言われて…うん…嬉しかった。
は、はい次っ。
チラッとジルを見る。
怪訝そうな顔のジルと目が合った。
ギュッと自分の胸を押さえた。
手にドキドキが伝わってくる。
おおおおお…っ!?

「ジル…」

そっと深紅の瞳を見る。
ジルは黙って俺を見返している。

「どうしよう」

本当にどうしよう。
これは…。
これでは…。

「俺、ジルの事が好きみたいだ」

考えた末に出た結論を茫然と心の中で呟いたつもりだった。
だが実際は声に出ていて俺はそんな事に気付かず…。
あれ?

「ジル?」

ジルの様子がおかしい。
表情は変わっていないのはもちろん瞬きもしていない。
え?
ど、どうしたんだ?

「ジル?おい、大丈夫か?起きてるか?おーいっ」

ジルの顔の前で手をパタパタと振る。
それでも何も反応がないのでさすがに心配になった俺はセバスさんを呼ぼうかと思ったのだが。

「うわ…っ!」

ジルが俺の上に倒れるように抱きついて来た。
ギュウッと痛いくらいに抱き締められる。

「いたたたたっ!!」
「そうか…これが…」
「痛いって!!」

ジルは俺に向かって艶然とほほ笑んだ。

「なるほど」

なにがなるほどなのか。
ジルは一人で納得している。

「言え」
「は?」
「もう一度言え」
「だから何を言うんだよ」

まーた訳の分からない事言い出したぞ…。

「俺が好きだと」
「!!?」

な、ななななっ!?
何を言ってるんだこの魔族は!

「ど、どうして、俺が…っ!」

挙動不審に視線をあちこちに動かしていた俺は顎をガシッと掴まれて思わずジルを見てしまった。

「言った」

言った?

「お前が」

俺が?

「俺を」

ジルを?

「好きだと」

好き……。
うぎゃーーーーーーっ!!!
声に出してたのか俺っ!?
俺のアホー!
で、でも好きと断定したわけじゃ…かもしれないという可能性があるだけで…!
というかなんで俺がこんな追い詰められているような状況になってんだよ!
おかしいだろっ!

「ジルは…っ!ジルは俺の事どう思ってんだよ!?」

好きの意味を本当に理解しているのか怪しいジルに聞いても無駄だと思うがこの状況から逃れたい 俺としては話しを逸らしたくて必死だ。

「俺の事好きでもないのにもう一度言えって何だよ!」

ジルの深紅の瞳が閉じた瞼に消えまたゆっくりと現れた。

「分かった」
「…は?」
「これがそうならばそう言う事になるのだろう」

あの…ジル語で話されている俺はさっぱり分からないのですが。

「好きだ」

……。
ん?

今、『好き』という単語が聞こえて来たんだけど。
空耳だよな?
瞬きをくり返しながらジルを呆けた顔で見た。

「聖司、好きだ」

セイジ、スキダ。

隙だ…鋤だ………好きだ…。

俺の目と口が限界にまで開く。
そして思考能力は本日2回目となる完全停止となった。









…はっ!
気付くと…朝になってました。
陽の光で部屋が明るくなっている。
どうやらそのまま現実逃避して休眠モードに強制移行したらしい。
身体を動かそうにもいつも通りジルの腕が俺の身体に絡みついて動けず。
チラッと起こさないようにジルの寝顔を盗み見る。
え…っと。
その、確か…言われたよな俺。
ジルにす、好き…っ。
うわーーーーっ!!
マジかよ!?
あのジルが俺を!?

「何している」
「ーっ!?」

自分の頬を抓っていた手をジルの手に握られた。
ジルに触られた事に驚いた俺は過敏に反応してしまって思わず手をはね返した。

「ゆ、夢じゃないか確かめてた…っておい?」

ジルの手が怪しく俺の身体を触り始める。
慌てて阻止しようとする俺にジルは怪訝な顔をして文句を言って来た。

「何をする」

それはこっちのセリフだっつーの!!
無理矢理俺の手を押さえつけてことを進めようとしているジルは拒否をする俺を見下ろした。

「お前が言った。良いと」
「言ってません!!」

即刻突っ込むとジルの顔が俺の首元に埋まり鼻先を耳の後ろに擦りつけてゾクッとする声で 囁いた。

「好きな者同士なら良いのだろう」

好きな者ど、どう…し。
耳たぶがジルの唇に食まれる。
身体は硬直したまま視線は天井をガン見だ。
そんな俺をおかまいなしにジルは首筋に舌を這わした。
そして音を立てながら吸いついて来る。
俺は必死になってジルを引き離しながら叫んだ。

「好きな者同士でも時を選べ!今は朝!一日の始まりなの!分かる!?」
「……」

…コイツ、だからどうしたみたいな顔しやがって。
あれ?ちょっと待てよ。
今の自分のセリフ、俺がジルを好き決定な感じになってるよ…っ。

「今のちょっ…と、あの、その…っ」
「聖司」

ジルが真っ直ぐ俺を見る。

「好きか」

何を?誰を?だなんて聞かなくても分かっている。
俺は高鳴っていく鼓動を感じながらジルに視線を合わせた。
これはもう…認めるしかないよな。
なんでこうなったのかさっぱり分からないけど。
顔が熱くなって緊張している口を動かした。

「…す、好き」

ジルは口の端を上げて笑った。
とても嬉しそうに笑ったように見えた。
俺も何だか嬉しくなって頬が緩んだ。
その頬にジルの唇が落とされる。
顔中にキスをされて唇を啄ばれた。
やがて俺の咥内にジルの舌が入り込んで来る。
そろっと自分の舌を動かしてジルのそれに触れてみた。
その途端、ジルは顔をパッと離す。
驚いているようなそんな顔を見て、してやったりと俺は笑った。

「はははっ!なんだよその顔!」

このこそばゆい何とも言えない穏やかな時間がいつまでも続けばいいなと思った。
だが実際はそうはいかない。

「…おい、この手はなんだ」
「……」

俺の大事な息子に堂々と触れてくる不埒なジルの手を掴んだ。
しかし逆に俺の手を掴み返したジルに押さえつけられてしまう。
そしてシーツを剥がされ俺は目を丸くした。

「えっ!?なんで俺マッパ!?」

昨日着ていた服は身に着けてなく、なぜか裸の俺。
いや、なぜだなんて疑問に思うまでもない。

「ジル、お前いつの間に俺の服…っ、ひっ!そこ、触んな!」

俺の弱い脇腹を触られ身を捩りながら抵抗する。
手はガッチリとホールドされているので足を使ってジルを蹴った。

「俺、言ったよな!朝からこういう事するなって!」

ジルは怒っている俺の顔を不満そうに見てフイッと顔を反らし行為を続け始めた。
おいおいおい!!
俺にジルを止める事なんて所詮無理な事で、散々この後今までにないしつこさでやられ、 嫌だ止めろとと言うたびに「好きな者同士」と呟くジルに色々教えなければと強く思う一方、 好きだと言わなきゃ良かったかなーと息も絶え絶えに早くも後悔し始めた俺でした。




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